ラジオ・チャリティー・ミュージックソン

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ラジオ・チャリティー・ミュージックソン
愛称 ミュージックソン・Mソン・ラジソン
ジャンル チャリティー番組
放送方式 生放送
放送期間 1975年-
放送時間 基本的に毎年12月24日正午-12月25日正午
放送局 ニッポン放送
STVラジオ
青森放送
IBC岩手放送
ラジオ福島
ラジオ大阪
和歌山放送
中国放送
西日本放送
九州朝日放送
ラジオ沖縄
制作 各局の独自制作
ネットワーク NRN11局
テーマ曲 「夢のトランペット」ニニ・ロッソ(全国ネット部分・ニッポン放送・青森放送)
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ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』(または『ラジオ・チャリティ・ミュージックソン』。英字表記は RADIO CHARITY MUSICTHON)は、ニッポン放送ほかNRN系のAMラジオ局11局[注 1]において、共同で実施している24時間(一部地域を除く)のチャリティーラジオ番組である。略称はミュージックソンMソンラジソン

概要[編集]

一部時間帯を除き、ほぼ全体を自社制作としている企画ネット番組。原則として毎年12月24日の12:00から翌25日の12:00まで生放送されている(ニッポン放送では固定されているが、ネット局では編成の都合上で時間枠自体をスライドさせたり、開始・終了時間の変更がある)。

「目の不自由な方へ音の出る信号機を!」または「目の不自由な方へ通りゃんせ基金を!」[注 2]をテーマに募金を呼びかけるとともに、放送を通じて障害者への理解促進と思いやりの育成を図る目的の下で、各地からの中継を交えながら放送している。

主催は全国ラジオ・チャリティ・ミュージックソン実行委員会。幹事局はニッポン放送で、実行委員会の委員長も同社社長が務めるのが慣例となっている。後援は内閣府文部科学省厚生労働省国土交通省警察庁全日本交通安全協会全国社会福祉協議会である。

誕生の経緯[編集]

ミュージックソンが始まる前の1975年3月に近畿放送(現・KBS京都)で放送されていた『宮城まり子のチャリティーテレソン』が、放送界によるチャリティー番組の先駆けであった。

しかし、この番組はタイトルの中に「テレソン」とあるようにテレビのチャリティー番組であって、当時、ラジオではチャリティー番組は存在していなかった。

そんな中、ザ・ビートルズを日本に招聘するなど活躍していた内野二朗(当時キョードー東京社長)が音楽のパワーと社会を結び付けたいと考え、ニッポン放送に「メディアが、一年に1回ぐらい社会のために一日奉仕してもいいじゃないか。そこで、音楽をかけながら24時間募金を呼びかける、ミュージック・マラソン=ミュージックソンをやりたい。」と提案した[1][2]

当初はTBSラジオ[注 3]文化放送[注 4]にも話を持ちかけたが、「既に編成を組んでいる」「既存のスポンサーから苦情が来る」などとして断られた[3]

具体的には「ニニ・ロッソの音楽」をテーマにし、そのコンサートをメインにし、コンサート会場で募金の呼びかけを、また、放送を通じてリスナーに対しても募金の呼びかけを行い、集まった募金を寄付するものだった[3]

また、今までにないチャリティーを目指して、「目の不自由な方へのチャリティー」という趣旨を定めた。その理由は、視覚障害者の唯一の情報源がラジオだったからである。さらに募金の使途を、音の出る信号機を設置すると明確にした[2]

このような企画の大筋は決まったものの、企画の細部についてはニッポン放送側と内野との激しいやり取りが続き、結局、内野と関係が深い当時の制作部長が間に入り、何とか両者が妥協する形となった[3]

パーソナリティの選考も困難を極めたが、スタッフは萩本欽一に決めた。しかし、萩本自身はオファーを受けた際、 “芸人”ゆえの制約を受けてしまうこの仕事を受けるかどうか、毎日のように悩み続け、結局、受諾した[1]

こうして、1975年12月24日、ラジオでは初のチャリティー番組として『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』が始まった。
この、「ミュージックソン」という言葉は、『音楽=ミュージックMUSIC)』をかけながら24時間の放送ということからイメージされる『マラソンMARATHON)』を掛け合わせた造語である[4]

募金活動[編集]

