スパリゾートハワイアンズ

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スパリゾートハワイアンズ
Spa Resort Hawaiians
Spa Resort Hawaiians Water Park. A.JPG
ウォーターパーク(2014年1月撮影)
地図
店舗概要
所在地 972-8326
福島県いわき市常磐藤原町字蕨平50
座標 北緯36度59分38.5秒 東経140度48分57.4秒 / 北緯36.994028度 東経140.815944度 / 36.994028; 140.815944座標: 北緯36度59分38.5秒 東経140度48分57.4秒 / 北緯36.994028度 東経140.815944度 / 36.994028; 140.815944
開業日 1966年昭和41年)1月15日[1]
施設所有者 常磐興産株式会社
(旧社名:常磐炭礦株式会社)
営業時間 土日祝日9:00-22:30
平日は開始時間が30分から1時間遅い場合あり
駐車台数 3,500(24時間1000円/最初2時間無料)台
前身 常磐ハワイアンセンター
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スパリゾートハワイアンズ(Spa Resort Hawaiians)は、福島県いわき市常磐に所在する、大型温水プール温泉ホテルゴルフ場からなる大型レジャー施設である。

施設[編集]

温泉を利用した6つのテーマパーク、ホテル、ゴルフ場などで構成される。

温泉施設[編集]

温泉施設には、水着で楽しめるプールと裸で入浴する入浴施設の2種類ある。

温泉はいわき湯本温泉が引かれている。なお、いわき湯本温泉の泉源は、常磐炭鉱跡地の鉱底をボーリングして開発されている大規模なもの。一度炭鉱採掘により枯渇したが、当施設の開設にあわせ巨額の費用を投じて再開発された異色の存在である。

プール[編集]

ウォーターパーク(2014年1月撮影)
  • 「ウォーターパーク」 - 1年中楽しめる全天候型の屋内プール。大プール、様々な魚と一緒に泳ぐ感覚になるアクアリウムプール、「ワンダーリバー」・「ワンダーホルン」・「ワンダーブラック」の3種類のスライダー、子供のための「ワイワイ・オハナ」がある。
  • 「スプリングタウン」 - 水着を着用して楽しめるスパエリア。打たせ湯、オンドル、ミストサウナ、ボディシャワーなど。
  • 「スパガーデン パレオ」 - 水着を着用して楽しめる屋外のスパエリア。自然の中でスパが楽しめるリフレッシュグリーンを基調としたグリーンゾーン、オブジェが点在するアクティブレッドを基調としたレッドゾーン、ジャグジーなどのマッサージ系のスパアイテムで癒すヒーリングブルーを基調としたブルーゾーン、家族や仲間と楽しめるロマンティックイエローを基調としたイエローゾーンの4色のエリアで構成される。

入浴施設[編集]

  • 「温泉浴場パレス」 - 裸で入浴する大浴場。960平方メートルの大浴場で12種24浴槽(男女合わせて)の温泉施設。
  • 「江戸情話 与市」 - 浴場面積1,000平米、江戸時代の雰囲気がある世界最大の大露天風呂。ギネス・ワールド・レコーズに認定された。

宿泊施設[編集]

  • 「ホテルハワイアンズ」 - 客室数290室あるメイン宿泊施設
  • 「モノリスタワー」 - 一枚岩をイメージした宿泊施設
  • 「ウイルポート」 - 地中海リゾート風宿泊施設
  • 「クレスト館」 - 和風な宿泊施設

オフィシャルゴルフ場[編集]

  • 「スパリゾートハワイアンズゴルフコース」 - 3コース・27ホール

その他施設[編集]

  • 「スプリングプラザ」 - 幅20メートル、高さ3メートルの滝が印象的な広場。
  • 「フラミュージアム」 - フラダンスの歴史がわかる博物館エリア。
  • 「アロハタウン」 - ウォーターパーク内に併設された食事・ショッピングエリア。

沿革[編集]

設立過程[編集]

