桂文珍

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桂 文珍かつら ぶんちん
桂 文珍
第25回彦八まつりで、実行委員長として[1]開会宣言を行う(2015年9月5日)
本名 西田 勤[2]
生年月日 (1948-12-10) 1948年12月10日(68歳)
出身地 日本の旗 日本兵庫県篠山市
師匠 桂文枝 (5代目)
弟子 桂楽珍
桂珍念
出囃子 円馬ばやし
活動期間 1969年 -
活動内容 上方落語
所属 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
受賞歴
咲くやこの花賞
芸術選奨文部科学大臣賞
紫綬褒章
備考
上方落語協会理事

桂 文珍(かつら ぶんちん、1948年12月10日 - )は、日本落語家タレント。本名、西田 勤[2]

兵庫県多紀郡篠山町(現:篠山市)福井出身[2]よしもとクリエイティブ・エージェンシー吉本興業)所属。大芋小学校、東雲中学校(現:篠山東中学校)[3]篠山鳳鳴高校を経て、大阪産業大学[4]5代目桂文枝の弟子で出囃子は『円馬ばやし』[5][6]。「桂珍幻彩」の名で高座に上がることもある[7][8][9]

来歴・人物[編集]

結三柏は、桂文枝一門の定紋である。

実家は農家。幼い頃はパイロットに憧れていたが、大学に入学してすぐに父が病気で倒れ、仕送りがストップし、ガソリンスタンドでの住み込みのアルバイトを余儀なくされる。大学生時代に落語に憧れ落語研究会に入り、美憂亭 さろん(びゆうてい-、「ビューティーサロン」に由来)と名乗る。この芸名でテレビに出演、共演した桂三枝(現・6代桂文枝)の勧めもあり、1969年10月に5代目桂文枝(文珍の入門当時は桂小文枝)に入門。おりから1969年当時、三枝も売れっ子になり師匠の身の世話をする人物を探していた。

当初三枝から「君は僕の次(2番弟子)やで」と言われていたが、文珍が入門する3日前に桂きん枝が入門したため、3番弟子となったと2002年にナゴヤドームで行われた講演会などで発言した。年齢はきん枝より上であるが、この入門時の経緯から、文珍はきん枝のことを「きん枝兄さん」ではなく「きん枝くん」と呼んでいる。弟子は、桂楽珍(らくちん)桂珍念(ちんねん)桂文春(ぶんしゅん)桂文五郎がいる。同期は間寛平ほか。

芸名の「文珍」は習字の「文鎮」に由来する。小文枝が物を書いていた時に、風で紙が飛ばされそうになったため、近くにいた西田に「おい、押さえとけ」と言った。言われるまま紙を押さえたところ小文枝がその様子を見て、珍しい人物なので、文鎮にかけた「文珍」と命名したという。新作落語古典落語の両方演じ、古典では3代目桂米朝から多くのネタの稽古を付けられた。主な得意ネタとして、新作では自作の「老婆の休日」「ヘイ!マスター」「マニュアル時代」などハイテクを題材にしたもの[10]、古典では「愛宕山」「百年目」「胴乱の幸助」「不動坊」「天狗裁き」「地獄八景亡者戯」「はてなの茶碗」「らくだ」等。

文藝評論家谷沢永一との縁から、1988年より関西大学の文学部非常勤講師を務め(2003年まで)[11]、「文化人」としても認められるようになり、関西大学の講義録をまとめた著書がある。俳優としてはテレビドラマ『家族ジャングル』で一ノ瀬清役を演じ、『風のハルカ』で四方山一行役を演じており、役者としての才能も開花している。

飛行機の操縦資格を持ち、1990年8月に自家用操縦士の技能証明、1994年4月には計器飛行証明を取得している。自身がオーナーの飛行機(ジャイロフルーク スピード・カナード SC01B-160、日本で1機のみ存在)を操縦、公演先まで遠方飛行するなど「飛行機を飛ばす芸能人」としても全国的に有名である[12]。2003年の能登空港開港の際に第一号到着機になった。

若手時代[編集]

1974年に、『ヤングおー!おー!』のユニット「ザ・パンダ」(月亭八方・きん枝・4代目林家小染)に参加。若い頃は高座で「芸名桂文珍、本名瀧廉太郎でございます」と名乗ったり郷里の篠山[13]をネタにするなど、「丸眼鏡で地味な落語家」というイメージが強かったが、1980年代以降「ニューウェーブ落語」と称したパフォーマンスを取り入れた高座を開き、一躍新時代の落語家として注目を浴びる[14]。また、司会者として兄弟子の三枝の様な軽快なMCが受け、一時期は17本のレギュラーを持ち、小文枝一門の弟子では三枝についでテレビ番組出演が多かった。しかし、雑誌で藤山寛美と対談した時に[15]寛美から「レギュラー17本はしんどいですな。これからはそんなんが無くなっていくから気を付けなはれ。」と言われ、原点の落語に重点を移し始める[16]

