宮野久美子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

宮野 久美子(みやの くみこ、1971年12月13日 - )は、日本の元アイドルであり、現在は[いつ?]中京広域圏で活動するローカルタレント。岡田プランニング (AL WAYS PROMOTION) 所属。

愛知県豊橋市出身。日出女子学園高校卒業。身長165cm。

経歴[編集]

  • 1986年8月10日からフジテレビ夕やけニャンニャン』とのタイアップで行われた「ミス・セブンティーンコンテスト」にて特別賞を受賞し、おニャン子クラブの中学生版であるおニャン子クラブB組3番となる(同時にB組1番吉見美津子、B組2番杉浦美雪(後の杉浦未幸)、B組4番冨永浩子も合格している)。後に、母親が芸能活動を強硬に反対しており、スタッフが何度も実家に出向いて説得したと明かしている。
  • 翌1987年4月に高校進学をしたのと同時に、おニャン子クラブの会員番号51番へと昇格した。8月31日におニャン子クラブが解散し、9月20日のファイナルコンサートに出演。複数の芸能事務所からの誘いもあったが、家族の意向で高校卒業後は地元の愛知県に帰郷して、地元の一般企業に就職する。
  • モデルなどで雑誌に登場後、1993年に山中由美子、青木めぐみと共にアイドルグループ「KISS」を結成し、『グランパスエイトデイズアウィーク』(名古屋グランパスエイト応援ソング)でデビュー。CBCテレビミックスパイください』のレギュラー出演など名古屋を中心に活動するようになり、その後再びシングルを出して解散。
  • 現在は[いつ?]、1999年にFM番組がキッカケで森千香子、山田裕美子と共にローカルユニット「KUMI with TOP'S」を結成。その傍らで地元のラジオのパーソナリティをするなど、現在も[いつ?]芸能活動中である。
  • 2002年、おニャン子クラブ再結成シングル「ショーミキゲン」が発売。レコーディングには不参加であったが、『FNS歌謡祭』や『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』などの出演時にはメンバーとして参加した。2003年に17番の城之内早苗が『森田一義アワー 笑っていいとも!』のテレフォンショッキングに出演した際、お祝いの電報を贈っている。
  • 同じくB組から昇格した杉浦未幸とともに現在まで[いつ?]芸能活動を続けているため、日本テレビあの人は今!?』ほか1980年代の元アイドルが集合する番組・企画に元おニャン子クラブとして出演する機会が他のメンバーより比較的多い[独自研究?]。ローカルユニットの頃から現在[いつ?]に至るまで、「私の目標は今でもずっとおニャン子クラブ」とよく発言している。また現在は[いつ?]MC業を本格的にやりたいという意向もある。
  • 2010年、サントリーフーズBOSS 贅沢微糖」TVCM第8弾「贅沢銀行」篇でおニャン子クラブの限定復活に参加した。
  • 2006年から愛知県豊橋市にあるベルアンジュールという結婚式場にて、1か月に10本以上の総司会を担当するほどの人気ぶりで、顧客から「宮野さんに頼んでよかった」との反響がある。

出演[編集]

テレビ番組[編集]

ラジオ番組[編集]

  • 平日天国(1994年、CBCラジオ
  • KISSのおしゃべりだ〜いすき(1995年、FM AICHI
  • ハーさんのV-POP Station(1999年、FM三重) - パーソナリティ
  • パラダイスカフェ(2000年、FM三重) - パーソナリティ
  • 久美と知恵のSweet Afternoon(2002年、FM三重) - パーソナリティ

ポスター[編集]

  • BOBSONジーンズ(1992年)

CM[編集]

イベント[編集]

音楽[編集]

シングル[編集]

KISS 名義

  • グランパスエイトデイズアウィーク(1993年、テイチクレコード) - Jリーグ・名古屋グランパスエイト応援ソング
  • 勝利への道(1994年、テイチクレコード) - グランパスエイトのオフィシャルサポーターズソング
  • Chance(1995年) - 『パチンコNOW』エンディングテーマ

書籍[編集]

雑誌[編集]

外部リンク[編集]