花王名人劇場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
花王名人劇場
ジャンル バラエティ番組
放送時間 日曜 21:00 - 21:54(54分)
放送期間 1979年10月7日 - 1990年3月18日
放送国 日本の旗 日本
制作局 関西テレビ
東阪企画
企画 澤田隆治(初期 - 中期:P兼演出)
プロデューサー 村上健治
岡林可典
出演者 主な企画参照

特記事項:
花王石鹸(後の花王)の一社提供。
テンプレートを表示

花王名人劇場』(かおうめいじんげきじょう)は、1979年10月7日から1990年3月18日までフジテレビ系列局で放送された単発バラエティ番組である。関西テレビの製作だが、東阪企画も制作に関わっていた。放送時間は毎週日曜 21:00 - 21:54(JST)。

概要[編集]

スポンサーは花王石鹸(現在の花王)で、日曜21時台で一時の中断を挟みながら継続していた同社の一社提供番組の最初である[1]

企画経緯[編集]

1978年電通から「『花王名人劇場』のタイトルで、喜劇・落語・演芸を」という内容の企画が、朝日放送プロデューサーで東阪企画代表の澤田隆治に持ち込まれ[2]、澤田は「今我々テレビ番組を制作する者がなさねばならないことは、現在が楽しければいいということではなく、幾多の批判をくぐり抜けて生き残った娯楽を、今や最大のメディアとなったテレビで、より多くの人に楽しんでもらうことではなかろうか。『花王名人劇場』は、いつまでも残りうる芸—名人芸を中心に据えて、見応えのある娯楽番組をテレビ視聴者に捧げんとするものである」と謳いこんで、花王の当時の宣伝責任者であった佐川幸三郎専務(後の同社会長)に持ち込んだ[2]。佐川は大衆娯楽を愛し理解した人で、澤田の提案に賛同した[2]。この両者の合意による企画案を関西テレビの当時の編成局長・巻幡展男(後の同社社長)に持ち込む[2]。しかし1979年はフジテレビ視聴率が開局以来最も低迷し、関西テレビもその対策に追われていた[2]。また、花王が望む「一社提供」の枠は、日曜9時という民放としては最高の時間でもあり、数社のスポンサー代理店がこの時間帯を獲得しようと別内容の企画を持ち込み、巻幡局長に攻勢を掛けていた[2]。この枠は「どてらい男」以降は低迷していた[3]。1979年夏になって、花王、東阪企画、関西テレビの三者が合意に達して、同番組は1979年10月7日にようやくスタートすることになった[2]。企画決定にあたり、編成責任者の巻幡は、「芸能のあらゆる分野に於ける名人芸をじっくり見せる、というコンセプトはいいが、TBSの老舗『日曜劇場』を向こうにまわして、ドラマ、コメディ、落語、漫才等の毎週替わりの番組で対抗できるのか、タイトルにある"名人"とは何か、"名人"にこだわるあまり、視聴者と番組が遊離しないか」と、長い編成経験の中で一番悩んだ末、ゴーサインを出した[2][3][4]。巻幡は「長い編成の経験の中で、この番組ほど予測の困難なものはなかった」と述べている。『花王名人劇場』のスタッフは、この番組は「ドラマあり、演芸あり」という形を考えていて、ドラマの方がある程度視聴率を獲りやすいと考えていた[2]。実際に番組当初は、森繁久彌山田五十鈴中村メイコ三橋美智也などを起用して、ドラマ、コメディをやったが、スターの好演にも関わらず、視聴率は一桁が続いた[2][4]。状況を打開したのは第8回、コロムビア・トップ三球・照代リーガル天才・秀才らが出演した1979年11月25日放送の「おかしなおかしな漫才同窓会」であった[2][3][4]。この放送が関西地区で13.3%、関東地区で16.4%の視聴率をマークし、闇夜に一条の光明を見出し[4]澤田隆治がかねてより温めていた企画「激突!漫才新幹線」(第1回、1980年1月20日放送)が通ることになった[4]。巻幡は「漫才ブームのきっかけは『おかしなおかしな漫才同窓会』」と述べている[4]。巻幡は2015年に「上方漫才の芸人を初めてゴールデンタイムに起用し、漫才ブームを巻き起こす」など、上方文化の振興と発展に貢献した功績により、大阪市から市民表彰を受けた[5]

番組の大半を澤田隆治がプロデュースした。特に漫才関連では強みを見せ、1980年放送の『激突!漫才新幹線』が『火曜ワイドスペシャル THE MANZAI』(フジテレビ系列)とともに漫才ブームを生み出すきっかけを作った[2][3][4]

横山やすし・西川きよしを中心とした武道館大阪城ホールでの漫才ライブ、ザ・ぼんちの漫才師初の武道館単独ライブや後に『オレたちひょうきん族』(同局系)でも活躍するB&B島田洋七島田洋八)、紳助竜介島田紳助松本竜介)などの若手漫才師を輩出した。