独演会ツアー[編集]

1982年より毎年8月8日を「88文珍デー」と題して独演会を開催、演目を増やしていく[17][18]2005年3月に報道ワイド番組『ウェークアップ!』(現:『ウェークアップ!ぷらす』)が終了したことを機に、テレビ番組にほとんど出演せず、落語家に専念し若手の育成に励むことを表明する。2005年より年に1回、桂南光(米朝事務所)、笑福亭鶴瓶松竹芸能)と所属事務所の垣根を越えて落語会『夢の三競演 三枚看板 大看板 金看板』を開催、落語会としては破格の6,000円を超える料金が話題となる。このユニットでテレビ番組の特番に出演するなど、従来の枠を超えた活動が続いている。

2007年10月から「桂文珍独演会」25周年に合わせて全国52カ所を巡る独演会ツアー[19]を翌年4月4日まで開催し、六人の会のメンバーの他に3代目桂春團治笑福亭仁鶴、桂三枝、桂南光らが高座に上がった。その後、NGKで10日間の独演会に今いくよ・くるよ中田カウス・ボタン他、吉本の漫才師がゲスト出演した。以降、毎年独演会ツアーを開催中。なお、2009年からは所属一門、事務所の枠を超えた落語会「京橋精選落語会」を京橋花月でスタート。

交友関係

数年前から明石家さんまを落語家に復帰させようとしているが、さんまには「あんたがやりなはれ!」と言い返されている。島田紳助とは番組共演中にトラブルを起こしたため不仲であり[20]、紳助の引退まで関係が修復されなかった。西川のりおとは、KINCHO「どんと」のCMで一時期共演、せりふの「ちゃっぷい ちゃっぷい どんとぽっちぃ」は流行語にもなった。のりおから「自分だけ残りよって、ええかげんにせえよ!」と嫉妬心を抱かれたが、あくまでものりおのCM出演の契約が切れ、止むを得ず降板をすることになったので、犬猿の仲ではないが、文珍はそれを逆手に取りネタにしていた。

桂ざこばともテレビ番組出演中のできごとでいざこざがあったが、その後和解し、桂米團治襲名口上や、『ちちんぷいぷい』(MBSテレビ)でも共演を果たしている。

甲斐よしひろからは「好きな落語家の一人」として挙げられており、かなり親交が深い。

大学時代のエピソードで、友人達と野球をやるために歩いていたら、学生運動をしている学生達に遭遇し「野球なんかして遊んでる場合か」と絡まれたが、文珍が「俺は野球がやりたいんじゃ!!」と凄い剣幕で言い返して運動家達を唖然とさせた事がある[4]

出演作品[編集]

テレビ番組[編集]

落語[編集]

バラエティ[編集]

この番組は生放送で、1983年12月1日のテレフォンショッキングの開始直後、ゲスト出演前のタモリ単独のトーク中に不審者が乱入するという事態が発生。不審者はスタッフによって即刻つまみ出されたが、騒然とする会場へ不審者と同じように予告なく現れたのはセーター姿の文珍である。「番組を続けて続けて」とおどけて引っ込んだ。その後当日のゲスト佳山明生が何事もなかったかのように登場。

報道・情報番組[編集]

クイズ[編集]

テレビドラマ[編集]

テレビアニメ[編集]

映画[編集]

  • パンツの穴 花柄畑でインプット(1985年4月13日)小平裕(監督); 掛札昌祐(脚本); 惣領泰則(音楽); 東映撮影所[32]
  • ゴルフ夜明け前(1987年)松林宗恵(監督); 佐々木守(脚本); 6代目桂文枝(原作); 東宝[33]
  • 夢見通りの人々(1989年)森崎東(監督); 梶浦政男(脚本); 宮本輝(原作); 松竹[34]

ラジオ[編集]

ゲーム[編集]

CM[編集]

受賞ならびに受章[編集]

出版物[編集]

CD・DVD[編集]

