佐藤博 (ミュージシャン)

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佐藤 博
生誕 (1947-06-03) 1947年6月3日
出身地 日本の旗 日本京都府京都市
死没 (2012-10-26) 2012年10月26日(65歳没)
職業 シンガーソングライター
キーボーディスト
シンセサイザープログラマー
作曲家
編曲家
レコーディング & ミキシング・エンジニア
マスタリング・エンジニア
プロデューサー
担当楽器 ピアノ
キーボード
ギター
ボーカル
リズム・プログラミング他
活動期間 1970年 - 2012年
レーベル HAPPY MUSIC
共同作業者 ハックルバック
(1975年)
公式サイト hiroshi-sato.com

佐藤 博(さとう ひろし、1947年6月3日 - 2012年10月26日[1])は、日本のシンガーソングライターピアニストキーボーディストシンセサイザープログラマー作曲家編曲家レコーディング & ミキシング・エンジニアマスタリング・エンジニアプロデューサー鹿児島県川辺郡知覧町(現南九州市)生まれ。京都府育ち。

概要[編集]

  • 中学時代にギター、その後ベースギターやドラム演奏を習得する。
  • 高校1年生から自宅の蔵にて多重録音を始める。高校2年生の時に、SONYのオープン・リールの4トラック・レコーダーを入手する[2][3]
  • 元々(ギタリストやピアニストということではなく)作曲家、編曲家志向であったが[2][4]、そのためには鍵盤のほうが有利だと東京ユニオンの藤尾正重(p)のアドバイスがあり、20歳より独習でピアノを始める[5]。後に「20歳当時、もしもプロになれなければこの世とおさらばしてもいいと思えるくらい練習した」と語っている。
  • 1970年頃より、大阪にてジャズコンボ系のバンドのピアニストとしてプロ・ミュージシャンとしての活動を開始する[5]
  • 1972年頃より、京都にて、ウエストロード・ブルーズバンドや上田正樹といったブルース系のミュージシャンや、オリジナル・ザ・ディラン、大塚まさじ加川良といったフォーク系のミュージシャンの演奏に参加する[6]
  • 1974年頃、石田長生とバンド“THIS”を結成する。
  • 加川良のアルバム『アウト・オブ・マインド』のバッキングで鈴木茂と知り合い、上京(詳細はハックルバックを参照)。
  • 1976年より、ハックルバック結成〜ティン・パン・アレーへの参加といった活動と並行して、ソロ・アルバムを発表する。
  • エルヴィス・プレスリーレイ・チャールズビートルズに影響され音楽を始めたものの、ブルースをルーツとしている度合が大きいのが特徴である[5]
  • ピアニストとしての佐藤博の顕著な演奏は、初期の山下達郎作品や大滝詠一の『ナイアガラ・ムーン』、細野晴臣の『トロピカル・ダンディー』、『泰安洋行』、『はらいそ』といったトロピカル三部作、吉田美奈子の初期作品等で聴く事ができるが、キーボード奏者ではあるものの、ピアニストとしても評価が高い(その参加作品は、その他参加作品に後述)。
    • 「サーティーンスやシックス・ナインスといった、ジャズによく使われるコードを用いた都会的な部分が彼の(ピアノの)個性」[7] - 細野晴臣
    • 「ラグタイム(ピアノ)ならば日本一」 - 大滝詠一
    • 「日本最高のピアニスト」[8] - 山下達郎
    • 「ハチロク(6/8拍子)バラードのような曲は佐藤博さんのピアノなしには出来ません」[8]
    • 「間奏の終わりのクレッシェンドではピアノがローリングして大きく揺れていました。驚くべき表現力です」[9]
    • 「氏のピアノは日本の宝物のような気がします」 - 角松敏生[10][11]
    • 「白玉の響きが美しいピアノ」 - 村上秀一
    • 「黒いピアノを弾く」 - 大儀見元[12]
  • 細野晴臣よりイエロー・マジック・オーケストラ (YMO) への参加を呼びかけられるも、1979年に渡米する[10][11][13][14][15]
  • アメリカでは、マリア・マルダーやランディ・クロフォードらと活動し、滞在中にアルファレコードと契約。1982年に4thソロアルバム『awakening』のデモテープを携え帰国し、4thソロアルバム『awakening』を発表する。
  • 帰国後の1980年代以降は、CM音楽やテレビ番組のテーマ曲を多数発表しており、ベスト・アルバム『記憶の中の未来(1988年12月)』には、それらの提供曲が多数収録されたため、TVグラフィティというサブ・タイトルが付いているほどである。
  • 日本に拠点を移した後、1970年代後半から取り組んでいたシンセサイザーや打ち込みを基調にした、ブラック・ミュージック/ジャズ/フュージョン色のあるポップスを追求している[7]
  • 音楽制作の特徴は、一人多重録音というスタイルが基本である。
  • いち早くシンセサイザーやシーケンサー、パーソナルコンピュータといった最新の機器を表現の道具として駆使したミュージシャンとして知られているが[2][16][17][18]、特筆すべきはシンセサイザー、多重録音、音響エフェクトに関しても、執筆原稿が1983年7月20日発行の『KEYBOARD BOOK(新譜ジャーナル別冊)』や雑誌『キープル』にて展開されたように、これら分野の国内における先駆者的存在である[19][16][17][20]
  • MIDI規格に関しても、その導入からアドバイザー的立場として関わっている[21]
  • なかでも特筆すべき点は、「コンピューター」を自分がイメージしたサウンドを具現化するための「道具」として捉えている事であり[22]、機械の制約に合わせて作るのではなく、まずこういうものが作りたいというのが優先であると語っている[23]
  • また、リズム・トラックの制作においても、一人多重録音の成果はリズム・プログラミングという形として特に顕著に現れており、生涯を通じてオリジナル作品へのドラマーの参加は、1990年2月発表の『Good Morning』(ドラムはJOHN“JR”ROBINSON)が最後である。
  • リズム・プログラミング。なかでもハイハットシンバルのアーティキュレーションの凝った付け方には定評がある[24]
  • 村上秀一は、『YOU'RE MY BABY』(『awakening』に収録)のドラムが彼が打ちこみで作ったものであると知って衝撃を受けており、「こんな人間くさい打ちこみ作れる奴はいない!」と評価している。
  • 同様にゴンザレス三上は「磨かれた玉のようなコンピューターシークエンス。素粒子レベルまで到達しているリズムへのこだわり」と形容している[10][11]
  • また中村正人においては「名ピアニスト」+「打ち込み・ジェダイ・マスター」=「無敵」と評価している[25]
  • レコーディング・エンジニアリングとしては、デジタル録音における音響のスタンダードを確立するため、その初期からレコーディングに際して、自らミキシング・コンソールを駆使しているのも大きな特徴である[26][27][28][29][30]。例えば、アルバム『AQUA』(1988年6月1日)では、シンセ・パートなどの演奏は音質が劣化せぬようテープには録音せず、ミックス・ダウンの際に、マッキントッシュ+1985年に発売されたMIDIシーケンサー・ソフトのPerformer(パフォーマー)を使用して同期演奏させるなど、一種のデジタルMTR的使用をしている[29]
  • また、ミキシング・コンソールを操作することは、楽器を演奏することと同じだと解釈している[29]
  • 特にミックス・ダウンに関しては、思い入れが深く、演奏やうたうこと以上に一番好きであるとまで語っている[31]
  • ミックス・ダウンの時には、エンジニア的要素よりもコンダクター的要素の方が重要であり、そういう意味でもトータル的にその音楽に責任を持つ人がエンジニアリングまでやる方が一番良いと語っている[29][23]。その為、作品には「機械任せ」や「他人任せ」といった、「おまかせ」の要素が一切ない[5]
  • エンジニアリング関係まで自分で関わる理由として、佐藤博本人は、結局は自分のイメージしている音に近づける為であると語っている[30]。中でも1990年に建設された、プライベートスタジオ“Studio SARA”ではトラック・ダウンからマスタリングまで行えることは特筆すべき点である[13]
  • プロデュース活動および新人アーティストの発掘[32]に注力しており、その代表作としては2007年のDREAMS COME TRUE史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2007』の音楽監督や、同じく2007年のSoulJa『DOGG POUND」、2008年の青山テルマそばにいるね』のサウンド・プロデュース、2011年2月発売のふくい舞「いくたびの櫻」が挙げられる。
  • 2008年に大ヒットした青山テルマの『そばにいるね』では、編曲とサウンド・プロデュースのみならず、自身のプライベート・スタジオである“Studio SARA”にて自ら録音、ミックスダウン、エンジニアリングとマスタリングまでを手掛けた。また、キーボード、リズム・プログラミング、シンセ・ベースの演奏まで行い、『第50回 輝く!日本レコード大賞』【優秀作品賞】を受賞する。また2011年2月発売の作曲、編曲およびサウンドプロデュース(演奏、ミックス、エンジニアリング共)を手がけたふくい舞の『いくたびの櫻』が第44回日本有線大賞を受賞した。

