小林至

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
小林 至
200opxpx
1992年ルーキーの年にロッテ浦和球場で撮影。
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県逗子市
生年月日 (1968-01-30) 1968年1月30日(49歳)
身長
体重
175 cm
89(公称) kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1991年 ドラフト8位
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

小林 至(こばやし いたる、1968年1月30日 - )は、日本スポーツ経営学者。元プロ野球選手投手)。江戸川大学教授。専門は、スポーツ経営学。サイバー大学客員教授

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

神奈川県逗子市出身(出生地は東京都渋谷区)。血液型A型。

神奈川県立多摩高等学校を卒業後、一浪して東京大学に入学。経済学部経営学科に在籍。東京大学野球部では2年春に六大学デビューするが、チームは通算200勝を目前にして六大学新記録となる70連敗を経験。六大学通算0勝12敗。

当時のロッテ・オリオンズ監督金田正一から入団テストを受ける機会を与えられ合格。東大を留年していたため卒業するまでの一年間は練習生として在籍し、1992年ドラフト8位指名で千葉ロッテマリーンズに入団。新治伸治井手峻に次ぐ3人目の東大出身のプロ野球選手となった。背番号は63

プロ入り後[編集]

プロ2年間で1軍登板はなく(2012年現在で東大出身のプロ野球選手5人のうち小林だけ1軍経験がない)、2軍で26試合に登板し、0勝2敗0S、防御率6.17。1993年、ロッテを自由契約になり退団し引退。

引退後[編集]

1996年、コロンビア大学経営大学院を修了しMBAを取得。

1996年、フロリダ州のケーブルテレビ局「ザ・ゴルフ・チャンネル」で通訳・翻訳・解説などに従事。

2000年、村上龍が編集長を務めるJapan Mail Mediaで、コラム「日本人に生まれてよかった」に於いて、会社の人種差別体質を公に批判したため、解雇された。2000年末に日本に帰国し、2001年から7年間の対米経験を元に日米関係などの評論活動をしつつ、スポーツビジネスをテーマに研究を行う。

2001年、自由連合党首・徳田虎雄から誘いを受け、第19回参議院議員通常選挙東京都選挙区から立候補するが落選。

2002年から江戸川大学社会学部経営社会学科助教授に就任。2006年に同教授に昇格。

2007年、プロ野球の地上波中継の減少・衛星放送移行については「視聴方法の多様化」を原因に挙げ、「地上放送はプロ野球中継に適さない面があり、今後も更に移行は進む」と分析。 

2004年のプロ野球再編問題では、メジャーリーグとの真のワールドシリーズを実現することを前提とした一リーグ制度論者としてマスコミに登場した。

2005年から福岡ソフトバンクホークス福岡ソフトバンクホークスマーケティング取締役(2009までNPB陪席、2010年1月1日より経営企画室長、兼、編成・育成部長、2010年5月1日より経営企画・編成育成・広報担当、兼、執行役員編成育成部部長)を兼任。

2008年からサイバー大学客員教授(担当講座は「プロ野球ビジネスのしくみ」)を兼任。

2011年12月、杉内俊哉との契約更改で「フリーエージェント(FA)宣言しても取る球団がない」という趣旨の発言をしたとされ、杉内はFA権を行使して読売ジャイアンツに移籍。主力投手を流出させた責任を取り取締役を辞任した[1]。後に、上記の趣旨の発言があったとされる契約更改の交渉の席に、杉内投手は同席していないことが判明している。

2014年3月、福岡ソフトバンクホークス株式会社と福岡ソフトバンクホークスマーケティング株式会社の合併に伴い、執行役員球団統括副本部長に就任した。

2014年末で福岡ソフトバンクホークスを退団[2]。 在任中の主な業績としては、パリーグの共同事業会社「パシフィックリーグマーケティング」の初代執行役員として、同社の黎明期の経営を支えた。チーム編成においては、三軍制や成果報酬の年俸制度など、球界の常識を破る刺激的な方策を次々と打ち出した。また、内川聖一細川亨中田賢一寺原隼人鶴岡慎也ロベルト・ペタジーニアレックス・カブレラブラッド・ペニージェイソン・スタンリッジデニス・サファテ李大浩リック・バンデンハークなど、内外の大物選手を次々と獲得したり、フロントと現場での大胆な人事交流を促進するなど、刺激的なチーム人事をもって、王貞治会長や秋山幸二監督を支えた。在任中の戦績は、ソフトバンクが親会社になってからの初優勝を含むリーグ優勝3回、日本一2回。その一方で、成果報酬の年俸制度を導入したことや、大物選手を次々と獲得したことで、主力選手との軋轢・確執が報じられるなど、選手との関係には苦慮していたと言われる。

2015年4月からソフトバンクホークスアドバイザーに就任[3][4]

プレースタイル・人物[編集]

