根岸 (台東区)

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根岸
—  町丁  —
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 東京都
特別区 台東区
地域 下谷地域
人口 (2015年(平成27年)12月1日現在)[1]
 - 計 12,725人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 110-0003
市外局番 03
ナンバープレート 足立

根岸(ねぎし)は、東京都台東区町名。現行行政地名は根岸一丁目から根岸五丁目。住居表示実施済み区域である。

地理[編集]

上野の山の北の陰に位置し、西はJR山手線、北は荒川区東日暮里南千住、東は台東区三ノ輪竜泉下谷に囲まれた三角形の町域をもつ。関東大震災第二次世界大戦で罹災しなかった市街地も含まれ、昔ながらの町並み・建造物が残されている場所もある。

最寄駅はJR鶯谷駅、JR・京成本線日暮里駅東京メトロ日比谷線入谷駅・同三ノ輪駅(鶯谷駅のみ地内に所在)。

根岸は落語家の7代目林家正蔵一門(海老名家)の家があることでも知られ、特に7代目正蔵、当家出身の初代林家三平は当地名の「根岸(の師匠)」の名でも知られていた。他にも8代目桂文治もこの地に住んでいた。

歴史[編集]

地名の由来[編集]

名前の由来は、上野の崖の下にあり、かつて海が入り込んでいた頃、木の根のように岸辺がつづいていたためといわれる。

沿革[編集]

  • 室町時代に、武蔵国豊島郡根岸村という地名があったという説もあるが(長禄江戸図の記載に由来するものだが誤りとの見解が多い)、当時から金杉(金曽木)の地名が一般的であった。
  • 江戸時代は、武蔵国豊島郡金杉村の一部であり、正保3年に東叡山寛永寺領となった。金杉村の中央以南の地の字(あざ)名は、南部を「根岸」、西北と新田を「杉ノ崎」、東北を「中村」、更に東北を「大塚」と分けて呼ばれた。「根岸」が一番南側なので、江戸のほうからはこれらの地をまとめて「根岸」と呼んだ。
  • 明治22年(1889年)5月1日:市制町村制施行にともない、金杉村のうち石神井用水(音無川)より南の土地が下谷区内に編入され、明治24年に上根岸町、中根岸町、下根岸町となった。石神井用水より北の土地は東京府北豊島郡日暮里村字金杉となった。
  • 大正2年(1913年):日暮里村大字金杉は町制施行にともない日暮里町金杉となり、昭和7年には東京市の区域拡大・荒川区制施行によって荒川区日暮里町一丁目から四丁目となった。更に1966年に住居表示の実施によって荒川区東日暮里四丁目および東日暮里五丁目となった。
  • 昭和22年(1947年):大東京35区は22区(後に練馬区板橋区から分区し23区となる)に再編され、これに伴い下谷区上根岸町、中根岸町、下根岸町は台東区の町名ととなる。

明治期の名所・旧跡・名産[編集]

根岸及近傍図(明治34年発行)には大空庵御行の松円光寺梅屋敷跡石神井用水笹乃雪おまじない横丁一本橋五本松台の下御隠殿跡水鶏橋貝塚善性寺羽二重団子古奥州街道雨華庵跡石稲荷神社火除二股榎世尊寺西蔵院札の辻大猷公廟跡鶯谷・桜川・元三島神社水鶏山茶花夏葱谷中生姜三河島菜根岸土万年青煮山椒が挙げられている。また、正岡子規旧宅子規庵が現在も残る。

施設[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]