募金受付期間:11月1日から翌年1月31日まで。この間は、各参加局の番組内で受付方法の告知を行っている。

集まった募金は「通りゃんせ基金」として、音の出る信号機音響装置付信号機)の設置・声の図書(録音図書)の制作と購入・点字教室の運営・盲導犬の育成に使われる。また、視覚障害者用の交通安全教材・立体コピー機・テレビ電話が可能な携帯電話・視覚障害者(児)用の教育器材・交通安全用手旗・デジタル録音図書編集用パソコン[注 5]などが、視覚障害者の福祉施設に贈られる。

参加局[編集]

NRNに加盟している以下の11局が参加している。

各局が番組を独自制作しているが(いわゆる企画ネット)、一部時間帯でネット番組(JRN番組含む)を挿入する場合がある。当該時間帯の通常番組については、放送を前倒ししたり本番組の後に移動させるなど、時間を変更して対応するものもある。ラジオ大阪は2015年度まではほぼ当該時間帯はキャンペーン番組編成のみで終日構成していたが、2016年度[5]は合間に通常の定時番組を挟む形を取り、キャンペーン番組は24日10:00-16:00、17:00-20:00(里見まさとのおおきに!サタデーの特別篇)、22:00-25日1:00、25日8:00-10:00の14時間のみだった。

ニッポン放送・全国ネットで使用されるテーマ曲は、ニニ・ロッソの『夢のトランペット』[注 6]。参加局によっては別のテーマ曲を使用している。

番組略称について「ラジソン」を優先的に使用する局もある(RAB・IBC)。シンボルマークは耳の中にハートが描かれたもの(番組サイト参照)で統一されているが、募金箱のデザインは参加局に一任されている。パーソナリティ等、出演者の呼称をマラソン選手に例え「ランナー」と言い換える局もある。

様々な展開[編集]

番組内[編集]

ニッポン放送では筑波大学附属視覚特別支援学校(「―附属盲学校」と紹介されている)の児童達が必ずゲスト出演する。

全国ネット[編集]

毎年12月24日深夜1時からどちらかの曜日のオールナイトニッポンのレギュラーパーソナリティ、もしくはこの年のミュージックソンのメインパーソナリティが出演して募金を呼びかける特別番組として『オールナイトニッポン ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』が放送されるが、スポンサーのCMは通常通り、もしくはフィラー送信を行う。

参加局[編集]

ミュージックソンに参加している放送局11局を結ぶ『声の握手』(または『日本全国 声の握手』)のコーナーがあり[注 7]、ニッポン放送をキー局として全参加局にネット[注 8]され、11局すべて放送した場合は25分程度になる。ただし、一部放送局では編成の都合上途中から開始、または終了することがあったり、あるいは、ニッポン放送へ裏送りという形で行う場合がある。内容は各参加局を結んでの活動報告と現在の天候などを交えながら中継。リレーの順番は北から南へ、またはその逆と交互に行われる。この時のBGMはニッポン放送のテーマ曲である「夢のトランペット」のアップテンポバージョンが使われる。さらに、放送局によっては参加局同士で電話を繋ぐ『ふれあいネットワーク』を実施することもある。

テレビ中継[編集]

ニッポン放送がフジサンケイグループ傘下であることから、フジテレビの番組内でニッポン放送のスタジオと結んで生中継を行うことが毎年恒例となっている。

12月24日が月曜から金曜にあたる場合は、『FNNスピーク』の関東ローカル枠にて、本番開始前のニッポン放送と中継を結ぶ[6]他、後続番組「バイキング[注 9]内でもニッポン放送のスタジオと中継を行っている。

1997年の「笑っていいとも!クリスマス特大号」では当時火曜レギュラーの中居正広が番組のメインパーソナリティを勤めていたことから、当時お台場にあったニッポン放送のスタジオから中継を行った。

2日目が土曜日の場合、2010年度は『めざましどようび』の「サキユキエンタ」の中で相互中継が結ばれた。2日目が日曜に当たる場合は中継は行なわれない[注 10]。ただし、1日目が日曜日に当たった2006年は『スタ☆メン』(現在は終了)のエンディングで、1日目が土曜日に当たった2011年は『FNNスーパーニュースWEEKEND』の関東ローカル枠で相互中継を結んだ。

CSでの同時生放送[編集]

1998年-2000年フジテレビ721で、ニッポン放送のラジオ・チャリティ・ミュージックソンが、スタジオのライブカメラ映像付きで同時放送された。通常は有料放送だが、広く募金を呼びかける為に無料で24時間放送した。

関連番組[編集]

リレー番組[編集]

東日本大震災被災地復興支援番組[編集]

ミュージックソン前後の番組・コーナー[編集]

