林家染丸 (4代目)

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四代目 林家 染丸よんだいめ はやしや そめまる
本名 木村 行志
生年月日 (1949-10-10) 1949年10月10日(68歳)
出身地 大阪市西成区天下茶屋
師匠 3代目林家染丸
弟子 3代目林家菊丸
名跡 1. 2代目林家染二(1966年 - 1991年)
2. 4代目林家染丸(1991年 - )
出囃子 正札付
活動期間 1966年 -
活動内容 上方落語
所属 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
公式サイト 染丸@web
受賞歴
受賞歴参照
備考
上方落語協会理事

4代目林家 染丸(はやしや そめまる、1949年昭和24年)10月10日 - )は、大阪市西成区天下茶屋出身の落語家。本名は木村 行志(きむら こうし)。出囃子は『正札付』。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。上方落語協会理事。

来歴・人物[編集]

1966年(昭和41年)6月、大阪府立今宮高等学校を中退し、3代目染丸に入門。前名は2代目染二京都花月で初舞台。このころから音曲に興味を示し、師匠の紹介で古老の桂右之助に師事、その後の大きな財産となる。1968年に師匠が他界。1972年ごろ一時芸界を離れていたが、74年ごろ復帰。その後、吉本興業に所属、笑福亭仁鶴大喜利番組に三味線を弾けるということで出演したのをきっかけに「そめじのおっしょはん」と人気を得る。1984年に兄弟子4代目林家小染が急死し、一門の総帥となる。

1991年平成3年)9月に国立文楽劇場で4代目染丸を襲名。またなんばグランド花月で行われた口上では東京の古今亭志ん朝笑福亭鶴瓶漫才夢路いとし・喜味こいしらも並んだ、因みに鶴瓶はこの日がなんばグランド花月への初出演だった。

落語は、音曲・滑稽・人情噺・はめものと芸域も幅広く、もちネタは林家の家の芸である、『ふぐなべ』『景清』『煙草の火』などの先代譲りのネタの他、『寝床』『三十石』『豊竹屋』『天下一浮かれの屑より』『子は鎹』。珍品では『茶瓶ねずり』『五両残し』『綿屋火事』『鰻谷』などがある。その他にも『住吉踊り』なども一門会、彦八まつりなどで披露する。現在は社団法人上方落語協会理事で、教育長の肩書きも持つ。同期に、同会長の6代桂文枝桂春之輔笑福亭鶴光等がいる。

過去には関西大学非常勤講師(担当は「日本伝統芸能史」)や大阪府立東住吉高等学校芸能文化科講師(後任は林家染左)なども務め、現在は京都造形芸術大学客員教授。

NHK朝の連続テレビ小説ちりとてちん」(2007年)の出演者の落語監修・指導を行い、自身も出演した。

2011年5月、上方落語のお囃子の歴史をまとめた「上方落語 寄席囃子の世界」を出版、同年5月29日には記念の落語会を祇園花月で開催。

2012年11月、軽度の脳梗塞で入院、2013年1月2日天満天神繁昌亭で『寝床』を披露し復帰も夏に再発[1]

2015年1月、現在脳梗塞とリハビリの一環で弟子に三味線の稽古を付けている[2]

受賞歴[編集]

弟子[編集]

落語家の弟子

お囃子の弟子

テレビドラマ[編集]

主演番組[編集]

上方演芸ホール 満員御礼 寄席芸ワールドNHK BS2 喜味こいしと共演。準レギュラー。

出典[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 脳梗塞3度の林家染丸「10回やったら…」 日刊スポーツ 2015年1月16日閲覧
  2. ^ 脳梗塞リハビリ中の林家染丸、厳しさ健在 日刊スポーツ 2015年1月16日閲覧
  3. ^ 林家染弥さん:「菊丸」襲名披露公演 115年ぶり復活 毎日新聞 2014年9月27日閲覧

外部リンク[編集]