南千住

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南千住
—  町丁  —
LaLaテラス
荒川区における南千住の位置。
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 東京都
特別区 荒川区
地域 南千住地域
人口 (2016年(平成28年)1月1日現在)[1]
 - 計 45,995人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 116-0003
市外局番 03
ナンバープレート 足立

南千住(みなみせんじゅ)は、東京都荒川区町名。現行行政地名は南千住一丁目から南千住八丁目。

地理[編集]

東西に長い菱形をした荒川区の頂角に当たる最東端に位置する。町域内は住宅街マンション街となっており、中央部にJR常磐線東京メトロ日比谷線首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス南千住駅がある。

また、荒川区東縁を流れる隅田川に北および東を接する。対岸の足立区とは千住大橋千住汐入大橋墨田区とは水神大橋白鬚橋の4本の橋梁で連絡されている。

東は隅田川を挟んで墨田区堤通、西は荒川東日暮里、南は台東区橋場清川日本堤千束、北は足立区千住緑町千住橋戸町千住関屋町千住曙町とそれぞれ接している。

歴史[編集]

南千住は江戸時代における日光街道宿場町である千住宿を起源としている。隅田川以北の宿場が拡大し、万治3年(1660年)に千住大橋南側の小塚原町(こづかはらまち)・中村町(なかむらまち)が宿場に加えられ、以来南宿(下宿)と呼ばれた。

かつて江戸時代から明治初期には、小塚原刑場という処刑場(仕置場)があり、20万人余の罪人がここで刑を執行されたという(延命寺内掲示板による)。刑場跡は、現在の南千住駅の西側、常磐線日比谷線の線路に挟まれる場所にある延命寺内に位置する。

また、隅田川が弓のように大きく東側に張り出した地形に存在していたかつての南千住汐入(現在の南千住四丁目、八丁目、三丁目東側)は、明治時代以降、隅田川の舟運と鉄道貨物基地の陸運を接続する物流の要所のひとつであり、「大日本紡績(ニチボウ、現・ユニチカ)」と「鐘淵紡績(カネボウ)」の2大工場が立地する、工業の町としても発展した。多くの店で安く提供されているモツ煮込みや、「ぼったら」と呼ばれる南千住風もんじゃ焼きで知られる。

ちなみに、南千住駅南側の泪橋交差点を中心に山谷と呼ばれる地域があり、かつては木賃宿が立ち並ぶ労務者の街として知られ、現在も簡易宿泊施設(通称:ドヤ)が少なからず存在する。

再開発[編集]

南千住八丁目の街並み

1987年(昭和62年)以降、南千住駅から旧汐入地区を中心とした大規模な再開発が開始され、現在も進行している。特に南千住駅東側に位置する南千住四丁目、八丁目、三丁目東側は、旧国鉄清算事業団処分用地として隅田川貨物駅北部・東部が売却、整備され、旧汐入地区と合わせて大幅な区画整理と共に都市型道路が敷設され、20階~30階建て規模の超高層マンションも複数建設されている。

南千住駅東口から東側補助322号線沿いには、再開発事業の一環として開業したLaLaテラス南千住などの複合商業施設が建設され、新興住宅市街地として賑わいを見せる。またつくばエクスプレスの開業にともない、JR及び地下鉄南千住駅のリニューアルも実施され、南千住駅利用者の利便性と安全性が高まった。さらに2007年には隅田川沿いに約13ヘクタールにも及ぶ都内最大級の東京都立汐入公園も整備されている。

現在は南千住駅西口周辺からコツ通りに至る駅前西側地区を中心に、超高層マンションの建設、商業施設の再開発が進められている。

その他、南千住北西端にあたる線路以西地区かつ国道4号線以西に位置する南千住六丁目は歴史ある下町的風景が広がるが、近年は隅田川沿いを中心に高層マンションの開発が進んでいる。かつては東京スタジアムが町域内にあった。現在では区が運営するスポーツセンター、南千住警察署、マンション及びスーパーマーケットが建てられている。

交通[編集]

鉄道[編集]

東日本旅客鉄道
首都圏新都市鉄道
東京地下鉄
東京都交通局
日本貨物鉄道

道路・橋梁[編集]

道路
橋梁

施設[編集]

ジョイフル三ノ輪商店街

現存しない施設[編集]

出身者[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度44分0秒 東経139度47分57秒