以下の番組はいずれもニッポン放送ローカルにて放送される。

今年もよろしく!ミュージックソン
毎年11月1日、ニッポン放送平日朝帯ワイド番組(2010年からは「高嶋ひでたけのあさラジ!」)の中で放送。当日のサンケイスポーツとあわせて、その年のメインパーソナリティとアシスタントを発表する。
2014年は10月30日、平日昼帯ワイド番組『大谷ノブ彦 キキマス!』内で発表され、制作発表記者会見の一部も生中継された。
2015年は11月1日に行われたコンサートの前に記者会見を開く形で発表され、翌2日にスポーツ紙で紹介、ならびにサイト開設とワイド番組で紹介する形をとった。
2016年は11月1日発表ではあったが早朝時間帯の『上柳昌彦 あさぼらけ』のなかで発表した。
もうすぐ!ミュージックソン
毎年12月24日の11:00-12:00に放送。2012年以前は平日は11:30、週末・祝日は11:00より[注 14]放送されていたが、2013年度から11:00スタートに統一された。直前情報とメインパーソナリティへの橋渡しが行われる番組。
放送日が土曜日に当たる場合、『ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回』のスポンサーの関係上『セブン-イレブン サタデースペシャル もうすぐ!ミュージックソン』となる。
ありがとうミュージックソン
毎年12月25日の12:00-13:00に放送。番組の総まとめに当たり、メインパーソナリティの声などを改めて伝える。
2012年度までは12月25日が土曜日だった時のみ12:00から放送され(「いいかげんに1000回」休止のため)、平日や日曜はレギュラー番組[7]に戻るが、ミュージックソンに関連した情報で放送されていたが、こちらも2013年度より毎年放送される形に改められた。
2016年度は12:30までとなり、当該時間帯の番組(「土田晃之 日曜のへそ」)を縮小して対応。

映画化[編集]

歴代メインパーソナリティ一覧[編集]

主にニッポン放送を担当するとともに、全国共通のメインパーソナリティとして全国にもネットされる[注 15]

放送年 パーソナリティ 担当番組(当時)
01 1975年(昭和50年) 萩本欽一 欽ドン!
02 1976年(昭和51年)
03 1977年(昭和52年)
04 1978年(昭和53年)
05 1979年(昭和54年) 萩本欽一、研ナオコ 萩本:欽ちゃんのここからトコトン
06 1980年(昭和55年)
07 1981年(昭和56年)
08 1982年(昭和57年)
09 1983年(昭和58年)
10 1984年(昭和59年) -
11 1985年(昭和60年) -
12 1986年(昭和61年) 西田敏行 -
13 1987年(昭和62年) 渡辺徹榊原郁恵 -
14 1988年(昭和63年) 森光子田代まさし -
15 1989年(平成元年) 山田邦子 邦子のYAMYAMももテレビ
16 1990年(平成 2年) 和田アキ子三宅裕司山瀬まみ 和田:アッコのいいかげんに1000回

三宅:三宅裕司のどよーん!

17 1991年(平成 3年) 斉藤由貴東山紀之[注 16] 斉藤:斉藤由貴 ネコの手も借りたい

東山:東山紀之のNECサンデーミュージック

18 1992年(平成 4年) 峰竜太松本明子 峰:峰竜太のナンデモアルキメデス

松本:文夫と明子のラジオビバリー昼ズ

19 1993年(平成 5年) ウッチャンナンチャン内村光良南原清隆 ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン
20 1994年(平成 6年) 泉谷しげる西田ひかる 泉谷:激突サウンドラリアート 泉谷しげる 俺にもやらせろ!
21 1995年(平成 7年) 内田有紀 内田有紀 夜空にYOU KISS!
22 1996年(平成 8年) 中居正広(当時:SMAP 中居正広のSome girl' SMAP
23 1997年(平成 9年) 中居正広(当時:SMAP)
アシスタント:桜庭亮平アナウンサー(当時)
24 1998年(平成10年) テリー伊藤うえやなぎまさひこアナウンサー テリーとうえちゃんのってけラジオ
25 1999年(平成11年) 山田邦子、ゆず 山田:邦ちゃんサクちゃんのワンダフルりくえすと ヤマダ・マイ・ハウス

ゆず:ゆずのオールナイトニッポン

26 2000年(平成12年) 三宅裕司、中澤裕子 三宅:裕司と雅子のガバッといただき!!ベスト30

中澤:モーニング娘。中澤裕子のallnightnippon SUPER!

