市ヶ谷アイスボックス

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市ヶ谷アイスボックス
Ichigaya Ice Box.JPG
情報
通称 市ヶ谷チョコレート広場(プロレスリング我闘雲舞の使用時)
正式名称 市ヶ谷アイスボックス
完成 2006年12月31日
開館 2006年12月31日
開館公演 ジュニアオールスターのおまけ
客席数 最大60席
用途 プロレスの試合会場
運営 東京闇愚羅
所在地 東京都新宿区市谷田町1-1-3
市ケ谷キマタビル3階 南海記念診療所内
アクセス 市ケ谷駅中央・総武緩行線有楽町線都営新宿線

市ヶ谷アイスボックス(いちがやアイスボックス)は、日本プロレス会場。運営は東京闇愚羅

歴史[編集]

アイスリボン会場として[編集]

2007年、女子プロレス団体「アイスリボン」の常設会場として開設。雑居ビルの一室を利用しており、「世界で一番小さいプロレス会場」をキーワードとする。

また他団体では唯一ユニオンプロレスが「ユニオンボックス」の名で使用している。この場合アイスリボンでの特殊ルールが適用されている。

リングロープがない替わりに壁が存在する為、これを利用した技も数多く生まれた(例:聖菜のスイングDDT・藤本つかさのビーナスシュート(三角飛び延髄斬り)等)。

総合格闘技チーム「東京闇愚羅」と共用という形で運営され、興行がないときには同チームの練習場として使用されている。

2009年ネオプラス アイスリボン事業部が埼玉県蕨市南町に道場「イサミレッスル武闘館(現:レッスル武闘館)」を開設した為、1月14日の大会(アイスリボン37)をもって使用を終了している。

アイスリボン撤退後[編集]

アイスリボンが撤退後も東京闇愚羅の練習場として現存しているものの、それ以外の目的では極稀にイベントで使用される程度で、試合会場としての使用はなかった。

しかし2012年3月24日、レフェリーのデューク佐渡のプロデュース興行「マーブル☆プロジェクト」で久方ぶりのプロレス興行が開かれることになった。同興行はその後も定期的に開催される予定。

また2012年5月6日には、3年ぶりにアイスリボンがこの会場で大会を開催。

6月18日と20日の両日にアイスリボンの創設者のさくらえみタイで旗揚げするプロレスリング我闘雲舞のイベントが開催されたのを機に我闘雲舞の日本での定期興行が同所で行われている。なお、同団体が使用する場合、当初会場名は「南海記念診療所」としていたが、2013年からは「市ヶ谷チョコレート広場(いちがやチョコレートひろば)」に改称。一方マーブル☆プロジェクトはアイスリボン所属選手が参戦していることもあり引き続き「市ヶ谷アイスボックス」としている。

3月6日、我闘雲舞に参戦経験のある大家健率いるガンバレ☆プロレスのプレ旗揚げ戦が同所で開かれた。こちらは「市ヶ谷アイスボックス」でも「市ヶ谷チョコレート広場」でもなく「南海記念診療所」とした。本旗揚げ後も「ハウスショー」の会場として使用されている。

2014年1月5日ドラゴンソルジャーLAWが主宰する「(め)組」が開かれ、会場名は「市ヶ谷チョコレート広場」とされた。おそらくドラゴンソルジャーLAWが我闘雲舞(あるいはパブリック・ジョイ・プロダクション)から名称の使用許可を得たと思われる。

6月21日シアタープロレス花鳥風月が開いたが、このときは「南海記念診療所」だった。

同診療所の院長はマーブル☆プロジェクトのドクターも務めている。