スパリゾートハワイアンズ

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スパリゾートハワイアンズ
Spa Resort Hawaiians
ウォーターパーク(2014年1月撮影)
ウォーターパーク(2014年1月撮影)
店舗概要
所在地 972-8326
福島県いわき市常磐藤原町字蕨平50
北緯36度59分38.5秒 東経140度48分57.4秒 / 北緯36.994028度 東経140.815944度 / 36.994028; 140.815944座標: 北緯36度59分38.5秒 東経140度48分57.4秒 / 北緯36.994028度 東経140.815944度 / 36.994028; 140.815944
開業日 1966年昭和41年)1月15日[1]
施設所有者 常磐興産株式会社
(旧社名:常磐炭礦株式会社)
営業時間 土日祝日9:00-22:30
平日は開始時間が30分から1時間遅い場合あり
駐車台数 無料3,500台
前身 常磐ハワイアンセンター

スパリゾートハワイアンズ(Spa Resort Hawaiians)は、福島県いわき市常磐に所在する、大型温水プール温泉ホテルゴルフ場からなる大型レジャー施設である。

施設[編集]

温泉を利用した5つのテーマパーク、ホテル、ゴルフ場などで構成される。

温泉施設[編集]

ウォーターパーク(2014年1月撮影)
  • 「スプリングタウン」 - 水着を着用して楽しめる。打たせ湯、オンドル、ミストサウナ、ボディシャワーなど。
  • 「温泉浴場パレス」 - 裸で入浴する大浴場。960平方メートルの大浴場で12種24浴槽(男女合わせて)の温泉施設。
  • 「スプリングプラザ」 - 幅20メートル、高さ3メートルの滝が印象的な広場。
  • 「江戸情話 与市」 - 浴場面積1,000平米、江戸時代の雰囲気がある世界最大の大露天風呂。ギネス・ワールド・レコーズに認定された。

温泉は常磐湯本温泉が引かれている。なお、常磐湯本温泉の泉源は、常磐炭鉱跡地の鉱底をボーリングして開発されている大規模なもの。一度炭鉱採掘により枯渇したが、当施設の開設にあわせ巨額の費用を投じて再開発された異色の存在である。

宿泊施設[編集]

  • 「ホテルハワイアンズ」 - 客室数305室あるメイン宿泊施設
  • 「モノリスタワー」 - 一枚岩をイメージした宿泊施設
  • 「ウイルポート」 - 地中海リゾート風宿泊施設
  • 「やすらぎ亭」 - 和風な宿泊施設

オフィシャルゴルフ場[編集]

  • 「クレストヒルズゴルフ倶楽部」 - 3コース・27ホール

沿革[編集]

設立過程[編集]

石炭業界は、朝鮮戦争1950年6月25日 - 1953年7月27日)に伴う1950年代前半の朝鮮特需期には需要増から一時好況となったものの、1950年代後半には労働運動の盛り上がりによるコスト増から低価格な輸入石炭との競合が露呈し、さらに1962年10月の原油輸入自由化によってエネルギー革命が加速して、構造的な不況に陥った[2]常磐炭鉱(後の常磐興産)での整理解雇1955年から始まった[3]

そこで炭鉱労働者やその家族の雇用創出、さらに同社の新たな収入源確保のため、炭鉱以外の新規事業を立ち上げることになり、『日本人が行ってみたい外国ナンバー1』だった「ハワイ」に着目。炭鉱で厄介物扱いされていた地下から湧き出る豊富な常磐湯本の温泉水を利用して室内を暖め、「夢の島ハワイ」をイメージしたリゾート施設「常磐ハワイアンセンター」(じょうばんハワイアンセンター)の建設を計画した。しかし、社内でも先行きを疑問視する声が強く、炭鉱の最前線にいた社員たちの転身にも根強い反対があり、「10年続けば御の字」という悲観的な見方すらあった。最終的には当時の常磐湯本温泉観光社長(常磐炭鉱副社長兼務、後に社長)の中村豊が押し切る形で事業を進めた。

