なかやまきんに君

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
なかやまきんに君
本名 中山 翔二
ニックネーム きんにくん
筋肉料理研究家マグマ中山
キャプテン☆ボンバー
生年月日 1978年9月17日(38歳)
出身地 福岡県福岡市
血液型 AB型
身長 177cm
方言 共通語
(新喜劇出演時は関西弁
最終学歴 福岡工業大学附属高等学校
サンタモニカ市立大学運動生理学部
出身 NSC大阪校22期
コンビ名 ザ☆健康ボーイズ(不定期)
グループ名 吉本新喜劇(2002年-)
相方 八木真澄ザ☆健康ボーイズ
芸風 漫談コント一発ギャグ
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー(2000年-)
活動時期 2000年 -
同期 キングコング
中山功太
山里亮太南海キャンディーズ
ピースなど
過去の代表番組 新喜劇ボンバー!!
『せやねん!』
なかやまきんに君の筋肉留学
他の活動 ボディビルダー
配偶者  未婚
受賞歴
2003年 ABCお笑い新人グランプリ審査員特別賞
2003年 第11回芸能人サバイバルバトル優勝
2006年 芸能人サバイバルバトル4連覇達成
2006年 第12回プロスポーツマン大会総合4位
2006年 R-1ぐらんぷり決勝進出
2015年 東京ボディビル選手権大会2位(75kg級)
2016年 東京ボディビル選手権大会2位(75kg級) 

なかやまきんに君(なかやまきんにくん、1978年9月17日 - )は、日本お笑い芸人ボディビルダー。本名は中山 翔二(なかやま しょうじ)。吉本総合芸能学院(NSC)大阪校22期生。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。福岡工業大学附属高等学校(現福岡工業大学附属城東高等学校)、サンタモニカ市立大学運動生理学部卒業。

来歴[編集]

留学前[編集]

福岡県福岡市出身。学生時代から筋肉質な体格だったが、ボディビルよりもバスケットに熱中していた。また高校時代の同級生に女子柔道家でシドニーオリンピック銅メダリストの日下部基栄がいる。卒業後はNSC大阪校に入学、デビュー前の1998年探偵!ナイトスクープで「世界一指を早く回せる男」として素人出演している(「探偵ナイトスクープDVD Vol.4 爆笑小ネタ集33連発〜恐いモノに追われると速く走れる?編」に収録。1998年10月30日放送分)。これはバスケットボール選手が指を回す際の仕草であり、現在も公式プロフィールの趣味欄に記載されている。

1999年吉本総合芸能学院(NSC)を卒業し、筋肉を使ったギャグを行うピン芸人「なかやまきんに君」として吉本興業からデビューした。芸名の名付け親は先輩であるFUJIWARA原西孝幸だが、正確には原西が考えた名前は「なかやま」がない単なる「きんに君」であったという。2001年吉本新喜劇に入団。店員やヤクザの子分役などを担当し、筋肉質な体を使って筋肉アピールをしながら喋るネタで活躍した。ネタを一通り終えると兄貴分(または雇い主など)に「やるだけの事はやりました!!︎」と報告して突っ込まれるというのがお決まりだった。このオチはヤクザの舎弟役を演じる他の座員も稀に使っている。2003年1月、第24回ABCお笑い新人グランプリで審査員特別賞を受賞した。

2006年、新ネタとして「アメリカの文化を日本に紹介するため、ノースキャロライナ州からやってきた男」という設定のキャラクター、キャプテン☆ボンバーを考案し、同年のR-1で決勝に進出した。このときは舞台上になかやまきんに君の遺影を置き、きんに君とは別人という設定(きんに君と呼ばれても否定)でネタを披露した(結果は8人中最下位)。「笑いの金メダル にキャプテン☆ボンバーとして出演した際に競演したくりぃむしちゅーの上田に尋ねられても頑なに「なかやまきんに君」である事を否定していた。所属する新喜劇内でもキャプテン☆ボンバーを全面に押し出し、自身を主役にした「新喜劇ボンバー!!」がスタート、また大阪府泉南郡岬町にある「みさき公園」の「ぷ〜るらんどRiO」イメージキャラクターに起用されるなど知名度を大きく上げた。

同時期には恵まれた身体能力を駆使して当時流行していた「最強の男は誰だ!壮絶筋肉バトル!!スポーツマンNo.1決定戦」などのスポーツ特番に出演し、数々の好成績を収めている(後述)。

筋肉留学[編集]

一度目の留学[編集]

2006年10月9日体育の日)に芸能生活を一時休業し、一年間の予定でボディビルダーにとっての聖地であるロサンゼルスへ向かい、自らのトレードマークである肉体を強化する為の"筋肉留学"を行った。