石炭業界は、朝鮮戦争1950年6月25日 - 1953年7月27日)に伴う1950年代前半の朝鮮特需期には需要増から一時好況となったものの、1950年代後半には労働運動の盛り上がりによるコスト増から低価格な輸入石炭との競合が露呈し、さらに1962年10月の原油輸入自由化によってエネルギー革命が加速して、構造的な不況に陥った[2]常磐炭鉱(後の常磐興産)での整理解雇1955年から始まった[3]

そこで炭鉱労働者やその家族の雇用創出、さらに同社の新たな収入源確保のため、炭鉱以外の新規事業を立ち上げることになり、『日本人が行ってみたい外国ナンバー1』だった「ハワイ」に着目。炭鉱で厄介物扱いされていた地下から湧き出る豊富な常磐湯本の温泉水を利用して室内を暖め、「夢の島ハワイ」をイメージしたリゾート施設「常磐ハワイアンセンター」(じょうばんハワイアンセンター)の建設を計画した。しかし、社内でも先行きを疑問視する声が強く、炭鉱の最前線にいた社員たちの転身にも根強い反対があり、「10年続けば御の字」という悲観的な見方すらあった。最終的には当時の常磐湯本温泉観光社長(常磐炭鉱副社長兼務、後に社長)の中村豊が押し切る形で事業を進めた。

フラダンス、タヒチアンダンス、ポリネシアンダンスのダンサーは、自前で設立した常磐音楽舞踊学院から人材を供給した。

常磐ハワイアンセンター[編集]

1964年に運営子会社として常磐湯本温泉観光株式会社を設立し、1966年にオープン。高度経済成長を遂げる日本に於いて、1964年海外旅行が自由化されたものの、庶民には高嶺の花という時代であり、開業前の悲観論を尻目にホテルが当時破格の1泊3千円以上ながら東京方面から多くの観光客を集め、大型温水プールを中心にした高級レジャー施設として年間120万人強の入場者を集めた[4]。年間入場人員は、1968年度には140万人を突破し、1970年度には155万3千人となりピークに達した[4]

1971年ニクソン・ショックによりブレトン・ウッズ体制が崩壊してスミソニアン体制に移行し、1アメリカ合衆国ドル=360円から308円に切り上げされ、1973年には変動相場制移行とオイルショックによって輸出に依存していた日本の高度経済成長は終焉を迎えた。当センターの入場人員も日本の経済状況に合わせて減少し、1975年度には年間110万人にまで落ち込んだ[4]ハワイ州オアフ島出身のアグネス・ラムの人気もあってか、1976年度はやや入場人員が増加したものの、1977年度以降は年間100万人から多くても年間110万人程度で横ばい状態が続いた[4]、この時期、毎週日曜日および祝日にはアイドル歌手や演歌歌手の歌謡ショーが開催されていた[† 1]1984年度には初めて営業赤字を計上した[5]

1988年3月24日常磐自動車道いわき中央ICまで全線開通し、バブル景気に沸く首都圏と直結すると、1988年度に一気に年間140万人超まで入場人員が増加した[4][5]。これを機に総事業費50億円をかけてリニューアルを始めることになった。

スパリゾートハワイアンズ[編集]

「スパリゾートハワイアンズ」正面出入り口と、「モノリスタワー」(2014年1月撮影)

1990年、オープン25周年を機に「常磐ハワイアンセンター」を「スパリゾートハワイアンズ」に改名し、「スプリングパーク」をオープンした。同年度および翌1991年度は年間140万人超の入場人員があったが、バブル崩壊1992年度には年間120万人台にまで減少した[4]

一方、1985年プラザ合意により急速な円高が発生してバブル景気期には海外旅行が普及するが、1994年には円相場が1米ドル=100円の大台を突破して円高が進行し、さらに同年の航空法改正でZONE PEX運賃が導入されて格安航空券が一般化した。すると「本当のハワイに行った方が安い」とまで言われるようになり、同年度以降、年間110万人前後で横ばい状態になった[4]。1994年度に再び営業赤字を計上した[5]