年表[編集]

  • 1947年 - 寺の長男として鹿児島県にて生まれる。
  • 1949年 - 京都に移住[2]。以降、1975年 に上京するまで、京都にて生活する。中学時代にギターを、16,17歳にてベースギターを演奏し始め、以降多重録音に没頭する。
  • 1966年 - クラブでギターの弾き語りを開始する[33]
  • 1967年 - 独習にてピアノを始める。
  • 1970年 - 荒川たつひこBANDに参加。
  • 1972年 - 上田正樹とMZA、上田正樹とバッドクラブ・バンド結成。この頃よりウエスト・ロード・ブルース・バンド達と京都のライブ・ハウス(拾得)等でセッションを行いだす。
  • 1973年 - オリジナル・ディランに参加[34]西岡たかし等のレコーディングに参加。
  • 1974年 - 春一番ライヴ 74に出演(金森幸介石田長生中川イサト田中章弘、岩崎順、西岡たかし、長野隆、喜多浩二、佐藤博)。上京。鈴木茂、林敏明、田中章弘でハックルバックを結成[35]
  • 1975年 - ティン・パン・アレーに参加。
  • 1976年 - 初渡米。現地にて録音したファースト・ソロアルバム『SUPER MARKET』を日本コロムビアより発表する。また吉田美奈子バンド結成に参加する(大村憲司村上"ポンタ"秀一坂本龍一高水健司松木恒秀、佐藤博、土岐英史)。吉田美奈子『FLAPPER』(1976年3月25日)のサウンドプロデュースを手掛ける。
  • 1977年 - 鳥山雄司青山純伊藤広規ペッカー等とセッション・グループ、ハイ・タイムスを結成。またEastWest'77の審査員をつとめる(8月27日、中野サンプラザホール)。
  • 1979年 - キティレコードと契約。3rdアルバム『オリエント』を発表。南佳孝『SPEAK LOW』制作に携わったのを最後に、同年夏に渡米する 。当初はファーストソロアルバムに参加して貰ったAmos Garrettを頼りにサンフランシスコに渡り、Amos Garrett Groupに属し[19]一年ほど活動をともにする。
  • 1980年 - ロサンゼルスに移る。アルファレコードと契約し、アルファ・アメリカの専属アーティスト兼プロデューサーになる。また、Rogers&Burginと共演する[36]。Randy Crawford Groupに属す[19]
  • 1981年 - スペンサー・デイヴィス・グループと10ヶ月ほどクラブを回る。Randy Crawfordらと共演し、高い評価を得る。その後、Wendy Mattewsと出会う[36]
  • 1982年 - アルファレコードよりリズム・マシンLINN LM-1を駆使して、バック・トラックの殆どを多重録音で仕上げた4thアルバム『awakening(featuring WENDY MATTHEWS)』を携えていわばRoger Linnに後押しされる形で帰国。そして本作品を発表。以降ほぼ毎年コンスタントにアルファレコードよりアルバムを発表する。
  • 1983年 - サウンド&レコーディング・マガジン8月号インタビュー。またこの頃より、機械的なアルペジオの部分などで補助的に使用していたローランドのMC-4から、コンピューターApple II を作品制作に使用し始める。それ以降はMARK OF THE UNICORNのMac用MIDIシーケンサーソフトのPerformerを(1995年頃はLogicおよびVisionも併用して[11])使用している。大野方栄『MASAE ALA MODE』のアレンジに携わる。また、演奏陣にカシオペアを迎え、自らも曲「個人教授」で共演する。
  • 1984年 - アルバム『SAILING BLASTER』を発表する(6月25日)。サウンド&レコーディング・マガジン7月号インタビュー。また六本木ピットインにて久々のライブを行う(6月16日)。
  • 1986年 - アルバム『SOUND OF SCIENCE』を発表する(7月25日)。また先駆けて先行シングル『宇宙のエトランゼ』を発表する(6月25日)。ライブスケジュールは「大阪バナナホール」(7月21日)、「名古屋ハートランド」(7月22日)。
  • 1988年 -ミュージック・スクエア(テレビ東京)に出演する(8月18日放送)。メンバーは佐藤博、菅野洋子、鳥山雄司、本田雅人、青山純、伊藤広規、藤井美保、ロレッタ・ゾーイ・ヘイウッド。
  • 1989年 -佐藤博関連の情報を発信するパソコン・ネットワーク HIROSHI SATO PC Network Station “AQUALANGUE”開局[30]
  • 1990年 -海外録音のアルバム『Good Morning』を発表。これが生ドラムを起用した最後のオリジナル・アルバムとなる。プライベート・スタジオ“Studio SARA”を建設。
  • 1991年 -「LIVE AT MUSE HALL」(8月8日)。角松敏生、渕上祥人の作品等に参加する。プライベート・スタジオ“Studio SARA”にて初めてMIX&TRACK DOWNを行ったアルバム『SELF JAM』を発表する。
  • 1992年 - 「アースヴォイスコンサート '92」(5月16日)にキーボーディストとして出演する(音楽監督はリー・リトナー。共演者はマイケル・マクドナルドデイヴィッド・サンボーンブレンダ・ラッセルボビー・コールドウェルフィル・ペリーマキシ・プリーストリサ・フィッシャージルベルト・ジルアニタ・ベイカージェームス・イングラムロバータ・フラック角松敏生)。
  • 1993年 - この頃“Studio SARA”を改修。Macintosh Quadra650導入。また、『HAPPY & LUCKY』を発表する。
  • 1994年 - ソニー・ミュージックエンタテインメントよりサウンド・トラック『七都市物語』を発表。また、東芝EMIと契約する。
  • 1995年 - 東芝EMI移籍後初のオリジナルアルバム『ALL OF ME』を発表(5月10日)。パイロット・シングルとして「HEART TO YOU/ALL OF ME」を同日発売。『ミュージック・マガジン』(1995年7月号)インタヴュー、『キーボード・マガジン』(1995年6月号)インタヴュー、『ADLIB』(1995年6月号)インタヴュー。
  • 1996年 - オリジナルアルバム『Oracle』を発表(11月)。
  • 1998年 - HIRO P.J.名義でオルケスタ・デル・ソルに書き下ろした『THE FIGHT』 FIFAワールドカップのオフィシャル・サポート・ソング(日本サッカー協会公認)が発表される。
