月亭方正

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月亭 方正
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結三柏は、桂米朝一門の定紋だが、
月亭一門は変え紋として月紋を併用。
本名 山崎 邦正(旧芸名)
生年月日 1968年2月15日(47歳)
出身地 日本の旗 日本 兵庫県西宮市
身長 166cm
方言 関西弁
最終学歴 立正大学卒業
師匠 月亭八方
出身 NSC大阪校6期
コンビ名 TEAM-0(解散)
相方 軌保博光(元相方)
芸風 ボケ顔芸一発ギャグ上方落語
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1988年 -
同期 爆笑問題さまぁ〜ずなど
現在の代表番組 ガキの使いやあらへんで!!
マルコポロリ!
ドラGO!
過去の代表番組 シブヤ系うらりんご
お台場CHA・CHA!!
かざあなダウンタウン
他の活動 落語、俳優
配偶者 既婚
受賞歴
第12回ABCお笑い新人グランプリ 最優秀新人賞 (TEAM-0として)

月亭 方正(つきてい ほうせい、1968年2月15日 - )は、日本落語家お笑いタレント。本名・旧芸名:山崎 邦正(やまさき ほうせい)。

兵庫県西宮市出身で大阪府箕面市在住[1]よしもとクリエイティブ・エージェンシー大阪本部所属[1]NSC6期生。身長166cm[2]。既婚であり、息子が1人と娘が2人いる。兵庫県立西宮南高等学校立正大学心理学部卒業。

2013年1月より芸名を本名・山崎邦正から、高座名「月亭方正」に改名。上方落語協会会員。出囃子は「ヤマザキ一番」。

略歴[編集]

デビュー[編集]

1988年軌保博光と「GSX(ガスペケ)」を結成し、デビューする。

1989年 東京進出を機にコンビ名を「TEAM-0」に改名。

1990年 後に初のレギュラー出演番組となる『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』に出演。

1991年 第12回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を受賞。

ピン芸人へ[編集]

1993年、「TEAM-0」解散。ピン芸人として活動を開始する。

1998年、『天才てれびくん』にてリサ・ステッグマイヤーと共に司会を務める。 テレビ東京系で放送されていたアニメーション『学級王ヤマザキ』の主題歌『ヤマザキ一番!』を歌い、CD化された。

2001年、11歳年下の一般女性とのできちゃった結婚を発表。結婚式の模様は『ガキの使い』内で放送され、DVDにも収録された。

2002年ヨシモトファンダンゴTVで放送された番組『邦正音楽工房』から女性アイドルデュオ「AiAi」をデビューさせる。2005年TOKYO FMで芸能生活17周年を記念して、3時間の生放送特別番組が放送される。 『M-1グランプリ2005』にカンニング竹山と漫才コンビ「竹山崎」を結成し参戦。予選三回戦で敗退。作家の中村うさぎとの共著『うさぎ・邦正の人生バラ色相談所―苦悩の泥沼にハマッてしまった人へ』を出版。2006年、『M-1グランプリ2006』にカンニング竹山との「竹山崎」にたむらけんじをメンバーに加え「たむらけんじと竹山崎」として参戦。予選三回戦で敗退。生殖器の海綿体が硬質化するペイロニー病を患う。

2007年村田あゆみのセカンドアルバム「Happy Candy」の中の「Birthday」と「伝説の狼」の作詞作曲を行う。胃腸炎を患い約三週間の入院後、復帰。2008年、正月特番として初の冠番組『祝 山崎邦正20周年 ホンマは正月よりもめでたいでぇ!』が関西テレビにて放送される。自身初の写真集&エッセー「奇跡」を出版。

「月亭方正」へ[編集]

2008年5月、月亭八方から「月亭方正」を名乗ることを許可され、5月11日の八方の勉強会で「阿弥陀池」落語を演じた。同年12月8日京橋花月で落語家として高座に上がった。2009年12月、上方落語協会加入。2011年1月15日から全国ツアー「全国行脚、月亭二人旅」をよしもと浅草花月でスタート。2012年9月、落語活動に専念するために拠点を大阪に移す[1]。2012年12月17日、翌2013年元旦より、全ての活動を「月亭方正」として活動することを発表[3]。(詳細は後述する#月亭方正としてを参照)

スコップ三味線第2回世界大会(2008年12月21日)で、初出場ながら個人の部第3位[4]になる。

月亭方正として[編集]

40歳を迎えた直後、今後の芸能活動や路線について悩んでいたことやテレビの仕事以外にも舞台にも挑戦したいという思いが強くなったことを東野幸治に相談したところ、東野の勧めで桂枝雀の「高津の富」を、一度はそれまでまったく聞いたことがないことを理由に「古典芸能は…」として渋ったが、その後聴いてみて、その面白さに目覚めたという[5][3]。その後、「聞くだけでなくやってみたい」と考えるようになった方正は、本格的に落語の勉強を始め、月亭一門に入門した[5]。月亭一門に弟子入りしたのは飲み仲間に月亭八光がいたため、八光を通じて八方に入門を志願したためである[6][5]。2008年に月亭八方の落語会に客演として落語家デビューし、打ち上げの席で八方から正式に「月亭方正」の名を貰った[6][5]。大師匠の月亭可朝は、枝雀の兄弟子なので、芸の世界では、枝雀は方正の”大叔父”に当たる。

積極的に月亭一門会や師匠・八方との親子会、「月亭方正・十番勝負」と称した勉強会、花形寄席、東西若手の会「やみ鍋の会」、八方および月亭一門の稽古場の「八聖亭」、天満天神繁昌亭の朝席・昼席・夜席などに出演。2011年1月1日は『笑点』スペシャルの東西大喜利に初出演。大師匠・可朝とも共演している。2013年1月1日よりタレント活動時も含めて芸名を「月亭方正」に一本化することになった[7]

テレビ[編集]

現在[編集]

過去[編集]

ドラマ[編集]

CM[編集]

ラジオ[編集]

現在の出演番組[編集]

過去の出演番組[編集]

映画[編集]

オリジナルビデオ[編集]

シングル[編集]

出版物[編集]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]