27 2001年(平成13年) 佐々木主浩(当時:シアトル・マリナーズ投手)
アシスタント:松本秀夫アナウンサー
-
28 2002年(平成14年) 田中麗奈児玉清
アシスタント:荘口彰久アナウンサー(当時)
田中:田中麗奈ハートをあげるっ

児玉:テレフォン人生相談

29 2003年(平成15年) イルカ
アシスタント:新保友映アナウンサー
イルカのミュージックハーモニー
30 2004年(平成16年) 笑福亭鶴瓶石原さとみ
アシスタント:うえやなぎまさひこアナウンサー
鶴瓶:笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ

石原:石原さとみ SAY TO ME!

31 2005年(平成17年) 長瀬智也TOKIO
アシスタント:増山さやかアナウンサー
TOKIOナイトクラブtko.tom
32 2006年(平成18年) 上戸彩
アシスタント:うえやなぎまさひこアナウンサー
上戸彩 21ピース!
33 2007年(平成19年) KAT-TUN[注 17]
アシスタント:新保友映アナウンサー
KAT-TUNスタイル
34 2008年(平成20年) 萩本欽一
パートナー:東貴博
アシスタント:新保友映アナウンサー
萩本:欽ちゃんのドンといってGO!GO!

東:高田文夫のラジオビバリー昼ズ東貴博の電話でGO!GO!

35 2009年(平成21年) 高橋克実
パートナー:上戸彩、長澤まさみ福田沙紀
水川あさみ、山瀬まみ、米倉涼子
アシスタント:飯田浩司アナウンサー
高橋克実と山瀬まみ おしゃべりキャッチミー
36 2010年(平成22年) オードリー若林正恭春日俊彰
アシスタント:増田みのりアナウンサー 
オードリーのオールナイトニッポン
37 2011年(平成23年) ゆず(北川悠仁岩沢厚治
アシスタント:新保友映アナウンサー
ゆずのオールナイトニッポンGOLD
38 2012年(平成24年) 大竹しのぶ
アシスタント:垣花正アナウンサー
大竹しのぶのオールナイトニッポンGOLD
39 2013年(平成25年) 高橋みなみ(当時:AKB48[注 18]
アシスタント:垣花正アナウンサー
AKB48のオールナイトニッポン
ノースリーブスの「週刊ノースリー部」
40 2014年(平成26年) 上戸彩
アシスタント:上柳昌彦アナウンサー
上戸彩 ブリリアント・ライフ
41 2015年(平成27年) V6[注 19][注 20]
アシスタント:増山さやかアナウンサー
-
42 2016年(平成28年) 斉藤由貴
アシスタント:飯田浩司アナウンサー
オールナイトニッポン MUSIC10(木曜日)

