林家パー子

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林家 パー子
花菱紋.jpg
花菱は林家三平一門の定紋であり林家こん平に移門しても同じである。
本名 佐藤 粋子
生年月日 (1948-08-13) 1948年8月13日(68歳)
出身地 東京都
方言 標準語
師匠 初代 林家三平
コンビ名 林家ペー・パー子
相方 林家ペー
芸風 漫談
事務所 P&P企画
活動時期 1968年 -
過去の代表番組 パー子のエプロン寄席
お笑いウルトラクイズ
他の活動 写真家
配偶者  林家ペー(夫)

林家 パー子(はやしや パーこ、本名:佐藤 粋子1948年8月13日 - )は、日本タレント落語家写真家コーディネーター東京都出身。夫は兄弟子でタレント林家ペー。夫とともにP&P企画所属。

来歴・人物[編集]

1968年初代林家三平に入門。

入門すると、すぐに「女性(美人)落語家」として一躍脚光を浴びる。

素人っぽい簡単な小咄し程度の喋りしか出来なかったが、パーッと明るい大らかな笑顔と可愛さから、『パー子のエプロン寄席』の進行役など、レギュラー番組を持ち活躍。アイドル並みの人気があった[要出典]。芸名の由来は「周囲をパーッと明るくする性格」から。

ペーと結婚してからは夫婦でのペア出演が多い。

タレントになる前は歌手を目指し、石坂まさをに弟子入りしており、藤圭子は妹弟子である(『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』でも紹介され、「ミス赤羽小町」であったとも言われた)。

ヤーダ」「ハッハー」などの甲高い声が特徴で、共演者からは「鳥がいる」と例えられる(声を出しすぎたせいで耳が悪くなった)。

結婚のいきさつは、ペーから「『パーコナー』になってくれないか」と求婚されたから(2006年7月19日放送の『笑っていいとも!』による)。子供はいない。

ペーとともにイチローの大ファンでもある。

音楽[編集]

主な出演[編集]

テレビ出演[編集]

CM[編集]

ナレーション[編集]

  • 映画『世界の果てまでヒャッハー!』予告編(2016年) ※林家ペーと共演[2]

出版書籍[編集]

  • 林家ペー、パー子の爆笑芸能写真館 シンコーミュージック・エンタテイメント

アプリ[編集]

  • iPhoneアプリ『毎日ニュースペー☆パー365』毎日新聞社、フィーチャーフォンアプリ『林家ペー・パー子の芸能人激写マスター』エクシング

脚注[編集]

外部リンク[編集]