アイドル歌謡

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アイドル歌謡(アイドルかよう)とは、昭和時代のアイドルによって歌われた音楽のジャンルであり、歌謡曲(昭和時代の流行歌)のサブ・ジャンルである。曲調にその時代に流行していたダンス・ミュージックを取り入れて軽快さを打ち出したり、身体性を帯びた激しい振り付けを取り入れるなど、特徴が洋楽に近付いており、いわゆる昭和歌謡とは明らかに異なる性質の音楽である。洋楽の影響は次第に強くなって行き、最終的にはJ-POPに取って代わられた。

なお、平成のアイドルによって歌われる楽曲はアイドルソングと呼ばれ、曲調などが異なる傾向にある。

解説[編集]

全体の傾向として、1970年代の後半から1980年代の前半までは、フォークソングを基調とした叙情を重視した楽曲が多数を占めていたが、1980年代後半からは、ロック系の楽曲を基調とした洋楽ダンス・ミュージック等の影響を受けたサウンド、コーラス等を重視した楽曲が増える傾向にあり、その後のJ-POP隆盛の礎を築いたという見方もできる。特徴としては、メロが単調、曲中に盛り上がるキメが複数ある、間奏や前奏が派手、アップテンポなどが挙げられる[要出典]

80年代アイドル歌謡として、特徴として挙げられるのが、衣装、振り付けがある。今のアイドルもダンスを重視するが、この当時は激しい動きはさほど見られず、かっこよい動きを追求する現代に比べて、可愛らしさを追及する面が衣装にも振り付けにも見られた。両者とも、職人が手がける事が常であったが、南野陽子中森明菜ら、自ら衣装デザインに参入するアイドルもいた。尚、基本的にシングルを一曲リリースする度に、それに併せた衣装が作成されていた(時に複数着用意することもあった)。80年代前半は特にヒールやドレス、ミニスカートなどキュート且つ華麗な衣装が目立ち、石川秀美のような脚線美を売りにしたアイドルはこの演出をうまく取り入れていた。

曲作りにおいては、80年代は分業制を取り入れており、歌い手・作詞・作曲・編曲各々がプロ作家として独立性を保っていた(90年代以降のつんく♂小室哲哉などによる完全プロデュース型とは好対照であった。ただし、菊池桃子×林哲司のようなプロデュース型アイドルもわずかに存在していた)。後藤次利、林哲司のようないわゆるスタジオ・ミュージシャンが多く参入していたのも特徴的であり、この点において80年代アイドルは、歌唱力は別としても、曲そのもののクオリティーは高品位であった。特に松田聖子のような大物アイドルとなると、レコーディングそのものに巨額が投じられ、彼女のアルバムは参加アーティスト(デイヴィッド・フォスター大瀧詠一等)という側面からみても豪華であったと言われる。

他方で、柏原芳恵のように歌唱力に定評があり、一定の世界観を保持したアイドルは、中島みゆき松山千春らがプロデュースを行っていた[1]。さらに、河合その子河合奈保子のように元々ピアノ等の楽器を演奏できる歌手も少なくなく、彼女らはキャリア後半で自ら作曲を手がける事にもなった。また、当時のアイドルは可愛らしさを売りにする傾向があったため、アルバムトラックの中に、日記調で本人の肉声が入ったメッセージトラックなるものが収録されていたのも特徴的である。

アイドル歌謡と呼ばれるジャンルについては、岡田有希子南野陽子らの楽曲に見られるように解りやすい王道の歌謡曲作りをしていたアイドルもいた一方、中森明菜のようにキャリア初期はセカンドラブに代表されるようなアイドル風楽曲を製作していたものの、その後多様なエスニック的音楽性を閉じ込め、アイドルという枠に留まらずアーティスト領域へクロスオーバーした歌手もおり、厳密にどこからどこまでがアイドル歌謡であると定義するのは難しい部分もある。

80年代中期以降、本田美奈子森川美穂など、非常に高い歌唱技術を持つアーティスト志向のアイドルも登場し、明るく可愛い要素の楽曲のみならず当時の若者達の苦悩を代弁した重厚な楽曲や応援歌なども多数発表した。 彼女たちの楽曲には歌唱に於いて難易度の高い楽曲も存在する。

レコードの売れ方を見ると、アイドルという若さを売りにする特性上、デビュー直後~初期にレコード売り上げのピークに達し、後は徐々に右肩下がりに落ちていく事が多いが、松田聖子にせよ中森明菜にせよ小泉今日子にせよ、デビュー曲でいきなりヒット曲を飛ばす事は至難である。これは、デビュー直後でアイドルとしての売り出し方も試行錯誤で、その歌手が得意とする音楽性を時期的に打ち出しきれていないのも一因であった。更には、荻野目洋子浅香唯等、一定の下積みを積んでようやく右肩あがりでオリコンチャート上位に登場した歌手も少数ながら存在する。彼女らは、思い切ったアイドル歌謡の路線変更によって功を奏したケースがみられる。