  • 1999年 - ハックルバック再活動(バンド名は「Talk-Age」)。1999年2月23日、鈴木(g) • 佐藤(key) • 田中(b) • 市川祥治(g) • 青山純(ds)というライン・アップによる“鈴木茂とハックルバック”として渋谷クラブクアトロにてジョイントライブ“南佳孝 with ハックルバック”を行う。また7月8日、ほぼ10年振りに単独ライブを行う(「佐藤博 LIVE at PIT INN」。メンバーは、佐藤博、村上秀一松原秀樹松原正樹、佐々木久美)。「佐藤博 LIVE」(10月12日、青山CAY)メンバーは、佐藤博、村上秀一松原秀樹松原正樹、佐々木久美。
  • 2000年 - 「High Times - Reunion」 (1月23日、青山CAY)、メンバーは、佐藤博、鳥山雄司青山純、伊藤広規、ペッカー、重住ひろこ。「青山CAY」(5月30日)、メンバーは、佐藤博、村上秀一松原秀樹松原正樹、佐々木久美、重住ひろこ。「One Night Stand by the Sea Special Live 2000」(8月5日、葉山マリーナ)。「Tin Pan CONCERT 1975/2001」(12月20日、渋谷NHKホール / 12月25日、神戸チキン・ジョージ)。
  • 2001年 - FM802主催の「MEET THE WORLD BEAT 2001」に小坂忠&FRIENDS(細野晴臣、鈴木茂、林立夫浜口茂外也、佐藤博、佐橋佳幸)として参加する (7月22日)。『小坂忠「People」発売記念インストアイベント』に参加 (11月10日、タワーレコード 渋谷店 / 11月11日、ヴァージンメガストア新宿)。
  • 2002年 - スイートベイジルSTB139にて2年半ぶりのライブ活動を再開する。小坂忠『Love People Concert in Tokyo』(9月8日、六本木スイートベイジルSTB139)に出演する。
  • 2003年 - ボーナストラック追加+リマスタリングにて『Time』を再発。また、7年ぶりにオリジナル・アルバム『THAT'S ALL RIGHT』を発表。本作よりハードディスク・レコーダーをプライベート・スタジオに導入[37][15]。また佐藤博LIVE『THAT'S ALL RIGHT」を行う(6月21日、六本木スイートベイジルSTB139)。
  • 2004年 - 『HIROSHI SATO New Year LIVE 2004 「THAT'S ALL RIGHT 2」』を行う(1月20日、六本木スイートベイジルSTB139)。オリジナル・アルバム『Amazing』、同・ミニ・アルバム『Take it』を発表。原宿Blue Jay Wayにて「2DAYS LIVE」を行なう(10月30日・31日)。キーボード・マガジン10月号インタビュー「名手の横顔」(8月23日“Studio SARAにてインタヴュー”)。
  • 2005年 - バンド『TAINUI』を結成。"Root is One〜なんちゃってブルースセッションVol.1"出演(6月18日)。リマスタリング+ (8.『IT ISN'T EASY』のイントロ部分への)多重コーラス追加にて『awakening』を再発する(9月)。
  • 2006年 - オリジナル・アルバム『Amazing2』を発表する。
  • 2007年 - SoulJaのメジャー・デビュー・シングル「DOGG POUND」をサウンド・プロデュース(2月)。Amos Garrett 「“Sleepwalk”Japan Tour 2007」(6月7日)。ジョー・サンプル『ベスト・オブ・ベスト〜セレクテッド・バイ 佐藤博(限定盤)』発売 (6月20日)。またSoulJaの2ndシングル「rain」をサウンド・プロデュース(6月)。ドリームズ・カム・トゥルー史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2007」に音楽監督兼キーボーディストとして参加する。
  • 2008年 - キーボード・マガジン4月号「匠の履歴書 第16号」インタビュー(“Studio SARA”にて)。青山テルマ『そばにいるね』の編曲およびサウンド・プロデュース、ミキシングとマスタリングを手掛け、本作が、『第50回 輝く!日本レコード大賞』において【優秀作品賞】を受賞する。I.H.L『ロマンチスタ』、『I HAVE LOVE 2008』のサウンド・プロデュースを行う。SoulJa『SPIRITS X'tended』のリマスタリング、サウンド・プロデュースを手掛ける。SLY&ROBIE『HURRY HOME』(「そばにいるね」のカバー)のサウンドプロデュースを手掛け(9月)、同曲が収録された彼らのアルバム『AMAZING』が第51回グラミー賞のベスト・レゲエ・アルバムにノミネートされる。SoulJa × Misslim『記念日・home』のサウンド・プロデュースとマスタリングを手掛ける(10月)。
  • 2009年 - 吉見一星のデビュー・シングル「〜YOU〜」(9月2日発売)の編曲及びサウンド・プロデュースを手掛ける。「TOKYO GIRLS COLLECTION 2009 AUTUMN/WINTER」のオープニングアクト・ライブで出演した吉見一星の音楽を担当する(9月5日)。キーボード・マガジン2010年1月号 WINTER号「エレピの名器“ローズ”」特集にインタビューが掲載される。
  • 2010年 - 音楽活動40周年を迎える。“Studio SARA”建設20周年を迎える。iTunes Storeにて、セルフ・カヴァー新曲“Bad Junky Blues(Op.2010_0615)” を6月に、“1945-シャボン玉 (Op.2010_0831)”を9月に発表する。10月佐藤博作曲、編曲、サウンドプロデュースにてふくい舞「いくたびの櫻」のRecordingおよびMixを手掛ける。
  • 2011年2月 - ふくい舞「いくたびの櫻」NHK土曜時代劇「隠密八百八町」主題曲(作、編曲、サウンド・プロデュース)発売。
  • 2012年
    • 6月12日 『An evening with Marie Digby and more...〜マリエ・ディグビー 来日コンサート〜(渋谷JZ Brat Sound of Tokyo)』に出演する(マリエ・ディグビー(vo,p,g)、佐藤博(key)、tama(g,chorus)、Mayu Wakisaka(chorus)、今剛(g)、ハル(g)、マイク・ダン(b)、タカ(ds))。-9月および10月、Marié Digbyをヴォーカルに迎えたシングルをiTunes Storeにて発表する。
    • 10月26日、横浜市都筑区の自宅のスタジオで倒れているのを友人が発見し、救急車を呼んだがすでに死亡していた[38]。死因は解離性大動脈瘤であることが後に発表された[1]

