清水圭

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清水 圭
本名 清水 圭太(しみず けいた)
ニックネーム 圭ちゃん、圭さん、圭くん、圭
生年月日 (1961-06-24) 1961年6月24日(61歳)
出身地 日本の旗 日本京都府京都市
血液型 A型
身長 174 cm
言語 日本語
方言 関西弁
最終学歴 同志社大学商学部
事務所 吉本興業
同期 ボブキャッツ
どんきほ〜て
長原成樹
配偶者 香坂みゆき
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清水 圭(しみず けい、1961年6月24日 - )は、日本の実業家、元お笑いタレント、元俳優

本名は清水 圭太(しみず けいた)。京都府京都市出身。血液型はA型Rh-。株式会社FOOLISH代表取締役[1]

人物[編集]

同志社香里中学校・高等学校を経て、内部進学にて同志社大学商学部卒業。

大学卒業後、アパレルメーカーに就職。2年のサラリーマン経験中の1986年6月同志社大学後輩の和泉修漫才コンビ清水圭・和泉修(略称:圭・修)」を結成。同年7月には、25歳で新人の登竜門である今宮子供えびすマンザイ新人コンクールで優勝するなど、関西で多数のレギュラーを抱える人気コンビとなる。

1987年夏に東京へ進出。8月からニッポン放送のラジオ番組、「圭・修のオールナイトニッポン」でパーソナリティーを務めるが、1年も経たずに終了。同年11月から関西テレビの平日月〜金の17 時から1時間枠で「素敵!KEI-SHU5」が始まるが視聴率は低迷する。東京から撤退して、再び活動の場を関西に移した。その後、1990年5月から、朝日放送の「探偵!ナイトスクープ」にレギュラー出演すると、番組全盛期を支える人気探偵として活躍する。上岡龍太郎からも「感動ネタなら清水圭」と高く評価された。

1993年に清水は東京に単独で再進出。 10月から「笑っていいとも!」のレギュラーとなる。「いいとも」は翌年9月に降板するが、1993年から「クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!」、1995年に「世界ウルルン滞在記」、1996年に「マジカル頭脳パワー!!」、1998年に「ビートたけしPresents 奇跡体験!アンビリバボー」などの人気バラエティ番組のレギュラー、準レギュラーとなり、全国区のタレントとなった。また趣味のサッカーを軸にスポーツ番組に出て、2002年にはJリーグの優秀選手の表彰式にも登壇した。

圭・修は90年代に単独での仕事(主にクイズ番組のパネラー、レポーターなど)が多くなった。1998年でコンビとしてのテレビ・ラジオの仕事はなくなり活動休止状態となる。2001年に正式に解散し、和泉は高山トモヒロ(元ベイブルース)と漫才コンビ「ケツカッチン」を結成して活動を続ける。清水はプライベートでは、1994年、香坂みゆきと結婚。2児の父となる。

ただ、2007年に「ウルルン」、2012年に「奇跡体験!アンビリバボー」、2013年には「所さんの世田谷ベース」のレギュラーを外れている。以降は、芸能活動は縮小状態になり、ゴルフ雑誌などでコラムを執筆したり、イベントの司会をしたり、単発的にメディアに出演したりする程度に止まる。

一方、清水は、2012年1月27日付で株式会社FOOLISH(フーリッシュ)を設立し、代表取締役に就任[1]。同年、6月1日に目黒区柿の木坂に清水自身がオーナーのカフェ&アパレルショップの「STORAGE」をオープンさせた[2]。これ以降は実業家や経営者としての活動がメインとなった。

2019年には、宮迫博之らの闇営業騒動に関連し、自らのブログで吉本興業の岡本昭彦社長らを批判。自らも過去に岡本から『恫喝』されたと暴露した。清水が2001年のドラマ「明日があるさ」に出演した際、脚本のセリフと出番が決定稿で半減したことに不満を言うと、担当マネージャーの岡本が「言うときますけど、テレビ局もスポンサーも清水圭は要らんと言うてるんです。それを吉本がお願いして出られるようにしてあげてるんです。会社のやり方に文句があるなら、いつ辞めてもらってもいいですよ」と言い放ったという[3]

2022年4月28日、本人のブログ上にて芸能界からの引退を示唆し、「モチベーションがなくなったという 誠に個人的で勝手な理由です」と説明。今後は「フツーのおじさんからフツーのおじいさんになる」旨の書き込みがあった[4]。同月、吉本興業公式ホームページの所属タレント一覧からも公式プロフィールが削除された。関係者は「契約終了は事実です」と退社を認め、事実上の芸能界引退と報道された。近年はテレビ出演はほとんどなく、司会業やイベントの仕事を月に1、2本やっていたという [5]。同年12月、清水の行方を取材する週刊女性PRIMEの取材に、妻の香坂みゆきは「私もわからない」と回答した[6]

出演[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

舞台[編集]

  • 悲しくて うれしくて〜My favorites in our hard days(1988年12月27日 - 30日、MIDシアター)槍魔栗三助(現・生瀬勝久)らと共演
  • 援護レスサマー ENGO LESS SUMMER —誰も助けてくれなかった夏—(2003年08月24日、銀座ガスホール)

CM[編集]

  • ナムコ「ファミリーマージャン」(1987年)
  • サンヨーオートセンター「中古車」(1990年)
  • 日本コカ・コーラ「GEORGIA」(2000年)
  • 日清食品「出前一丁」(2004年 香坂と夫婦共演)
  • ダイエー「50周年感謝祭」(2007年 香坂と夫婦共演)

ゲーム[編集]

著書[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]