桂小枝

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かつら こえだ
桂 小枝
桂 小枝
園田競馬場トークイベントにて
(2016年5月4日)
本名 青木 喜伸(あおき よしのぶ)
生年月日 1955年5月25日(61歳)
出生地 日本の旗 日本 兵庫県西宮市
活動期間 1974年 -
活動内容 落語家
配偶者 あり
受賞
ABC漫才落語新人コンクール - 最優秀新人賞(落語部門)
備考
上方落語協会理事

桂 小枝(かつら こえだ)は、上方落語名跡。過去3人ほど「小枝」を名乗った落語家が存在する。また東京(江戸)落語では2代目桂枝太郎門下の桂枝助が前座名で名乗った。

  • 桂 小枝 - 初代桂歌之助の前座名。
  • 桂 小枝 - 『落語系図』では、2代目桂小文枝の門人に小枝の名が確認できる。
  • 俗に初代桂 小枝 - (1948年 - )大阪市此花区の生まれ。本名:脇本博司。加古川東高校に通いながら、1966年に3代目桂小文枝(後の5代目文枝)に入門し、小枝を名乗った。6代桂文枝の一つ上の兄弟子に当たる。6代文枝と一緒に伊勢まで東の旅を歩いたこともあるが、間もなく廃業している(師匠が貯めていた小銭入れのお金を勝手に使って破門されたとされる)。廃業後は板前をしていたという。

桂 小枝(かつら こえだ、1955年5月25日 - )は、日本の落語家であり、タレントスタイリスト。所属事務所よしもとクリエイティブ・エージェンシー出囃子は『ミッキーマウスマーチ』または『調練』、『小枝ブルース』(キダ・タロー作曲)。上方落語協会会員。本名は青木 喜伸(あおき よしのぶ)。兵庫県西宮市出身。ニックネームは「こえぴょん」「ミスター(ナイトスクープ)」「小枝師匠」。妻と2人の娘と2人の孫がいる。娘婿は大衆演劇俳優の恋川真弥[1]

経歴[編集]

実家はお好み焼き屋を経営。少年時代はボーイスカウトに所属していた。同じくボーイスカウトに入っていた俳優の生瀬勝久とこの頃すでに出合っており、「ボーイスカウトの頃と喋りがそのまま」と述べている。また独特の抑揚をつけたしゃべり口調は、師匠となる5代目桂文枝の落語を聴いているうちに意識するようになり、身についてしまったという。

兵庫県立宝塚高等学校卒業。高校時代は落語研究会に所属。当時の高座名は「桂方沙織」。また「劇団根性座」を結成して演劇もおこなっていた。このころから白塗りしていたため、後の高座での芸風に繋がった。

高校卒業直前の1974年2月、3代目桂小文枝(後の5代目桂文枝)に入門。当初は可愛らしい名前がよいと、自ら桂 枝織(かつら しおり)[2]を名乗る。新人時代は、顔に真っ白なドーランを塗り、ちょんまげかつらをつけて落語をし、座布団などを人差し指一本で廻すという特技を披露していた(通称「白塗り落語」)[3]。かつらの代わりに茄子をくくり付けていたこともある。ネタの枕でその茄子をカッターで切って客席放り投げるという芸をやっていたが誤って指を切ってしまったことがある。この奇抜な扮装は古典落語をしようにも先達によって開拓、研究され尽くされていて「若手が入り込む余地がなく、全く手が打てない」と考えた末でのアイデアだった。この時期、高校時代の教師(兵庫県立西宮高等学校に転任していた)から「自分の教え子に落語家志願の生徒がいるので苦労話を聞かせてやってくれ」と頼まれて学校まで出向き、相手の生徒と差し向かいで話をした。その高校生がのちの笑福亭三喬である(落語家になることを親に反対されていた)。話の内容は「いずれ落語の世界に入るなら、ご両親も大学だけは行ってくれと話しているのだから、進学してはどうか。兄弟子の桂三枝桂文珍も大学を出て落語家になっている。大学の4年間を芸の肥やしにするか、回り道にするかは君次第だ」というものであった[4]

