村上七郎

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村上七郎(むらかみ しちろう、1919年大正8年) - 2007年平成19年)9月18日[1])は、元フジテレビジョン専務、関西テレビ放送社長、関西テレビ放送名誉顧問。父は、菅野尚一

「村上」という姓は、末っ子であったため、村上水軍の末裔である母方の血筋を継いだことによる。第22代因島村上家当主。

人物[編集]

東京生まれ。1947年昭和22年)東京大学法学部卒。同年、共同通信社入社。1954年(昭和29年)ニッポン放送入社、報道部を経て編成局で1957年(昭和32年)「婦人専門局」の方針を打ち出す。

フジテレビに転職し、1964年(昭和39年)編成局長、1965年(昭和40年)取締役、1968年(昭和43年)、常務を経て1971年(昭和46年)専務に就任。1975年(昭和50年)テレビ新広島に出向する。

1980年(昭和55年)再びフジテレビに戻る。専務に就任後、当時、編成局長だった日枝久らとともに、低視聴率だった番組を改革し、『オレたちひょうきん族』『北の国から』などの看板番組を打ち出す。視聴率三冠王を達成。1982年(昭和57年)、関西テレビ副社長、1990年(平成2年)社長に就任。1994年(平成6年)に取締役就任。1996年(平成8年)、勲二等瑞宝章を受章[1]

2007年(平成19年)9月18日、心不全のため東京都中央区の病院で死去[1]。88歳没。

著作[編集]

  • 『ロングラン』(2005年)

脚注[編集]

  1. ^ a b c “村上七郎氏死去 関西テレビ名誉顧問”. 共同通信社. 47NEWS. (2007年9月20日). http://www.47news.jp/CN/200709/CN2007092001000505.html 2013年3月31日閲覧。 

関連項目[編集]