1997年、日本一の大露天風呂「江戸情話 与市」をオープンした。すると、同年度に年間120万人を回復し、ここから右肩上がりに入場人員の増加が続くことになる[4]。これは、前身の常磐ハワイアンセンターから引き継いだ「ハワイ」「南国」というコンセプトに加え、海水浴と比べて日焼けの心配が低い屋内プールや美白の効能があるとされる温泉[6]を備えた当施設が美白を求める女性[† 2]の需要に合致し、さらに東京仙台などからの無料バスによる送迎サービスを行うなどの集客努力が功を奏したものと考えられている。また、2000年アクアマリンふくしまが開館して人気施設となり、いわき市内で回遊性が生まれたことも影響したと考えられている。2005年度には常磐ハワイアンセンター時代の1970年度以来の年間利用者数150万人を達成した[4]

2006年9月23日から映画『フラガール』が全国公開されたのを機に、「ワイワイ・オハナ」「アロハタウン」「フラ・ミュージアム」など次々オープンした。すると、翌2007年度には過去最高の年間161万1千人が入場し、かつ、初の年間160万人超を達成した[4]

東日本大震災[編集]

2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生した。いわき市は震度6弱を観測し、施設に大きな被害が出た。当初早期の再開を目指したが、丁度1ヵ月後の4月11日には福島県浜通り地震が発生。市内南部の井戸沢断層と塩の平断層に加え、当館直下に存在した湯の岳断層の3つの断層が同時多発的にズレ動き、東北地方太平洋沖地震の本震よりも深刻な被害を出した。これにより、長期間の休業を余儀なくされ、2011年の年間利用者は40万人を切る事になった。

この困難を常磐炭鉱が次々と閉山していた頃の困難になぞらえ、また、震災復興への願いを込め、46年ぶりとなる全国キャラバン「フラガール全国きずなキャラバン」で日本各地で開催することになった。

2012年2月8日、約1年ぶりに全面開業。年間利用者は2012年度に140万人に回復し、翌2013年度には150万7千人となった。

関連年表[編集]

