雲の上団五郎一座

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『雲の上団五郎一座』(くものうえだんごろういちざ)は1962年4月15日に公開された宝塚映画製作の映画、および1965年10月1日から12月31日までNETテレビ(現・テレビ朝日)で放送された榎本健一主演の舞台のテレビ版である。

映画[編集]

1962年公開。翌1963年には続編として『続雲の上団五郎一座』が公開された。

上映データ[編集]

公開日
上映時間
1962年(昭和37年) 4月15日 日本 84分
サイズ カラー 東宝スコープ 映倫No.12753

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

製作 杉原貞雄山本紫朗
原作 菊田一夫
脚本 長瀬喜伴新井一
音楽 松井八郎
和楽 望月太明蔵
撮影 鈴木斌
美術 北辰雄
録音 中川浩一
照明 西川鶴三
編集 庵原周一
チーフ助監督 高野昭二
製作担当者 沖原俊哉
監督助手 松森健
舞台孝証 伊藤春朗
振付 松原貞夫
スチール 中山章
現像 東洋現像所
監督 青柳信雄
映像制作 宝塚映像
配給 東宝

テレビ番組[編集]

概要[編集]

喜劇俳優榎本健一が座長を扮する、貧乏な旅回り一座『雲の上団五郎一座』が演ずる劇中劇を柱に旅先でのハプニングを織り交ぜた喜劇として有名だが、1962年・1963年に青柳信雄により映画化された後、その勢いに乗る形でスタートした番組である。記念すべき第1回放送は渋谷公会堂での録画中継、それ以降は日比谷芸術座等の劇場での録画という風に、当時のテレビ局事情からして、スタジオの数が少なかった故に、劇場をスタジオ代わりとして使用していたこともあり、客席には人を入れず、公開放送の形はとらなかった。

往年のエノケンギャグの集大成ともいえる番組であるが、榎本自身右足切断による車椅子生活を余儀されたことにより、舞台活動に大きく影響し、車椅子、もしくは座ったままでの演技が目立つようになり、かつてのはちゃめちゃぶりが発揮されず、3ヶ月で番組は終了した。事実番組後期はスローテンポなストーリーだった。

放送時間[編集]

毎週金曜日20時00分~21時00分

出演者[編集]

エピソード[編集]

  • 番組が始まった1965年は榎本は既に60代だったこともあり、視聴者の中には彼を知らない世代(特に若い世代)が半数だったが、その世代を中心にエノケンギャグが再評価されるという現象が起きていたという。
  • 当時、高校生だった志村けんはこの番組のファンだったようで、特にお気に入りは『切られ与三郎』とのこと。
NET 金曜20時枠
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雲の上団五郎一座