コント山口君と竹田君

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コント山口君と竹田君
メンバー 山口弘和
竹田高利
別名 山竹(やまたけ)、山口君と竹田君
結成年 1982年 -
事務所 有限会社トムプロダクション
活動時期 1983年 -
出会い 新宿のストリップ劇場
現在の活動状況 劇場中心
芸種 漫才コント
公式サイト 公式サイト
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コント山口君と竹田君(コントやまぐちくんとたけだくん)は、有限会社トムプロダクション所属のお笑いコンビ

プロフィール[編集]

山口弘和[編集]

やまぐち ひろかず
山口 弘和
本名 山口 弘和
別名義 山口ひろかず、山口君
生年月日 (1956-11-23) 1956年11月23日(61歳)
出生地 日本の旗 日本埼玉県
職業 お笑い芸人
ジャンル お笑いテレビドラマ
  • 1956年11月23日生まれ、埼玉県出身。立正大学中退
    • 1980年Mr.ポテトというコンビでデビューしたが、翌年に解散。
    • 所属事務所であったプライムワンの代表も務めていた。
    • 三木プロダクションの運営するタレント声優養成所の校長を務める。
    • 下の名前を平仮名表記にして「山口ひろかず」とする場合もある。

竹田高利[編集]

たけだ たかとし
竹田 高利
本名 竹田 高利
別名義 竹田君
生年月日 (1957-01-22) 1957年1月22日(60歳)
出生地 日本の旗 日本東京都
職業 お笑い芸人
ジャンル お笑いテレビドラマ
主な作品
炎立つ』第一部
  • 1957年1月22日生まれ、東京都出身。
    • 美起子夫人と共に、旅番組のレポーターなどで活躍。
    • 相方の山口と比べ単独でのテレビドラマ出演が多く、1993年には大河ドラマ炎立つ』でレギュラー出演した。その際、「タカトシ号」という馬に乗って撮影に臨んだ。

来歴・人物[編集]

元々は新宿ストリップ劇場で、集団によるコントをやっていた。他の人がどんどんやめていき、残ったのが山口と竹田だけだった。

1982年にコンビを結成し、翌年の1983年デビュー。1984年、「お笑いスター誕生!!」第3回オープントーナメントサバイバルシリーズに初出場。2回戦、準決勝と100点満点を達成。100点満点は史上初で、以後も松竹梅しか達成していない。そのままの勢いで優勝、見事100万円を獲得した。

以後は数々のテレビ番組に出演するようになり、人気も急上昇。1985年には、打倒「笑っていいとも!」として企画されたTBSおじゃまします」のメイン司会に抜擢されるも、視聴率が振るわず、わずか1ヶ月半で打ち切られた。

その後は演芸番組やドラマなどにも出演。ピンでの活動も増えた。

くりぃむしちゅー有田哲平上田晋也)は元付き人で弟子。また、彼らの旧コンビ名である「海砂利水魚」の名付け親でもある。

三谷幸喜1986年頃に座付作家を務めていたことがある。

2013年漫才協会に入会[1]

芸風[編集]

最初に竹田が登場し「竹田高利、○歳、くらい!(年齢はコントの内容によって変わる)」と宣言し笑いをとると、山口がのっそり現れ本編に入る。この際、自分が登場したときに拍手がないと、竹田に「お前だけ拍手がもらえていいな」と、間接的に拍手を要求する。

一本気な竹田が、山口にのらりくらりと振り回されるコントが多い(逆に竹田が山口を振り回すコントもある)。徐々に汗だくになっていく竹田を山口があげつらってひと笑い取ることもある。最後に竹田がブチ切れ、山口があっさりと「終わりです」と言って幕を閉じるパターンが多い。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

レギュラー出演[編集]

CM[編集]

受賞歴[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]