ねるとん紅鯨団

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ねるとん紅鯨団
ジャンル バラエティ番組
放送時間 土曜日 23:00 - 23:30(30分)
放送期間 1987年10月3日 - 1994年12月24日
放送国 日本の旗 日本
制作局 関西テレビ
IVSテレビ制作
フジテレビ系列
演出 伊藤輝夫(現・テリー伊藤
プロデューサー 越智武彦
後藤喜男
出演者 とんねるず
石橋貴明木梨憲武
ほか
音声 モノラル放送
オープニング 「TALK SHOW」
鉄腕ミラクルベイビーズ
エンディング 当該節参照
テンプレートを表示

ねるとん紅鯨団』(ねるとんべにくじらだん)は、フジテレビ系列ほかで放送されていた関西テレビIVSテレビ制作共同製作のバラエティ番組である。関西テレビやフジテレビでは1987年10月3日から1994年12月24日まで、毎週土曜 23:00 - 23:30 (日本標準時)に放送。司会はとんねるず。構成・ゼネラルディレクターは伊藤輝夫(現・テリー伊藤)。

概要[編集]

番組タイトルは、前番組『上海紅鯨団が行く』(司会:片岡鶴太郎)のタイトルにあった「紅鯨団」と、とんねるずの倒語である「ねるとん」を組み合わせたものである。

放送開始から20回ほどは『上海紅鯨団が行く』の内容を引き継ぎ、毎回企画テーマが変わっていたが、とんねるずが司会をする集団見合い企画が好評だったため、途中から集団お見合い番組となった。爆発的な大ヒット番組となり、番組全体の平均視聴率17.3%、最高平均視聴率24.7%(1989年3月4日)と土曜深夜枠ながら常に高視聴率をマーク。89年から93年までバラエティ番組の年間平均視聴率ランキングベスト5にランクインした。番組タイトルの「ねるとん」は集団見合パーティーの代名詞になった。

出演者[編集]

すれていない若者の視聴者参加番組というのが番組のコンセプトだったため、ナレーションも素人臭さを狙って、オーディションで一番下手だった女性が選ばれた[1]

番組の進行[編集]

スタジオ収録部分では、とんねるずとゲストが本編VTRを見ながらフリータイム前と後、告白タイムの後にトークをする。

自己紹介と貴さんチェック[編集]

VTRはオールロケで、とんねるずの片方がロケに参加し進行する。毎回、男子全員スポーツマンのスポーツマン大会や、愛車自慢の男子を集めた車大会、高校生限定の高校生大会などテーマが決まっていた。

まず、男性陣の参加者紹介。テロップに、氏名、年齢、特技、好きな芸能人、彼女いない歴が出てくる。特技はその場で披露できるものは、その時に見せたりする。男子全員の紹介が終わったあとで、「女性陣はあそこにいる」と男性陣のはるか遠方にいる女性陣をちらりと見せるが、石橋がMCのときには「オーケー! おめーらの気持ちはよーく分かった! おめーらを待ってるお嬢さん方はあちらにいる!(ここで男性陣の「オー!」という歓声) しかーし! おめーらが見る前に、恒例の(「恒例の」の際に少し引っ張る)タカさ〜ん、チェック!(チェックの時の親指と人差し指を立てる決まりのポーズがあり、また「チェック」のところ以外はウラ声)」と言って、石橋だけが先に女性陣の方へ行く(木梨がMCのときは何もせず女性陣のところへ行く。そのときに木梨の独特の歩き方があった。また、木梨は石橋より声が小さいので拡声器を常に携帯)。ただし、木梨が石橋の「チェック!」を若干真似したことが2回ほどあった。1回目は、「ノリさ〜ん… チャック!」と言いながら、自分のズボンの前のジッパーを指差すもの。2回目は「ノリさ〜ん… チャック・ベリー」と言いながら、ぴょんぴょん飛び跳ねながら女子の方へ向かうもの。