渡米[編集]

  • 南佳孝「SPEAK LOW」のレコーディングを最後に1979年夏、佐藤博は渡米する。心境を以下の通り吐露している。
  • 「まさに(ソロ・デビュー後)2、3年後からどんどん煮詰まり出したんです。一方、スタジオ・ミュージシャンとしてやる仕事のほとんどは、歌謡曲か歌謡ポップスのようなもので、僕はそういうものにはあまり関心が持てなかった。ギャラはだんだん良くなったけれど、来るのはそんな仕事ばかりで。このまま東京でスタジオ・ミュージシャンとしてやっていくのは耐えられないという理由でアメリカ移住を決めたんです」[5]
  • 「自分はスタジオ・ミュージシャンをやるために東京に来たのでもないし、ましてや音楽を始めたのではない。アメリカへ行きたかったというよりは日本を出たいという方が大きかったですね」[2]
  • 「日本の音楽状況、ジャズ、クラシック、ニュー・ミュージック、R&B、あらゆるジャンルが猿真似の域をでてないと思っていた。それに対する抵抗がすごくあったから、自分だけは過去に影響を受けないオリジナリティがあるものを追求したいという思いが強かった。それでよけいぼくが影響を受けたビートルズやジャズを排除しようとしたんですね。そうすればするだけ自分のやりたいことが見えにくくなるし、範囲がせばまってくる。それでアルバムを2枚つくったあと、このまま日本で音楽をつづけていくのは精神的にも持たない、自分のアルバムなのに心底たのしんでない。これは頭を冷やしに日本から出なければいけないと思ってロスにいったんです」[31]

帰国[編集]

  • 「実は日本に帰る大きなきっかけの1つになったのが、Roger Linnの作ったLinn Drum LM-1だったのです。サンプリングを用いた初めてのドラム・マシンですね。僕はその音をハービー・ハンコックの『Mr. Hands』かなんかで聴いてぶったまげた。それで“これを使えば日本でもアルバムが作れる!”と思ったわけですよ。海外のミュージシャンに頼らなくても、自分の求めるドラム・サウンドは明確なので、打ち込めばできると思ったんですね。むしろハービーよりカッコいいリズム・パターンをオレは持っているぞと(笑)。それで(アルファレコードの社長の)村井邦彦さんに“ギャラの代わりにLM-1買ってください”と無理やりお願いして、作ったのが『awakening』。だからこの作品にはドラマーが一切参加していない。すべてLM-1で作ったんです」[5]
  • 「彼の会社が家から近かったので見せてもらいに行くと、それまでのリズム・マシンとは成り立ちの異なる(PCM音源の)サンプリング系(サンプリングレートが8ビット)のリズム・マシンで、これ(Linn Drum LM-1)だったら何でも出来ちゃうなあと思いましたね。これを使ってアルバムを使って日本に帰る決心がついたんです。それまでは、日本に帰ってまた以前と同じようなことをするのもいやだなあ、と煮え切らない気持ちだったので、Roger Linnに(帰国の)背中を押してもらったようなものですね」[2]
  • 「これで僕が1人多重録音をやってきた頃と同じスタイルで音楽が作れると思った。本当の意味での自分のスタイルっていうか、好きだった多重録音の延長線上でのアルバム作りができるなというのが(帰国の)一番のきっかけだったんです」[33]

ディスコグラフィ[編集]

オリジナル・アルバム[編集]

  1. SUPER MARKET(1976年5月25日
  2. Time(1977年1月25日
  3. ORIENT(1979年6月1日
  4. awakening1982年6月25日[39]
  5. SAILING BLASTER1984年6月25日
  6. SOUND OF SCIENCE1986年7月25日
  7. FUTURE FILE1987年5月25日
  8. AQUA1988年6月25日
  9. TOUCH THE HEART1989年6月25日
  10. Good Morning1990年7月25日
  11. Self Jam(1991年7月21日
  12. HAPPY & LUCKY(1993年6月21日
  13. ALL OF ME1995年5月10日
  14. Oracle(1996年11月7日
  15. Time(2003年3月10日) - リマスター+ボーナス・トラック追加再発
  16. THAT'S ALL RIGHT(2003年6月24日) - ミニ・アルバム
  17. Amazing(2004年1月20日
  18. awakening(2005年9月21日) - リマスター+リミックス再発
  19. AMAZING II(2006年4月5日
  20. ALL OF ME(2012年9月8日) - リマスター再発
  21. Oracle(2012年9月8日) - リマスター再発
  22. ORIENT(2013年3月13日) - タワーレコード限定で初CD化
  23. awakening SPECIAL EDITION(2014年12月10日) - 未発表音源追加