2007年2月9日(2月9日の金曜日、筋肉にかけている)カリフォルニア州サンタモニカで全編英語のライブを行った。当初一回公演の予定だったものの現地の観客が多数詰め掛けたため、急遽二回公演に変更し、およそ100人ほどの聴衆を前にライブを披露した。現地では「nobody knows your comedic style(前人未踏の芸風)」と評され、賞賛を得たと報道されている[1]。キャプテン☆ボンバーも披露し、日本とは逆に日本の文化をネタにしていた。2007年8月31日(現地時間)、初めて自らが主演・監督・脚本を担当した35分の自主製作映画「キャプテン☆ヒーロー」を公開。

2007年9月7日、予定期間を終えて筋肉留学から帰国。帰国した模様が同日に放送の「ちちんぷいぷい」で取り上げられた。9月8日、「せやねん!」に生出演。帰国後初のテレビ番組出演となり、9月10日には「なるトモ!」にも生出演した。9月29日、「せやねん!」に帰国後2回目の生出演し、レギュラー番組に復帰した。2007年のM-1グランプリのために同じく筋肉質の芸人八木真澄と漫才コンビ「ザ☆健康ボーイズ」を結成、準決勝にまで進出する好成績を挙げた。2008年も「ザ☆健康ボーイズ」として、M-1に再挑戦[2](結果は3回戦敗退)しており、現在もそれぞれの活動と平行して不定期でのコンビ活動を継続している。同年には「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」で筋肉料理研究家マグマ中山として出演し、以降も定期的にこのネタを行っている。

二度目の留学[編集]

帰国後の芸能活動を順調に再開しつつあった2008年1月23日、「1年間程度では大した成果が出ない」との考えから今度は永住覚悟、或いは無期限での筋肉留学を開始した。アメリカでは一度目の様に肉体強化だけではなく、語学勉強や空手ジムに通うなどの本格的な留学計画を立てている[2]。渡米後、カルフォルニア州の2年制の公立大学であり、アーノルド・シュワルツェネッガーの母校でもあるサンタモニカ・カレッジ(サンタモニカ市立大学)に留学した。

再留学後も定期的に帰国しており、留学40日後の2008年3月3日にはビザの申請のため急遽帰国し、改めてアメリカに向かっている[3](翌4日に帰国の理由を「ビザの申請のため」と吉本興業を通じて明かした)[4]。3月27日発売の「モンスターハンターポータブル 2nd G」のCM「芸人編」に起用された他、M-1グランプリへの再挑戦(詳細は前述)のため、10月29日にも一時帰国している。日本滞在中は「LIVE STAND 08 OSAKA」への出演に加え、留学前まで準レギュラーだった『せやねん!』をはじめ、『爆笑レッドカーペット』『ザ・イロモネア』などにも出演している。同年12月末に再渡米。

2010年7月、先輩のなだぎ武がブログ上で「留学前より線が細くなった」と写真付きで報告しており[5]、むしろ筋力的には衰えた状態になっている。2011年1月、サンタモニカ市立大学運動生理学部を卒業した[6]。成績はGPA3.38と好成績を収めており、授業も日常会話も全て英語の環境で真面目に授業を受けていた事が明らかにり、憧れのシュワルツェネッガーの名も正確に発音できる(本人談)レベルの語学力を獲得した。卒業を記念してレイザーラモンHGをゲストに「Muscle Comedy 3 〜筋肉留学卒業公演〜」をキャンパス内で開催して好評を博した。

東京進出[編集]

2011年2月2日、3年間の留学を終えて正式に帰国し、芸人に復帰すると共に東京進出の意向を明らかにした[7]。同年12月31日、「ガキ使」の年越企画「笑ってはいけないシリーズ」である「絶対に笑ってはいけない空港24時」に出演した。2013年には同シリーズの「地球防衛軍編」内で松方弘樹が演じる防衛軍長官によってダウンタウン松本人志にコードネームとして「まつもときんに君」が使用された。松本本人と月亭方正が笑ってしまい(松本曰く「コードネームに松本が入ってる」)、5人を仕切っている藤原寛も笑っていた。

2012年7月4日、映画『アベンジャーズ』のイベントに出演し、そこで縁の深い八木真澄の結婚式についての話題から自身が25歳のベルギー人女性と交際中である事を明かした。しかし深く追求されると得意の筋肉ネタで煙に巻き、記者達を苦笑いさせた[8]

2014年5月、5人座長体制をとる新喜劇で座長を務める一人である小籔千豊の東京新喜劇公演に招集され、日替りゲストとして出演した[9]。同年には同じく小籔の主催する「KOYABU SONIC 2014 FINAL」にも出演した[10]

エピソード[編集]