女性陣の紹介も男性同様、テロップにプロフィールが出て、特技があればそれも披露する。好きな芸能人で女性がとんねるずのその時のMCでない方を挙げると挨拶できる(例:木梨がMCなら木梨が「ほら今ごろ貴明がスタジオで見てるよ」と女性を煽り、カメラ目線で女性は「貴さん見てますか」と挨拶できる)。女性陣の紹介終了後、ご対面。対面後、アピールタイムとして、特技などを相手に披露(スポーツマン大会などは、自分がやっているスポーツを披露するが、陸上の長距離走の選手は必ずアピールタイムの前の自己紹介の時点で走らされる。そのトラックを走る光景を気にもせずに番組は進行してしまう)。アピールタイムの後、男性陣、女性陣それぞれに、第一印象で良い人を小声で聞いていく。大抵一部のルックスの良い人に人気が集中するため、この時点で1番人気や2番人気が決まってくる。また、第一印象が良いもの同士などもこの時に判る(この2人が接近すると画面下にハートマークが点滅する演出があった)。

その後はスタジオトークへ移り、CMに入った(CM明けにはVTRに戻る)。

フリータイム[編集]

フリータイムではカップルやグループで各自談笑する。フリータイム中に2人きりになって話していると、ツーショットと呼ばれる。また、1番人気の女子には多くの男子が集まり、女子1人対男子多数で話す光景が見られる。フリータイムの後は告白タイム。基本的に男性が女性に対して告白するが、年に数回、女性から告白する「女の子だって告白したい」大会も開催された。フリータイム後のスタジオトークで、その日成立するカップルが何組かを、ゲストが予想する。

フリータイム中に石橋(木梨)は少し離れた所にテーブルを構え、モニターを見ながら参加者の動向を実況するが、孤独でいる参加者(大概は男性)をテーブルに呼び、状況説明や今後の展開などを聞きアドバイスするなどして、進行を盛り上げる。

フリータイムのVTRを見た後、何組のカップルが誕生するかゲストに当てるというコーナーがあった。正解するとゲストの希望するスポーツ用品を提供していたが、女性ゲスト時を中心に、とんねるずがゲストの当てた組数が間違えていると仕草や顔色で表現してヒントを与えるため、スポンサーのミズノからクレームが付き、途中で廃止された(実際商品群が用意されていたり、正解時の商品の贈呈シーンなどは映されなかった)[要出典]

告白タイムからエンディング[編集]

男性が1人ずつ女性に告白する。進行役の石橋(木梨)があらかじめ誰に告白するか聞いた後に、男性が意中の女性の前に立つ。他に競合者がいなければ、そのまま告白は進行するが、競合者がいれば「ちょっと待った!」と叫んで、競合者もその女性の前に立つ(ちょっと待ったコール)。女性に自分の気持ちを告白し、右手(あるいはプレゼント)を前に出す。女性が気に入った男性の手を取ったらカップル成立。気に入らなければ「ゴメンナサイ」と言って拒否する(前述の女子告白大会の場合は男女が逆になる)。このとき、拒否された男性は大抵の場合走り去っていく。海やプールで告白タイムに入ることもあったが、その際に拒否された男性は自発的に海へ泳ぎに行ったり、プールへ飛び込んだりしていた。

最終的に男性陣全員が告白した後に、今日のカップルを紹介。稀にカップルが不成立でゼロになることもあった。

エンディング前に素人参加者の募集(「車大会」なら、彼女を自慢の車に乗せたい男の子と、そんな彼の車に乗りたい女の子)と、ゲストの今後の活動予定、最後にゲストに好きな芸能人を訊いて終了。福山雅治がゲスト出演した回では、エンディングで内田有紀を好きな芸能人として挙げ、その後のワイドショーで話題になったこともある。

「ねるとんね紅鮭(べにしゃけ)団」[編集]

ゲストで出演していた芸能人から自分も出てみたいとの声が多数挙がり、芸能人限定のねるとんがたびたび放送された。ただし、最初の放送は日本テレビの1989年の正月番組『仁義なき花の芸能界全部乗っ取らせていただきますスペシャル』の1コーナーとして行われた。内容は通常の放送とほぼ一緒(違うのは男性芸能人サイドは石橋、女性芸能人サイドは木梨と、2人ともロケに参加する点)。ナレーションに野沢直子を使うなどの熱の入れようだった。

