高井憲吾

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高井 憲吾
高井 憲吾の画像
プロフィール
リングネーム 高井 憲吾
ペロ
身長 173cm
体重 95kg
誕生日 (1978-06-18) 1978年6月18日(38歳)
出身地 三重県亀山市
所属 プロレスリング・チームでら
デビュー 1998年3月1日
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高井 憲吾(たかい けんご、1978年6月18日 - )は、日本プロレスラー三重県亀山市出身。身長173cm、体重96kg。プロレスリング・チームでら所属。大阪プロレス所属時の覆面レスラー「ペロ」としての活躍でも知られている。口癖は「ホフ」、「シャー」。

経歴[編集]

1998年3月1日、DDTプロレスリングでデビュー。2001年4月、大阪プロレスに移籍。参戦後しばらくは本名で活躍していたが、2003年2月から犬のギミック覆面レスラー「ペロ」に変身。「お手」、「お回り」といった犬らしいムーブやキャラクターで子供達の人気を博す。

2005年2月、ビリーケン・キッドとタッグを組んでの大阪プロレスタッグ選手権で勝利し第10代王者となる。4月の防衛戦では勝利したものの、既に退団が決まっていたこともあって試合後にベルトを返上している。4月末をもって大阪プロレスを退団してフリーとなる。10月に行われたびっくりプロレスや古巣であるDDTへの出場の他、プロレスリングガロガに参戦。

2006年、2月12日付けで正式にプロレスリングガロガ所属となっている。12月の大会でソルジャーを下し第9代レッスルブレインヘビー級王者となった。

2007年3月25日DRAGON GATE初参戦。津市体育館大会「MEMORIAL GATE 2007」でマグニチュード岸和田と組み、金村キンタロー&神田裕之組と対戦するが、金村の爆YAMAスペシャル→片エビ固めで敗戦[1]した。

9月2日付けでガロガ騎士'sを退団、同時にレッスルブレインヘビー級王座も返上。でら名古屋プロレスに入団。

2008年6月、でら名古屋プロレスが旗揚げされたが、2009年4月に団体代表の不祥事により活動休止となった。その後は、でら名古屋プロレスの他のメンバーとともに「チームでら」として活動している。

2010年10月、666スポルティーバアリーナ(名古屋)大会でアキレス腱断裂の大怪我を負ってしまい長期欠場していたが、2011年2月20日のチームでら第5戦(対バトラーツの対抗戦)で復帰を果たした。

2013年、デビュー15周年記念東名阪ツアーを開催。

2014年4月4日我闘雲舞初参戦。名古屋スポルティーバアリーナ大会でタイ人レスラーのE・K・バギーと対戦してラリアット→片エビ固めで勝利した[2]

2014年7月6日、左足首脱臼骨折を負った高井のために高井AIDを開催。スポルティーバ、DDT、プロレスリングFREEDOMS、プロレス実験団GUYZ、DEPプロレスリング華☆激先駆舎、我闘雲舞、DRAGON GATE、プロレスリングHEAT UPの選手参戦のもとで開催をした。

欠場期間中は丸山敦の欠場プロレスに影山道雄などと定期参戦中。

2015年9月6日、バッファロー戦で1年3ヶ月ぶりの復帰を果たす。

2016年2月、チームでら認定初代ドラツェーガー王座決定トーナメントで決勝まで駒を進めるも、グランパショマスク4号に負け初代王者の座はとり逃す。

得意技[編集]

ホフラリアット
ホフロケット
でらホフバスター
でらホフボム
キナコボム
ビタワンバスター
ペロ時代に使用していた技。水車落としのように背後にかつぎあげ、F5のように前方へ旋回させサイドに落とす。
ワンワンスプラッシュ
ダイビング・ボディ・プレスの一種。「ワンワン…」のかけ声の後ダイブ。四つんばいの体勢でいったん手前に着地して、そこから軽く飛んでプレスする。

その他[編集]

  • サプリメントには、きなこ牛乳、サバ缶、チョコモナカジャンボを使用。日焼けすることで体を丈夫にし力を付ける。疲れきった状態では無理なトレーニングをせず横になって寝る「サイドスリープ」で肩を自然に大きくすると言った、独自のユニークな肉体改造術を実践している。
  • 「ペロ」は全身コスチュームで、後期になるとさらにオーバーオールとレッグウォーマーの出で立ちをしていた。着脱式の首輪は奪われて凶器として使用されることがあるが、自身で使用する時もあった。
  • Pリーグの大ファン。

脚注[編集]

外部リンク[編集]