  • 1950年代後半 - 炭鉱産業の斜陽化が表面化、新事業の構想が始まる
  • 1964年(昭和39年)
    • 1月 - 磐城・郡山地域が新産業都市に指定。
    • 9月 - 常磐湯本温泉観光株式会社を設立
  • 1965年(昭和40年)4月1日 - 専属ダンサーを育成する「常磐音楽舞踊学院」設立。
  • 1966年(昭和41年)
  • 1967年(昭和42年) - 熱帯植物園「バナナ園」および露天風呂「ナイアガラ風呂」オープン
  • 1970年(昭和45年) - 「金風呂」オープン。同年度の年間来場者数が155万人を突破。常磐興産が常磐湯本温泉観光を合併、運営を承継。
  • 1978年(昭和53年) - 「屋内流れるプール」オープン。
  • 1984年(昭和59年)
    • 「ホテル中央館」オープン。
    • 同年度に初の営業赤字を計上[5]
  • 1985年(昭和60年) - 「わんぱくプール」オープン。
  • 1986年(昭和61年) - 「聖スパークヒル教会献堂」、「ワンダーホルン」、コンベンションホール「ラピータ」オープン。
  • 1987年(昭和62年) - 「ワンダーリバー」オープン。
  • 1988年(昭和63年)
  • 1989年(平成元年) - 「クレストヒルズゴルフ倶楽部」オープン。
  • 1990年(平成2年) - オープン25周年を機に、「スパリゾートハワイアンズ」に改称。「スプリングパーク」オープン。
  • 1994年(平成6年)
    • 「ホテル南3号館」オープン。
    • 同年度に再び営業赤字を計上[5]
  • 1995年(平成7年) - 「ウォーターパーク」リニューアルオープン。「ワンダーブラック」オープン。
  • 1997年(平成9年) - 日本一の大露天風呂「江戸情話 与市」をオープン。
  • 1998年(平成10年)7月9日 - 「江戸情話 与市」が世界最大の露天風呂としてギネス・ワールド・レコーズに認定[6]
  • 1999年(平成11年) - 「ウイルポート」オープン。
  • 2001年(平成13年) - 「スパガーデン パレオ」オープン。
  • 2006年(平成18年)
  • 2007年(平成19年)
    • 3月16日 - 子供向けプール「ワイワイ・オハナ」オープン。
    • 8月1日 - 日本最大規模のハワイをテーマにした飲食・物販・商業ゾーン「アロハタウン」オープン。
    • 11月1日 - 炭鉱とフラの歴史をテーマとした「フラ・ミュージアム」オープン。
    • 同年度の年間来場者が161万1千人となり過去最高を記録。
  • 2011年(平成23年)
    • 3月11日 - 東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生(いわき市:震度6弱)。安全点検のため3月14日まで全館休業と発表。
    • 3月12日 - 当館から直線距離で北北東に約50km離れた東京電力福島第一原子力発電所爆発事故が発生。
    • 3月14日 - スパリゾートハワイアンズおよびクレストヒルズゴルフ倶楽部は3月21日まで、山海館およびナンクーは3月31日まで臨時休業と発表[7]
    • 3月15日 - 同原発3号機で爆発発生。福島第一原発から20 - 30km圏内に屋内退避指示が出され、いわき市北部が該当する。
    • 3月23日 - スパリゾートハワイアンズおよびクレストヒルズゴルフ倶楽部を当面の間休業と発表[8]
    • 4月11日 - いわき市内南部の井戸沢断層付近を震源とする直下型地震の福島県浜通り地震(いわき市:震度6弱)が発生し、スパリゾートハワイアンズが深刻な被害を受けた[9][10]
    • 4月22日 - いわき市内北部の屋内退避指示が解除[11]フラダンスのレッスンを再開[12]
    • 4月25日 - クレストヒルズゴルフ倶楽部の営業を再開[13]
    • 5月3日 - 「フラガール全国きずなキャラバン」開始[14]
    • 5月23日 - 広野町民の二次避難先の1つになり、埼玉県三郷市などに避難していた同町民の受け入れを開始[15]
    • 10月1日 - 一部の施設が再開[† 3]。「フラガール全国きずなキャラバン」終了[14]
    • 10月3日 - スパリゾートハワイアンズ・ダンシングチームが、第3回観光庁長官表彰を受賞。
    • 10月29日 - 映画『がんばっぺ フラガール! 〜フクシマに生きる。彼女たちのいま〜』公開。
  • 2012年(平成24年)2月8日 - 復旧費42億円をかけて全面再開[10][16]。総工費55億円をかけて新ホテル「モノリスタワー」をオープン[16]
  • 2013年(平成25年)8月20日 - 累計入場者数6,000万人(累計宿泊者数は1,500万人)を達成。
  • 2014年(平成26年)- フラガールが誕生50年を迎えた[17]
  • 2015年(平成27年)5月22日 - 第7回太平洋・島サミット(いわき太平洋・島サミット2015)の主会場となった[18]
  • 2017年(平成29年) - スプリングプラザ横の巨大スライダー「ビッグアロハ」オープン。
  • 2018年(平成30年)6月9日 - 天皇皇后両陛下視察[19]

アクセス[編集]

無料送迎バス運行会社[編集]

ダンシングチーム[編集]

フラガール(2014年1月撮影[† 4]。)

スパリゾートハワイアンズダンシングチーム 」(通称:「フラガール」)[20]によるポリネシアンショー公演が、「ウォーターパーク」内常設会場「ビーチシアター」において、ほぼ毎日、昼夜1回ずつ行われている。

  • ダンシングチームの正式名称は「スパリゾートハワイアンズ・ダンシングチーム」である[21]
  • 新人フラガールは、毎年4月に常磐興産の社員として入社すると同時に、常磐音楽舞踊学院に入学する[22][23]。通常は、同学院在学中のまま入学した年の7月に舞台デビューし[24][† 5]、同学院の2年課程を修了後に、プロダンサーとしてスパリゾートハワイアンズと契約する[22]
  • ソロダンスを踊るフラガールはソロダンサーと呼ばれ、「ハワイアンネーム」が授与される[25]
  • 公演にはファイヤーナイフダンサーと呼ばれる両端に火の点いた棒を両手で回すポリネシアンダンスの男性ダンサーやバックバンド(斉藤和雄とエテネタヒチアンズ)も出演する。ファイヤーダンスショーは、1972年にポリネシアンショーの一部のパートとして始まって以来、あまり知られていないがその歴史は長い。なお、2015年9月時点で、在籍するファイヤーナイフダンサーは4人共いわき市出身のスパリゾートハワイアンズの社員であった[26]。2016年4月1日、ファイヤーナイフダンスチーム「Siva Ola(シバオラ)」と命名され、同時に3名増員されることとなった[27]。2019年6月現在、メンバーは8名でファイヤーダンス世界大会経験者も4名と実力者が揃っている。