第1回目の出演者の柳沢慎吾は元・おニャン子クラブ内海和子に告白して玉砕後に「あばよ」の捨てゼリフを残し、その後の彼の持ちネタになった(翌1990年には吉田美江(当時女優)からも「ごめんなさい」でその時の捨てセリフも「いい夢見させてもらったよ! あばよ!」などとバージョンアップ。また、その翌年は紅鮭団のコーナーでの出演はなく、玉砕続きの柳沢に素人女性を紹介するお友達企画を設けたが、実はその女性はニューハーフというコーナーが設けられた。その時の捨てゼリフは「幻を見たよ!」である)。1991年の第三回大会では生稲晃子を巡る勝俣州和見栄晴の戦いが話題を呼び、二人はそれが縁でとんねるずとの絆を深め、同年開始した『とんねるずの生でダラダラいかせて』にレギュラー出演するようになった。また、雨の日の設定で(人工的にスタッフが上からシャワーを掛ける)告白タイムをした際に、デビット伊東いとうまい子に告白し、断られても何度も水浸しになりながら(いとうも、しまいには涙ぐんで「ごめんなさい」を言う)伊東が告白し続ける名シーンも生まれた。

なお、番組終了後の1995年からは、この企画ごと『とんねるずのみなさんのおかげでした』の年末スペシャルに移り、「ねるとん紅鯨団芸能人大会」として2004年まで放送されていた。2003年のクリスマス芸能人大会には大人気の高見盛が最終兵器として登場、さとう珠緒に告白をして成功。その場で連絡先をゲットした。その事実は直後の週刊誌ネタになっていた。2004年は男性陣は半分がお笑いタレントで占められていた(ペナルティワッキーのみのエントリーであることを最初のインタビュー時に初めて知り、相方のヒデはショックを受けていた)。2005年以降は放送されていない。

主な大会[編集]

また、番組始まって間もない頃にそれぞれ一度だけ身長180cm以上の男大会、男全員慶應義塾大学生、女子全員ナース大会、女性が全員ロングヘアーという大会があった。

この番組から派生した言葉[編集]

彼女(彼氏)いない歴○年
○が実年齢と一緒の場合、いじられる対象になる。ときどき「彼氏いない歴3か月」など、いない歴の短い参加者も居た。
ツーショット
元々はカメラフレームの中に2人だけ写っている状態のこと。ねるとん紅鯨団のフリータイムの際、男女2人だけになってテレビカメラに撮られたときに、別室のモニターで見ていたとんねるずが「あの2人はツーショットですね」と言ったことから、男女2人で喋ること=ツーショット(ツーショットダイヤルなど)になった。
ちょっと待った(ちょっと待ったコール)
意中の相手に告白しようとしたときに、競合相手がいる場合には「ちょっと待った」の声が掛かる。この番組以後、お見合いパーティー(ねるとんパーティー)や恋愛において意中の相手が競合した場合に、掛ける言葉の定番になっている。ちなみに、第1回放送の富士急ハイランド編においてはちょっと待ったコール制度が無かったため、早いもの勝ちであった。これではいけないと、2回目放送より同制度が適用された。

主題歌[編集]

  • オープニング:「TALK SHOW」(鉄腕ミラクルベイビーズ) - 後期では編曲がラテン風に変わっている。
  • エンディング:ストリート・ダンサー(「だから帰らない」)、真璃子(「元気を出してね」など)、ほか多数
  • 提供バックBGM : 「Funky multi」(佐藤博) - 後述の通り、一部のネット局では流れなかった。

スタッフ[編集]

  • 企画:広田明(関西テレビ)、長尾忠彦(IVSテレビ制作)
  • 構成:長田聖一郎、吉岡和彦、木村純子
  • 収録スタジオ:STUDIO ROX(前・中期)→レモンスタジオ(後期)
  • ゼネラルディレクター:伊藤輝夫(現・テリー伊藤
  • プロデューサー:越智武彦(関西テレビ)、岩城昇、後藤喜男(IVSテレビ制作)
  • ディレクター:梁取正彦、杉山和典 / 山﨑敏光、大錦玄孝、今井一史
  • アシスタントディレクター:安西義裕
  • 制作:関西テレビ、IVSテレビ制作

