内海和子
| プロフィール | |
|---|---|
| 生年月日 | 1967年2月16日 |
| 現年齢 | 51歳 |
| 出身地 |
|
| 血液型 | A型 |
| 公称サイズ(時期不明) | |
| 身長 / 体重 | 163 cm / ― kg |
| スリーサイズ | 80 - 60 - 89 cm |
| 活動 | |
| デビュー | 1972年 |
| ジャンル | アイドル |
| 所属グループ | おニャン子クラブ |
| 他の活動 | カーレーサー、ヘアヌード |
| アイドル: テンプレート - カテゴリ | |
内海 和子(うつみ かずこ 1967年2月16日 - )は、日本のタレント。元子役。本名、下山 和子(しもやま かずこ)。
目次
略歴[編集]
幼少の頃から児童劇団に所属し、劇舞台の公演やテレビドラマに子役として出演して活動していた。高校受験を機にそれらの活動を休止させて子役時代の幕を閉じる。
芸能活動を再開したのは1985年4月。フジテレビの新番組だった『夕やけニャンニャン』のおニャン子クラブのメンバーオーディション・コーナー、「ザ・スカウト アイドルを探せ!」に出場し、106点を獲得して河合その子、富川春美と共に合格。翌週からおニャン子クラブのメンバー(会員番号13番)として活動を開始。つまり、番組には実質的に第1回から出演していることになる。また、おニャン子クラブ加入時に大学生になったことからオールナイトフジの出演の声がかかり、短期間であるがオールナイターズのメンバーとしても同時に活動した。
平尾昌晃音楽教室に通っていたことから、おニャン子クラブのデビュー曲「セーラー服を脱がさないで」のフロントボーカルの一員に抜擢。また、子役経験も買われて、幾つものおニャン子主体のドラマには主役格で出演をこなすなど、おニャン子クラブ活動前期の代表的メンバーとなった。立見里歌と共にとんねるずと番組本番中にケンカをしたことがある(立見里歌#石橋貴明とのケンカ参照)。
おニャン子クラブのシングルレコードB面にて、ソロで「思い出美人」「プリントの夏」を歌う。本格的なソロデビューが決まった際、ラジオで共演していた伊藤政則に「B面の女王、遂にソロデビュー!」と、大絶賛される。
1986年11月、「蒼いメモリーズ」でソロデビュー[2]。このソロデビューを機に、それまでフジテレビの預かりだったのが、ホリプロ所属となる。事務所のスタッフは「百恵でもデビュー曲はベスト3入りできなかった」と慰めたが、「おニャン子はみんな1位か2位なのに、私だけ3位!悔しくて泣いちゃいました」と、おニャン子クラブとしては奮わなかった実績を後年、述懐していた。1987年4月、おニャン子クラブを卒業。卒業生同士では、特に仲の良かった立見里歌からは「とても優しい子だけど、嫌なことは嫌だとはっきり言わなきゃダメよ」との言葉を、また高井麻巳子には「とにかく女の子らしくて羨ましかった」との言葉をそれぞれ贈り合っていた。同年8月の番組終了時までには何回かゲスト出演をし、おニャン子クラブの解散コンサートにも出演。
1989年頃からタレント活動と並行しながらカーレーサーとしての活動を開始。
1993年には『From Pheonix 内海和子写真集』でヘアヌードを披露して話題になった。
2017年10月24日、声の不調の原因となっていた「声帯にへばりついた血液の固まり」を摘出する手術を受ける[3][4]。
2018年12月1日、娘がライブアイドル・ゆりあんぬ(XTEEN、平成墓嵐メンバー)であることを明かした[5]。
ディスコグラフィ[編集]
シングル[編集]
- 蒼いメモリーズ (1986年11月7日、作詞:売野雅勇、作曲・編曲:芹澤廣明) - フジテレビ系アニメ「タッチ」挿入歌
- (c/w) 好きで、ごめん。
- 20歳 (1987年2月25日、作詞:秋元康、作曲・編曲:後藤次利)
- もう君の名前も呼べない (1987年5月14日、作詞:秋元康、作曲:国安わたる、編曲:松任谷正隆)
- (c/w) 波の上の小さな太陽
- 風はエンドレスストーリー (1989年7月21日、作詞:田口俊、作曲・編曲:松任谷正隆)
- (c/w) そんなふうに見つめないで
アルバム[編集]
- LUNCH TIME(1987年3月21日)
- MY これ!クション 内海和子・BEST(2002年3月19日)
出演[編集]
バラエティ[編集]
- オールナイトフジ(フジテレビ)
- 夕やけニャンニャン(1985年〜1987年、フジテレビ)
- 夕食ニャンニャン(1986年、フジテレビ)
- 歌のトップテン(日本テレビ) - #289(1986年12月1日OA)に登場した際、子役時代の登場作品『仮面ライダースーパー1』の映像が流され、非常に照れていた。
テレビドラマ(子役時代)[編集]
- 超人バロム・1 第32話「魔人トゲゲルゲが死の山へ招く!!」 - かよ子
- 愛の戦士レインボーマン
- 流星人間ゾーン 第12話「恐獣基地 地球へ侵入!」 - ヒヨコを欲しがる少女
- 5年3組魔法組(1977年 NET) 第20話「校内マラソン走れ!チクワ」 - 車椅子の少女 かよ子
- 同心部屋御用帳 江戸の旋風III 第32話「盗っ人のまごころ」(1977年) - おみよ
- 特捜最前線 第188話「プラットホーム転落死事件!」
- 走れ!ケー100 第8話「どうして,どうして後もどり? ―岡山の巻―」 - 倉敷の幼稚園児まゆ
- 仮面ライダースーパー1(1980年 TBS) 第3話「行け! 地の果て ドグマの黄金郷」 - 白鳥さゆり
- 西部警察 第50話「少女の叫び」 - キョウコ
テレビドラマ[編集]
- 月曜ドラマランド もしかして婚約者!?(1986年、フジテレビ)
- 月曜ドラマランド おニャン子学園危機イッパツ とんだ...(1986年、フジテレビ)
- 月曜ドラマランドボクの婚約者(1986年、フジテレビ) -
- 木曜ドラマストリート「あぶない課外授業」(1986年、フジテレビ)
- 月曜ドラマランド いきなり婚約者!!(1987年、フジテレビ)
- 男が泣かない夜はない(1987年、フジテレビ)
- 土曜ワイド劇場「沖縄デラックスツアー殺人事件」(1989年、テレビ朝日)
映画(子役時代)[編集]
- 女生きてます 盛り場渡り鳥(1972年、松竹/森崎東監督)
映画[編集]
- おニャン子ザ・ムービー 危機イッパツ!(1986年、東宝/原田眞人監督)
- 釣りバカ日誌4(1991年、松竹/栗山富夫監督)
書籍[編集]
- 写真集
- from PHOENIX(1993年1月、野村誠一撮影、スコラ) ISBN 4796201017
脚注[編集]
- ^ a b c 週刊テレビ番組(東京ポスト)1987年7月3日号 p.42
- ^ 別冊宝島2611『80年代アイドルcollection』p.92.
- ^ “元おニャン子・内海和子、声帯手術 成功ものどに激痛「今日から数日、沈黙療法」”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2017年10月24日) 2017年12月9日閲覧。
- ^ “声帯の手術をしました”. 内海和子オフィシャルブログ「Many Happy Returns」Powered by Ameba. サイバーエージェント (2017年10月24日). 2017年12月9日閲覧。
- ^ “元おニャン子13番内海和子の娘がアイドルになった”. 日刊スポーツ (2018年12月1日). 2018年12月1日閲覧。