タカラ (玩具メーカー)

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(旧)株式会社タカラ
Takara Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
125-0062
東京都葛飾区青戸4丁目39番9号
設立 1955年9月17日
業種 その他製品
事業内容 玩具事業
代表者 代表取締役社長 奥出信行
資本金 182億2100万円(2005年6月30日現在)
発行済株式総数 1億5270万4244株
(2005年6月30日現在)
売上高 連結:971億5800万円
単独:456億600万円
2005年3月期)
営業利益 連結:△115億3900万円
単独:△104億1000万円
(2005年3月期)
純利益 連結:△146億8700万円
単独:△203億8500万円
(2005年3月期)
総資産 連結:830億9300万円
(2005年3月31日現在)
単独:484億6600万円
(2005年6月30日現在)
従業員数 484名(2005年6月30日現在)
決算期 3月31日(年1回)
主要株主 (株)インデックス 34.5%
(有)ティーツーファンド 19.4%
(株)ティーエイケイ 7.1%
(2005年9月30日現在)
主要子会社 (株)アトラス
(株)竜の子プロダクション
特記事項:2006年3月1日にトミーと合併。
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株式会社タカラTAKARA Co., Ltd)は、かつて存在した日本玩具メーカー。現在のタカラトミーの前身の1社。

概要[編集]

創業以来、伝統的な玩具やボードゲームを主力商品とした。かつては『リカちゃん』が主力商品であり「女児玩具のタカラ」と言われ、女児玩具部門では長らくトップの地位に在り続ける一方、『チョロQ』や『ビーダマン』など男児玩具でも大ヒット商品を生み出した。

1999年に発売した『ベイブレード』が一躍ヒット商品となり、男児玩具部門でバンダイを抜いてトップに立ったが、海外展開の失敗により経営不振に陥り、2000年にゲームメーカー・コナミ(後のコナミホールディングス)の第三者割当増資を受けてコナミグループ傘下となる。

2002年には当時の社長である佐藤慶太の決断により、公道を走行できるチョロQを模した電気自動車Q-CARを発表、自動車業界に殴りこんだ[1][2]。当初は物珍しさから注目を集めたが、玩具メーカーが自動車産業のノウハウを持ち合わせているはずもなく、月間販売台数は1台もざらで、あっさり撤退した[3]

その後も業績は好転せず、2005年にコナミグループを離脱、インデックスグループ傘下となり、コンピュータゲーム事業を子会社のアトラス(旧社)に譲渡するなどの組織改革を実施した。

2006年3月に同業のトミーと合併し、新社名は「タカラトミー」となった。存続企業はトミー(合併比率はトミー1株に対してタカラ0.178株)であり[4]、新会社の社長にはトミー社長・富山幹太郎が就任しタカラ会長・佐藤慶太が副社長となった。また、日本国外ではトミーの知名度が高いことから英文社名は「TOMY COMPANY, LTD.」となった。

キャラクター商品についてはテレビ放送先行型の同業他社と異なり、まずは玩具販売から先行し、売り上げが好調だとテレビ化に乗り出すという堅実な手法を取ることが多かった[5]

沿革[編集]

グループ[編集]

主な製品[編集]

あ行[編集]

か行[編集]

さ行[編集]

た行[編集]

な行[編集]

は行[編集]

ま行[編集]

や行 - わ行[編集]

関連人物[編集]

  • 田中圭一 - 元営業社員、サラリーマン田中K一がゆくなどの当時のことをフィクションを交えて描いた作品もある

脚注[編集]

  1. ^ タカラ,乗れる“チョロQ”こと電気自動車「Q-CAR」発表
  2. ^ タカラ、チョロQ電気自動車の市販車を初公開
  3. ^ タカラ、「実車版チョロQ」の製造を中止。
  4. ^ 合併公告
  5. ^ 竹森健太郎著『タカラの山』では、この手法を「タカラ的な手法」としている。
  6. ^ 子会社(株式会社タカラアミューズメント)の事業譲渡に関するお知らせタカラ 2004年8月20日

外部リンク[編集]