フラダンス、タヒチアンダンス、ポリネシアンダンスのダンサーは、自前で設立した常磐音楽舞踊学院から人材を供給した。

常磐ハワイアンセンター[編集]

1964年に運営子会社として常磐湯本温泉観光株式会社を設立し、1966年にオープン。高度経済成長を遂げる日本に於いて、1964年海外旅行が自由化されたものの、庶民には高嶺の花という時代であり、開業前の悲観論を尻目にホテルが当時破格の1泊3万円以上ながら東京方面から多くの観光客を集め、大型温水プールを中心にした高級レジャー施設として年間120万人強の入場者を集めた[4]。年間入場人員は、1968年度には140万人を突破し、1970年度には155万3千人となりピークに達した[4]

1971年ニクソン・ショックによりブレトン・ウッズ体制が崩壊してスミソニアン体制に移行し、1アメリカ合衆国ドル=360円から308円に切り上げされ、1973年には変動相場制移行とオイルショックによって輸出に依存していた日本の高度経済成長は終焉を迎えた。当センターの入場人員も日本の経済状況に合わせて減少し、1975年度には年間110万人にまで落ち込んだ[4]ハワイ州オアフ島出身のアグネス・ラムの人気もあってか、1976年度はやや入場人員が増加したものの、1977年度以降は年間100万人から多くても年間110万人程度で横ばい状態が続いた[4]、この時期、毎週日曜日および祝日にはアイドル歌手や演歌歌手の歌謡ショーが開催されていた[† 1]

バブル景気が始まると、1988年度に一気に年間140万人超まで入場人員が増加した[4]。これを機に総事業費50億円をかけてリニューアルを始めることになった。

スパリゾートハワイアンズ[編集]

「スパリゾートハワイアンズ」正面出入り口と、「モノリスタワー」(2014年1月撮影)

1990年、オープン25周年を機に「常磐ハワイアンセンター」を「スパリゾートハワイアンズ」に改名し、「スプリングパーク」をオープンした。同年度および翌1991年度は年間140万人超の入場人員があったが、バブル崩壊1992年度には年間120万人台にまで減少した[4]

一方、1985年プラザ合意により急速な円高が発生してバブル景気期には海外旅行が普及するが、1994年には円相場が1米ドル=100円の大台を突破して円高が進行し、さらに同年の航空法改正でZONE PEX運賃が導入されて格安航空券が一般化した。すると「本当のハワイに行った方が安い」とまで言われるようになり、同年度以降、年間110万人前後で横ばい状態になった[4]

1997年、日本一の大露天風呂「江戸情話 与市」をオープンした。すると、同年度に年間120万人を回復し、ここから右肩上がりに入場人員の増加が続くことになる[4]。これは、前身の常磐ハワイアンセンターから引き継いだ「ハワイ」「南国」というコンセプトに加え、海水浴と比べて日焼けの心配が低い屋内プールや美白の効能があるとされる温泉[5]を備えた当施設が美白を求める女性[† 2]の需要に合致し、さらに東京仙台などからの無料バスによる送迎サービスを行うなどの集客努力が功を奏したものと考えられている。また、2000年アクアマリンふくしまが開館して人気施設となり、いわき市内で回遊性が生まれたことも影響したと考えられている。2005年度には常磐ハワイアンセンター時代の1970年度以来の年間利用者数150万人を達成した[4]

2006年9月23日から映画『フラガール』が全国公開されたのを機に、「ワイワイ・オハナ」「アロハタウン」「フラ・ミュージアム」など次々オープンした。すると、翌2007年度には過去最高の年間161万1千人が入場し、かつ、初の年間160万人超を達成した[4]

東日本大震災および福島県浜通り地震[編集]

2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生した。いわき市は震度6弱を観測し、施設に大きな被害が出た。 当初早期の再開を目指したが、丁度1ヵ月後の4月11日には福島県浜通り地震が発生。市内南部の井戸沢断層と塩の平断層に加え、 当館直下に存在した湯の岳断層の3つの断層が同時多発的にズレ動き、東日本大震災時よりも深刻な被害を出した。 これにより、長期間の休業を余儀なくされ、2011年の年間利用者は40万人を切る事になった。

