はてなの茶碗

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

はてなの茶碗(はてなのちゃわん)は、古典落語上方落語の演目の一つ。東京では「茶金」の名で演じられる。

三代目桂米朝が、子供の頃にラジオから流れていた二代目桂三木助の口演の記憶をもとに戦後復活させた。

あらすじ[編集]

京都、清水の音羽の滝のほとりで、大阪出身の油屋の男が茶屋で休憩していた。そこに京では有名な茶道具屋の金兵衛、通称「茶金」が、茶屋の茶碗のひとつをこねくり回しながら、しきりに「はてな?」と首をかしげた後、店を出た。それを見ていた油屋は、あの茶金が注目していたことからさぞかし値打ちのあるものに違いないと考え、茶屋の店主にその茶碗を買いたいと申し出る。断る店主であったが、油屋は最終的に二両を提示し、茶碗を手に入れる。

油屋はさっそく京の茶金の店へ押しかけ、千両の値打ちがあると言って茶碗を売り込むが、どう見てもただの茶碗に番頭は買い取りを拒否する。しかし、自信がある油屋はごね、番頭と押し問答となり、最終的に金兵衛自ら出てくる。茶碗について聞かれた金兵衛は、ヒビも割れもないのに、どこからともなく水が漏れるので、「はてな」と首をかしげていただけだと明かす。意気消沈する油屋であったが、通人でもある金兵衛は、油屋から3両で茶碗を買い取り、親元に帰って孝行するように諭す。

後日、この話が評判となり、関白・鷹司公によって「清水の 音羽の滝の 音してや 茶碗もひびに もりの下露」という歌が詠まれる。さらには時の帝も興味を持ち、茶碗には「はてな」の箱書きが加わった上に、好事家の鴻池善右衛門が千両で金兵衛から茶碗を買い取る。思いがけない展開であったが、やはり通人である金兵衛はこれを自分だけのものとせず、油屋を呼び出すと半金の五百両を渡し、油屋は深く感謝する。

さらに後日、再び油屋が金兵衛の元に現れ、「十万八千両の大儲け」だという。理由がわからない金兵衛が問いただすと油屋はこう答えた。

「今度は水の漏る瓶を持って来ました」

概略[編集]

  • 戦後途絶えていたのを資料を基に再構成したもので、基本の筋はそのままだが、ほぼ米朝による創作とされている。一山あてようとする油屋のエネルギッシュさ、それを受け流す茶金の鷹揚さとが見事な対比を成していて、店先での両者のやり取りがこの噺の眼目でもある。とくに、鴻池、関白家、宮中、とのつながりのある茶金の存在感は大きく、「『店が騒がしい』の一言が日本第一の文化人、茶金になっている」[1]と評されているように、品格が求められ、演じ方が難しい。また、関白や時の帝が出てくる唯一の噺で、その点でもスケールが大きい。
  • 鴻池、関白、帝の台詞は地の文とそんなに違わないように演じる口伝がある。また、サゲの直前でも地の文と台詞の移行が難しい箇所があり、いずれも演者の手腕が求められる。自ら高座によく上がる松尾貴史がこの噺を演じたとき、米朝の口演のCDを繰り返して聞いて練習したおかげで、この箇所を上手く演じ、称賛を受けたことがある。

脚注[編集]

  1. ^ 小佐田定雄「米朝落語の舞台裏」ちくま新書1123 2015年 P・208 筑摩書房