メンバー[編集]

加入期には、対応する常磐音楽舞踊学院の入学年を併記。なお、46期(2010年)は、常磐興産を取り巻く経営環境の悪化から同社が新卒採用を見送ったのと合わせて、フラガールの募集も休止した[28]。 2017年3月3日現在、メンバーは28名である(常磐音楽舞踊学院在学中の51期生3名[29]ならびに52期生3名[27]を含む)。 2019年7月現在、メンバーは30名、その内ソロダンサーは5名である。55期生(2019年)6名が8月1日にデビューしメンバーは36名になった。

【歴代ソロダンサーと現役ダンサー】

名前 よみ 加入期 出身地 備考
レイモミ小野 レイモミおの 1期 本名:小野恵美子
阿部美代子 あべみよこ 1期
結城繁子 ゆうきしげこ 1期
斎藤恵子 さいとうけいこ 1期
大竹千代子 おおたけちよこ 1期
萱野テル子 かやのてるこ 1期
市橋幸子 いちはしさちこ 1期
レイラニ鈴木 レイラニすずき 1期 本名:鈴木とみ子
アフラニ兵藤 ひょうどうきみこ 2期 本名:兵藤君子
菅生理津子 すごうりつこ 3期
尾形つや子 おがたつやこ 4期
リリアナ千葉 リリアナちば 4期 本名:千葉栄子
カララ菅生 カララすごう 5期 本名:菅生春美
及川美智子 おいかわみちこ 5期
長谷川絹江 はせがわきぬえ 5期
横井真澄 よこいますみ 6期
マモ高橋 マモたかはし 6期 本名:高橋礼子
ロゼラニ佐々木 ロゼラニささき 7期 本名:佐々木美代子
マリア小原 マリアこはら 8期 本名:小原美枝
レイナ熊谷 レイナくまがい 9期 本名:熊谷典子
藤田富士子 ふじたふじこ 10期
エマ山野 エマやまの 10期 本名:山野七美
岩尾信枝 いわおのぶえ 11期
エマ佐河 エマさがわ 11期 本名:さがわよねこ
菅野豊子 すがのとよこ 12期
奥山みえ子 おくやまみえこ 15期
太田信子 おおたのぶこ 15期
鈴木直子 すずきなおこ 15期
レイナニ嶋倉 レイナニしまくら 15期 本名:嶋倉英子
マモ高橋 マモたかはし 18期 本名:高橋敦子
オカラニ夏代 オカラニなつよ 5期 本名:館夏代
レイモミ橋本 レイモミはしもと 20期 本名:橋本智子
ウイラニ落合 ウイラニおちあい 22期 本名:落合美奈子
プアナニ季代 プアナニきよ 20期 本名:渡辺季代子
マカナニ啓子 マカナニけいこ 21期 本名:吉野啓子
レイラ館 レイラたて 22期 本名:館佳代子
クウレイあゆみ クウレイあゆみ 23期 本名:佐藤あゆみ
クウレイ敦子 クウレイあつこ 25期 本名:小松敦子
ラニ細野 ラニほその 23期 本名:細野直美
プアナニ優子 プアナニゆうこ 24期 本名:宮本優子
ロケラニ千恵子 ロケラニちえこ 26期 本名:大久保千恵子
クウレイ尚子 クウレイなおこ 26期 本名:日向尚子
プアナニ純子 プアナニじゅんこ 26期 本名:竹本純子
マカナニたか子 マカナニたか子 26期 本名:加藤たか子
ピイラニ美紀 ピイラニみき 23期 本名:高木美紀
プアリリア美奈子 プアリリアみなこ 28期 本名:武田美奈子
ホクラニ橋本 ホクラニはしもと 29期 本名:橋本加奈
マカナニ小野瀬 マカナニおのせ 30期 本名:小野瀬由香
レイナニ幸恵 レイナニゆきえ 29期 本名:森田幸恵
レイアロハ寿恵 レイアロハとしえ 32期 本名:山形寿恵
プアナニ智子 プアナニともこ 36期 本名:荻島智子
マブナ佑子 マブナゆうこ 35期 本名:半澤佑子
レイプアナニ佑美 レイプアナニゆみ 36期 本名:猪狩佑美
