樋口和貞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
樋口 和貞
Kazusada Higuchi
樋口 和貞  Kazusada Higuchiの画像
プロフィール
リングネーム 樋口 和貞
身長 185cm
体重 113kg
誕生日 (1988-10-24) 1988年10月24日(28歳)
出身地 北海道紋別市
所属 DDTプロレスリング
スポーツ歴 大相撲
柔道
デビュー 2014年11月28日
テンプレートを表示

樋口 和貞(ひぐち かずさだ、1988年10月24日 - )は、日本男性プロレスラー、元大相撲力士DDTプロレスリング所属。北海道紋別市出身。

経歴[編集]

北海道紋別北高等学校では柔道部の主将を務める。高校の全道大会にて個人・団体とも3位入賞したところ、8代八角(元横綱・北勝海)にスカウトされ角界入り[1]

2007年
2009年
  • 漫画「ああ播磨灘」の登場キャラクターにちなみ[1]、四股名を本名から「北道山 和貞」に改名[2]
2014年
  • 1月場所を全休場の後、力士を廃業[2]。その後、DDTの練習生となる。
  • DDTが新たに立ち上げるプロジェクト「DDT NEW ATTITUDE」(DNA)の旗揚げメンバーとしてデビューすることになり、11月28日、北沢タウンホールで行われた旗揚げ戦での梅田公太戦に勝利。更にメインで行われたタッグマッチでも、先輩の勝俣瞬馬から轟天で直接勝利。
2015年
  • 1月12日、DDT大阪大会の第0試合で中津良太とシングルマッチ。10分ドロー決着となるも白熱の試合となり、第0試合ながら高木三四郎の推薦でサムライTVでの同大会の中継にて放送されることとなる。
  • 2月5日、DNA北沢タウンホール大会にて中津とのシングルリマッチ。21分を超える試合となり、轟天で勝利を収める。
  • 4月29日、試合が組まれていなかった伊橋剛太に指名されキング・オブ・ダーク王座の挑戦者となる。これがデビュー後初のタイトル挑戦だった。GMは試合を終えたばかりだからと樋口との防衛戦は拒否したが「兄弟子の言うことは絶対なので」と樋口は挑戦することを承認。試合が始まるとビッグブーツと一度はバランスを崩し失敗したがカナディアンバックブリーカーと轟天からの雲竜型体固めで52秒であっさりと伊橋から直接勝利した。
  • 5月24日、札幌大会でいつでもどこでも挑戦権を行使してHARASHIMAの持つKO-D無差別級王座に挑戦も敗北。デビュー以来初の直接の負けとなった。
  • 6月6日より開催された「KING OF DDTトーナメント2015」にて、初戦で松永智充、2回戦で入江茂弘を破りベスト4まで駒を進めるも、準決勝での坂口征夫のコブラクラッチで絞め落とされ敗退。
2016年
  • 10月、DNAのシングルマッチリーグ戦「DNA-Grand Prix」に参加。決勝まで残ったが、マイク・ベイリーに敗れ準優勝。優勝者に送られた副賞「ニューヨークへの片道航空券」をベイリーから譲渡される。
2017年
  • 5月10日、DNA初の後楽園ホール大会にてベイリーとのリマッチに勝利。高木三四郎大社長よりDNA卒業及びDDT所属となることを言い渡されるも、7月4日のDNA後楽園までDNA所属を希望し卒業試合を組ませてもらうことになった[3]

得意技[編集]

轟天
カナディアンバックブリーカーからの喉輪落とし。主なフィニッシャー。技名の由来は特撮映画『海底軍艦』に登場する轟天号から取っている。
カナディアンバックブリーカー
変型カナディアンバックブリーカー
カナディアンバックブリーカーの体制から、首と片足を取り締め上げる。
シットダウン・ノド輪落とし
雪崩式でも使用される
アルゼンチン・バックブリーカー
アイアンクロー
オクラホマスタンピード
ドクターボム
拷問式フェースロック
ぶちかまし

タイトル歴[編集]

人物・エピソード[編集]

  • 力士時代の生涯戦歴は140勝128敗12休、最高位は幕下45枚目[2]
  • 先輩レスラーのことを兄弟子と呼んでいる。

入場曲[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

外部リンク[編集]