シングル[編集]

  1. いとしのマリー(1977年)
  2. 孫悟空(1979年5月)
  3. Sun Grow(1984年11月28日)
  4. アンジェリーナ(1985年4月25日)
  5. LOVE ME DO(1985年10月10日) - 12インチシングル
  6. 宇宙のエトランゼ(1986年6月25日)
  7. スウィート・インスピレーション(1987年2月25日) - 12インチシングル
  8. Seat For Two(1988年6月25日)
  9. Fuzzy Love(1989年6月25日)
  10. EVEの朝を(1989年10月25日)
  11. HEART TO YOU(1995年5月10日)
  12. 約束(1996年3月6日)
  13. Day by Day(1996年6月26日)
  14. Take it(2004年12月)
  15. Bad Junky Blues(Op.2010_0615)(2010年6月)
  16. 1945-シャボン玉 (Op.2010_0831)(2010年9月)
  17. Angel -Hiroshi Sato feat. Marié Digby(2012年9月12日)
  18. Sweet Lullaby -佐藤博 & Marié Digby(2012年10月6日)
  19. EVENING SHADOWS(2016年11月30日) - 12インチシングル

ベスト・アルバム ⁄ コンピレーション[編集]

  1. THIS BOY1985年5月25日) - コンピレーション・アルバム
  2. 記憶の中の未来 (1988年12月21日) - ベスト・アルバム
  3. HIROSHI SATO'90-SNOW LAND(1989年10月25日) - ホイチョイ・プロダクションズ「極楽スキー'90」コンピレーション・アルバム
  4. HIROSHI SATO BEST SELECTION(1990年9月1日) - ベスト・アルバム
  5. PROSUMER(1992年11月21日) - コンピレーション・アルバム
  6. 佐藤博ベスト(1994年2月1日) - ベスト・アルバム
  7. FLY TO YOU 2000(2000年4月12日) - 2枚組コンプリート・ベスト・アルバム
  8. CREAMY AQUA(2007年8月4日
  9. UNDERCOVER(2014年6月3日) - コンピレーション・アルバム

サウンド・トラック[編集]

  1. 七都市物語サウンドトラック(1994年4月21日

企画アルバム等[編集]

  1. 幻のハックルバック(1976年) - 鈴木茂とハックルバック
  2. 1975 LIVE(2015年) - 鈴木茂とハックルバック
  3. SEASIDE LOVERS(1983年5月21日) - オリジナル3曲起用(松任谷正隆井上鑑とともに参加)。
  4. ゆりかごのうた(1992年2月21日) - 挿し絵:永田萠

タイアップ作品[編集]

  1. 輝きに向けて(1982年 - ) - 鹿児島放送(本社所在地・鹿児島県鹿児島市テレビ朝日系列)テーマ曲(かつてオープニング・クロージングで使用)
  2. Love is happening(1984年) - 小杉産業(現・コスギ)“ジャンセン”CM曲
  3. Sun Glow(1984年) - 小杉産業(現・コスギ)“ジャンセン”CM曲
  4. アンジェリーナ(1985年) - 小杉産業(現・コスギ)“ジャンセン”CM曲
  5. Shiny Lady(1985年) - 小杉産業(現・コスギ)“ジャンセン”CM曲
  6. 記憶の中の未来から(1985年) - 小杉産業(現・コスギ)“ジャンセン”CM曲
  7. Sweet Inspiration(1987年) - テレビ東京Dモーターランド
  8. Future File(1987年) - 東京建物CM曲
  9. Sweet Inspiration(1987年) - テレビ朝日EAT9」オープニング・テーマ曲
  10. THE FALL IN LOVE(1987年) - テレビ朝日「EAT9」エンディング・テーマ曲
  11. I WANT TO HOLD YOUR HAND(1987年) - テレビ朝日「EAT9」エンディング・テーマ曲
  12. FUNKY MULTI(1987年-) - テレビ朝日「EAT9」挿入曲、関西テレビねるとん紅鯨団」、ヤナセVWゴルフ CM曲
  13. TOGETHER(1987年) - TBSテレビ男女7人夏物語」挿入曲
  14. FLY TO YOU(1987年) - 呉工業“クレ・カー・ケア”CM曲
  15. LOVE IS THE ANSWER(1988年) - 国際証券CM曲
  16. ON THE WIND - 小杉産業(現・コスギ)“ジャンセン”CM曲
  17. SEAT FOR TWO(1988年) - 丸大食品“適塩食生活”CM曲
  18. ALL OF ME(1995年) - 西友企業
  19. 約束(1996年) - フジテレビ「THE WEEK」テーマ曲
  20. DOLPHIN(1996年) - 関西テレビ「花王ファミリースペシャル」オープニング・タイトル曲
  21. THE FIGHT / オルケスタ・デル・ソル(1998年) - 1998 FIFAワールドカップ・オフィシャル・サポート・ソング(HIRO P.J.名義にて作曲)
  22. ここにいるよ / SoulJa feat.青山テルマ(2007年) - テレビ東京「JAPAN COUNTDOWN」(2007年9月度)、「やりすぎコージー」、「メデューサの瞳」、「カウントダウンTV」エンディングテーマ、「PVTV」オープニングテーマ(編曲、サウンド・プロデュース)
  23. そばにいるね / 青山テルマ feat. SoulJa(2008年) - NTTドコモCMソング(編曲、サウンド・プロデュース)
  24. ロマンチスタ / I.H.L(2008年) - NHK新大学生・新社会人応援キャンペーン 「がんばれ。ルーキー!」 キャンペーンソング(サウンド・プロデュース)
  25. I HAVE LOVE 2008 / I.H.L(2008年) - テレビ東京たけしの誰でもピカソ」エンディングテーマ(サウンド・プロデュース)
  26. いくたびの櫻 / ふくい舞(2011年) - NHK土曜時代劇「隠密八百八町」主題曲(作、編曲、サウンド・プロデュース)

楽曲提供[編集]