ネット局[編集]

系列は当番組終了時(1994年12月)のもの。

放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考
近畿広域圏 関西テレビ フジテレビ系列 制作局
関東広域圏 フジテレビ 同時ネット
北海道 北海道文化放送
青森県 青森放送 日本テレビ系列 遅れネット 1991年9月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局
岩手県 IBC岩手放送 TBS系列 1991年3月まで
岩手めんこいテレビ フジテレビ系列 同時ネット 1991年4月開局から
宮城県 仙台放送
秋田県 秋田テレビ
山形県 山形テレビ 1993年3月まで
テレビユー山形 TBS系列 遅れネット 1993年4月から
山形テレビのテレビ朝日系列へのネットチェンジに伴う移行[2]
福島県 福島テレビ フジテレビ系列 同時ネット
山梨県 山梨放送 日本テレビ系列 遅れネット
新潟県 新潟総合テレビ フジテレビ系列 同時ネット
長野県 長野放送
静岡県 テレビ静岡
富山県 富山テレビ
石川県 石川テレビ
福井県 福井テレビ
中京広域圏 東海テレビ
島根県・鳥取県 山陰中央テレビ
広島県 テレビ新広島
山口県 山口放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
遅れネット 1988年10月から1993年9月まで
テレビ山口 TBS系列 1993年10月から
山口放送のNNSマストバイ局化に伴う移行
岡山県・香川県 岡山放送 フジテレビ系列 同時ネット
愛媛県 テレビ愛媛
高知県 高知放送 日本テレビ系列 遅れネット [3]
福岡県 テレビ西日本 フジテレビ系列 同時ネット
佐賀県 サガテレビ
長崎県 テレビ長崎 遅れネット
→同時ネット
1989年4月からネット開始
1990年9月まで日本テレビ系列とのクロスネット局
熊本県 テレビ熊本 同時ネット 1989年9月までテレビ朝日系列とのクロスネット局
大分県 テレビ大分 フジテレビ系列
日本テレビ系列
遅れネット 1993年9月までテレビ朝日系列とのトリプルネット局
宮崎県 テレビ宮崎 フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
鹿児島県 鹿児島テレビ フジテレビ系列 遅れネット
→同時ネット
1988年4月からネット開始
1994年3月まで日本テレビ系列とのクロスネット局
沖縄県 沖縄テレビ 遅れネット [4]

本番組のパロディ[編集]

まーじゃんねるとん牌鯨団ダイナックス、現・中日本プロジェクト株式会社)
イカサマ技の名前が「大どんでん返しパワー」(コンピュータに負けても逆転できる)、「ちょっと待ったぁ」(コンピュータのロンを阻止)。また、BGMは1989年までのとんねるずの曲のアレンジで、「やぶさかでない」(デモ画面)、「一気!」、「人情岬」(対局時)、「天使の恥骨」(コンピュータリーチ)、「嵐のマッチョマン」(プレイヤーリーチ)などがある。脱衣するキャラクターは当時のアイドルである。

ABC朝日放送の探偵ナイトスクープでも、北野誠と桂小枝でどうくつずを組み、ねろとん紅鯨田というパロディ企画を行ったことがある

出典・脚注[編集]

  1. ^ 本橋信宏「テリー伊藤」『素敵な教祖たち サブカルチャー列伝 業界カリスマ17人の真実』コスモの本、1996年、p.17
  2. ^ ただしネットチェンジによる放映権移行後も、ケーブルテレビなどで近隣のフジテレビ系列局(福島テレビ・新潟総合テレビ・仙台放送・秋田テレビ)を受信できた場合は同時ネットで視聴できた。
  3. ^ 当然ながらスポンサーやエンド5秒は差し替えであったが、年末特番扱いで放送された最終回のエンド5秒は関西テレビと同一だった。
  4. ^ ミズノの提供ではなく、富士通ほか各社の提供だった。

関連項目[編集]

関西テレビ制作・フジテレビ系列 土曜23時台前半枠
前番組 番組名 次番組
ねるとん紅鯨団