娼婦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

娼婦(しょうふ、: Prostitute)は、性的サービスを提供することによって金銭を得る女性を指す。同義語は「売春婦」「売笑婦」。害意を含んだ呼称に「淫売婦」「醜業婦」など多数ある。古くは「遊女」。また街角で客待ちをする娼婦を「街娼」(俗に「たちんぼ」)という。

歴史[編集]

売春婦は、一説には人類史上最古の職業といわれている。古代世界では神の恩寵を性交を通して与える者「神聖娼婦」として聖職と捉えられることがあった。

また、世界各国の軍隊では兵士の強姦事件や性病機密漏洩の防止のために売春婦を多数雇い入れる例がある。

娼婦になる理由[編集]

以前は、借金や経済的事情などの事情により、強制されて売春業に就く例があった。例えば江戸時代のには、貧乏人の子女が売られていったと言われる。

現在の日本では、娼婦になる理由は単純なものではなくなっている。たとえば少女売春に関する著作では、性に関する興味関心からという例のほかに、ホストクラブにはまりその金を捻出するため、ドラッグにはまりそれを売る側の指示で、など様々な理由が挙げられている[1]

日本における娼婦[編集]

近世[編集]

江戸時代の娼婦には大きく三通りがある。遊郭などの店で客を取った者、飲食店や旅館などで個人的な建前の元で客を取った者、個人的な街娼である。

当時は近代的な性病の検査が不可能であったため、性病の罹患率が高かったと見られている。

近代[編集]

明治維新以降、吉原遊郭などの日本の売春システムは、ラザフォード・オールコックなど外交官や宣教師たちの批判にさらされた[2]明治5年に発生したマリア・ルス号事件により人身売買の容認を指摘された明治政府は、同年に芸娼妓解放令牛馬切りほどき令を発布し、年季奉公中の娼妓を解放した[2]。しかし、突然発令された芸娼妓解放令に対する遊郭側の反発と、路頭に迷う娼妓の発生といった事態の中、東京府が「貸座敷渡世規則」「娼妓渡世規則」を制定するなど、遊郭制度を国から地方自治に移管し、娼妓が自由意志で営業する形式が整えられた。

新たな遊郭制度に対し、新島襄らの安中教会が先頭となって遊郭公許反対運動が起こされた。また、男女同数論を唱え制度を批判した福沢諭吉は『家庭叢談』(明治9年)の中で、芸娼妓は「人外人」であると評し、娼妓を排除・拒絶することでその生業をと自覚させ、転向を促すことを唱道した。 娼婦や売春宿の隔離、囲い込みなどが成されたほか、新聞などで娼婦が「醜業婦」、「闇の女」などの別称で呼ばれる例が見られる様になる[3]。 こうした政治・言論界の世論誘導によって、維新以前は花魁と呼ばれた芸娼妓も、明治初期より社会的地位が沈下していった[2]

近代的な検査が可能になり、公娼制度の下で性病検査が行われるようになった。国際的に見て、アジアなどの広域で各国娼婦が活動する(または売買される)ようになったのは、これが大きいとも言われる。また公娼制度の下での性病検査の存在は、公娼廃止運動に対する反対根拠ともなっている。

第二次大戦後[編集]

米軍占領下において、1945年には米兵の慰安、及び一般日本人女性に対する肉の防波堤として特殊慰安施設協会(RAA) が設立。労働は客によって過酷であったが極端に困窮していた国情もあり、戦争未亡人の助けともなった[4]。しかし短期間で終了し、その後1956年には売春防止法が制定され、日本において街に佇む娼婦は、存在自体が違法とされるものとなった。

平成時代[編集]

現在の日本においては、「ソープランド」と呼ばれる売春施設における売春行為(「風俗嬢」)の他、アダルトビデオへの出演を行い報酬を稼ぐ(「AV女優」)、アダルトチャットに出演してオナニーしたり男性との性行為を見せて報酬を稼ぐ(「チャットレディ」)など、複数の就業方法がある。また、いわゆる援助交際が新たな売春の形として問題となっている。

著名な娼婦[編集]

各作品における娼婦[編集]

出典[編集]

  1. ^ 大治(1998)
  2. ^ a b c 関口すみ子『御一新とジェンダー:荻生徂徠から教育勅語まで』 東京大学出版会 2005年 ISBN 4130362232 pp.263-277.
  3. ^ 『性欲の文化史』p.25 - 、p.128 -、『うるま新報』1946年2月20日「闇の女の増加に文相頭痛」(醜業婦との記述もあり)、『戦後性風俗大系』p.12 -
  4. ^ 『戦後性風俗大系』 p.12 -

参考文献[編集]

  • 大治朋子、『少女売春供述調書』、(1998)、リヨン社、ISBN4-576-98046-7
  • 広岡敬一 『戦後性風俗大系 わが女神たち』朝日出版社 2000年4月 文庫版:新潮社 2007年
  • 井上章一 編 『性欲の文化史』p.13「遊郭の形成と近代日本 囲い込みと取締り」、p.127「女装男娼のテクニックとセクシュアリティ」講談社 2008年10月

関連項目[編集]