  1. うわさのマリー(発売年不明) 上田正樹(作詞、作曲)
  2. 鉄格子より愛をこめて(発売年不明) 上田正樹(作詞、作曲)
  3. バッドジャンキーブルース(1974年) 上田正樹(作詞、作曲)
  4. 夢を追って(1975年) 吉田美奈子 (アルバム『MINAKO』)
  5. アップル・ノッカー(1975年) 吉田美奈子(アルバム『MINAKO II』)
  6. レイン・イン・ザ・シティー(1975年) ハックルバック(『幻のハックルバック』)(作曲)
  7. チョッカイ(1976年) 吉田美奈子 (アルバム『FLAPPER』)
  8. ひとり寝のララバイ(1976年) 丸山圭子
  9. 熱い砂 (1977年) りりィ(アルバム『りりシズム』)
  10. フライングソーサー (1977年) 小坂忠(アルバム『モーニング』)
  11. フォーカスラブ(1977年) 小坂忠(アルバム『モーニング』)
  12. TODAY(1977年) やまがたすみこ(アルバム『FLYING』)
  13. 眠い朝(1977年) ハイ・ファイ・セット(アルバム『Love Collection』)
  14. 雨の舗道(1977年) 丸山圭子(アルバム『春しぐれ』)
  15. 真夜中のハイウェイ・バス(1978年) 大上留利子(アルバム『DREAMER from WEST』)(編曲)
  16. JULIANNE(1979年) ブレッド&バター(アルバム『LATE LATE SUMMER』)(編曲、Rhythm Arrengement)
  17. 最後の手品(1979年) 佐藤奈々子
  18. 冷たい雨(1979年) 池田典代(アルバム『DREAM IN THE STREET』)
  19. ジェントルじゃいられない (1984年) 秋本奈緒美(アルバム『My Friend』)
  20. Missing You(1984年) 秋本奈緒美(アルバム『Poison21』)
  21. TELEPATHY(1984年) 秋本奈緒美(アルバム『Poison21』)
  22. 渚のフェイム (1984年) 二名敦子(シングル『渚のフェイム』) (編曲)
  23. ブルー・キュラソー (1984年) 二名敦子(アルバム『LOCO ISLAND』)
  24. 想い出の After Hours (1985年) 亜蘭知子(アルバム『IMITATION LONELY』)
  25. 帽子(1985年) 石野真子(アルバム『Safran+7』)
  26. SOMETHING IN THE AIR (1986年) シンディ(アルバム『LOVE LIFE』)
  27. PRECIOUS TIME、CURTAIN CALL (1986年) 杏里(アルバム『Trouble in Paradise』)
  28. HONEY MOON SHUTTL E(1986年) 杏里(アルバム『MYSTIQUE』)
  29. TO YOU -恋に冷めた時も- (1986年) 吉野千代乃(アルバム『SLOW DANCE』)
  30. FLY AWAY(1986年) 吉野千代乃(アルバム『SLOW DANCE』)
  31. MYSTERY ZONE (1986年) 杏里(アルバム『MYSTIQUE』)
  32. OOH BABY...(Come Closer) (1987年) マリーン(アルバム『THIS TIME』)
  33. SEA SONG(1987年) 角松敏生(アルバム『She is A Lady』)
  34. Time Goes Bt(1987年) 下成佐登子(アルバム『Keep In Touch』)
  35. FLY TO YOU(1987年) 吉野千代乃(アルバム『Say Good-Bye』)
  36. Tandem Run (1988年) 鈴木雅之(アルバム『Radio Days』)
  37. For Your Love (1988年) 鈴木雅之(アルバム『Radio Days』)
  38. TRIANGLE LOVE AFFAIR (1988年) 中山美穂(アルバム『CATCH THE NITE』)
  39. スノー・ホワイトの街(1988年) 中山美穂(アルバム『CATCH THE NITE』)
  40. 恋唄千里 (1989年) 羽根田征子(アルバム『SORA』)
  41. 山手ホテル (1989年) 角松敏生(アルバム『Special Live '89.8.26〜MORE DESIRE〜』)
  42. ROSY HEART 他(1989年) 羽根田征子(アルバム『SORA』)
  43. MILKY WAY(1989年) 羽根田征子(アルバム『SORA』)
  44. 無口な夢、雪のクリスマス・カード 他編曲(1989年) 南佳孝(アルバム『東京物語』)(1989)
  45. 明るくなるまで(1989年) 今井美樹(アルバム『MOCHA under a full moon』)
  46. ファイナル・コール (1991年) 野田幹子(アルバム『Rose C'est La Vie』)
  47. バスルームでランチ (1992年) 野田幹子(アルバム『CUTE』)
  48. スノー・ホワイトの街 (1992年) 中山美穂(アルバム『CATCH THE NITE』)
  49. OVERTURE(1994年) 種市弦(アルバム『冬の調べ』)
  50. 風になろう (1996年) YOU(アルバム『南向き』)
  51. Simple Couple(1996年) 井上睦都実(アルバム『Green Fingers』)
  52. FLIGHT (1996年) 高中正義(アルバム『GUITAR WONDER』)(編曲)
  53. 星のサウダージ (1996年) 高中正義(アルバム『GUITAR WONDER』)(編曲)
  54. THE FIGHT(1998年) オルケスタ・デル・ソル(HIRO P.J.名義)1998年FIFAワールドカップのオフィシャル・サポート・ソング
  55. ふうりん (1998年) 高中正義(アルバム『Bahama』)
  56. SUGAR SUGAR JOY(1998年) Anna(アルバム『Stories』)
  57. 去る者は日々に疎し〜OUT OF SIGHT,OUT OF MIND (2002年) 高橋真梨子(アルバム『time of love』)
  58. Lotus(2007年) SoulJa(アルバム『Spirits』)
  59. ここにいるよ feat.青山テルマ (2007年) (SoulJa)(マキシシングル])(編曲)
  60. そばにいるね feat.Soulja (2008年) (マキシシングル])(編曲)
  61. レインボー・シー・ライン (2008年) (アン・サリー)(作曲)
  62. ロマンチスタ|I HAVE LOVE 2008 (2008年)I.H.L(マキシシングル) (サウンド・プロデュース)
  63. エピローグ〜Happy (2008年) SoulJa(アルバム『SPIRITS X'tended』)
  64. HURRY HOME(そばにいるね) feat.SLY&ROBBIE
  65. プロローグ feat.佐藤博 (2009年) (SoulJa)(アルバム『COLORZ』)
  66. LADY TRAFFIC(2009年) SoulJa(アルバム『COLORZ』)(サウンド・プロデュース)
  67. ONE TIME feat.一星&沖仁 (2009年) (SoulJa)(アルバム『ONE TIME feat.一星&沖仁』)(編曲)
  68. 〜YOU〜 (2009年) 吉見一星(アルバム『〜YOU』〜) (編曲)
  69. いくたびの櫻 (2011年) ふくい舞(4th Single)(作、編曲サウンド・プロデュース)(第44回日本有線大賞受賞)