ティアレるりか ティアレるりか 36期 本名:今城るりか
マルヒア由佳里 マルヒアゆかり 38期 本名:加藤由佳里
ラニ秋山 ラニあきやま 40期 本名:秋山梨絵
プアリリア樹 プアリリアいつき 41期 本名:梶原樹
ティアレるりか ティアレるりか 36期 本名:今城るりか
ロゼラニ幸恵 ロゼラニさちえ 40期 本名:鈴木幸恵
モアナ梨江 モアナりえ 40期 本名:大森梨江
オーリノ苑未 オーリノそのみ 42期 本名:小林苑未
リリノエ麻美 リリノエあさみ 41期 本名:寿々木麻美
マヒナ千鶴 マヒナちづる 41期 本名:松本千鶴
レイレフア舞子 レイレフアまいこ 44期 本名:木野田舞子
レイピカケ水貴 レイピカケみずき 45期 本名:須藤水貴
ウイラニ綾華 ウイラニ あやか 45期 本名:大河原綾華
以上、現役引退|
アウリイ晴奈 アウリイ はるな 47期
(2011年)
福島県いわき市 68代ソロダンサー
本名:鈴木晴奈
キャプテン
ラウレア美咲 ラウレア みさき 48期
(2012年)
茨城県北茨城市 71代ソロダンサー
本名:高浜美咲
副キャプテン
第1回フラガールズ甲子園(2011年開催)に出場[30]
マカレア麻衣 マカレア まい 41期
(2005年)
福島県いわき市 59代ソロダンサー
本名:山際麻衣
ワイオリ涼子 ワイオリ りょうこ 48期
(2012年)
福島県福島市  69代ソロダンサー
本名:西尾涼子
マイレ瑠莉 マイレ るり 48期
(2012年)
東京都八王子市  70代ソロダンサー
本名:谷合瑠莉
加藤咲樹 かとう さき 49期
(2013年)
福島県いわき市 第2回フラガールズ甲子園(2012年開催)に出場[31]
小野寺穂里 おのでら みのり 50期
(2014年)
神奈川県川崎市
桑澤佳奈子 くわざわ かなこ 東京都葛飾区
羽賀万由子 はが まゆこ 福島県会津若松市
星怜奈 ほし れいな 福島県いわき市 第3回フラガールズ甲子園(2013年開催)に出場[32]
山田結衣 やまだ ゆい 第3回フラガールズ甲子園(2013年開催)に出場[32]
仙道悠莉 せんどう ゆうり 51期
(2015年)
神奈川県横須賀市
緑川涼香 みどりかわ すずか 福島県いわき市 第4回フラガールズ甲子園(2014年開催)に出場[33]
奥村あかり おくむら あかり 52期
(2016年)
奈良県北葛城郡上牧町
小林美穂 こばやし みほ 東京都府中市
吉村めい よしむら めい 53期
(2017年)
鹿児島県指宿市
阿部真菜美 あべ まなみ 秋田県にかほ市
山田奈々子 やまだ ななこ 新潟県新潟市
水上桃子 みずかみ ももこ 東京都江東区
笛木花菜美 ふえき かなみ 群馬県みなかみ町
高倉なな たかくら なな 宮城県亘理町
箕川葉月 みのかわ はづき 茨城県北茨城市
下田杏南 しもだ あんな 福島県いわき市
佐藤彩華 さとう あやか 福島県いわき市
新谷梨紗 しんたに りさ 54期
(2018年)
神奈川県横浜市
本間綺音 ほんま あやね 埼玉県桶川市
猪塚由妃 いのづか ゆき 東京都江東区
平塚喜子 ひらつか きこ 福島県会津美里町
渡辺真由 わたなべ まゆ 福島県いわき市
今野葵 こんの あおい 福島県いわき市
徳永千陽 とくなが ちはる 55期
(2019年)
神奈川県横浜市
三浦琴由希 みうら こゆき 東京都町田市
小野田はな おのだ はな 埼玉県川口市
齋藤遥 さいとう はるか 福島県いわき市
新妻愛海 にいづま あみ 福島県いわき市
鈴木亜怜 すずき あれい 福島県いわき市

