田村裕

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田村 裕
本名 田村 裕
生年月日 (1979-09-03) 1979年9月3日(38歳)
出身地 大阪府吹田市
血液型 O型
身長 180cm
方言 大阪弁摂津弁
コンビ名 麒麟
相方 川島明
立ち位置
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1997年 -
同期 アジアンソラシド など
現在の代表番組 探偵!ナイトスクープ
作品 自伝『ホームレス中学生
他の活動 随筆家、作家
配偶者  既婚
受賞歴
2006年 「人志松本のすべらない話」第8弾 MVP受賞
2007年 「オリコン年間書籍ランキング2007 ~Japan book of the year 2007~」単行本・タレント本部門1位(2冠)[1]
2008年 「上半期オリコン"本"ランキング」タレント本部門1位・BOOK(総合)部門4位[2]

田村 裕(たむら ひろし、1979年9月3日 - )は、日本お笑い芸人タレント作家である。大阪府吹田市出身。吉本興業グループのよしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。吉本総合芸能学院(NSC)大阪校20期生。

経歴[編集]

  • 1999年、吉本興業の養成所であるNSCで知り合った川島明とともに麒麟を結成。当初はコント中心に活動していたが、徐々に漫才中心のスタイルへと行き着く。2001年に開催された第1回M-1グランプリに無名のダークホースとして決勝進出したのをきっかけに知名度を飛躍的に上げる事となる。
  • 2006年頃から自身の学生時代からの「貧乏エピソード」を様々なテレビ番組で話すようになり、その悲惨すぎる生い立ちに世間から注目を集めるようになる。その後、田村が「人志松本のすべらない話」出演の際に語っていた「貧乏エピソード」で爆笑を取っていたのをワニブックスの編集部が目を付け、田村に本の執筆を依頼する事となる(これが「ホームレス中学生」出版の契機である)。
  • 2007年、自身の幼少時代から相方との出会いまでを記した自伝『ホームレス中学生』を発表。本著は200万部以上を売り上げ、その爆発的な人気から多数のメディアミックス化(映画・テレビドラマ・漫画・絵本など)がなされるなど一世を風靡した。なお、印税(約2億円)は既に使い果たしている[3]
    • 発売から3年後の2010年には、田村の実兄が『ホームレス大学生』を発表している。
    • 「ホームレス中学生」が絶頂の頃、大阪の繁華街を歩いていたらホームレスに「サインをくれ!」と段ボールを差し出されたことがある。
    • しかし、「ホームレス中学生」のブームが過ぎ去って以降は露出が激減しており、2017年現在は相方の川島がピンで露出する事が多くなっている。また、東京の番組にも川島がピンで出演する事が増えている。
  • 2009年より『探偵!ナイトスクープ』(2009年〜)の探偵局員としてレギュラー出演中。
  • 2011年7月7日、23歳の一般人女性と結婚。2014年8月2日には長女の誕生を報告[4]している。

人物[編集]

