野田クリスタル

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野田クリスタル
本名 野田 光
(のだ ひかる)
生年月日 (1986-11-28) 1986年11月28日(33歳)
出身地 日本の旗 日本神奈川県横浜市南区
血液型 A型
身長 178cm
言語 日本語
方言 共通語
コンビ名 マヂカルラブリー
相方 村上
芸風 漫才ボケ
立ち位置
事務所 吉本興業
活動時期 2003年 -
同期 スリムクラブ
尾形貴弘(パンサー)
ジョイマン
銀シャリ
ジャルジャル
プラス・マイナス
秋山賢太(アキナ)
他の活動 野田ゲー開発者
受賞歴
2020年 R-1ぐらんぷり優勝
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野田クリスタル(のだクリスタル、本名:野田 光〈のだ ひかる〉、1986年11月28日 - )は、日本お笑い芸人であり、お笑いコンビマヂカルラブリーボケ担当、相方は村上吉本興業東京所属。R-1ぐらんぷり2020王者。

来歴[編集]

神奈川県立六ツ川高等学校(現横浜国際高等学校[1]在学中の15歳の時に同級生と「セールスコント」というお笑いコンビを結成し、『学校へ行こう!』の「お笑いインターハイ」で優勝するなどの戦績をあげた[2]。その後インターネットの相方募集掲示板で知り合った相方と「役満」を結成し、2004年のM-1グランプリに3回戦まで進出[3]。16歳にして東京吉本の所属となる。東京NSC8期と同期扱いであるが、同期はいずれも一世代年上ばかりであった。

2005年9月に相方の「先生になりたい」という一言で役満を解散。再び「アンビシャス」というコンビを組み活動するが、結成から2ヵ月後の初舞台の日に相方が失踪し解散。アンビシャス解散からマヂカルラブリーを結成するまではピン芸人で活動していた。当時[いつ?]は、オールバックブリーフという出で立ちだった。

人物・芸風[編集]

野田ゲー[編集]

独学でゲームプログラミングを習得し、自作ゲームを開発している。製作したゲームは「野田ゲー」と称されている。

賞レースなどでの戦績[編集]

アマチュア時代[編集]

  • 2002年 学校へ行こう! 第1回お笑いインターハイ 優勝 ※コンビ「セールスコント」として[2]

プロ入り後[編集]

出演[編集]

テレビ[編集]

ウェブテレビ[編集]

  • 家-1グランプリ2020〜お笑い自宅芸No.1決定戦〜(2020年5月3日、ABEMA) - 決勝進出者[10]

脚注[編集]

  1. ^ 六ツ川出身野田さんら 漫才界の頂点目指す 注目株「マヂカルラブリー」 | 南区” (日本語). タウンニュース (2018年1月1日). 2020年7月10日閲覧。
  2. ^ a b “マヂカルラブリー野田のお笑いスクールイベント開校”. お笑いナタリー (株式会社ナターシャ). (2010年1月31日). https://natalie.mu/owarai/news/27037 2020年3月22日閲覧。 
  3. ^ M-1GPアーカイブ - M-1GP2004”. www.m-1gp.com. 2020年3月22日閲覧。
  4. ^ 2011年10月14日、ドリームクリエイターニコニコ生放送より
  5. ^ 2009年12月26日シューレスジョーのシチサンLIVEより
  6. ^ 池袋にて 野田の日記 - 魔法のiらんど(2018年7月30日時点でのアーカイブより引用)”. s.maho.jp. 2020年9月9日閲覧。
  7. ^ 2019年9月19日のツイート
  8. ^ 野田クリスタル「全てえみちゃんのおかげ」17年以来のM1決勝目指す(1ページ目)”. ENCOUNT (2020年7月28日). 2020年9月9日閲覧。
  9. ^ “R-1優勝より前に野田クリスタルが活躍したもうひとつの賞レース”. クイックジャパンウェブ. (2020年3月18日). https://qjweb.jp/column/11479/ 2020年3月22日閲覧。 
  10. ^ Inc, Natasha (2020年5月2日). “霜降りせいや、ミキ亜生、プラマイ岩橋、天竺鼠川原ら「家-1グランプリ」決勝20組” (日本語). お笑いナタリー. 2020年5月3日閲覧。

外部リンク[編集]