1980年以降の漫才ブームを受け、枠にも勢いがつき[3]、落語やドラマでも高視聴率を獲るようになった[3]

3代目桂米朝5代目柳家小さんの名作落語、夢路いとし喜味こいし中田ダイマル・ラケットといった名コンビの漫才を放送し、昭和の名人芸として好評を博した。立川談志桂枝雀が出演した回は「花王名人劇場『立川談志×桂枝雀』」と題して2015年3月にDVD化された。

ドラマ作品では『裸の大将放浪記』(芦屋雁之助主演による、山下清の伝記ドラマ)が人気を集めた。他のドラマ作品には、京マチ子主演の『姥ざかり』などがあった。

毎年1回「花王名人大賞」として、視聴者からの投票などを参考としてお笑い・大衆芸能に貢献した人たちを表彰する制度も設けられた(詳しくは花王名人大賞スペシャルの項)。

1990年3月18日放送分をもって終了し、同番組のコンセプトは次番組『花王ファミリースペシャル』に引き継がれた。その後、1990年代後半にCS放送チャンネルのファミリー劇場で再放送された。2009年5月からも傑作選がファミリー劇場で放送されているが、CS放送ではスポンサーが無いため、スポンサー名を外した『名人劇場』に改題されている。

2013年6月に番組プロデューサーだった澤田隆治が「澤田隆治プロデュース 平成名人劇場」と題してなんばグランド花月にてイベントとして復活、Wヤング西川きよし宮川大助・花子らが出演。

オープニング・提供読み[編集]

初代から2代目のオープニングは「名人」の文字をかたどったイメージキャラクターが登場するもので、これは山藤章二がデザインした。初代はフィルム制作のもので夜空を背景に番組ロゴが現れるもので、2代目はピンク色の背景や幾何学模様のものであった。1987年頃からは3代目となり、黒をバックにカラフルな色の光線から番組ロゴが現れる様式で、前述のイメージキャラクターは使用されず、テーマ音楽も変更された。

当初の提供ナレーションは、「この番組は清潔な暮らしを広げる月のマークの花王石鹸がお送りします(しました)」(提供読みは当時アナウンサーだった鈴木正勝)。1985年の社名変更とともに「清潔で美しくすこやかな毎日をめざして、花王の提供でお送りします(しました)」に変更されるとともに、読み上げも中村啓子が担当するようになった[6]。また当時、番組終了後のヒッチハイクには太田胃散の30秒CMが流れていた(『花王ファミリースペシャル』の番組終了まで)。

主な企画[編集]

  • 裸の大将放浪記 - 芦屋雁之助主演のロングランドラマ。
  • 花王名人大賞スペシャル(1981年 - 1989年放送) - 視聴者からの投票などでお笑い・大衆芸能に貢献した人たちを表彰する賞を発表する特別番組。
  • 前夜祭待ってました!(1979年10月7日放送) - 第1回放送。
  • おかしなおかしな漫才同窓会シリーズ
    • おかしなおかしな漫才同窓会 東京漫才発見!(1979年11月25日放送)
  • 激突!漫才新幹線(1980年 - 1982年、全5回放送) - 漫才ブームの火付け役となった番組。
  • ザ・ぼんちIN武道館(1981年8月9日放送)
  • 爆笑!漫才大全集IN武道館PARTI・II(1981年11月1日・11月15日放送)
  • 東西激突!マンザイNEWパワー(1982年1月31日放送)
  • 爆笑!!ハッスルコント大集合(1985年5月19日放送)
  • おもしろ新人類~阪神・巨人・小朝も大笑い!!~(1986年2月2日放送)
  • 熱演!!鶴太郎のがんばるぞット!爆笑!!ニュー演芸大集合(1986年3月16日放送)
  • ビートたけし独演会シリーズ(放送開始時期不明~1985年)
  • 感謝をこめて10周年記念特別番組 勢揃い!漫才オールスター(1988年10月9日放送) - 大阪城ホールで収録された記念番組。
  • バックトゥザマンザイ・漫才10年史(1989年4月16日放送)
    その他、北島三郎吉幾三さだまさしなど歌手がメインとして出演する歌謡ショーも放送されたが、それらにはたいてい漫才師や落語家がゲストとして出演していた。

スタッフ[編集]

  • 演出・プロデューサー → 企画:澤田隆治
  • ディレクター:菊地誠
  • プロデューサー:村上健治、岡林可典
  • 制作:関西テレビ、東阪企画

ネット局[編集]