脚注・出典[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 現在のネット参加局はSTVラジオ九州朝日放送(この両局は最初期から参加)、青森放送IBC岩手放送ラジオ福島ラジオ大阪和歌山放送中国放送西日本放送ラジオ沖縄
  2. ^ 初期の音響装置付信号機が『通りゃんせ』と『故郷の空』を使用していたことにちなむ。
  3. ^ 当時東京放送はラジオ・テレビの兼営だった。
  4. ^ NRN共同幹事局
  5. ^ これまで寄贈された従来の声の図書をデジタル・フォーマット(主にCD)に新しく変換する機材。
  6. ^ 邦題と同じ題の曲が2つあるが、本番組で使用されているのは原題がCapricio romanticoのものである。これは青森放送でも使用されているが、一時期別の曲を使用していた時期があった(再開された2013年度からは「声の握手」で使われるBGMをメインに、エンディングのみオリジナル版を使用している。またラジオ・テレビ共通の番宣・協賛スポットでは、さらに別のバージョンを使用)。
  7. ^ 年度によりコーナーの開始時間は変わってくるが、例年だと1日目の13:30-13:55と、2日目の10:30-10:55。
  8. ^ NRNラインネットの形になる。
  9. ^ 2013年度までは「笑っていいとも!」。
  10. ^ 日曜午前中にフジテレビで生放送されている番組は『産経テレニュース』と『新報道2001』のみ。
  11. ^ 2001年以外は主に12月23日正午-24日正午からの放送。
  12. ^ 28日16時50分-18時・23時半-29日7時10分・29日8時45分-9時15分はそれぞれ一旦ラジソンSPの放送を中断。
  13. ^ なお、13日の8時-8時15分にかけて日本全国8時ですを、12時30分-12時45分にかけてチアーズヴォイスを、15時-16時25分にかけてラジオNIKKEI制作の中央競馬実況中継を、18時45分-21時にかけて神宮球場からプロ野球ナイター中継ヤクルト阪神の模様を文化放送制作で、23時-23時30分にかけて保田隆のHeart Beatラジオを、23時30分-深夜1時にかけて福山雅治の魂のラジオを、深夜1時-深夜3時にかけてオードリーのオールナイトニッポンを、深夜3時-深夜4時にかけてよしもと下克上を、深夜4時-深夜5時にかけてあなたへモーニングコールを、14日5時-5時15分にかけておはようカガちゃんを、5時15分-5時30分にかけてラジオ朗読版「歎異抄をひらく」を、5時30分-5時45分にかけて阿含名作シリーズ2 説法六十心を、5時45分-6時にかけて大槻彰の健康がいっぱいを、6時-6時15分にかけて農家の皆さんへを、6時30分-6時45分にかけて天理教の時間を、6時45分-7時にかけて仏法と孝道を、7時-7時15分にかけて田中信生の元気の出る話を、7時15分-7時30分にかけて光に向かってを、7時30分-8時にかけて元気出せ!ニッポンをそれぞれ放送。
  14. ^ 祝日は「テレフォン人生相談」が休止となり、その場合は「垣花正のあなたとハッピー!」を短縮放送することが多いため。
  15. ^ 主に「声の握手」コーナーと、ニッポン放送制作の番組(「オールナイトニッポン」など)を生放送でネットしている放送局。
  16. ^ 当時のキャッチコピー「みんなのラジオ ごはんとおふろとニッポン放送」にちなんだ連続ミニラジオドラマに斉藤、東山が共演していたことも関係している。
  17. ^ 田口淳之介がメイン、残りのメンバーは交代で出演。
  18. ^ 高橋に加え、13時台以降は1ブロック55分ごとにその他のメンバーも入れ代わり立ち代わりで登場。
  19. ^ 坂本昌行三宅健がメインを務め、その他のメンバーも入れ代わりながら登場。
  20. ^ 通常、radikoプレミアムではV6をはじめとするジャニーズ事務所所属アーティストの番組は配信されないが、当番組に限ってはチャリティ番組ならびに長時間番組という特性上、特例で配信された。

出典[編集]

  1. ^ a b うえやなぎまさひこのサプライズ!「12月24日(水)『9時のサプライズ』」”. ニッポン放送 (2003年12月24日). 2016年1月11日閲覧。
  2. ^ a b 月刊ラジオパラダイス 1989年1月号 p.22 - 23「ラジパラレトロ写真館 第11回・ニッポン放送『ラジオチャリティーミュージックソン』編」
  3. ^ a b c 内野二朗著『夢のワルツ 音楽プロモーターが綴る“戦後秘史"50年』(講談社 1997年6月)第8章「そして、“ラブ・サウンズ”を…」より
  4. ^ ラジオ・チャリティ・ミュージックソンとは
  5. ^ 当該週(12月19-25日)番組表(ウェブ魚拓)
  6. ^ さらに、この中継では東京の募金受付電話番号の告知が行われる。
  7. ^ 2012年12月時点で、平日は「ラジオビバリー昼ズ」に、日曜は「夏目三久 Tokyo♥ナビゲッチュ〜!

参考文献[編集]

  • 内野二朗 『夢のワルツ 音楽プロモーターが綴る“戦後秘史”50年』 講談社、1997年ISBN 4-06-208746-4
  • 九州朝日放送30年史編集委員会『九州朝日放送30年史』九州朝日放送、1983年、231頁。
  • 九州朝日放送50周年記念事業委員会『九州朝日放送50年史』九州朝日放送、2004年、203-205頁。
  • 九州朝日放送50周年記念事業委員会『九州朝日放送50年史【資料編】』九州朝日放送、2004年。
  • 札幌テレビ放送創立50周年記念事業推進室『札幌テレビ放送50年の歩み』札幌テレビ放送、2008年、109頁。
  • 田代洋一編『続・夢のワルツ』バックステージカンパニー、2005年、62-63頁。ISBN 4-06-208746-4
  • ラジオ沖縄編『ラジオ沖縄開局50周年記念 ラ・ラ・ラ、ラジオ沖縄 ♪ローカルに徹せよ』ボーダーインク、2010年、68-69頁、273頁。ISBN 978-4-89982-186-1

関連項目[編集]

外部リンク[編集]