アメリカンプロレス

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アメリカンプロレスとは、プロレススタイルの一種。メキシコルチャリブレ、独自の文化を作った新日本プロレスの「ストロングスタイル」、全日本プロレスの「王道プロレス」、「U系」に代表されるUWFスタイル等のプロレスと並んで大きな流れのプロレススタイルの1つ。

概要[編集]

プロレス創設期から1990年代後半まで、世界のプロレス市場において、プロレスの主流であった。

主な特徴としては、アメリカンパンチと呼ばれるテレフォンパンチ(簡単に防御できるパンチ)の応酬、時間を於いての同時グロッキーによる立ち直り、関節技必殺技として使う者を除く)の使用頻度が低く、いかにも見た目に痛そうな力技・打撃技・公称される「必殺技」の惜しみない応酬で試合を締める。

代表的な大技として、打撃ではレッグ・ドロップハルク・ホーガン)、ダイビング・エルボー・ドロップランディ・サベージ)。関節技としては、シャープ・シューターブレット・ハートスティング他)、足4の字固めリック・フレアー)、リフト・アップスラムおよびボディ・プレスアルティメット・ウォリアー)等に代表されている。

このスタイルは日本では旗揚げ直後の全日本プロレスが踏襲。地方では反則負け、リングアウト、レスラー乱入等で引き分けなどでお茶を濁すのが日常茶飯事であった。また、ザ・シークアブドーラ・ザ・ブッチャータイガー・ジェット・シンに代表される悪役(ヒール)の凶器攻撃による流血戦、アメリカのプロレスで特徴のマネージャーの介入も多かった。「ストロングスタイル」、「猪木信者」と呼ばれるプロレスファンや、UWFを見ていた UWF信者、日本の当時のプロレスマスコミからは「単なる殴り合い」と書き立てられるなど不評も多かった。

転換期となるのは、全日本プロレスにおける80年代の天龍源一郎による天龍革命および90年代の四天王プロレスの浸透、また90年代後半のWWEにおけるテレビ主導のショーであることを前提としたアティチュード路線への転換である。それまでと異なる激しいスピード感あふれる技の応酬がメインとなり、流血が極力抑えられ、それが現在のアメリカンスタイルの主流となった。スピード感についていけないベテランレスラーは地方興行でファンサービスに努めることが多くなった。