現在行われている公演やショー[編集]

  • エテネタヒチアンズ・ライブ(12:30~13:00)
  • ポリネシアン・サンライトカーニバル「ピリカラニ~ようこそ楽園へ~」2019年9月1日~ 13:30~15:15 )
  • きづなステージショー(16:30~16:45)
  • ポリネシアン・グランドステージ『全力で、生きる。 ~55 years of "Never Give Up”』(20:40~21:30)

関連作品[編集]

フラガール[編集]

1965年の炭鉱閉山から「常磐ハワイアンセンター」の誕生を支えた人々の物語が、『フラガール』と題し映画化された(2006年9月23日公開)。第80回キネマ旬報ベストテン・邦画第1位、第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞、話題賞(作品部門)、最優秀助演女優賞を受賞した。なお、下記にも記述している「DON!」ではフラガール第1期生のうちの3人と映画に出演した南海キャンディーズしずちゃんおよびこれらの人々を指導していた常磐音楽舞踊学院・カレイナニ早川講師のインタビューを放送し、さまざまなエピソードなどを話した。なお、フラガールのメンバーは、「東日本大震災」後、被災者支援の一環として福島県内の避難所を中心に全国142か所を廻った。

その他[編集]

ほか

その他[編集]

類似施設[編集]

南関東ガス田において天然ガスと共に湧出した温泉を用いて船橋ヘルスセンター千葉県船橋市)が温泉入浴施設に加えて大プールや遊戯施設を備え1955年(昭和30年)に開業した。これ以降、「ヘルスセンター」という名称の娯楽性を伴った大規模入浴施設(健康ランド)が各地に出現することになり、大衆演劇の公演を取り入れる場合もあった。

当施設はヘルスセンターの中でも、ハワイをコンセプトにジャングル風呂やフラダンスの公演を取り入れた特殊性があり、後発の類似施設との差別化に成功して2018年時点まで存続している。

なお、当施設と同時期に存在したハワイをコンセプトにしたヘルスセンターには以下のようなものがある。

また、当施設と同様に常磐炭鉱から排出される温泉水を用いた施設としては、当施設開業以前の1958年から隣の内郷地区で営業していた内郷市営内郷ヘルスセンターが挙げられる。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 出演するのは基本的に1組だが、新人歌手やベテランの場合は2組以上の場合もあった。
  2. ^ 鈴木その子の影響もあって、1990年代後半から美白はブームとなった。
  3. ^ 再開する施設は、スプリングパーク・江戸情話夜市・スパガーデンパレオ(ここまでは日帰り施設)・ウィルポート・ホテルハワイアンズ東館(ここまではホテル施設)
  4. ^ 静止画かつフラッシュ未使用の場合撮影は自由。
  5. ^ 2011年入社の第47期生は、東日本大震災の影響で同年10月デビューとなった。
  6. ^ ビクターレコード (VICTOR CUSTOM RECORD)、レコード番号はPRA-10185。盤面の表記より、ビクター音楽産業日本ビクターの子会社で、1972年4月25日から1993年3月31日まで使用していた社名)が製造を請け負った非売品と考えられる。

出典[編集]