  • 体格と筋肉を生かしたボディビルダー風の芸風で知られるが、実際に芸能界でも有数の身体能力を持つ。
    • いわゆる「スポーツ番組」「スポーツ特番」(TBS筋肉番付シリーズ)などで、過去に数々の優秀な成績を収めている。
      • スポーツマンNo.1決定戦芸能人サバイバルバトルにて前人未到の大会4連覇を成し遂げ(2005年4月-2006年10月)、ケイン・コスギと並んで最多タイ記録となる計5回総合No.1となっている。
      • プロスポーツマンNo.1決定戦でも総合4位に入賞しており、TAILIMPOSSIBLE(400m×4の持久走)では並み居るプロの強豪相手に堂々のNo.1となっている。
      • SASUKEには11回出場しており、2002年春の第9回大会、2003年春の第11回大会、2014年夏の第30回大会の4大会で2ndSTAGEまで進出している。
    • 2006年4月20日、大阪府立体育会館にて行われたハッスル16でプロレスデビューを果たす。有酸素運動マン(サバンナ八木)をタッグパートナーに島木譲二ユウキロック組と対戦した。
    • 近年はボディビルダーとしても本格的に活動している。東京オープンボディビル選手権で第23回準優勝、第24回準優勝の好成績を収めている。
      • 大会には同じく芸人で格闘技経験者の春日俊彰オードリー)も出場しており、春日の成績は第22回予選敗退、第23回5位[11]、第24回予選敗退であった。
    • オールスター感謝祭赤坂5丁目ミニマラソンでは、2012年3月31日放送(2012春)で初優勝した。その前にも、初出場の2003春で3位、2011秋で4位など好成績を挙げている。
  • よしもとファンダンゴ運営のラフブロ(現在はYahooブログにサービス移行)で「筋肉留学BLOG」を開設し、「BOKU(僕)」の一人称でネタ形式の留学日記を書いていた。
    • 筋肉留学後も定期的に更新されていたが、2012年4月3日の日記「身体とは…」を最後に更新が止まっている。Yahooに吉本所属芸人のブログが移行した現在も更新は再開されず、ツイッターなどのアカウントも取得していない。

大会成績[編集]

芸能人サバイバルバトル
大会 放送日 総合順位
第9回大会  2002年3月27日 3位
第10回大会 2002年9月27日 2位
第11回大会 2003年3月31日 No.1
第12回大会 2003年9月26日 2位
第13回大会 2004年4月5日 2位
第14回大会 2005年4月5日 No.1
第15回大会 2005年9月28日 No.1
第16回大会 2006年3月29日 No.1
第17回大会 2006年10月4日 No.1
第18回大会 2007年10月5日 7位
プロスポーツマン大会
大会 放送日 総合順位
第12回大会 2006年1月1日 4位
第14回大会 2008年1月1日 10位
東京オープンボディビル選手権
大会 放送日 総合順位
第23回大会 2015年5月10日 2位
第24回大会 2016年5月3日 2位

受賞歴[編集]

出演番組[編集]

レギュラー番組[編集]

単発[編集]

映画[編集]

広告・CM[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ きんに君「めちゃ嬉しい」米国初単独ライブ大成功 - ウェイバックマシン(2007年2月12日アーカイブ分) - 『スポーツニッポン』(2007年2月11日
  2. ^ a b なかやまきんに君、サバンナ八木と「M-1」再挑戦 - 『スポーツニッポン』(2008年10月31日
  3. ^ 3年留学宣言は?きんに君“極秘帰国””. スポニチ (2008年3月4日). 2012年6月1日閲覧。
  4. ^ きんに君“極秘帰国”理由はビザ申請”. スポニチ (2008年3月5日). 2012年6月1日閲覧。
  5. ^ パワー?… なたぎ武のblog「オノマトペア」 2010年7月4日
  6. ^ 大切な発表 2011 前編
  7. ^ なかやまきんに君帰国、今後は東京を拠点に活動”. お笑いナタリー (2011年2月3日). 2011年5月1日閲覧。
  8. ^ <なかやまきんに君>新恋人はベルギー人 イベントで明かす”. まんたんウェブ (2012年7月4日). 2014年11月8日閲覧。
  9. ^ 小籔千豊座長率いる新喜劇精鋭メンバーの本番の笑いを楽しもう!”. 東京ウォーカー (2014年5月). 2014年11月8日閲覧。
  10. ^ 小籔千豊が主催する「KOYABU SONIC 2014 FINAL」、追加アーティスト&芸人を発表”. RO69(アールオーロック) (2014年7月15日). 2014年11月8日閲覧。
  11. ^ 春日 ボディビル選手権で納得の笑顔--デイリースポーツ online

関連項目[編集]

外部リンク[編集]