上野桜木

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上野桜木
—  町丁  —
寛永寺 根本中堂
上野桜木の位置(東京23区内)
上野桜木
上野桜木
上野桜木の位置
座標: 北緯35度43分17.12秒 東経139度46分17.98秒 / 北緯35.7214222度 東経139.7716611度 / 35.7214222; 139.7716611
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Taito, Tokyo.svg 台東区
地域 下谷地域
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 2,351人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 110-0002[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 足立

上野桜木(うえのさくらぎ)は、東京都台東区の地名で、旧下谷区にあたる下谷地域内である。現行行政地名は上野桜木一丁目及び上野桜木二丁目。郵便番号は110-0002[2]

概要[編集]

台東区の高台に位置する閑静な住宅地で、上野台とその東側山麓に広がっている。町域東端部は、JR線路に接している。 町内は、寛永寺の広大な敷地が広がり、他に住居や商店、寺院などが建ち並ぶ。

地理[編集]

下谷地域の北部に位置する。武蔵野台地の東端に位置する。

地価[編集]

住宅地の地価は、2017年平成29年)の公示地価によれば、上野桜木1-1-5の地点で71万1000円/m2となっている[4]

歴史[編集]

かつては下谷桜木町と呼ばれており、上野台部分の町は上野花園町から独立したエリアである。多数の寺院と共に、江戸時代の町割り、道割りの上に明治から昭和にかけての建物が混在しており、歴史的重層性のある景観を作りだしている。地名の通り桜も多く、同町や上野公園は、樹齢を重ねたものが多く一本一本が独特の形をしており、綺麗な桜並木を見ることができる。

町内にある寛永寺は、寛永2年(1625年)徳川3代将軍徳川家光の治世に建てられた。寛永寺は徳川家菩提寺として知られ、都内を代表する寺院として知られている。寛永寺には、徳川家の墓所として6人の将軍の霊廟がある。また、大慈院[要曖昧さ回避]徳川慶喜が謹慎していた場所である。寛永寺域であったことから、その子院が数多くあった。言問通り沿いに、かつては鶯谷駅との乗り換えが便利な京成の寛永寺坂駅があった。

かつては川端康成も居をかまえていた[5]。妻の川端秀子は、川端が一高時代に上野桜木町の貸間の広告を見て、現場までわざわざ見に行ったことを記した日記に触れ、「(川端にとって)桜木町というのはその時以来憧れの町だった」と語っている[5]

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
上野桜木一丁目 701世帯 1,328人
上野桜木二丁目 493世帯 1,023人
1,194世帯 2,351人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]

丁目 番地 小学校 中学校
上野桜木一丁目 15番11〜24号
16番66〜69号
台東区立根岸小学校 台東区立忍岡中学校
その他 台東区立上野中学校
上野桜木二丁目 全域

施設[編集]

教育
  • 台東区立上野中学校
  • 東京芸術大学 体育館 - 本部所在地は上野公園に所在。
教育私学
  • 寛永寺幼稚園
行政
団体

観光[編集]

名所史跡
寺社

交通[編集]

道路

脚注[編集]

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  1. ^ a b 町丁名別世帯・人口数”. 台東区 (2017年12月5日). 2017年12月29日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月29日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月29日閲覧。
  4. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  5. ^ a b 「第一章 出会い」(秀子 1983, pp. 5-44)
  6. ^ 区立小学校・中学校の通学区域”. 台東区 (2016年9月5日). 2017年12月29日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]