主なCD
  • 桂文珍 1〜20(1998年-2008年、全20巻、ソニー・ミュージック・エンタテインメント)
    • 朝日名人会で録音した巻のみ『「朝日名人会」ライヴシリーズ』と書かれている。
    • 以下のボックス・セットも発売された。
      • 桂文珍 落語全集(10枚組、2007年)
      • 精選落語 桂文珍(4枚組、2007年)
      • 精選落語 桂文珍II(4枚組、2008年)
主なDVD
  • 桂文珍 10夜連続独演会 第1夜〜第10夜 (2008年、全10巻)
    • 10枚組のボックス・セットも同時発売された。
  • 桂文珍 大東京独演会 一日目〜十日目 (2010年、全10巻)
    • 10枚組のボックス・セットも同時発売された。
  • 桂三枝落語現在派宣言(2000年1月)
    • (1) 桂文珍「スペース・ウォーズ」、(2) 桂三枝「新世界」[40]

書籍と雑誌[編集]

著書[編集]

  • 三原治 『さんまの名探偵 桂文珍殺人事件』 スタジオハード、双葉文庫/冒険ゲームブックシリーズ、1987年
  • 桂文珍 『落語的学問のすすめ』 潮出版社、1989年ISBN 4267012032[41]
新潮文庫『落語的学問のすすめ』 新潮社、1993年ISBN 4101189110[42][41] 『新落語的学問のすすめ』改題
講談社+α文庫 『落語的学問のすゝめ』 講談社、2006年7月ISBN 4062810379『落語的学問のすすめ』 (新潮社平成5年刊) の増訂[41]
  • 『日本の大学 : この国の若者は、こんなんでっせ!』 PHP研究所、1990年9月ISBN 456952849X
PHP文庫 『日本の大学 : この国の若者は、こんなんでっせ!』 PHP研究所、1992年ISBN 4569564658
  • 『落語的学問のすすめ part 2』 潮出版社、1990年12月ISBN 4267012512[41]
新潮文庫 『落語的学問のすすめ part 2』 新潮社、1993年9月ISBN 4101189129
講談社+α文庫 『文珍の学問のすゝめ』 講談社、2006年9月ISBN 4062810484 『落語的学問のすすめ part2』 (潮出版1989年刊) の増訂
  • 『浪花友あれ : 対談集』 毎日新聞社、1990年12月ISBN 4620307688
  • 『新落語的学問のすすめ』 潮出版社、1990年ISBN 4267015503
新潮文庫 『落語的笑いのすすめ』 新潮社、2006年3月ISBN 4101189137 『新落語的学問のすすめ』(潮出版1990年刊)の改題
  • 『日本のサラリーマン : 幸せな明日は、こんなんでっせ!』 PHP研究所、1991年ISBN 456953502X
PHP文庫『日本のサラリーマン : 幸せな明日は、こんなんでっせ!』 PHP研究所、1993年11月ISBN 4569565921
  • 『科学する十二の扉 : 対談集』 潮出版社、1992年ISBN 4267012229
  • 『文珍の日本史人物高座 : 笑てるうちに歴史がわかる』 PHP研究所、1992年12月ISBN 4569538088
PHP文庫『文珍の日本史人物高座 : フムフムなるほど人間がわかる』 PHP研究所、1994年ISBN 4569566782『文珍の日本史人物高座』 (1992年刊) の改題
  • 『世界万華鏡はいかが?』 潮出版社、1993年6月ISBN 4267013152
  • 桂文珍 [述]、日本放送協会 『文珍流・落語への招待』 日本放送出版協会、2000年1月ISBN 4141890294 2000年1月-3月期の「人間講座」テキスト(木曜日放送)
『文珍流・落語への招待』 日本放送出版協会〈NHKライブラリー 122〉、2000年10月ISBN 4140841222
  • 『文珍でえっせー』 潮出版社、2000年10月ISBN 4267015597
PHP文庫 『窓際のウィンドウズ』 PHP研究所、2003年1月ISBN 4569578683
  • 『痛快!歴史人物 : 彼らは天使か、悪魔か』 PHP研究所、2001年5月ISBN 4569614906
PHP文庫 『文珍の歴史人物おもしろ噺 : ご教訓付』 PHP研究所、2006年12月ISBN 4569667082 「痛快!歴史人物」 (2001年刊) の増訂

共著[編集]

雑誌記事[編集]