  • 極度の人見知りで性格が暗いとされている川島とは対照的に、社交的で性格が明るい人物である。コンビ結成のきっかけも、NSCで人見知りのため誰ともコンビが組めずピンで活動していた川島のネタを気に入った田村が声を掛けたのが発端である[5]
    • 正義感が強い性格でもある。例として、過去に「百万馬力」(朝日放送テレビ)内で放送されていた番組「ナイチンゲーラー」で行われたバスジャックドッキリでは、突如襲い掛かってきたバスジャック犯に対して真っ先に応戦しようとする態度を見せていた。更に人質に取られて以降も犯人たちと積極的に交渉し、自分を犠牲にしてまで他の乗客たちを助けようとしている姿が垣間見られた。この姿を見た相方の川島や芸人仲間たちはネタばらし後にかなり感心していた[6]
    • チョップリンの小林幸太郎は爆笑オンエアバトルの収録のために北海道北見市に来た際、その時交通費を差し引くと所持金が400円しかなかったため、楽屋に入ってたまたま近くにいた田村に自身が持っていた「スター・ウォーズの5枚組DVD」を買ってくれないかとお願いした所、田村もその時あまり所持金が無かったのにも拘わらず「小林さんが困ってるのなら」と言い快諾してくれたという。その際小林は田村の状況を察して一度は断ったが、田村は「いいですよ、頑張って売れましょう。困ってる時は、助け会いましょ。」と言ってくれたため半泣きになったとの事。小林は自身のブログ内で当時の事を振り返り「当時、自分自身もお金無いのに、お金に困ってる人間にお金を出す心の持ち主だからこそきっと田村さんは成功したんだと思いました。」「頑張っていつか仕事場で北見のお礼を田村さんに言えるようになれたいいなと思います。」と綴っている[7]
  • 肌が若干茶色く、漫才中に川島からその事を弄られる事が多い。また、ネタの中では川島から度々茶色いもの(かりんとうごぼう秋刀魚の苦い部分、玄米コルクボード、カブトムシの裏側、鉛筆で書いた後の手、三層目の土、オーストリッチの皮の質感など)に例えられている。
  • 声が良く、声帯模写なども得意とする器用な川島とは逆に声があまり通らず滑舌も悪い(漫才中に噛んでしまう事も少なくない)。しかし漫才やライブでのアドリブに強い一面もあり、例としてM-1グランプリ2004、2006年大会の決勝ではアドリブで川島を鼓舞し、会場を大いに沸かせた事もある。
  • 川島が端正な顔立ちをしていて所謂「男前」と呼ばれる反面、田村は上記の肌の件に加えて「不細工」扱いされる事も多い。現に過去に行われていた「よしもと男前ブサイクランキング」の「ブサイクランキング」では一時期上位にランクインする事があった[8]
  • 「麒麟」におけるネタの作成は主に川島が担当しているが、過去に放送されていた「笑激!!よしもとライブ」という番組内で、1度だけ田村が作成した台本で漫才を行った事がある。しかし漫才としてはあまりにもお粗末な内容で観客の反応もイマイチだったため、終了後に川島から本気の説教を受けていた(最終的には「(ネタ作成は)やめてね。今日は今日でお供養という形で。」とまで言われ、事実上の今後のネタ作成禁止を言い渡されていた)[9]
  • 漫画好きであり、『週刊少年ジャンプ』や『週刊少年マガジン』などの漫画雑誌を毎週7、8冊読んでいる[10]
  • あばれる君がトイレ掃除を行い仕事が増えたという話を聞き、トイレ掃除を始めたところ、仕事が増え収入が安定してきた。
  • 兄は現在小岩にてたこ焼き店を経営している。本格的なたこ焼きで味も美味しく、地域密着型の良心的な店で、兄と紹介される前からメディアで取り上げられていた。テイクアウトも店内で食べる事も可能。

貧乏エピソード[編集]

  • 「貧乏」になったきっかけは父親のリストラである。かつて父は大手製薬会社の管理職だったため、途中までは裕福な家庭で育った。しかし小学5年生の時に最愛の母を直腸癌で亡くし、その後父も母と同じく直腸癌になってしまう。父は幸いにも発見が早かっため手術が成功し一命を取り留めるものの、運悪く入院中に勤めていた会社をリストラされ、全財産を失ってしまった。そのため実家がいきなり貧乏となって中学2年生の時に家が差し押さえられ、家族と生き別れた。その後は近くの公園に住みついて雑草やダンボールを食べていた。
  • 2006年12月29日放送回の「人志松本のすべらない話」にて披露した自身の「貧乏エピソード」の1つである「白いご飯」は番組内で好評を博し、同回のMVPを受賞した。また、主催者である松本人志からは「壮絶すぎる」と絶賛された。
  • 2008年10月から12月にかけて放送されたテレビドラマ「セレブと貧乏太郎」では、上地雄輔演じる佐藤太郎の幼馴染である坂本丈二を演じていたが、その時の役柄の設定が高校進学時に両親が蒸発する(いなくなってしまう)という田村自身の少年時代の生い立ちを彷彿とさせるものだった。また、同ドラマでは「ホームレス中学生(テレビドラマ版)」で主演の田村裕を演じた黒木辰哉も田村演じる丈二の弟・和樹役で出演しており、兄弟役として共演を果たしている。

バスケットボールに関するエピソード[編集]

  • 学生時代はバスケットボール部に所属(本人曰く「SLAM DUNK」が流行る前からバスケを行っていた)し、現在でもかなりのバスケ好きである。また、プロチームのトライアウトを受けた経験がある[11]など、その実力も確かなものである(このため相方の川島とは対照的に運動神経が良い)。更に「SLAM DUNK」の愛読者でもあり、NBAの知識も豊富であるため、芸人・芸能界を代表するバスケ通とも言える[12]
    • 学生時代にバスケ部のマネージャーと付き合っていたが、その彼女が女の子同士で手を繋ぐタイプだったため、別れた。
    • 「ホームレス中学生」のブームが終息して以降は芸人の仕事は減ったが、バスケ教室プロデュースや指導、開幕前のB LEAGUE応援など、現在はバスケが芸能活動の軸となりつつある(吉本にある社会人バスケットチーム「チームよしもと」にも所属している)[12]。更に2014年からは大西ライオン岡田優介らと共に3x3.PREMIER.EXE所属の3x3(3人制バスケ)チーム『DIME.EXE』の共同オーナーを務めている[12][13]
  • 上記の通りバスケへの打ち込みようは相当なものであり、相方である川島が「お笑いをやらずにいつもバスケをしている田村」とネタにする程である。バスケ仲間はノンスタイルの井上、アジアンの隅田の他にも関ジャニ∞横山裕、俳優の浅利陽介などがおり、バスケの後には飲み会を開いたりと楽しんでいる[12]

