富津市

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ふっつし
富津市
富津岬の明治百年記念展望台 金谷港の恋人の聖地モニュメント 富津火力発電所 東京湾観音 鋸山 マザー牧場 浜金谷港 第二海堡
Flag of Futtsu Chiba.JPG
Emblem of Futtsu, Chiba.svg
富津市旗
1971年10月1日制定
富津市章
1971年10月1日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
団体コード 12226-2
法人番号 8000020122262
面積 205.53km2
総人口 43,896[編集]
推計人口、2018年10月1日)
人口密度 214人/km2
隣接自治体 君津市鴨川市安房郡鋸南町
(以下、海上を隔てて隣接)
神奈川県横須賀市
市の木 サクラ
市の花 ツツジ
富津市役所
市長 高橋恭市
所在地 293-8506
千葉県富津市下飯野2443
北緯35度18分14.7秒東経139度51分25.3秒
Futtsu City Hall.JPG
外部リンク 公式ウェブサイト

富津市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

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富津市(ふっつし)は、千葉県南部の君津地域に位置する富津岬から南へ続く海岸部南房総国定公園に指定されている。

木更津港富津地区に位置し、京葉工業地帯には日本最大級の火力発電所である富津火力発電所があり[1]フェリーターミナル浜金谷港を有する港湾都市マザー牧場富津岬鋸山などで知られており、海と山々に囲まれた自然豊富な観光都市関東の富士見百景「富津市からの富士」に選定されている。

地理[編集]

本市は房総半島の南部、東京湾岸(内房)に面し、県庁所在地の千葉市から南に50キロメートル、東京都心から100キロメートル圏内である。北部沿岸には富津岬が突き出しているのが特徴である。

隣接している自治体[編集]

人口[編集]

平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、5.14%減の45,601人であり、増減率は県下54市町村中36位、60行政区域中42位。

Demography12226.svg
富津市と全国の年齢別人口分布(2005年) 富津市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 富津市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
富津市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

歴史[編集]

市名の由来は日本武尊伝説によるものとされている。嵐を静めるために海に投身した弟橘姫の袖が海岸に流れ着いたことに由来する(布流津)。この布流津(ふるつ)が転じて富津になったとされている。

※袖が流れ着いた地名は袖ヶ浦。布流津の布は弟橘姫の腰巻が小糸川の飯野の地に流れ着いた事に由来する。

市域には縄文時代弥生時代からの遺跡が数多く分布する。房総半島では古墳時代を通じて古墳が数多く分布しているが、市域では5世紀中頃の内裏塚古墳を頂点とする内裏塚古墳群の存在があり、埴輪金銅製品などの副葬品が出土している。また、古墳後期の横穴式石室を持つ後期古墳も分布する。

律令制下では上総国天羽郡全域・周淮郡の一部に属する。平安時代後期には、治承・寿永の乱において1180年(治承4年)に源頼朝が平家方に敗退して安房国へ渡っており、市域にも関係する伝承が残されている。鎌倉時代には称名寺の寺領があり、古戸(富津)の地から年貢の輸送が行われた。戦国期には佐貫城を拠点とする真里谷武田氏や房総へ進出する安房里見氏が支配した。1567年(永禄10年)には、隣接する君津市との境界にあたる三船山において里見氏と北条氏の合戦が行われた(三船山合戦)。

1973年市外局番が0478から0439に変更。

2016年6月1日、防災行政無線放送等変更。

沿革[編集]

現在の富津市は1971年に新設合併で誕生した3代目の富津町が市制施行したものであるが、ここでは前身となった旧富津村、旧富津町についても述べる。2代目富津町までは旧周淮郡内の小さな町にすぎなかったが、3代目富津町が旧天羽郡全域を町域に収めたことで現在の市域が成立した。