系列は放送終了時点のもの。

放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考
近畿広域圏 関西テレビ フジテレビ系列 制作局
関東広域圏 フジテレビ 同時ネット
北海道 北海道文化放送
青森県 青森テレビ TBS系列 遅れネット
岩手県 岩手放送 現・IBC岩手放送
宮城県 仙台放送 フジテレビ系列 同時ネット
秋田県 秋田テレビ 1981年4月から1987年3月まではテレビ朝日系とのクロスネット局
山形県 山形テレビ 1980年3月まではテレビ朝日系とのクロスネット局[7]
福島県 福島テレビ 遅れネット
→同時ネット
1983年3月まではTBS系列とのクロスネット局
山梨県 テレビ山梨 TBS系列 遅れネット
新潟県 新潟総合テレビ フジテレビ系列 遅れネット
→同時ネット
1981年3月までは日本テレビ系とのクロスネット局
1983年9月まではテレビ朝日系とのクロスネット局
長野県 長野放送 同時ネット
静岡県 テレビ静岡
富山県 富山テレビ
石川県 石川テレビ
福井県 福井テレビ
中京広域圏 東海テレビ
島根県
鳥取県
山陰中央テレビ
広島県 テレビ新広島
山口県 テレビ山口 TBS系列 遅れネット 1987年9月まではフジテレビ系とのクロスネット局
徳島県 四国放送 日本テレビ系列
岡山県
香川県
岡山放送 フジテレビ系列 同時ネット
愛媛県 テレビ愛媛
高知県 テレビ高知 TBS系列 遅れネット
福岡県 テレビ西日本 フジテレビ系列 同時ネット
佐賀県 サガテレビ
長崎県 テレビ長崎 フジテレビ系列
日本テレビ系列
遅れネット
熊本県 テレビ熊本 フジテレビ系列 遅れネット
→同時ネット
1982年3月までは日本テレビ系とのクロスネット局
1989年9月まではテレビ朝日系とのクロスネット局
大分県 大分放送 TBS系列 遅れネット 初期のみ
テレビ大分 フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
[8]
宮崎県 テレビ宮崎
鹿児島県 鹿児島テレビ フジテレビ系列
日本テレビ系列
遅れネット
→同時ネット
1982年9月まではテレビ朝日系とのクロスネット局[9]
沖縄県 沖縄テレビ フジテレビ系列 同時ネット

当然ながら時差ネット局はスポンサーが変わるため、オープニングのタイトルアニメーションは流れずに、各局独自のオープニングタイトルに差し替えられていた(ただし、スポンサードネットでもあったテレビ長崎など例外あり)。CSでの再放送や一部番販ネット局では「名人劇場」に改題加工済のアニメーションが使われていた。

補足[編集]

  • 鹿児島テレビは、1985年4月7日から最終回の1990年3月18日まで、九州地区の日テレ・フジクロスネット局の中で、唯一当番組を同時ネットしていた。ちなみに、テレビ熊本日曜洋画劇場(1989年9月まで)、テレビ長崎テレビ大分テレビ宮崎は日本テレビの番組(桃太郎侍など)を同時ネットしていた。
  • 放送期間10年6か月は、日曜21時台のフジテレビ系番組としては最長記録である(後番組の『ファミリースペシャル』は6年半、その後の『発掘!あるある大事典』シリーズは10年4か月の放送だった)。
  • 番組クレジットでは、当初は「KTV」のロゴを表示していたが、のちに「関西テレビ」のロゴに変更されている。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ ただし花王がCX日曜21時台番組を1時間一社提供していたのは、2013年4月21日 - 同年9月21日放送の『テレビシャカイ実験 あすなろラボ』までで、同年10月20日開始(厳密にはリニューアル)の『全力教室』からは、花王の一社提供は番組中盤までなり、終盤は複数社提供になった。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 村上七郎 「第七章 関西テレビと平成テレビ時評」『マスコミ漂流50年の軌跡 ロングラン』 扶桑社2005年、223-228頁。ISBN 4-594-04947-8
  3. ^ a b c d e f 澤田隆治 「『花王名人劇場』を考える 自信と不安の中で... 関西テレビ編成局長・巻幡展男」『花王名人劇場 テレビ時代の名人芸グラフィティ』 東阪企画1982年、223-228頁。ISBN 4-89756-026-8
  4. ^ a b c d e f g 澤田隆治 「漫才ブーム回顧 関西テレビ編成局長・巻幡展男」『漫才ブームメモリアル』 東阪企画、1982年、223-228頁。ISBN 4-89756-033-0
  5. ^ 第50回大阪市市民表彰 表彰を受ける主な方々 - 大阪市
  6. ^ 提供クレジットも花王石鹸時代はブルーバックだったが、社名変更後は白地にライトグリーンのフォントで花王と月のマークを大写しした(右下に提供の文字が入る)ものに変更され、2007年1月の『発掘!あるある大事典』終了まで使われていた。これはTBS系列の『花王愛の劇場』の1社提供時代などの番組も同様だった。
  7. ^ その後、1993年3月31日にFNN・FNSを脱退、現在テレビ朝日系フルネット局。
  8. ^ 主に「裸の大将」などを放送。
  9. ^ 1985年4月から同時ネット。
関西テレビ制作・フジテレビ系列 日曜21時台
前番組 番組名 次番組
日曜恐怖シリーズ
(第2シリーズ)
花王名人劇場
【当番組より花王一社提供枠】