性欲

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性欲(せいよく、: luxure: Lust)は、人間欲求の一つで的な満足を求める本能である。

概要[編集]

一般に二次性徴を迎え生殖能力を獲得したとき「性の目覚め」が起きるとされるが、それ以前から明確な性欲を抱く人もいる。性欲の高まる時期や強さは個人差や性差が大きい。多くの伝統的な宗教で、性欲は慎むべきもの、忌避すべきもの、警戒すべきもの、とされている(#宗教での伝統的な位置づけ)。

近年の医学的研究によって、性欲には男女で異なった周期性やピークの時期があることが明らかになっている。(#近年の生物学的・医学的な説明

「性的欲求は動物の生殖本能の現れであり、性行為を行い子孫を残すためにある[要出典]」などとも言われる。「故に一般に、生殖相手としてふさわしい同種の異性に対して抱くものだ[要出典]」とも言う。ただし、人間の性欲は多彩な欲求との相互作用により変化し、学習によって様々なフェチズムが生まれる。そのため一口に性欲といっても個人によって様々な形がある。人間だけが変態になる[1][信頼性の低い医学の情報源?]などとも言われる。もっとも、「多くの動物で同性愛など生殖に結びつかない性行動もある」という[2]

宗教での伝統的な位置づけ[編集]

多くの宗教で、不適切な性欲をとしている。

モーセの十戒では姦淫の禁止を戒のひとつに数えるため、ユダヤ教およびキリスト教イスラム教もこれにならう。また新約聖書記者とされる使徒パウロは、実際に性交に及ぶ姦淫のみならず、行為や外面に現わさない内心における姦淫も罪であると強調した。ただし必ずしも性欲自体を全面否定するものではなく、たとえばカトリック教会七つの大罪の一つとする色欲は、婚姻関係の外にあるものや、生殖から切り離されそれ自体の快楽を追求するもののことであると説明される。性欲もまた神の創造の一部とされ、適切な充足は罪とはされないことが一般的である。グノーシス主義のひとつであるカタリ派ではこの点が逆転し、生殖は人間を創造したサタンの意図として忌まれ、生殖を目的としない性欲の方が罪が少ないとされた。

仏教では煩悩の一つとされ、不邪淫戒という戒律も存在する。ただし不邪淫戒は、妻以外の女性と性交渉をしてはならない、という戒である。釈迦の従弟である孫陀羅難陀が、出家後でも妻に惹かれてなかなか悟りを開けなかったエピソードなどがある。このように多くの宗教では、性欲とは女性の容姿に男性が惑乱させられて起こるものと考えられている。

密教はその出現以前の仏教を顕教として低く見るが、密教での性欲の捉え方も従来仏教と大きく異なる。密教経典の理趣経には、「男女の欲望や交合(性交)の妙なる恍惚、また欲望などもすべて清浄なる菩薩の境地である」などと説かれる。真言宗主流などによる解釈では、これは「自性清浄」といい、本来人間は汚れた存在ではなく、欲望は人間として自然なものである、といった煩悩即菩提という思想を表すものであり、修行者に性交を勧めるような意味ではないとされる。一方で、無上瑜伽タントラや真言宗立川流などは直接的に性交を取り入れるなどしたが、聖俗からの排撃も強く、タントラは性的概念を抽象概念とみなした教派が残り、立川流は途絶している。

密教以外の仏教では、天台宗に興った玄旨帰命壇が同様に性交を儀式に取り入れていたが、これも弾圧され途絶している。なお立川流や玄旨帰命壇については焚書が行われたため弾圧側の文書に依拠するが、それらの記述には誇張があるのではないかとする見方がある。浄土真宗では親鸞の夢告に基づき僧の妻帯が認められるが、性欲は許されるにせよあくまでとされ、肯定的な意義は与えられていない。

精神分析学における性的欲求[編集]

19世紀末から20世紀初頭にフロイトが創始した精神分析学(およびフロイト派の精神分析学)では、性欲とは、性的欲求を充足させることを目的とした強い衝動である「リビドー」 (libido) であると考えられた。個々にどのような欲求が生まれ、どのような方法で充足させるかは、個人差が大きく一般化することは困難である。同派の性欲の研究について言えば、まずフロイトによる小児性欲エッセイが著名である。フロイトは未発達の小児にも性欲があると考え、口唇期肛門期男根期(エディプス期)、性器期などという段階に分類した。こうした性行動をともなわない性欲を充足させるか否かが後の人格形成に大きく関わると考えたフロイトは、こうした性欲の抑圧欲求不満)をヒステリーの原因と想定した。またそうした性欲を根源的な性欲と名付けた。フロイトはこうして人格形成をすべて性欲に起因する欲求で説明しようと考えた。これを汎性欲論と呼ぶが、近年では多くの批判を受け、妥当性に欠けるとされる。

