巨根

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巨根(きょこん)とは、巨大な陰茎の呼び名。また、転じて陰茎の大きい男性を指す俗語である。アダルト雑誌等でよく使われる。 用法としては巨大な陰茎を表すものである名詞的な用法と、その陰茎自体を形容する形容詞的な用法がある。

概要[編集]

巨根は俗語である事から、陰茎の大きさにおける尺度は使用者によってまちまちであり、具体的なサイズを規定する事は困難である。

巨根であるか否かを外見より見極めるための俗説として「鼻の大きい男性」「親指の大きい男性」等といったものが散見されるが、鼻や親指の大きさと陰茎の大きさは実際にはさほど関連性はないとされている。そのほかに「手の甲から小指までの長さが陰茎の勃起時の長さにほぼ相当する」、「痩せ型の体型の男性のほうが陰茎が大きい(これは身体と相対的に大きく見えるため)」などといった類似の俗説が存在する。そういった話を含めて巨根をテーマにした紀州飛脚といった落語も多く存在する。

類語として、極端に大きい男根をデカマラ、極端に小さい陰茎を粗チン(そちん)と呼ぶ場合がある。

なお、白虎隊の特番をテレビ朝日で放送した際に、余談として「西郷隆盛は巨根」と紹介されたことがあるが、これは陰茎が大きいという意味ではなく、西郷隆盛は明治政府の屍体検案書に記されている通り、陰嚢水腫であり、陰嚢のみが大きい状態である。

伝承・猥談[編集]

男性にとって性器の大きさは洋の東西を問わず関心の高い問題であり、法螺話が多数見られる。フランス小咄等にはその例が多い。日本では道鏡が巨根の代表となっており、日光の金精峠の例のように各地に道鏡の伝説が残されている。また、松茸おかめ等の民芸品にもそれへの方向性が見受けられる。

近年の人物[編集]

芥川龍之介は仲間うちで巨根として知られ、「僕は宇野の『芥川龍之介』のなかの芥川の女に対する早業のところを読みなほしてゐて、昔、神楽坂の鳥屋(?)で飯を食つたとき、小島政二郎がさて帰らうといふところで、『だつて、芥川さんのは憎らしいほど大きいんだもの、』と、屈託なく笑ひこけてゐたことや、湯河原の帰りに碧童(小沢)が、『芥川君のあれでは女はたまらんだらう、』『あれを受ける女は、』と言つてゐたことを思ひだした。」と親友の小穴隆一に書かれたことがある[1]。龍之介の次男芥川也寸志もまた、徴兵で身体検査を受けた際「お前はバランスが崩れているなッ!」「上半身と下半身とが違うッ!」「下半身がよすぎるッ!」と軍医に評されたことを自伝的な文章の中で語っている[2]

その他、巨根として知られた著名人に歌手ディック・ミネ[3]、指揮者近衛秀麿[4]、俳優上山草人[5]、俳優江川宇礼雄[5]、作曲家萩原哲晶[6]などがいる。田端義夫も巨根として知られ、「上山草人亡きあとの巨根御三家は一に江川宇礼雄、二にディック・ミネ、三に田端義夫といわれたが、いずれも兄たり難く弟たり難し」[7]と芸能記者に騒がれた。

巨根願望[編集]

巨大な陰茎に対するあこがれのことを巨根願望という。これはどちらかと言えば男性のもので、男性には「女性にとっては陰茎が大きい方がよいのだ」という一種の妄想が存在する。もっとも実際に巨根が好きな女性もいるがそれがすべてではない。エロ本アダルトサイトなどには巨根にする薬品道具技術オナニーの方法など)などが取り上げられることがあり、それらは増大法と呼ばれる。増大法を行っても個人差があるため、あまりもしくは全く巨根にならない場合がある。「黒人男性はかなりの巨根であり、それ以外の人種の女はそれを見ると恐怖を感じるが、一度経験すると忘れられなくなる」というのは、ステレオタイプな黒人への偏見の一つで、千草忠夫などのポルノ小説ではそのように扱われる例が多い。

誇張表現[編集]

古くは、縁起物という側面もあり、浮世絵春画で実際よりもかなり巨大に誇張された男根の表現が用いられた。こうした春画の数々が幕末頃にジャポニズムの流行で西洋へ渡った際、日本人男性は巨根の持ち主だという誤解が一部で生じた。有名な浮世絵師喜多川歌麿の名をとって、このような春画の巨根表現、あるいは立派な一物を持つ日本人男性のことを、「ウタマロ(Utamaro)」と呼ぶ場合がある。

漫画や戯画的な表現では、陰茎を過度に強調する例がよく見られる。また、漫画の場合「男根は男の権力の象徴」だから、征服と敗北を感情表現として、それも無意識のそれをそこに描ける面もある(夏目,1985)。

例えば漫画では、エロ系のギャグマンガにその例が多い。往々にして本人の体よりさらに大きく描かれる。また、直接にその形を描くのはまずいと、他のものの形で描いてしまう例も多い。

たとえば谷岡ヤスジの描く陰茎の外形は単なる棒状だが大きいのは本体より一回り大きく、また、先端に目玉と口があって表情を出す。表面に浮いた血管が切れて気のようなものを吹くのもある。山上たつひこのそれは大根であったり象の鼻だったりする。石川賢の描く鉄マン28号はドリル状のペニスに加えて手の指すべてと鼻がペニスになっている。夏目房之介はこの三人をさして「性のもつ湿気の引力圏から「明るさ」「権力志向」「想像力」の推力で離脱する、力わざの男根」と評している。

形を外のもので表す例では、キノコにして描くのはよくある。吾妻ひでお描くところの「メスキノコ」は女体型の茎に傘があるのに、「オスキノコ」は全体が単なるペニスである。銃や大砲にする例もある。夏目自身もそれを波動砲にした例がある。だが最も有名なのはオットセイに描いた横山まさみちであろう。小池一夫原作の劇画でも、金属バットに例えるというユニークなディフォルメで表現している。

脚注[編集]

  1. ^ 小穴隆一『二つの絵』p.36(中央公論社1956年
  2. ^ 芥川也寸志『ぷれりゅうど』pp.133-134(筑摩書房1990年 ISBN 978-4480871817
  3. ^ 團伊玖磨対談集『毒ヘビは急がない』p.284(文春文庫1980年)で團が「ミネさんの楽器は立派だというから」と発言したのに対し、ミネは「温泉なんか行ってふろに入ると、友だちが言うんだ。お前、いまふろ桶へ入ったろう。二度、音がしたぞって。もう一人はだれだって。(笑)」と返答している。
  4. ^ 同じく團伊玖磨対談集『毒ヘビは急がない』p.284(文春文庫、1980年)で團が「近衛秀麿先生も話に聞くけど」と発言したのに対し、ミネは「近衛さんは大きかったらしいですね。あの人高貴な方だから、お前見せろっていうわけにはいかないし、まあふろ屋へ行って台に腰かけても、まだ下なめていたというくらいだから」と答えている。
  5. ^ a b 猪俣勝人田山力哉共著『日本映画俳優全史 男優編』(現代教養文庫、1977年)によると、「一に草人(上山草人のこと)、二に宇礼シュウ、三、四がなくて、五が馬の○○―」という地口があるほど男性器の大きさは有名だったという。
  6. ^ 戸井十月『植木等伝「わかっちゃいるけど、やめられない!」』p.73
  7. ^ 田岡一雄『山口組三代目 田岡一雄自伝』p.200(徳間書店、2006年)

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]