その他参加作品[編集]

- 1979年[編集]

1974年
1975年
  • 金森幸介
    • 「箱舟は去って」
  • 大滝詠一
    • NIAGARA MOON』(1975年5月30日
      • 三文ソング - Piano
      • 論寒牛男 - Piano
      • ロックン・ロール・マーチ - Piano
      • ハンド・クラッピング・ルンバ - Piano
      • 恋はメレンゲ - Piano
      • 福生ストラット(パートII) - Piano
      • シャックリママさん - Wuritzer
      • 楽しい夜更し - Piano
  • 吉田美奈子
    • MINAKO』(1975年10月25日
      • レインボー・シー・ライン(作曲:佐藤博、編曲:有馬すすむ • 佐藤博)
      • 住みなれた部屋で(編曲:有馬すすむ • 佐藤博)
      • 夢を追って(作曲:佐藤博、編曲:有馬すすむ • 佐藤博)
      • チャイニーズ・スープ(編曲:佐藤博)
      • パラダイスへ(編曲:佐藤博)
      • 時の中へ(編曲:佐藤博)
      • ろっかばいまいべいびい(編曲:佐藤博)
    • 『MINAKO II』(1975年12月20日
  • 岡林信康
    • 『誰ぞこの子に愛の手を』
  • 西岡恭蔵
    • 『ろっかばいまいべい』
  • 細野晴臣
  • ブレッド&バター
    • 「Mahae」
  • 南こうせつ
    • 「かえり道」
1976年
  • めんたんぴん
    • 『MENTANPIN SECOND』
  • 細野晴臣
  • 大貫妙子
    • Grey Skies』(1976年9月25日
      • One's Love - Steinway Piano, Fender Rhodes Piano, Roland Synthesizer
      • 街 - Fender Rhodes Piano, Hammond Organ, Roland Synthesizer
  • 吉田美奈子
    • FLAPPER』(1976年3月25日)初のサウンドプロデュースを手掛ける。
      • 朝は君に(作曲、リズム・アレンジ)
      • チョッカイ(作曲、ホーン & リズム・アレンジ)
  • 南佳孝
    • 『忘れられた夏』
  • 大塚まさじ
    • 『遠い昔ぼくは…』
  • 鈴木慶一
    • 『火の玉ボーイ』
      • 火の玉ボーイ
1977年
  • 小坂忠
    • 『MORNING』
  • 渡辺勝
    • 『HELLO』
  • りりィ
    • 『リリシズム』[40]
    • 『ミス・キャロン・ターバット」(c/w 「心は夏に誘われて」)』
    • トヨタ・カリーナCM曲(1977年2月1日録音)作詞:望田市朗・作曲:八木正生・編曲:八木正生・ディレクター:村木敬史・コーラス:伊集加代子グループ・制作:・株式会社A.R.A・株式会社電通)
  • 吉田美奈子
  • 山下達郎
    • SPACY』(1977年6月25日
      • LOVE SPACE - Acoustic Piano
      • 素敵な午後は - Electric Piano
  • やまがたすみこ
    • 『フライング』
  • いしだあゆみ
    • 『いしだあゆみ&ティン・パン・アレイ・ファミリー/アワー・コネクション』
  • 高中正義
    • 『TAKANAKA』
      • MAMBO NO,5(DISCO DANGO)- Clavinet
      • MAMBO MAGIC - Synthesizer Solo
      • GASCON COCKTAIL - Piano
  • ハイ・ファイ・セット
    • 『LOVE COLLECTION』
  • 大滝詠一
  • Linda Carriere
    • 『Linda Carriere』※未発売
  • 上田正樹
    • 『上田正樹』
1978年
  • 細野晴臣&イエロー・マジック・バンド
  • 大滝詠一
    • DEBUT』(1978年8月25日
      • 楽しい夜更し - Piano
      • 福生ストラット(パートII) - Piano
      • ウララカ'78 - Piano
  • 大上留利子
    • 『DREAMER FROM WEST』
  • 加藤登紀子
    • 『さびた車輪』
  • 秋山一将
    • 『DIG MY STYLE』
  • 南佳孝
    • 『SOUTH OF THE BORDER』
      • ワンナイト・ヒーロー - Piano(Solo)
  • 尾崎亜美
  • 後藤次利
    • 『ON BASS』
  • 岡本一生
    • 「MOONLIGHT SINGING」※編曲共
  • タイム・ファイブ
    • 『翼を下さい』
  • 山本達彦
    • 『Sudden Wind』
  • 西岡恭蔵
    • 『ヨー・ソロ』
  • 細野晴臣&横尾忠則
  • 山下達郎/細野晴臣/鈴木茂
  • 山下達郎
1979年

1980年 - 1989年[編集]

1980年
  • 山下達郎
    • RIDE ON TIME』(1980年9月19日
      • RAINY DAY - Keyboards
      • 雲のゆくえに(CLOUDS) - Keyboards
  • エイモス・ギャレット
    • 『GO CAT GO』
  • 池田典代
    • 『DREAM IN THE STREET』
      • DREAM IN THE STREET
1982年
  • 山下達郎
    • FOR YOU』(1982年1月21日
      • MUSIC BOOK - Electric Piano
      • FUTARI - Acoustic Piano & Electric Piano
  • フランク永井
    • 「WOMAN」(1982年6月21日
      • 愛のセレナーデ
  • 吉田美奈子
    • LIGHT'N UP』(1982年9月21日
      • LIGHT'N UP
      • 頬に夜の灯
      • LOVE SHOWER
      • MORNING PRAYER
      • 斜陽(REFLECTION)
      • 時の向こう
  • サンディー&ザ・サンセッツ
    • 『イミグランツ』
1983年
1984年
1985年
1986年
  • CINDY
    • 『ラブ・ライフ』
  • EPO
    • 『PUMP! PUMP!』
  • 高橋幸宏
    • 『ONLY WHEN I LAUGH』
  • 山下達郎
  • 杏里
    • 『MYSTIQUE』
    • 『TROUBLE IN PARADISE』
  • 吉野千代乃
    • 『SLOW DANCE』
1987年
  • 角松敏生
  • 藤本健一
    • 『アペリティフ』
  • 国分友里恵
    • 『STEPS』
  • 下成佐登子
    • 『KEEP IN TOUCH』
  • 吉野千代乃
    • 『SAY GOOD-BYE』
  • 大貫妙子
    • 『A SLICE OF LIFE』(1987年10月5日
      • あなたに似た人 - Keyboards
      • もういちどトゥイスト - Acoustic Piano
      • 人魚と水夫 - Arrangement, Keyboards
      • スナップショット - Keyboards
      • 五番目の季節 - Keyboards
  • 竹内まりや
1988年
1989年