  • 野末陳平「野末陳平のおカネ対談 (70) 夢はマンション・オーナー 落語家 桂文珍」、『週刊文春』第27巻16 (1334)、文芸春秋、1985年4月、 134-138頁。
  • 「もう一つの秘めた東北人気質」(『「超」東北の発見 : あなたのニッポン観が変わる』 ジェイアール東日本企画JR局〈非売品〉、1995年
  • 桂文珍「桂文珍 (落語家) 笑いで救われ癒される時代」、『Voice』第291巻、2002年3月、 76-80頁、 ISSN 03873552
  • 桂文珍「私の写真館—アルバムの中に (157) 落語家 桂文珍」、『正論』第432巻、産経新聞社、2008年3月、 17-23頁。
  • 桂文珍、鈴木亮「編集長インタビュー 桂文珍 落語家 株は今 買いでしょう」、『日経マネー』第316巻、2009年3月、 90-92頁、 ISSN 09119361
  • 林真理子、桂文珍「マリコのゲストコレクション (504) 桂文珍 落語家」、『週刊朝日』第115巻7 (4993)、2010年2月19日、 54-58頁。

脚注[編集]

  1. ^ アンドロイドの桂米朝さん、彦八まつり“出演”へ
  2. ^ a b c 桂文珍さん 「ふるさと納税」で篠山市に100万円, 2009年01月24日, 丹波新聞
  3. ^ 朝日新聞 2015年10月6日付掲載「わたしの半生 落語家・桂文珍:2 66歳」
  4. ^ a b 朝日新聞 2015年10月7日付掲載「わたしの半生 落語家・桂文珍:3 66歳」
  5. ^ 内海英華 (女道楽 ). “内海英華でございます—上方落語家の出囃子”. 2016年12月24日閲覧。
  6. ^ 小口けい; 田中ふゆ; 古今亭志ん丸; 柳家三之助 (2009-12-09). 決定盤!寄席囃子100 (CD). 鈴々舎わか馬 他. ソニー・ミュージックダイレクト. ASIN B002QI8LC8. 
  7. ^ 今年の独演会は桂珍幻彩です”. 日刊スポーツ (2013年7月10日). 2016年12月24日閲覧。
  8. ^ 桂文珍—パワハラからギリシャ危機まで 解決のヒントは落語”. 毎日新聞 (2015年8月6日). 2016年12月24日閲覧。
  9. ^ 「若いときにできなかった噺に今、あらためて手を出し、もし失敗しても自分(文珍)ではない『珍幻彩』が演じたならお客も許しやすい」と考えた。よしもとニュースセンター : 「吉例 第34回 88 桂文珍独演会 〜人工知能は伝統芸能に勝てるか〜」” (2016年8月9日). 2016年12月24日閲覧。
  10. ^ 桂文珍「ハイテク落語のシンクタンクほか」、『現代』第21巻第10号、講談社、1987年10月、 60頁。
  11. ^ 関西大学通信—新入生のためのキャンパス早分かりMAP”. 関西大学広報委員会. p. 7 (2012年3月30日). 2016年12月24日閲覧。「国文学史特殊講義」(1988〜1989)「国文学特殊講義」(1989〜1997)は本名の「西田勤」で、「日本伝統芸能史」(1998〜2001)は芸名で講義。
  12. ^ 桂文珍「関西国際空港」、『航空と文化 Air forum』新春第53号、日本航空協会、1996年2月、 24頁、 ISSN 03892484
  13. ^ 桂文珍「ふるさと讃歌」、『週刊文春』第33巻42 (1659)、文芸春秋、1991年11月、 67頁。
  14. ^ 酒井啓輔「パンコンを操リ、シンセイザーを奏でる桂文珍の知的落語」、『サンデー毎日』第61巻(3) 3340、毎日新聞社、1982年1月、 160-116頁、 ISSN 00395234
  15. ^ 桂文珍「文珍の美女美男丸かじりVS.藤山寛美」、『サンデー毎日』第69巻2 (3787)、毎日新聞社、1990年1月、 144-147頁、 ISSN 00395234
  16. ^ 桂文珍「随想 おあとによろしいようで…。」、『ちょうせい Chosei (総理府公害等調整委員会広報誌)』第16巻、総務省公害等調整委員会事務局、1999年2月、 16-17頁。
  17. ^ 桂文珍「芸と料理の共通点とは」、『プレジデント President』第37巻第9号、1999年10月、 121-125頁、 ISSN 00327751
  18. ^ 「第九回桂文珍の「新作落語」大賞原稿募集要項」、『潮』第502巻、潮出版社、2000年12月、 288-288頁。
  19. ^ NGK10夜連続独演会の案内”. 2007年10月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年12月23日閲覧。「桂文珍独演会」25周年に合わせて行う初の全国ツアーを告知。
