SM (性風俗)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

SMとは、サディズムおよびマゾヒズム的な性的嗜好に基づいて行われる倒錯的プレイ全般、ないし同プレイを含む文化様式(サブカルチャー)群の総称である。一般には、サディズムとマゾヒズムが独立した性的嗜好であるように見られる傾向もあるが、実質的にはコインのように表裏一体のものであるケースも少なからず報告されており、プレイの一環として実情は人道に反するような性質は無い。

「SM」は、加虐嗜好の「サディズム」(sadism) と被虐嗜好の「マゾヒズム」 (masochism) が組み合わせられたサドマゾキズム (sadomasochism) の略語である。日本では「SM」をそのままエスエムと読むほか、サドマゾということも多い。加虐嗜好者のことを「サディスト」(sadist) あるいは単に「S」、被虐嗜好者のことを「マゾヒスト」(masochist) あるいは単に「M」という。Sは必然的にMを支配する立場となることから、Sのことを「ご主人様」あるいは「トップ」(最上位)、Mのことを「奴隷」あるいは「ボトム」(最下位)などと呼ぶこともある。

SMプレイ
ミストレス
射精管理に使用される男性用貞操帯の内側

語源[編集]

「サディズム」は、この嗜虐性行為にのめり込んで何度も暴行容疑で投獄されながら、獄中で自身の体験やファンタジーを生々しく描写した数々の長編小説を書きつづけ、最期には狂人扱いされてしまった大革命時代(18世紀末から19世紀初頭)のフランス貴族マルキ・ド・サド(サド侯爵)の名に由来する。それまでは人前で口にするのも憚られたSM行為を克明に書き綴った『悪徳の栄え』や『ソドム百二十日』などは、19世紀中頃から20世紀初頭にかけて多くの人々の度肝を抜き眉をひそめさせたが、とりもなおさずそのことがSMを表舞台に引き出すことにつながった。

「マゾヒズム」の方は、精神的肉体的な苦痛に快楽を感じ、情婦との間に自らが彼女の奴隷となりその願望と命令のすべて実現することを誓った契約書まで交わして、やはりそうした自らの体験をもとにした『毛皮を着たヴィーナス』などの小説を発表した19世紀中頃のオーストリアの作家ザッヘル・マゾッホの名に由来する。

概要[編集]

精神医学面での「性的サディズム」などでは、性的興奮を得るために(相手の意向にお構いなく)一方的に何かを虐待するという性格異常を発揮し、一方の「性的マゾヒズム」では辱めを受けたり自らの肉体を損傷する(自傷行為)ことで性的興奮を得るとされる。ただこれらは、性的倒錯(パラフィリア)と呼ばれる精神障害である。

性風俗や性の文化としてのSMの場合は、一種の倒錯プレイ(何かの役割を演じることで性的興奮を得る様式)として行われるものが主となっており、これは「抑圧の解放」などといった意味付けも見られ、非日常的な行為を体験することと解される。

この中ではボンデージなどといった独特のファッションスタイルも見られ、ことさら非日常性を演出する傾向が見られる。日本では俗に「緊縛」と呼ばれる縄で縛り付ける行為も見られ、この緊縛にも「緊縛師」と呼ばれる専門家が存在するなど独自文化も形成しており、いわゆる「ソフトSM」と呼ばれる行為では「手を(軽く)縛る」や「目隠しをする」といったプレイも見られ、それを含めると潜在的愛好者層は相当数にのぼると見られている。日本では羞恥プレイ緊縛プレイといったジャンルのポルノ媒体も相当な比率を占め[要出典]、同愛好者層の幅の広さも伺える。

なお性的サディズムの傾向はドメスティックバイオレンス(DV:配偶者からの暴力)という悲劇的な状況も発生させうるが、いわゆる性風俗におけるSMでは双方同意のうえで「叩いたり、叩かれたり」といった行為が行われ、また深刻な負傷を発生させないよう抑制された暴力または工夫された擬似的暴力であるといった相違がある。

その一方で、いわゆる「ハードSM」と呼ばれるものでは「鞭打ち」や「ロウソク責め」、性器ピアスを取り付け乱暴に引っ張る・性器が原形を留めないほどに弄り回される(身体改造の歴史的背景を伴わないものの類)などのプレイの分野もある。

'''ここにマークアップを無効にするテキストを入力します'''''--~~~~斜体文''== 行為 == SMの行為に参加する者たちが、主人の役割を演じる者と、奴隷の役割を演じる者に分かれ、合意のもとに性的な快楽を得ることを目的としてSMの行為を行う。主人役が奴隷役を責める方法には、文化的・民族的な趣味嗜好の違いがある。道具や準備が簡単な方法では、主人役が奴隷役を叩く、つねる、殴る等して肉体的に責める、または罵倒する。むちろうそくロープなどの道具を使って奴隷役を肉体的に責める方法もあり、この場合は道具を事前に揃えたり、器具を配置するなどの準備が必要である。日本では、古くから伝わる緊縛の技術が、SMの行為によく取り入れられている[要出典]。SMにおける緊縛とは、奴隷役を演じる者の体をロープなどで縛って身動きがとれないようにすることである。

SMの行為を行うときに、必ずしも裸になる必要はない。コスプレを好む者は、あえて着衣で行う場合もある。

痛い責めのほか、精神的な恥辱を与える責めもある。主人役が奴隷役を罵倒するような言葉によって相手を責めることがある。奴隷役に、普段なら人前では見せないような、羞恥心を煽る恥ずかしい恰好をさせることがある。奴隷役を演じる者に、排泄をさせたり、主人役が奴隷役に向けて尿をかけたり、尿を飲ませたりすることがある。第三者に行為の様子を観覧させることがある。