1990年 - 1999年[編集]

1990年
1991年
1992年
1993年
  • 障子久美
    • 『Scope Of Soul』
  • 種市弦
    • 『冬の調べ』
  • 角松敏生
1994年
1995年
  • 種市弦
    • 『両想いのススメ』
1996年
1997年
1998年
1999年

2000年 - 2009年[編集]

2000年
  • Tin Pan
    • 『Tin Pan』(2000年11月22日
      • Fujiyama Mama
      • 76 Tears
2001年
  • SMOOTH ACE
    • 『REMAINS』
    • 『Smooth Music At Cafe』
  • 小坂忠
    • 『PEOPLE』
  • 葛谷葉子
    • 『MUSIC GREETINGS VOLUME TWO』
2002年
2003年
2005年
2007年
2008年
2009年
  • SoulJa
    • 『COLORZ』プロローグ・Prologue feat.佐藤博
  • 吉見一星
    • 『〜YOU〜』

2010年 -[編集]

2011年
  • ふくい舞
    • 『いくたびの櫻』(Instruments,Mixing,Engineering & Mastering)※第44回有線大賞受賞
    • 『REMAINS』
  • 細野晴臣
2012年
  • 中村裕介
    • 『オートバイ』(All Drums Programming,Additional Keyboards & Programming)

ラジオ番組[編集]

受賞歴[編集]

2008年
  • 青山テルマそばにいるね」(演奏、ミックス、エンジニアリングならびに編曲およびサウンドプロデュース)
    • 9月、着うたフルで史上初のダウンロード数200万件突破達成を受けて「日本で最も売れたダウンロード・シングル」としてギネス・ワールド・レコーズに認定。
    • 第50回 輝く!日本レコード大賞』優秀作品賞受賞。
    • 佐藤博サウンド・プロデュースによる「HURRY HOME」(「そばにいるね」のカヴァー)を収録したスライ&ロビー(Sly and Robbie)のアルバム『Amazing』が第51回グラミー賞のベスト・レゲエ・アルバムにノミネート。
2011年
  • ふくい舞『いくたびの櫻』(演奏、ミックス、エンジニアリングならびに編曲およびサウンドプロデュース)第44回日本有線大賞受賞。

脚注[編集]

  1. ^ a b “佐藤博さん急死、ドリカムツアーで音楽監督”. サンスポ. (2012年10月28日). オリジナル2013年7月26日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130726142305/http://www.sanspo.com/geino/news/20121028/oth12102805060010-n1.html 2012年10月28日閲覧。 
  2. ^ a b c d e f 『キーボード・マガジン』2004年10月号
  3. ^ 『サウンド&レコーディング・マガジン』1983年8月号
  4. ^ 山下達郎のサンデー・ソングブック』2012年11月11日放送
  5. ^ a b c d e f 『キーボード・マガジン』2008年4月号
  6. ^ 『プレイヤー』1977年4月号
  7. ^ a b 『ミュージック・マガジン』1995年7月号
  8. ^ a b 山下達郎『SPACY』(2002年2月14日)(リマスター盤再発)のライナーノーツ参照。
  9. ^ 山下達郎『FOR YOU』(2002年2月14日)(リマスター盤再発)のライナーノーツ参照。
  10. ^ a b c 『ミュージック・マガジン』1995年6月号
  11. ^ a b c d 『キーボード・マガジン』1995年6月号
  12. ^ 2009年4月 松岡直也グループ 57周年記念ライブ STB139 Sweet Basil
  13. ^ a b Groovin' High - CREAMY AQUA「日本ポップス界のマエストロ佐藤博の世界」
  14. ^ 電子音楽インジャパン1955-1981(田中裕二著)
  15. ^ a b 『Time』(2003年3月10日)ライナーノーツ参照
  16. ^ a b 『キープル』No.1号「佐藤博のエフェクター&マルチ・レコーディング講座」1983年12月1日発行
  17. ^ a b 『キープル』No.2号「佐藤博流・これがマルチ・レコーディングだ!」1984年2月1日発行
  18. ^ 『キーボード・マガジン』1990年6月号
  19. ^ a b c 『KEYBOARD BOOK(新譜ジャーナル別冊)』1983年7月20日発行
  20. ^ 『キープル』No.3号「佐藤博のエフェクター&マルチ・レコーディング講座」1984年5月1日発行
  21. ^ 『サウンド&レコーディング・マガジン』1984年7月号
  22. ^ 『FLY TO YOU 2000』のライナーノーツ参照
  23. ^ a b 『キーボードランド』1989年8月号
  24. ^ 『キーボード・マガジン』1989年8月号
  25. ^ ドリブログ: るのはどうなの?」ってみんな思うかもしれないけど、
  26. ^ 『キーボード・マガジン』1985年6月号
  27. ^ 『FUTURE FILE』(1987年5月1日)
  28. ^ 『AQUA』(1988年6月25日)
  29. ^ a b c d 『サウンド&レコーディング・マガジン』1988年8月号
  30. ^ a b c 『サウンド&レコーディングマガジン』1989年7月号
  31. ^ a b 『ADLIB』1995年6月号
  32. ^ 2012年6月12日 - An evening with Marie Digby and more… 〜マリエ・ディグビー 来日コンサート〜
  33. ^ a b 『プレイヤー』2005年11月号
  34. ^ 『KEYBOARD BOOK(新譜ジャーナル別冊)』1983年7月20日発行
  35. ^ 『七都市物語』のライナーノーツ参照
  36. ^ a b 『awakening』(2005年)のライナーノーツ参照
  37. ^ 『キーボード・マガジン』2003年7月号
  38. ^ “佐藤博さん(キーボード奏者)が死去”. 読売新聞. (2012年10月27日). http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121027-OYT1T00224.htm 2012年10月27日閲覧。 [リンク切れ]
  39. ^ 『ADLIB』1982年06月号
  40. ^ 坂本龍一の全面プロデュースによる1976年の『オーロイラ』に続き、佐藤博の全面プロデュースで制作された。小原礼(B), 田中章弘(B), 鈴木茂(G), 上原裕(Ds), ペッカー(Per), ブレッド&バター(Cho)等が参加。
  41. ^ FM-YOKOHAMA 「The Legend」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]