性衝動の固着[編集]

リビドーの考え方を前提とした場合、性欲そのものは非常に単純であり根源的な欲求である。ただしその性衝動をどう充足するかによって、性的指向は個々に変化する、と考える。例えばフロイト的な解釈によれば、口唇期の欲求不満が固着した場合は、悲劇的で不信感に満ち、皮肉屋で攻撃的なパーソナリティが形成される可能性がある、とされる。逆に過剰であった場合は、タバコやアルコール摂取意欲の増加や爪を噛むなどの行為がでる可能性がある、とされる。

女性が、自分に執着しパートナーに大切にしてもらえることを望むという性的指向が固着した場合、そのような価値観を持つ社会集団に属していた、あるいは一切執着をされなかった反動形成と捉えることができ、男性が容姿の優れたパートナーを所有することを望むという場合も社会的欲求の変形と見なすこともできる。

好奇心から性的指向を顕在化させるケースもあり、窃視症痴漢など、異性の秘密に対する好奇心から、異性の衣服の下の体を見たい・触れたいという欲求を抱き、特に人目につかない部分(股間、腋の下など)に興味を示すこともある。男尊女卑的な社会では女性が頼れるパートナーに体を預け、秘所を開くことで孤独感を癒したいという欲求が生まれることもある。

一般に性的欲求が強まるのは、思春期以降と言われるが、個人差が大きく必ずしもそうとは言えない。性的好奇心は年齢を問わずにおこり、発現の仕方も多様である。

固着の状況によっては、関係性への欲求や所有欲、共感欲といった別の欲求に置き換わる場合もしばしばである。性的な欲求を一生自覚せずに過ごす場合もある。

近年の生物学的・医学的な説明[編集]

男性の場合[編集]

一般論として言えば、男性の性欲は睾丸精子をつくるリズムと連動している[3]。睾丸で分泌されるテストステロンに左右される。(そのため、去勢を行うと性欲は低下する)。『ボディ・リズム』の著者リン・ランバーグの指摘によると、男性の性欲は年周期で変化しており、10月にもっとも多く精子がつくられ性欲もピークを迎える[3]。複数の研究者ら[4]の研究でもセックスマスターベーションの回数が多いのも10月だといい、結果、女性の妊娠も増えるという。逆にテストステロンの分泌が減るのは3月である[3]。ピークの10月と最も低い3月の差は25%に達するという[3]。男性の性欲と年齢の関係について言えば、思春期がもっとも性欲が強いと言われ(より具体的には精子製造では15歳前後。テストステロンの分泌量では19歳がピークだとされ[3])、ピーク以降年齢とともに毎年低下する。

女性の場合[編集]

オナニーする女性(クリムト画。1913年)

一般論として言えば、女性の性欲は排卵期間(卵抱期)を頂点として高まり、月経の周期で変化していると言われている[3]。 つまり(月経が順調な女性であれば) 1ヶ月前後周期で増減を繰り返している。

女性の性欲の年齢的な面について言えば、35歳ころにピークを迎えその後10年間ほど続くという[3]。というのは、性欲を覚えさせるテストステロンのピークがその時期なのだという[3]

男女のギャップ[編集]

上記の通り、性欲のピークの時期は男性と女性の間で、15年から20年もずれている[3]

犯罪と性欲[編集]

精神分析学などで言うところの「“固着した”性行動」は個々の性生活に影響を及ぼし、法律が定めることから逸脱した行動を引き起こすこともしばしばである。TPOを無視した過度な露出や逸脱した性的アプローチは、嫌がらせセクシュアル・ハラスメント)や性犯罪とされることもある。

脚注[編集]

  1. ^ 佐藤晴夫『異常性欲:人間だけが変態である』ベストセラーズ、1994 ISBN 4-584-19107-7
  2. ^ Bruce Bagemihl, Biological Exuberance: Animal Homosexuality and Natural Diversity, St. Martin's Press, 1999; ISBN 0312192398
  3. ^ a b c d e f g h i 日本博学倶楽部 『「人体の謎」未解決ファイル』 PHP研究所、2009年
  4. ^ ロスチャイルド財閥アラン・ラインバーグパリ大学のミシェル・ラゴギー

参考文献[編集]

  • 佐藤晴夫『異常性欲:人間だけが変態である』ベストセラーズ、1994 ISBN 4-584-19107-7

文献[編集]

関連項目[編集]