  20. ^ 「芸能界を二分する大喧嘩の勝者はどっちだ「やられたらやり返せ!」—上沼恵美子VS.古舘伊知郎 神田うのVS.野村沙知代 和田アキ子VS.松田聖子 飯島直子VS.飯島愛 桂文珍VS.島田紳助」、『週刊現代』第38巻(43) (1911) <4071081>、講談社、1996年11月、 178-181頁。
  21. ^ 『文珍流・落語への招待』 日本放送出版協会〈NHKライブラリー 122〉、2000年10月ISBN 4140841222
  22. ^ 『風のハルカ 感謝祭スペシャル! 〜あの感動をもう一度〜』にも出演。放送は2006年5月27日16:00 - 17:59(地上波)、6月3日13:30 - 15:29(BS2)、7月8日16:00 - 17:59(BS-hi)だった。
  23. ^ TBSテレビ:ドラマ特別企画『居酒屋もへじ』2011年9月25日 一軒の居酒屋に行き交う他人同士が本当の家族以上の絆で結ばれ、思いやり助け合って生きていく。”. 2016年12月24日閲覧。
  24. ^ TBSテレビ:ドラマ特別企画『居酒屋もへじ』第2弾 2013年8月5日 第2弾、放送決定!”. 2016年12月24日閲覧。
  25. ^ TBSテレビ:ドラマ特別企画『居酒屋もへじ』第3弾 2014年8月4日 水谷豊と藤山直美が初共演”. 2016年12月24日閲覧。
  26. ^ TBSテレビ:ドラマ特別企画『居酒屋もへじ』第4弾 2015年6月8日 突然店に現われた美女に一目惚れの平次”. 2016年12月24日閲覧。
  27. ^ ドラマ特別企画『居酒屋もへじ』第5弾放送決定 2016年6月27日 珍しく授業参観に出た平次は娘の担任の川上と出会う。”. TBSテレビ. 2016年12月24日閲覧。
  28. ^ 正月時代劇「桜ほうさら」|NHKオンライン”. 2015年2月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年12月24日閲覧。
  29. ^ 森山未來&高畑充希、オール関西キャストで直木賞原作をドラマ化「煙霞 -Gold Rush-」(cinemacafe.net) - Yahoo!ニュース”. 2015年7月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年12月24日閲覧。第1回のみ、7月20日未明(7月19日深夜)に関西テレビで放送
  30. ^ NHK連続テレビ小説「あさが来た」”. 日本放送協会. 2016年4月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年12月24日閲覧。
  31. ^ 文珍が演じるのは「うどん屋の主人(大将)」。1回限りの出演で登場する場面はごく短いながら、あさの義理の兄・惣兵衛が和歌山で新しい生活を始めるため、旅立つ前にあさの夫・新次郎と語り合う重要な場面で心遣いを示す役まわり。【あさが来た】桂文珍がうどん屋の主人役で登場”. 2016年12月24日閲覧。
  32. ^ パンツの穴 花柄畑でインプット : 作品情報”. 映画.com. 2016年12月24日閲覧。
  33. ^ ゴルフ夜明け前 : 作品情報”. 映画.com (1987年). 2016年12月24日閲覧。
  34. ^ 夢見通りの人々 : 作品情報”. 映画.com (1989年8月5日). 2016年12月24日閲覧。
  35. ^ キャッチコピーは「まん丸眼鏡に刈り上げ頭、働く農協青年」。
  36. ^ ゲームブックが出版された三原治 『さんまの名探偵 桂文珍殺人事件』 スタジオハード、双葉文庫/冒険ゲームブックシリーズ、1987年
  37. ^ 過去にキー局のテレビ東京とネットを組んでいたことから毎日放送でテレビ大阪開局の半年前に放映。UHFアンテナの設置を促す内容だった。
  38. ^ 横山やすし、桂文珍「横山やすしの激情ムキ出し対談—桂文珍」、『週刊宝石』第8巻8 (308)、光文社、1988年3月、 186-90頁。
  39. ^ 文化功労(芸術・芸能・科学又は学術に関して尽力された方)”. 市民表彰を受けられた方々. 大阪市役所 (2015年3月31日). 2016年12月24日閲覧。
  40. ^ 桂三枝; 桂文珍 (2000-01). ブルース・インターアクションズ. ed. “桂三枝落語現在派宣言”. 電子音楽イン・ジャパン (Pヴァイン・レコード) (PCD-1449、JP番号:20736019). 
  41. ^ a b c d 関西大学講議録。
  42. ^ 慶應義塾大学の講義録。笑いの国際文化論、健康学、古典芸能論を織り込んだ哲学的落語論。

注釈[編集]


外部リンク[編集]