主なアイドル歌手とデビュー曲[編集]

※中には「アイドル歌謡」に該当しないとされる場合もある。

1960年代[編集]

女性アイドル[編集]

男性アイドル[編集]

ジャニーズ[編集]

1970年代[編集]

女性ソロ・アイドル[編集]

10月21日以降の歌手デビューは、当時の新人賞の考え方で言うと、次年度のデビューとして扱われる[2]

70年組[編集]
71年組[編集]
72年組[編集]
73年組[編集]
74年組[編集]
75年組[編集]
76年組[編集]
77年組[編集]
78年組[編集]
79年組[編集]

女性アイドルグループ[編集]

男性ソロ・アイドル[編集]

男性アイドルグループ[編集]

男女混成アイドルグループ[編集]

ジャニーズ[編集]

1980年代[編集]

女性ソロ・アイドル[編集]

10月21日以降の歌手デビューは、当時の新人賞の考え方で言うと、次年度のデビューとして扱われる[3]

80年組[編集]
81年組[編集]
花の82年組[編集]
不作の83年組[編集]
84年組[編集]
85年組[編集]
86年組[編集]
  • 山口かおり(1985年11月1日「フィフティーンラブ 〜口唇の秘密〜」)
  • 山本理沙(1985年11月21日「11月の夏」)
  • 真璃子(1986年1月1日「私星伝説」)
  • 松永夏代子(1986年1月21日「メランコリーの軌跡」)
  • 杉浦幸(1986年1月27日「悲しいな」)
  • 西村知美(1986年3月20日「夢色のメッセージ」)
  • 水谷麻里(1986年3月21日「21世紀まで愛して」)
  • 山瀬まみ(1986年3月21日「メロンのためいき」)
  • 原田貴和子(1986年3月21日「彼のオートバイ、彼女の島」)
  • 沢田玉恵(1986年4月2日「花の精」)
  • 小原靖子(1986年4月10日「ちょっとHENSHIN」)
  • 葉山レイコ(1986年4月25日「オフショアの恋人」)
  • 紘川淳(1986年4月25日「失恋ライブラリー」)
  • 相楽ハル子(1986年5月2日「ヴァージン・ハート」)
  • 島田奈美(1986年5月21日「ガラスの幻想曲(ファンタジー)」)
  • 浅倉亜季(1986年5月21日「南の風・夏少女」)
  • 中沢初絵(1986年5月21日「スイート・サマー・レディー」)
  • 清水香織(1986年6月21日「禁じられたヒロイン」)
  • 佐藤恵美(1986年6月25日「キャンバスの恋人」)
  • 森恵(1986年7月7日「夢見るダンス・アウェイ」)
  • 江戸真樹(1986年7月23日「I Love あのコ・夏のMaki」)
  • 藤井一子(1986年7月25日「チェック・ポイント」)
  • 宝生桜子(1986年8月25日「風のテレフォン・コール 〜今、恋しかできない〜」)
  • 勇直子(1986年「センターラインが終わるとき」)
87年組[編集]
88年組[編集]

女性アイドルグループ[編集]

おニャン子クラブ[編集]

男性ソロ・アイドル[編集]

男性アイドルグループ[編集]

ジャニーズ[編集]

アイドル歌謡のベスト・アルバムのシリーズ[編集]

  • Myこれ!シリーズ(ポニーキャニオン)
    • Myこれ!クション
    • Myこれ!チョイス
      • 名盤アルバム+シングルコレクション
      • 初CD化アルバム蔵出しチョイス
    • Myこれ!Lite

脚注[編集]

  1. ^ アルバム(タイニーメモリー、春なのに)をリリースした例もある。
  2. ^ クリス松村『「誰にも書けない」アイドル論』83ページ
  3. ^ クリス松村『「誰にも書けない」アイドル論』83ページ

参考文献[編集]

  • 『UTB(アップトゥボーイ)』 2008年8月号 vol.186 ワニブックス 2008年8月1日 pp49-62
  • 岡島紳士,岡田康宏 『グループアイドル進化論 ~「アイドル戦国時代」がやってきた!~』 毎日コミュニケーションズ 2011年1月31日 ISBN 978-4839937713
  • 北川昌弘 『山口百恵→AKB48 ア・イ・ド・ル論』 宝島社 2013年8月24日 ISBN 978-4800213990