プチ鹿島

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プチ鹿島
本名 鹿島智広
生年月日 (1970-05-23) 1970年5月23日(48歳)
血液型 O型
身長 157 cm
言語 日本語
最終学歴 大阪芸術大学放送学科
出身 日本の旗 日本 長野県千曲市
コンビ名 骨太熱
鹿島商業
第三勢力
俺のバカ
(いずれも解散)
芸風 漫談
事務所 ワタナベエンターテインメント
現在の代表番組 水曜日のニュース・ロバートソン
配偶者  既婚
公式サイト プロフィール

プチ鹿島(プチかしま、1970年5月23日 - )は、日本お笑いタレントコラムニスト。本名:鹿島 智広(かしま ともひろ)。ワタナベエンターテインメント所属。

来歴[編集]

長野県千曲市出身。高田文夫に憧れて、高田と同じ日本大学芸術学部に進学したいと思っていたが、大阪芸術大学の推薦入試合格の方が先に決まっていた。大阪芸術大学放送学科卒業。

大学時代、友達とラップグループ『イエローモンキークルー』を結成し、第二回チェック・ユア・マイク・コンテスト(ECD主催)で優勝。CDを発売している[1]。そして、大学卒業後、高田の番組を聴きたいという一心で上京した[2]

「骨太熱」、「鹿島商業」、「第三勢力」というお笑いグループでの活動を経て、2003年にバカ野坂と『俺のバカ』を結成。俺のバカ時代はツッコミ役を務め、チョビ髭がトレードマークとし、バカ野坂の“調教師”という設定として、いつも(というよりは縄跳び跳び縄を改造したようなもの)を持ったネタなどを披露していた。2007年9月に野坂が脱退したことに伴い、ピント芸人として活動を開始。時事ネタを得意としており、“時事芸人”を自称している[3]

大川興業、エーライフプロダクツ、ニチエンプロダクションを得て、2011年4月より、芸人活動に絞る為に再度フリーに転向。2012年5月よりオフィス北野に所属。

2018年4月23日、所属していたオフィス北野のマネジメント問題から、出演している『東京ポッド許可局』(TBSラジオ)の東京ポッド許可局局員(米粒写経居島一平サンキュータツオ)、マキタスポーツ)で、フリーエージェント宣言を行った[4]。その後、同年6月18日放送分の同番組内にてワタナベエンターテインメントへ所属する事を発表した[5][6]

人物[編集]

著作[編集]

出演番組[編集]

俺のバカ#出演の節も参照。

テレビ[編集]

ドラマ
その他

ネット配信[編集]

ラジオ[編集]

映画[編集]

アニメ[編集]

ゲーム[編集]

連載[編集]

メールマガジン[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 神戸よりヒクソン・グレーシー来たる。”. プチ鹿島ブログ「俺のバカ」 (2007年11月10日). 2013年12月16日閲覧。
  2. ^ a b ラジオライフ三才ブックス)2014年1月号「プチ鹿島 DJ interview」より。
  3. ^ プチ鹿島のプロフィール より。
  4. ^ “マキタスポーツ、プチ鹿島、米粒写経が語るオフィス北野FA宣言の真意 たけしの助言を胸に新たな一歩”. ORICON NEWS. (2018年4月24日). https://www.oricon.co.jp/news/2110082/full/ 2018年4月28日閲覧。 
  5. ^ “マキタスポーツ、プチ鹿島、米粒写経がワタナベエンタ入り発表!”. スポーツ報知. (2018年6月19日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20180618-OHT1T50212.html 2018年6月19日閲覧。 
  6. ^ ““FA宣言”のマキタスポーツ、プチ鹿島、米粒写経、オフィス北野からワタナベエンタに移籍”. ORICON NEWS. (2018年6月19日). https://www.oricon.co.jp/news/2113889/full/ 2018年6月19日閲覧。 
  7. ^ 『プロ野球ネットワーク』の枠外であるが、2017年5月4日21:00-22:00に関東地区ローカルでも放送された。

外部リンク[編集]