天然エピソード[編集]

かなりの天然としても知られている(川島曰く「ちょっと引いてしまうほど笑えない天然」との事)。以下のエピソードがその例である。

  • 2人でタクシーで浅草花月に向かった際に、料金の3000円を割り勘で払う事になったが、田村は何故か1000円しか出さなかった。タクシーを降りた後に川島がその事を追及すると田村は「え?3人やねんから割り勘したら一人1000円やんか」と言い、タクシーの運転手の分も一緒に計算していた[14]
  • コンビ結成当初、川島からのイタズラ電話をすっかり信じ込んでしまい(内容は警察からの電話で「近隣の住民から『田村の顔が気持ち悪い』と苦情が寄せられているので、3ヵ月以内に引っ越すか、もしくは逮捕しなければならない」というかなり無茶苦茶なもの)、その結果自首する事を選択し、後に引けなくなった川島も「逮捕するから夕方4時に淀屋橋駅前に来て。」と言ってしまう。そして約束の時間に川島が淀屋橋駅前に向かうと、田村は逮捕されるのを覚悟して身内(実の姉)を連れて待っていた。それを見た川島は慌てて全てを話し正直に謝罪した。しかしそれを聞いた田村は「俺も川島に謝らなあかん事があんねん」と切り出し、川島に「俺逮捕されるねん」といい、ネタばらしをされた後も事態を把握出来ていなかった[15]
  • 銀河鉄道999の「999」の部分を「スリーナイン」ではなく、「きゅうじゅうきゅうじゅうきゅう」と読んでいた[16]
  • 結成2年目の頃に、とあるラジオ番組で八代亜紀と共演したのだが、中学生の頃に極貧生活を強いられてあまりテレビを見れなかった田村はこの時八代の事を知らず、本番前に川島に対して八代がどのような人物なのかを何度も尋ねていた。その後、本番で田村は臆する事なく八代に対して激しいツッコミを入れていたため、川島は生放送で「すいません!」としか喋れなかったという[17]
  • 茶色が大好きでスーツも茶色だった。そのため、相方の川島や芸人仲間が「たまには別な色の服も買ったら?」とアドバイスすると「わかった。買ってくる。」と次の日に川島が田村に会うと「買ってきた!」と紺色のトレーナーを着ていたが、胸の部分にデッカく「brown(茶色)」と書いてあり、川島に「どんだけ茶色好きやねん」と呆れられた[18]
  • 出番前、楽屋で暇つぶしにコンビニで買ってきたクロスワードパズルの雑誌(月刊誌)を解いていたのだが、側で見ていた川島が驚くほどのスピードで解いてしまい、あっという間に15分足らずで雑誌の半分をクリアしてしまった。しかしその直後、田村は手を止め、解いていったページをゆっくり見直してから最後にじっくり表紙を見て「これ…、先月やったやつや」と呟いた[19]
  • 半年前に録画していたテレビドラマを見ていた際に、ドラマの後にやっていた天気予報での「日本列島大荒れ」という情報と吹雪の映像を真に受けてしまい、「8月にそんなことあんねや」と思って、次の日ふわふわのダウンジャケットを着て汗だくで楽屋に入ってきた。[20]
  • ウンナン極限ネタバトル! ザ・イロモネア 笑わせたら100万円」に出演(2009年6月11日放送回)した際、4thチャレンジのサイレント(その名の通り、このステージでは一切声は出さずに審査員から笑いを取らなければならない)にて、残り53秒の場面で川島に対し「どきな」と言ってしまう。その結果15秒後に気づいた司会の内村光良から失格を言い渡され強制終了となり、同番組史上3組目[21]となる反則行為での失格者となってしまった。
  • 『ホームレス中学生』にてかなりの印税を得て、都内の高めなマンションに住んでいた。その際に「同じマンションに関ジャニ∞横山裕くんが住んでいる」と明かしてしまい、横山は一時期「億単位で稼いでいる」と言われてしまったが、確かに同じマンションには住んでいたが、横山は田村より下の階に住んでおり、田村はペントハウスであったため値段はかなり異なっていたらしく、夢を売る商売である横山をフォローするつもりが「横山くんの方がボロい部屋に住んでいる」と間違えてしまった。
  • ペントハウスに住んでいた時に、部屋にシーリングファンが付いており、「せっかく付いているのだから使わなければいけない」と思い、毎日付けていたため、川島から「シーリングファンを付けているせいで年中風邪をひいている」と明かされた。
  • 他にも「楽屋で出番前に自分が靴をはく時に、つま先をトントンとした音を、外からノックされたと勘違いし『は~い!』と振り返る。」「川島と2人で一緒にタクシーに乗ってる際にかなりテンションが上がってしまい、川島に対して『あのさぁ!』と言うべき所を『タクシー!』と言い間違えてしまう。」など数々の天然エピソードが存在する。