SMの行為において、主人役を演じる者が奴隷役を演じる者に対して行為を施すことを調教になぞらえて呼ぶことが多い。

男性と女性という異性愛者間でのSMの行為のほか、男性同性愛者間のSMの行為や、女性同性愛者間のSMの行為もみられる。SMの行為を行うのが一人対一の場合のほか、多人数で行うことも、1人で行うこともある。SMがドメスティックバイオレンス(DV)ではない理由は、DVを受ける者が責めを受けることに合意していないからである。

拡大解釈[編集]

日本ではしばしば性的ファンタジー的な側面から「S」や「M」を本来のSMとは異なる意味をもつ俗語として使う傾向もみられる。これは性風俗のイメージから切り離され「性格パターンを表す一般的用語」として広まっているためであり、例えば「S」は粗暴な性格や他人に暴力的に接する傾向が、「M」は自罰や自己犠牲・悲観的性格と関連付けられている。こういった視点の延長には「S男」ないし「S女」、または「M男」ないし「M女」という表現もあり、性行為に限らず「その人の性格や、日常生活における行動全般」に対しても、これらの表現が用いられている。例えばS側は積極的かつ活動的である者を指し(いわゆる「攻め」)、M側は受動的で、ともすれば相手が欲求すれば無条件で応じ易い(いわゆる「受け」)傾向があると見なされる。ただこれらも、サディズムやマゾヒズムの原義における対象に虐待する側と自身への虐待を希望する側という存在とは別のものであり、こういったステレオタイプにはありがちな問題として、実際には必ずしも全てに合致する訳ではないという部分を含んでいる。

SMを扱った作品を書く作家[編集]

海外の作家ではマルキ・ド・サドが、著名。数々の小説作品(『悪徳の栄え』、『ソドム百二十日』など)を発表し、またSM行為を実践し投獄されている。

日本においては、推理小説家の江戸川乱歩はいくつかの作品中でSMを描いた。名探偵・明智小五郎の初登場作である『D坂の殺人事件』にもSMプレイについての記述がある。また谷崎潤一郎も『少年』などの作でSMを描いている。『痴人の愛』『瘋癲老人日記』等もマゾヒズム性の高い作品である。谷崎は、夫人にあてた手紙などにも本人のマゾヒズムの傾向が濃厚である。沼正三の「家畜人ヤプー」も有名である。またSMの大御所的官能小説家としては『花と蛇』の作者の団鬼六がいる。また画家伊藤晴雨は数多くの責め絵と呼ばれる春画を残した。

また、これらの、性行為の延長ないしプレイとしてのSMを描く文学とは別に、冒険小説や教養小説において登場人物が不条理な危機に陥ったりする局面に、サディズム、マゾヒズムの要素を指摘する論考が中島梓らによって行われている。上記のサドや乱歩の小説においても、いわゆるSMとは別個に主人公の異様な受難を描く描写が多く見られる。

SMを扱った文学作品・映像作品など[編集]

当初は小説作品が多い。ただSM小説の多くはアンダーグラウンド(アングラ)作品であり、変名や偽名を用いて発表されることが多く作者不詳のものも多い。その中でもっとも有名な古典は『O嬢の物語』である。

日本では「奇譚クラブ」、「風俗奇譚」(後に「SMファンタジア」に改名)、「あまとりあ」、「SMキング」などのSM専門誌があり、多くの作品が発表されてきた。前述の団鬼六の『花と蛇』シリーズ、『家畜人ヤプー』などの他、千草忠夫由紀かほる綺羅光などが挙げられる。

映画では日活ロマンポルノの1シリーズに団鬼六作品の映画化(『花と蛇』シリーズなど)があり、谷ナオミなどSM映画専門の女優(SMの女王)が生まれた。SMものというジャンル分けもされている。アダルトビデオでは80年代に発売された菊池エリの『シスターL』シリーズが有名。また黒木香の『SMっぽいの好き』も知名度は高い。

アダルトゲームではSM専門ソフトハウスと自称したPILの『SEEK』が本格調教シミュレーションゲームの代表格である。その後もSM調教シミュレーションゲームは複数発売されたが、現在では衰退している。

アダルトコミックではSMに用いられるアイテムが良い小道具となることから、非常に多くの作品がSM的な要素を取り入れている。そのため膨大な数があると同時に「SMごっこ」(ライトSM)の域を出ないものも少なくない。著名な漫画家で言えば『家畜人ヤプー』のコミカライズを石ノ森章太郎(シュガー佐藤)、江川達也が行っている。

また、お笑い番組でのコント漫才ギャグ漫画ギャグアニメのモチーフとしてもSMが使われる。日本の場合、未成年者に対する検閲や自主規制等はされていないも同然で、子供が見ている雑誌やテレビ番組等においても「SM」といった言葉や概念、また行為が平然と流され知れ渡っている。その影響もあって、日常会話においても他虐的傾向のある者に対して「あの人はSだ」「Sの気がある」、また自虐的傾向にある者に対して「Mだ」「Mの気がある」などと表現されることが少なくないのが現状である。

SMの行為をサービスとして提供する性風俗店[編集]

金銭対価を得て客のSMに関する要求に応じる性風俗店(SMクラブ)が存在する。SMの専門雑誌にはSMクラブが紹介されている。SMクラブに勤める女性には、常にSの役割をする女王様と、常にMの役割をするM女性がいることが多い。SMクラブに勤める女性が、客によってSの役割とMの役割の両方を1人で使い分けることもある。本番(性交)は行わないことになっている。

SMを芸風にしているタレント[編集]

※他、いわゆるリアクション芸人ヨゴレと呼ばれるタレントにはマゾ的な芸風を売りにしている者もいる。

関連項目[編集]

心理学的解釈
性風俗産業としての業態
SM文化用語
プレイとしての内容
その他の関連項目