持ち球は、ストレート・カーブ・シンカー・フォーク。

横浜市立東台小学校時代の同級生に俳優緒形直人がいる。父の緒形拳ベンツに乗せて貰い、緒形拳の後楽園球場日本ハム戦の始球式を見物した。

東大野球部の同期に衆議院議員階猛がいる。階が3年のときに肩を故障したため、小林は4年のときにエースになった。

1993年のオープン戦にて2試合、1軍登板し1勝を記録している。初登板の日本ハム戦は無失点だったが、2試合目のオリックス戦ではイチロー(当時は鈴木一朗)に3塁打、続く渡辺伸治にタイムリーを打たれ1失点。直後に味方が逆転したため、勝利投手になったが、試合直後、2軍行きを通告された。

アリス中島みゆき松山千春の大ファンらしい。また、80年代の洋楽も大好きだという。

ロッテ時代は体重70kgであった。引退後アメリカに渡り、大学院に入って丸みを帯び、テレビ局に入社後肥満になり、更に帰国して禁煙して7kg太って89kgになってしまった。参議院選挙で減ったが、落選して文筆業以外仕事が無い生活となり、90kgの大台を突破してしまった。現在は福岡に移住していて各地を出張しているので大好物のラーメンの食べ歩きをしているため、仕事が多忙であるが体重が落ちていない。

嫌いな食べ物はブロッコリーカリフラワー

夫人(元ミス東京)との間に二男一女。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]

  • 一軍公式戦出場なし

背番号[編集]

  • 63 (1992年 - 1993年)

関連情報[編集]

書籍[編集]

  • 『語りつぐ神話』(扶桑社、1991年、根岸康雄著、高校~大学時代からプロテストに合格するまでを書いている。ISBN 4-594-00726-0
  • あぶさん52』(小学館、1993年、水島新司著、第7章「星に願いを」で、小林がリリーフで福岡ドームに於いて登板、主人公の景浦安武と対戦。なお、小林は現役時代、福岡ドームでの登板はない。ISBN 4-09-183172-9
  • 『ボクの落第野球人生』(日本放送出版協会、1994年、生い立ちから、東大合格、ロッテ正式入団から自由契約になった後までの手記。プロ野球の暴露本。ISBN 4-14-080161-1
  • 『僕はアメリカに幻滅した』(太陽企画出版、2000年、自身のアメリカ生活から、アメリカの医療制度、税制、人種差別などの不平等や、自身のザ・ゴルフ・チャンネルから解雇された顛末を書いた本。ISBN 4-88466-345-4
  • 『不幸に気づかないアメリカ人幸せに気づかない日本人』(ドリームクエスト、2001年、アメリカのテレビ局を解雇されてから、アメリカの各都市を周ったときのことを絡めてアメリカ事情を論じている。また参議院選挙の裏話も書かれている。ISBN 4-925192-13-2
  • わしズム1~10』(幻冬舎、2002年~2004年、持論のアメリカと日本の比較、愛国論や戦争論などの右寄りのコラムを論じた)
  • 『プロ野球ビジネスのしくみ』(宝島社、2002年、プロ野球と大リーグの財務事情を分析した書。NPBではダイエーとオリックスの決算書が分析されている。ISBN 4-7966-2796-0
  • 『アメリカ人はバカなのか』(幻冬舎、2003年、『僕はアメリカに幻滅した』のデータを更新し、まえがきを書き換えたもの。ISBN 4344403401
  • 『アメリカの傲慢スタンダードに飲み込まれる日本』(オーエス出版社、2003年、アメリカのスポーツがどうなっているか内情を分析した書。また、日本の大リーグ中継にも異を唱えている。ISBN 4-7573-0173-1
  • 『合併、売却、新規参入。たかが…されどプロ野球!』(宝島社、2004年、一リーグ制・アジアシリーズなどを提言した書。巻末に渡辺恒雄読売巨人軍会長とのインタビューが収録されている。ISBN 4-7966-4431-8
  • 『不惑 桑田・清原と戦った男たち』(ぴあ、2008年、矢崎良一著、不惑の年(40歳)を迎えたKKコンビと同学年の9人(内プロ経験者8名)にKKコンビに関する取材をしたノンフィクション。第九章が小林自身の球歴とKKコンビ評を述べた章。ISBN 978-4835616926)
  • 『楽天が巨人に勝つ日―スポーツビジネス下克上』(学研新書、2008年、田崎健太著、合併・新規参入・球団売却について述べられた本。第五章で、小林がソフトバンクに迎えられるまでの経緯が書かれている。ISBN 978-4-05-403722-9
  • 『一橋ビジネスレビュー 56巻4号「産業としての日本のプロ野球とマネジメント」』(東洋経済新報社、2009年、日米のスポーツを比較しながら、スポーツの「地域密着」と、プロ野球の現状と将来について論じている。単体ではTYKZ-SP200904、大型本ではISBN 4492820388)
  • 『スポーツの経済学』(PHP研究所、2015年、2020年に向けて収益力を上げなければいけない至急の課題であるスポーツビジネス。日本の現状と課題を世界との比較で研究する。ISBN: 978-4569827902)

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]