石田靖

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石田 靖
本名 石田 靖(いしだ やすし)
生年月日 (1965-12-10) 1965年12月10日(57歳)
出身地 日本の旗 日本兵庫県伊丹市
血液型 O型
身長 179 cm
言語 日本語
方言 神戸弁
最終学歴 京都産業大学
事務所 吉本興業
活動時期 1987年 -
同期 恵俊彰ホンジャマカ
木下ほうか
辻本茂雄
など
現在の代表番組 開運!なんでも鑑定団
探偵!ナイトスクープ
過去の代表番組 よしもと新喜劇
配偶者 あり(2009年 - )
親族 妻、長男、長女、次女、次男
公式サイト 公式プロフィール
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石田 靖(いしだ やすし、1965年12月10日 - )は、日本お笑いタレント喜劇俳優コメンテーターである。

兵庫県伊丹市出身。吉本興業東京所属。身長179cm、体重75kg。

なんばグランド花月での吉本新喜劇の座長経験者であり、現在は[いつ?]ルミネtheよしもとでの新喜劇・石田班及び地方公演の座長を務める。

経歴[編集]

人物[編集]

実家は伊丹市の木造平屋。兵庫県立伊丹高等学校京都産業大学卒業。大学時代は、アマチュアレスリング部に所属。

2008年に、伊丹市から伊丹市をPRする「伊丹大使」の委嘱を受けている。

2009年11月23日、交際中の16歳年下の一般女性[1]との婚姻届を提出。翌日、神戸市中央区のクラウンプラザ神戸で、挙式、結婚披露宴を開催した。

2012年5月13日に長男、2013年9月3日に長女が[2]、2016年12月29日に次女が誕生。2022年9月24日には第4子となる次男が誕生した[3]

2015年3月19日両親の出身地である大分県中津市特命観光大使の委嘱式が中津市にて行われる。

2016年7月31日同市で行われた、『開運!なんでも鑑定団』(テレビ東京)の「出張!なんでも鑑定団in中津」の収録(放送は8月23日)で、叔父(母の兄)が登場した。叔父は上記の結婚披露宴に出席していたエピソード等を披露した。客席には叔母が観覧していた。 読売ジャイアンツファン。

デビュー[編集]

京都産業大学在籍中の1987年オーディションで吉本興業に入る。「オ組」でデビュー。

アントニオ猪木に憧れ、夢はプロレスラーになることだったが、母親に反対されたので諦め、芸能界入りを決めた。

同年11月にスタートした清水圭・和泉修司会の夕方の帯番組素敵!KEI-SHU5』(関西テレビ)のレギュラーに抜擢される。翌年10月に「KEI-SHU5」の出演メンバー強化目的によるダウンタウン司会の帯番組『4時ですよーだ』(毎日放送)のレギュラー出演者との掛け持ち制移行の見返りとして、130Rとともに『4時ですよーだ』のレギュラーへ移る。『4時ですよーだ』末期では、ダウンタウンが東京での仕事が増え、出演時間が少なくなったための穴埋めとして今田耕司東野幸治と共に司会を務めることとなる。このときのトリオ名は「3ばか大将」と呼ばれた(しかし、ダウンタウンの司会降板以後は視聴率的に振るわなくなったことから、後にダウンタウンが司会に復帰した)。

吉本新喜劇入団[編集]

1989年、『4時ですよーだ』の終了とともに今田らと「やめよッカナ?」キャンペーンを展開していた吉本新喜劇に入団。持ちギャグはなく、当初は2枚目役を演じていた。石田を知る同級生達からは、「なんで普段みたいに面白いことやらへんの?」と問われていたという。その後、持ちギャグを作ってみるようアドバイスを受けたこともあって、持ちギャグをいくつか作って舞台上で披露したが、そのいずれもがスベリ芸で面白くない物ばかりであったために、不評を買った。このことから、持ちギャグ(持ちギャグの研究・開発及び使用)を禁止された。その代わりに、プロレス技以外で数少ないネタ的なものとして、他の共演者のギャグをパクることが多い。

やがて、なんばグランド花月の舞台で、島田珠代山田花子を筆頭に先輩後輩問わず数々の芸人を相手に、石田本人が本来やりたかった芸という暴力的な仕切りツッコミでのしあがり、1995年にはニューリーダーに、1999年には座長に就任。現在でも舞台上では、プロレス技まがいの暴力的な仕切りツッコミだけで十分ウケをとっている。