周准郡青堀村 A 君津郡青堀村 D 青堀町 H L 富津市
周准郡飯野村 君津郡飯野村
周准郡富津村 君津郡富津村 B 富津町
天羽郡大貫村 君津郡大貫村 C 大貫町 G 大佐和町 K
天羽郡吉野村 君津郡吉野村 F
天羽郡佐貫町 君津郡佐貫町
天羽郡湊町 君津郡湊町 H 天羽町
天羽郡天神山村 君津郡天神山村
天羽郡竹岡村 君津郡竹岡村
天羽郡金谷村 君津郡金谷村
天羽郡環村 君津郡環村 I 峰上村 J
天羽郡駒山村 君津郡駒山村 F
天羽郡関村 君津郡関村 E 関豊村
天羽郡豊岡村 君津郡豊岡村
B 1897年(明治30年)12月1日
D 1926年(大正15年)4月10日
E 1926年(大正15年)4月24日
F 1937年昭和12年)4月1日
G 1955年(昭和30年)3月30日
H 1955年(昭和30年)3月31日
I 1955年(昭和30年)4月25日
J 1963年(昭和38年)10月1日
K 1971年(昭和46年)4月25日
L 1971年(昭和46年)9月1日

行政[編集]

市長[編集]

歴代市長[編集]

  • 初 代 佐久間清(1期4年)
  • 2-3代目 白井長治 (2期8年)
  • 4-6代目 黒坂正則 (3期12年)
  • 7 代 目 野口岡治 (1年9ヶ月)
  • 8-9代目 白井貫 (2期8年)
  • 10-13代目 佐久間清治 (3期12年)

警察・消防[編集]

経済[編集]

産業[編集]

漁業[編集]

バカガイ(アオヤギ)の産地[2]

  • 富津漁港
  • 大貫漁港
  • 佐貫漁港
  • 竹岡漁港
  • 萩生漁港
  • 金谷漁港

工業[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

教育[編集]

小学校[編集]

  • 富津市立富津小学校
  • 富津市立青堀小学校
  • 富津市立飯野小学校
  • 富津市立大貫小学校
  • 富津市立吉野小学校
  • 富津市立佐貫小学校
  • 富津市立湊小学校
  • 富津市立天神山小学校
  • 富津市立竹岡小学校
  • 富津市立金谷小学校
  • 富津市立環小学校
  • 富津市立関豊小学校

中学校[編集]

  • 富津市立富津中学校
  • 富津市立大貫中学校
  • 富津市立佐貫中学校
  • 富津市立天羽中学校
  • 富津市立天羽東中学校

高等学校[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

※乗車人員が最も多いのは青堀駅であるが、市役所に近い大貫駅が中心駅となる。

ロープウェー[編集]

バス路線[編集]

高速バス[編集]

青堀駅君津駅南口⇔東京駅八重洲口前~浜松町バスターミナル / 東雲車庫東京湾アクアライン経由)
館山~高速竹岡~上総湊駅前⇔東京駅(降車は日本橋口、乗車は八重洲南口)(東京湾アクアライン経由)

一般路線バス[編集]

道路[編集]

港湾[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

ヒカリモ

祭事・催事[編集]

  • 浅間神社羯鼓舞(7月第1日曜日)
  • 富津ふるさとまつり(8月16日)
  • 吾妻神社馬だしまつり(9月17日)
  • 富津市産業まつり(11月第2日曜日)
  • 1961~70年の間に群馬県鬼石町立鬼石中央小学校(現・鬼石小学校)と富津小学校の間で「海山交歓会」という行事があり、鬼石中央小学校と富津小学校の小学6年生が、夏休みに相手の町の同級宅に宿泊し、キャンプファイアなどを楽しんだ。 富津小学校玄関前には鬼石産の石が現在でも置いてある

名物・名産[編集]

出身有名人[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 東京電力 火力発電所 設備一覧
  2. ^ “出荷ガタ減り青息吐息 コレラ騒ぎ後遺症 アオヤギ産地 富津”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 朝刊 27. (1991年12月21日) 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

行政
観光