この困難を常磐炭鉱が次々と閉山していた頃の困難になぞらえ、また、震災復興への願いを込め、46年ぶりとなる全国キャラバン「フラガール全国きずなキャラバン」で日本各地で開催することになった。

2012年2月8日、約1年ぶりに全面開業し、その年には年間利用者140万人に回復し、翌年2013年には年間利用者150万7千人となった。

関連年表[編集]

  • 1950年代後半 - 炭鉱産業の斜陽化が表面化、新事業の構想が始まる
  • 1964年(昭和39年)
    • 1月 - 磐城・郡山地域が新産業都市に指定。
    • 9月 - 常磐湯本温泉観光株式会社を設立
  • 1965年(昭和40年)4月1日 - 専属ダンサーを育成する「常磐音楽舞踊学院」設立。
  • 1966年(昭和41年)
  • 1967年(昭和42年) - 熱帯植物園「バナナ園」および露天風呂「ナイアガラ風呂」オープン
  • 1970年(昭和45年) - 「金風呂」オープン。同年度の年間来場者数が155万人を突破。常磐興産が常磐湯本温泉観光を合併、運営を承継。
  • 1978年(昭和53年) - 「屋内流れるプール」オープン。
  • 1984年(昭和59年) - 「ホテル中央館」オープン。
  • 1985年(昭和60年) - 「わんぱくプール」オープン。
  • 1986年(昭和61年) - 「聖スパークヒル教会献堂」、「ワンダーホルン」、コンベンションホール「ラピータ」オープン。
  • 1987年(昭和62年) - 「ワンダーリバー」オープン。
  • 1988年(昭和63年) - 「ホテル南2号館」オープン。
  • 1989年(平成元年) - 「クレストヒルズゴルフ倶楽部」オープン。
  • 1990年(平成2年) - オープン25周年を機に、「スパリゾートハワイアンズ」に改称。「スプリングパーク」オープン。
  • 1994年(平成6年) - 「ホテル南3号館」オープン。
  • 1995年(平成7年) - 「ウォーターパーク」リニューアルオープン。「ワンダーブラック」オープン。
  • 1997年(平成9年) - 日本一の大露天風呂「江戸情話 与市」をオープン。
  • 1998年(平成10年)7月9日 - 「江戸情話 与市」が世界最大の露天風呂としてギネス・ワールド・レコーズに認定[5]
  • 1999年(平成11年) - 「ウイルポート」オープン。
  • 2001年(平成13年) - 「スパガーデン パレオ」オープン。
  • 2006年(平成18年)
  • 2007年(平成19年)
    • 3月16日 - 子供向けプール「ワイワイ・オハナ」オープン。
    • 8月1日 - 日本最大規模のハワイをテーマにした飲食・物販・商業ゾーン「アロハタウン」オープン。
    • 11月1日 - 炭鉱とフラの歴史をテーマとした「フラ・ミュージアム」オープン。
    • 同年度の年間来場者が161万1千人となり過去最高を記録。
  • 2011年(平成23年)
    • 3月11日 - 東北地方太平洋沖地震東日本大震災)が発生(いわき市:震度6弱)。安全点検のため3月14日まで全館休業と発表。
    • 3月12日 - 当館から直線距離で北北東に約50km離れた東京電力福島第一原子力発電所爆発事故が発生。
    • 3月14日 - スパリゾートハワイアンズおよびクレストヒルズゴルフ倶楽部は3月21日まで、山海館およびナンクーは3月31日まで臨時休業と発表[6]
    • 3月15日 - 同原発3号機で爆発発生。福島第一原発から20 - 30km圏内に屋内退避指示が出され、いわき市北部が該当する。
    • 3月23日 - スパリゾートハワイアンズおよびクレストヒルズゴルフ倶楽部を当面の間休業と発表[7]
    • 4月11日 - いわき市内南部の井戸沢断層付近を震源とする直下型地震の福島県浜通り地震(いわき市:震度6弱)が発生し、スパリゾートハワイアンズが深刻な被害を受けた[8][9]
    • 4月22日 - いわき市内北部の屋内退避指示が解除[10]フラダンスのレッスンを再開[11]
    • 4月25日 - クレストヒルズゴルフ倶楽部の営業を再開[12]
    • 5月3日 - 「フラガール全国きずなキャラバン」開始[13]
    • 5月23日 - 広野町民の二次避難先の1つになり、埼玉県三郷市などに避難していた同町民の受け入れを開始[14]
    • 10月1日 - 一部の施設が再開[† 3]。「フラガール全国きずなキャラバン」終了[13]
    • 10月3日 - スパリゾートハワイアンズ・ダンシングチームが、第3回観光庁長官表彰を受賞。
    • 10月29日 - 映画『がんばっぺ フラガール! 〜フクシマに生きる。彼女たちのいま〜』公開。
  • 2012年(平成24年) - 2月8日、復旧費42億円をかけて全面再開[9][15]。総工費55億円をかけて新ホテル「モノリスタワー」をオープン[15]
  • 2013年(平成25年)
    • 8月20日 - 累計入場者数6,000万人(累計宿泊者数は1,500万人)を達成。
  • 2014年(平成26年)- フラガールが誕生50年を迎える[16]
  • 2015年(平成27年)