大学時代に習得したプロレス技は主に花子や浅香あき恵相手に遺憾なく発揮される。リンゴ(ハイヒール)を骨折させるなど、プロレス技は非常に強力。持ち技としてはジャイアントスイングドロップキック踵落としなどがある。特に踵落としは池乃めだか高橋靖子の頭を超えるほど踵が上がり、かなりの柔軟性を持つ。さらに、新喜劇の舞台上で持ち技を決めたときは武藤敬司のポーズをとり、自己陶酔する。舞台で花子から水着をはぎ取り、裸にしたことがある。こうした数々の暴挙に対する批判に対して、石田はブログで「(同じくプロレス経験者の花子に対しては)あくまでネタなんで…ネタやったら何やってもええんか!とお怒りの方もおられますが信頼関係があってやってることなんで…是非、見て笑ってください」と理解を求めている。

2001年、東京新宿にルミネtheよしもとがオープン。ルミネでも東京の芸人を中心とした新喜劇が上演されることになり、本場なんばグランド花月から数名の座員が送りこまれ、石田もその一人としてルミネ新喜劇の座長に就任、NGKメンバーとしての新喜劇出演はスペシャルや全国ツアーのみになり、ほとんど大阪に住みつつも[4]舞台はルミネでの活動をメインにした。

その後2004年春から3年ぶりにNGK新喜劇に座長として復帰したものの、引き続き東京ベースの活動であり、他の座長に比べテレビ出演や地方ロケに出かけることが多く、「素人をうまくイジれる数少ない芸人」として番組関係者からの需要が高まっていたことからテレビ出演が増え、新喜劇への出演回数は座長・端役を問わず特にNGKで激減し(数カ月に1週、しかも途中休演がある)、NGK座長退任はスタッフから特に知らされることなく自然解消の形であった[5]。以降NGKでの舞台へは重鎮ポジションとしての出演となったが、2012年からは座員ではなくなった。自身が座長の舞台では水玉れっぷう隊と共演することが多い。

近年は自身が座長としてNGKとルミネのそれぞれで「石田笑店」というイベントを年一回実施し、ルミネ・NGK双方の座員を交えての公演を行なっている。

テレビ・映画への進出[編集]

1995年のニューリーダー就任の頃からテレビの仕事が増え、他の座長に比べて新喜劇出演は減ることとなる。この間『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送)の探偵となり、知名度を上げる。

1991年には島田紳助が監督した映画『風、スローダウン』に主役で出演を果たしているが、この作品の共演者に結婚を申し込むも相手の両親に反対され叶わなかった。その後、石田は2008年から16歳年下の一般人女性と交際を開始し、2009年11月に入籍。11月下旬には兵庫県内にて挙式・披露宴が催された。

キューバ音楽をテーマにした映画『ミュージック★クバーナ』に出演。東京ツアーに来た主人公率いるバンドをステージ上で紹介する前説的な役どころ。2006年8月20日放送の『タモリ倶楽部』(テレビ朝日)で紹介され、タモリガダルカナル・タカらに「なんで石田が??」とツッコまれていた。この他、『釣りバカ日誌』シリーズ第18作にも出演。

出演[編集]

テレビ番組[編集]

現在の出演番組
過去の出演番組

ラジオ番組[編集]

現在の出演番組
過去の出演番組


インターネット[編集]

『ひかりナイトバラエティ』

  • 「石田靖・さとう珠緒の上っ面トーク」(2007年10月24日の最終回にて終了)
  • 「石田靖と意外な仲間達」 水曜日

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

日本語版吹替[編集]

Vシネマ[編集]

舞台[編集]

  • 吉本百年物語 日本全国、テレビで遊ぼ」(2012年12月) - 小林プロデューサー 役

ラジオドラマ[編集]

  • FMシアター「ローリングボーイ」(2021年5月8日、NHK-FM) - ヤマジ 役

受賞歴[編集]

関連項目[編集]

出演舞台

脚注[編集]

  1. ^ "吉本新喜劇座長・石田靖が11月に結婚". ORICON NEWS. Oricon ME. 2009年9月28日. 2021年5月24日閲覧
  2. ^ 本人のブログより[要ページ番号]
  3. ^ "石田靖、第4子次男が誕生!「56歳のパパ」上には10歳長男、9歳長女、5歳次女…4児のパパに". スポーツ報知. 報知新聞社. 2022年9月26日. 2022年9月26日閲覧
  4. ^ 「『石田笑店2014』初の2daysは テーマパークと思って楽しんでください!」 - インタビュー&レポート”. ぴあ関西版WEB (2014年12月1日). 2022年9月26日閲覧。
  5. ^ CASTY生配信での答えによる
  6. ^ Cheeky's Evening”. BSよしもと (2022年10月). 2022年11月29日閲覧。
  7. ^ 石田靖 - オリコンTV出演情報
  8. ^ Cheeky's Cast 1”. BSよしもと (2022年3月). 2022年11月30日閲覧。

外部リンク[編集]