出演[編集]

コンビでの出演については<麒麟>を参照。

テレビ[編集]

レギュラー[編集]

不定期出演[編集]

ゲスト[編集]

テレビドラマ[編集]

ライブ[編集]

  • 「田村・西川のペラペラ うすっぺら〜ほんとはもっとしゃべりたいねん 明日、祝日やしよってって〜」(baseよしもと/大阪、2005年9月22日)
  • 「田村・西川のペラペラ うすっぺら〜ほんとはもっとしゃべりたいねん お年玉残っているうちにみにきてや〜」(baseよしもと/大阪、2006年1月3日)
  • 「第一回田村裕」(baseよしもと/大阪、2006年3月3日)
  • 「第二回田村裕」(baseよしもと/大阪、2006年5月5日)

著書[編集]

「ホームレス中学生」の漫画版であり、絵は魚乃目三太が担当。第1話・第2話の初出はコミックヨシモトの第6号・第7号[22]であり、他6話は単行本化するに当たって追加された書下ろしである。また、巻末には原作者である田村へのインタビューも掲載されている。
  • 続コミックホームレス中学生(ワニブックス、2008年4月24日)
小説には記されていないこの漫画のみのエピソードも収録されている。
  • 児童書版 ホームレス中学生(ワニブックス、2008年7月24日)
「ホームレス中学生」の絵本(児童書)版であり、絵は山本祐司(絵本作家)が担当。

脚注[編集]

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  1. ^ ORICONキャリア - オリコン年間書籍ランキング2007 麒麟・田村裕が2冠(2007年12月25日の記事)
  2. ^ ORICON NEWS - 田村裕が『ホームレス中学生』表彰式で告白、お笑いの仕事が減ったら次回作を書く(2008年7月16日の記事)
  3. ^ “印税約2億円はすでになし!新婚の麒麟・田村「現状は貧“婚”」”. スポーツニッポン. (2011年7月11日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2011/07/11/kiji/K20110711001189280.html 2011年7月12日閲覧。 
  4. ^ “麒麟・田村裕に第1子長女誕生「僕そっくり」「ホームレスにしない」”. スポーツニッポン. (2014年8月2日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/08/02/kiji/K20140802008675080.html 2016年11月20日閲覧。 
  5. ^ 川島明のHOMEPAGE『なんとなくにっき』- 「相方探し」(2013年9月28日の日記)
  6. ^ その時の動画
  7. ^ チョップリン小林幸太郎オフィシャルブログ『ジーンズ買ったよ』 - 「忘れられないこと」(2017年2月25日の記事)
  8. ^ 2003年度では6位、2004年度では8位と2年連続でトップ10にランクインしていた。
  9. ^ その時の動画(お供養としての)
  10. ^ 人気お笑い芸人「麒麟」田村裕さんが語る漫画とバスケへの熱い情熱!”. 電子書籍ランキング.com (2016年9月30日). 2017年1月9日閲覧。
  11. ^ 7/5 京都ハンナリーズトライアウト参加インタビュー
  12. ^ a b c d ORICON NEWS - バスケ芸人に追い風 麒麟・田村裕が“二足のわらじ”で再起へ?(2016年10月6日の記事)
  13. ^ JBA公認の 3×3トップリーグ、 7月開幕の「3×3 PREMIER.EXE」始動! チームオーナー、プレイヤー候補発表バスケットボールスピリッツ2014/05/17
  14. ^ 川島明のHOMEPAGE『なんとなくにっき』- 「タクシー」(2013年8月2日の日記)
  15. ^ 川島明のHOMEPAGE『なんとなくにっき』- 「純粋」(2013年8月27日の日記)
  16. ^ 川島明のHOMEPAGE『なんとなくにっき』- 「あやまち」(2013年8月31日の日記)
  17. ^ 川島明のHOMEPAGE『なんとなくにっき』- 「ホームセンター」(2013年10月1日の日記)
  18. ^ 川島明のHOMEPAGE『なんとなくにっき』- 「茶色」(2013年10月21日の日記)
  19. ^ 川島明のHOMEPAGE『なんとなくにっき』- 「クロスワード」(2013年11月14日の日記)
  20. ^ スポニチ - 麒麟・田村 衝撃の“天然”エピソード「猛暑日にダウンジャケット」(2016年9月20日の記事)
  21. ^ 過去には品川庄司バナナマンが反則行為をして失格となった例がある。
  22. ^ 「コミックヨシモト」では「たむら」というタイトルで掲載されていた。なお、雑誌自体は7号で休刊となっている。

外部リンク[編集]