アクセス[編集]

フラガール[編集]

フラガール(2014年1月撮影[† 4]。)

「ウォーターパーク」内常設会場「ビーチシアター」において、ほぼ毎日、フラガールによる公演が昼夜1回ずつ行われている。

  • フラガールの正式名称は「スパリゾートハワイアンズ・ダンシングチーム」である[18]
  • 新人フラガールは、毎年4月に常磐興産の社員として入社すると同時に、常磐音楽舞踊学院に入学する[19][20]。通常は、同学院在学中のまま入学した年の7月に舞台デビューし[21][† 5]、同学院の2年課程を修了後に、プロダンサーとしてスパリゾートハワイアンズと契約する[19]
  • ソロダンスを踊るフラガールはソロダンサーと呼ばれ、「ハワイアンネーム」が授与される[22]
  • 公演にはファイヤーナイフダンサーと呼ばれる両端に火の点いた棒を両手で回すポリネシアンダンスの男性ダンサーやバックバンド(斉藤和雄とエテネタヒチアンズ)も出演する。なお、現時点(2015年9月)在籍するファイヤーナイフダンサーは4人共いわき市出身のスパリゾートハワイアンズの社員である[23]

メンバー[編集]

加入期には、対応する常磐音楽舞踊学院の入学年を併記。なお、46期(2010年)は、常磐興産を取り巻く経営環境の悪化から同社が新卒採用を見送ったのと合わせて、フラガールの募集も休止した[24]