1981年9月、師匠をはじめとする周囲の勧めもあり、桂 小枝に改名。以降、関西ローカルのテレビ番組などで顔を売る。当時は『TV-JACK』(ABCテレビ)内の「美人数珠繋ぎ」など、関西ローカル深夜番組のロケコーナーを受け持つが、人気は今ひとつ出なかった。テレビデビューかつ初レギュラーとなった生放送のテレビ番組では、放送禁止用語を言ったために即レギュラーから降ろされている。
1988年より2013年まで『探偵!ナイトスクープ』の探偵としてレギュラー出演。ねちっこい話し方と小ネタ集、パラダイス(全国にある面白テーマパーク)紹介で人気を獲得した。特に「謎の爆発卵!?」(通称、爆発卵)の放送回は、『探偵!ナイトスクープ』の視聴率が関西圏のみで30.5%を記録するなど、現在でも傑作の呼び声が高い。探偵紹介を受けてからの挨拶「よろしくお願いしま〜す、桂小枝で〜す、お願いしま〜す」(放送によっては、名前を先に挨拶する時もある)と、終わった後の第一声「しかし、まぁ〜何ですね〜」、直後の収録時と放送日との差をネタにしたトークがトレードマークとなっていた[5]島田紳助は「小枝は35歳になってから売れる」と予言していたが、33歳のときにレギュラー出演が決まったこの番組のおかげでその予言が的中することとなった。予言した理由は「若いうちは独特の粘っこい口調は無理がある、あの話し口調はそれ相応の歳になってからでないと合わない」と読んだためと、後日談として話していた。

桐灰化学カイロのCMに出演して、関西以外の地域でも名が知られるようになった。小枝はこのCMのために剃髪しているという。桐灰側もこのCMによって企業の知名度、業績やカイロのシェアが上昇したため、リクルート情報などにおける企業紹介でも普通に「桂小枝さんのCMでおなじみの会社です」などという文句を用いている。

フジテレビの『幸せって何だっけ 〜カズカズの宝話〜』にゲスト出演した際、細木数子にリポーターとしての活動ではでなく、もっと古典落語をやりなさいと言われたことがある。現在は積極的に古典落語に挑戦し、『くっしゃみ講釈』『佐々木裁き』『悋気の独楽』などの得意ネタを持っている。以前はテレビ番組で「この歳になっても独演会をやったことがないのは私くらい」と言っていたが、2010年に初の独演会をおこなった。ただ、バラエティ番組での活動が多いため、地域によっては落語家としてのイメージが低い。そのため、ナイトスクープ内のロケがなんばグランド花月で行われた際、たまたま着物で出番待ちをしていた時に出演した時にはわざわざ「落語家 桂小枝師匠」というテロップが表示された。

「アトリエ色えんぴつ」のスタイリストとしても活動しており、自ら出演しているテレビ番組の多くに関わっている。

弟子に桂小留(ちろる)がいる。

2013年9月27日の放送分を以って、25年間出演していた探偵!ナイトスクープを卒業[6]、その後2014年8月に顧問として復帰し以降定期的に出演。

人物像[編集]

結三柏は、桂文枝一門の定紋である。

その芸風とは違い私生活ではかなり物静かであり、このことにショックを受けた芸人は少なくない(中川家など)。『探偵!ナイトスクープ』でも、探偵活動中困り果てたジミー大西からの電話を受けた時、きわめて物静かにしゃべる声が放送されたことがあった(ただし次のシーンでは例のねちっこいしゃべり方に戻っていた)。

同い年の関西芸人ゆえに、明石家さんまと非常に仲がよい(2016年現在、吉本の同期で唯一の落語家)。

を様々な形に変えてみせる伝統芸、南京玉すだれの使い手。その腕前を任天堂ゲームボーイソフト『クイックス』のCMで披露している。しかし、本人曰く、そのCM以降はほとんど実演することはないという。かつて、『探偵!ナイトスクープ』の番組内で、「南京玉すだれを習得して披露したい」という小学生からの依頼を受け、指導・伝授したことがある。

下足(げそ)の天ぷらが好物。一方、蛇が大の苦手である。

愛車はシボレー・HHR。以前は黄色の古いメルセデス・ベンツ・W123に整備を繰り返しながら長年大切に乗っていたが、HHRに一目惚れするとすぐに買い換えたという。また、免許はAT限定である。

おもちゃ好きで、自宅にはかなりの量のおもちゃがある(なるみ談)。おもちゃの中でも特にブリキ製の物を蒐集する傾向にあり。正規のキャラクターではない紛い物のブリキ製おもちゃを相当数保有している。

受賞歴[編集]

レギュラー番組[編集]

過去の出演番組[編集]

PV[編集]

CM[編集]

など

出典[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2007年11月17日放送『土曜はダメよ!』による
  2. ^ 名前が名前だけに女性とよく間違えられた。
  3. ^ 一門に考慮して羽織に結三柏は使わず独自の定紋を使っていた。
  4. ^ 大阪産業大学学園ニューズレターNeoSU 2009年7月号(三喬へのインタビュー記事)
  5. ^ ただし、編集の都合でその部分がカットされることがある。
  6. ^ 小枝、松村らが「ナイトスクープ」卒業”. サンケイスポーツ. 2013年9月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年9月7日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]