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  1. ^ 横田香奈(2015年2月3日). “スパリゾートハワイアンズ:創業50周年記念 「ありがとう」伝えたい フラガールら知事を訪問”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
  2. ^ いわき市史 別巻 常磐炭田史財団法人東部石炭懇話会 常磐炭田ネットワーク)
  3. ^ 常磐炭田略年史(いわきヘリテージ・ツーリズム協議会)
  4. ^ a b c d e f g h i j スパリゾートハワイアンズ 2007年度入場人員は過去最高の161万1千人 初の160万人台を記録共同通信PRワイヤー「常磐興産株式会社 スパリゾートハワイアンズ」 2008年4月1日)
  5. ^ a b c d e <ハワイアンズ半世紀>赤字 フラも廃止覚悟河北新報 2015年10月1日)
  6. ^ a b 洋らん展 2003 IN スパリゾートハワイアンズ (PDF) (常磐興産 2003年11月7日)
  7. ^ 東北地方太平洋沖地震による影響について (PDF) (常磐興産 2011年3月14日)
  8. ^ 東北地方太平洋沖地震による影響について(第2報) (PDF) (常磐興産 2011年3月23日)
  9. ^ 東日本大震災による影響について (PDF) (常磐興産 2011年4月26日)
  10. ^ a b 常夏復活 プールに歓声 いわき・ハワイアンズ(河北新報 2012年2月9日)
  11. ^ 市長コメント(平成23年4月22日 15時45分発表)(いわき市)
  12. ^ 2011年6月3日放送の「モーニングバード」から。
  13. ^ 平成24年3月期 第1四半期決算短信〔日本基準〕(連結) (PDF) ( 常磐興産 2011年8月10日)
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  16. ^ a b ハワイアンズ、2月8日全館再開 プール改修しステージも拡張日本経済新聞 2011年11月11日)
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  18. ^ “福島で島サミット開幕=防災・気候変動など討議”. 時事通信社. (2015年5月22日). http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2015052200658 2015年5月22日閲覧。 
  19. ^ (株)クレヴィス 出版 写真集「天応皇后両陛下 ともに歩まれた60年」
  20. ^ イベントにダンスはいかがですか?スパリゾート・ハワイアンズのプロダンサーが出演します。 スパリゾートハワイアンズ
  21. ^ スパリゾートハワイアンズダンシングチーム
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  23. ^ 「常磐音楽舞踊学院」 第49期生の卒業式と第51期生の入校式(スパリゾートハワイアンズダンシングチームBlog 2015年4月1日)
  24. ^ 51期生がデビューしました!(スパリゾートハワイアンズダンシングチームBlog 2015年7月29日)
  25. ^ ソロダンサー「ヒワラニ麻衣子」デビュー公演のご案内(スパリゾートハワイアンズダンシングチームBlog 2014年10月3日)
  26. ^ ファイヤーナイフダンス世界選手権大会に日本人で唯一、スパリゾートハワイアンズのLAGI中谷の出場が決定(共同通信PRワイヤー 2014年5月1日)
  27. ^ a b <ハワイアンズ>ファイヤーダンサー 夢実現(河北新報 2016年4月2日)
  28. ^ フラガールの第46期生の募集休止  常磐音楽舞踊学院の昭和40年開学以来初 (47NEWS - 福島民報 2010年3月24日)
  29. ^ 新人フラガールがデビュー 創業50年、福島・いわき「ハワイアンズ」ダンサー51期生 (J-CASTトレンド 2015年8月1日)
  30. ^ 秋葉原でフラガールズ甲子園 「被災地にパワーを」(日本経済新聞社 2011年9月4日)
  31. ^ フラで咲く元気と笑顔 仮説住宅など訪問 勿来工業高(福島)フラ同好会 (高校生新聞 2012年6月号)
  32. ^ a b フラガールズ甲子園 2014年4月4日(Facebook)
  33. ^ フラガールズ甲子園 2015年7月31日(Facebook)
  34. ^ “瀧本美織が復興のフラガール 3・11テレ東特別ドラマ主演”. スポーツ報知. (2015年2月9日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20150209-OHT1T50054.html 2015年2月10日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]