名前 よみ 加入期 出身地 備考
モアナ梨江 モアナ りえ 40期
(2004年)
福島県双葉郡双葉町 リーダー
ソロダンサー
本名:大森梨江
ロゼラニ幸恵 ロゼラニ さちえ 福島県いわき市 ソロダンサー
本名:鈴木幸恵
マカレア麻衣 マカレア まい 41期
(2005年)
サブリーダー
ソロダンサー
本名:山際麻衣
オーリノ苑未 オーリノ そのみ 42期
(2006年)
ソロダンサー
本名:小林苑未
ヒワラニ麻衣子 ヒワラニ まいこ 44期
(2008年)
千葉県柏市 ソロダンサー
本名:難波麻衣子
工藤むつみ くどう むつみ 40期 福島県いわき市 サブリーダー
松本千鶴 まつもと ちづる 41期
寿々木麻美 すすき あさみ
鷺加織 さぎ かおり 42期 -
渡辺舞 わたなべ まい 44期 福島県田村市 双子の姉(渡辺愛)もフラガールであった[25]
木野田舞子 きのだ まいこ 福島県いわき市
須藤水貴 すどう みずき 45期
(2009年)
福島県喜多方市
大河原綾華 おおかわら あやか 福島県田村市 高校時代、飛び込み競技で国体に出場したことがある[26]
矢澤佑吏 やざわ ゆり 福島県いわき市
賀澤教子 かざわ みちこ
佐藤花絵 さとう はなえ
熊谷聖菜 くまがい せいな 47期
(2011年)
秋田県由利本荘市
鈴木晴奈 すずき はるな 福島県いわき市
平田千晴 ひらた ちはる
梁瀬結香 やなせ ゆか
谷合瑠莉 たにあい るり 48期
(2012年)
東京都八王子市
西尾涼子 にしお りょうこ 福島県福島市
髙浜美咲 たかはま みさき 茨城県北茨城市
安保里緒菜 あんぼ りおな 49期
(2013年)
秋田県由利本荘市 高校では生徒会副会長を務めていた[27]
嵯峨千晶 さが ちあき 宮城県多賀城市
駒井萌 こまい もえ 神奈川県小田原市
磯﨑真里奈 いそざき まりな 茨城県ひたちなか市
小池春香 こいけ はるか 福島県喜多方市
加藤咲樹 かとう さき 福島県いわき市
野﨑夕貴 のざき ゆき
小野寺穂里 おのでら みのり 50期
(2014年)
神奈川県川崎市
桑澤佳奈子 くわざわ かなこ 東京都葛飾区
羽賀万由子 はが まゆこ 福島県会津若松市
星怜奈 ほし れいな 福島県いわき市
山田結衣 やまだ ゆい

現在行われている公演[編集]

  • ポリネシアン・サンライトカーニバル「MATSURI」(2015年7月1日 - )
  • ポリネシアン・グランドステージ『BIG MAHALO!!~ありがとう・ありがとう・ありがとう~』(2015年1月15日 - )

スパリゾートハワイアンズを扱った作品[編集]

フラガール[編集]

1965年の炭鉱閉山から「常磐ハワイアンセンター」の誕生を支えた人々の物語が、『フラガール』と題し映画化された(2006年9月23日公開)。第80回キネマ旬報ベストテン・邦画第1位、第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞、話題賞(作品部門)、最優秀助演女優賞を受賞した。なお、下記にも記述している「DON!」ではフラガール第1期生のうちの3人と映画に出演した南海キャンディーズしずちゃんおよびこれらの人々を(現在も)指導している常磐音楽舞踊学院・カレイナニ早川講師のインタビューを放送し、さまざまなエピソードなどを話した。なお、フラガールのメンバーは、「東日本大震災」後、被災者支援の一環として福島県内の避難所を中心に全国142か所を廻った。

その他[編集]

ほか

その他[編集]

類似施設[編集]

南関東ガス田において天然ガスと共に湧出した温泉を用いて船橋ヘルスセンター千葉県船橋市)が温泉入浴施設に加えて大プールや遊戯施設を備え1955年(昭和30年)に開業した。これ以降、「ヘルスセンター」という名称の娯楽性を伴った大規模入浴施設(健康ランド)が各地に出現することになり、大衆演劇の公演を取り入れる場合もあった。当施設はヘルスセンターの中でもハワイをコンセプトにジャングル風呂やフラダンスの公演を取り入れ、特殊性があった。なお、当施設と同時期に存在したハワイをコンセプトにしたヘルスセンターには以下のようなものがある。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 出演するのは基本的に1組だが、新人歌手やベテランの場合は2組以上の場合もあった。
  2. ^ 鈴木その子の影響もあって、1990年代後半から美白はブームとなった。
  3. ^ 再開する施設は、スプリングパーク・江戸情話夜市・スパガーデンパレオ(ここまでは日帰り施設)・ウィルポート・ホテルハワイアンズ東館(ここまではホテル施設)
  4. ^ 静止画かつフラッシュ未使用の場合撮影は自由。
  5. ^ 2011年入社の第49期生は、東日本大震災の影響で同年10月デビューとなった。

