上野桜木

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上野桜木
Uenosakuragi
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 東京都
特別区 台東区
地域 下谷地域
人口 (2015年(平成27年)12月1日現在)[1]
 - 計 2,245人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 110-0002
ナンバープレート 足立

上野桜木(うえのさくらぎ)は、東京都台東区の地名で、旧下谷区にあたる下谷地域内である。

概要[編集]

台東区の高台に位置する閑静な住宅地で、上野台とその東側山麓に広がっている。町域東端部は、JR線路に接している。 町内は、寛永寺の広大な敷地が広がり、他に住居や商店、寺院などが建ち並ぶ。

地理[編集]

下谷地域の北部に位置する。武蔵野台地の東端に位置する。

歴史[編集]

かつては下谷桜木町と呼ばれており、上野台部分の町は上野花園町から独立したエリアである。多数の寺院と共に、江戸時代の町割り、道割りの上に明治から昭和にかけての建物が混在しており、歴史的重層性のある景観を作りだしている。地名の通り桜も多く、同町や上野公園は、樹齢を重ねたものが多く一本一本が独特の形をしており、綺麗な桜並木を見ることができる。

町内にある寛永寺は、寛永2年(1625年)徳川3代将軍徳川家光の治世に建てられた。寛永寺は徳川家菩提寺として知られ、都内を代表する寺院として知られている。寛永寺には、徳川家の墓所として6人の将軍の霊廟がある。また、大慈院[要曖昧さ回避]徳川慶喜が謹慎していた場所である。寛永寺域であったことから、その子院が数多くあった。言問通り沿いに、かつては鶯谷駅との乗り換えが便利な京成の寛永寺坂駅があった。

かつては川端康成も居をかまえていた[2]。妻の川端秀子は、川端が一高時代に上野桜木町の貸間の広告を見て、現場までわざわざ見に行ったことを記した日記に触れ、「(川端にとって)桜木町というのはその時以来憧れの町だった」と語っている[2]

施設[編集]

教育
  • 台東区立上野中学校
  • 東京芸術大学 体育館 - 本部所在地は上野公園に所在。
教育私学
  • 寛永寺幼稚園
行政
団体

観光[編集]

名所史跡
寺社

交通[編集]

道路

脚注[編集]

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  1. ^ 住民基本台帳による町丁名別世帯人口数 台東区
  2. ^ a b 「第一章 出会い」(秀子 1983, pp. 5-44)

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]