出典[編集]

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  1. ^ 横田香奈(2015年2月3日). “スパリゾートハワイアンズ:創業50周年記念 「ありがとう」伝えたい フラガールら知事を訪問”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
  2. ^ いわき市史 別巻 常磐炭田史財団法人東部石炭懇話会 常磐炭田ネットワーク)
  3. ^ 常磐炭田略年史(いわきヘリテージ・ツーリズム協議会)
  4. ^ a b c d e f g h i j スパリゾートハワイアンズ 2007年度入場人員は過去最高の161万1千人 初の160万人台を記録共同通信PRワイヤー「常磐興産株式会社 スパリゾートハワイアンズ」 2008年4月1日)
  5. ^ a b 洋らん展 2003 IN スパリゾートハワイアンズ (PDF) (常磐興産 2003年11月7日)
  6. ^ 東北地方太平洋沖地震による影響について (PDF) (常磐興産 2011年3月14日)
  7. ^ 東北地方太平洋沖地震による影響について(第2報) (PDF) (常磐興産 2011年3月23日)
  8. ^ 東日本大震災による影響について (PDF) (常磐興産 2011年4月26日)
  9. ^ a b 常夏復活 プールに歓声 いわき・ハワイアンズ河北新報 2012年2月9日)
  10. ^ 市長コメント(平成23年4月22日 15時45分発表)(いわき市)
  11. ^ 2011年6月3日放送の「モーニングバード」から。
  12. ^ 平成24年3月期 第1四半期決算短信〔日本基準〕(連結) (PDF) ( 常磐興産 2011年8月10日)
  13. ^ a b 「フラガール全国きずなキャラバン」がいよいよ最終公演(共同通信PRワイヤー「常磐興産株式会社 スパリゾートハワイアンズ」 2011年9月20日)
  14. ^ 広野町民、2次避難開始 県外からハワイアンズへ(福島民報 2011年5月24日)
  15. ^ a b ハワイアンズ、2月8日全館再開 プール改修しステージも拡張日本経済新聞 2011年11月11日)
  16. ^ “復興けん引、フラガール誕生50年 都内で記念公演へ”. 日本経済新聞. (2014年7月5日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG05002_V00C14A7CR0000/ 2014年7月15日閲覧。 
  17. ^ “福島で島サミット開幕=防災・気候変動など討議”. 時事通信社. (2015年5月22日). http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2015052200658 2015年5月22日閲覧。 
  18. ^ スパリゾートハワイアンズダンシングチーム
  19. ^ a b 常磐興産入社式および常磐音楽舞踊学院第51期生入校式を開催共同通信PRワイヤー 2015年4月1日)
  20. ^ 「常磐音楽舞踊学院」 第49期生の卒業式と第51期生の入校式(スパリゾートハワイアンズダンシングチームBlog 2015年4月1日)
  21. ^ 51期生がデビューしました!(スパリゾートハワイアンズダンシングチームBlog 2015年7月29日)
  22. ^ ソロダンサー「ヒワラニ麻衣子」デビュー公演のご案内(スパリゾートハワイアンズダンシングチームBlog 2014年10月3日)
  23. ^ ファイヤーナイフダンス世界選手権大会に日本人で唯一、スパリゾートハワイアンズのLAGI中谷の出場が決定(共同通信PRワイヤー 2014年5月1日)
  24. ^ フラガールの第46期生の募集休止  常磐音楽舞踊学院の昭和40年開学以来初 (47NEWS - 福島民報 2010年3月24日)
  25. ^ フ双子フラガールがデビュー 福島の渡辺愛さん舞さん (47NEWS - 共同通信 2008年7月1日)
  26. ^ のじぎく兵庫国体
  27. ^ フォトメール 平成23年度No4 (県立仁賀保高等学校)
  28. ^ “瀧本美織が復興のフラガール 3・11テレ東特別ドラマ主演”. スポーツ報知. (2015年2月9日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20150209-OHT1T50054.html 2015年2月10日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]