岡崎トミ子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
日本の旗 日本の政治家
岡崎 トミ子
おかざき とみこ
生年月日 (1944-02-16) 1944年2月16日(72歳)
出生地 日本の旗 日本 福島県福島市
出身校 福島県立福島女子高等学校
(現福島県立橘高等学校
前職 東北放送アナウンサー
参議院議員
所属政党 日本社会党→)
社会民主党→)
旧民主党→)
民主党

内閣 菅第1次改造内閣
在任期間 2010年9月17日 - 2011年1月14日

日本の旗 内閣府特命担当大臣
(消費者及び食品安全・少子化対策
・男女共同参画)
内閣 菅第1次改造内閣
在任期間 2010年9月17日 - 2011年1月14日

選挙区 宮城県選挙区
当選回数 3回
在任期間 1997年 - 2013年7月28日

選挙区 旧宮城1区
当選回数 2回
在任期間 1990年 - 1996年
テンプレートを表示

岡崎 トミ子(おかざき トミこ、1944年2月16日 ‐ )は、日本政治家、元アナウンサー

衆議院議員(2期)、参議院議員(3期)、参議院総務委員長、参議院災害対策特別委員長国家公安委員会委員長第83代)、内閣府特命担当大臣消費者及び食品安全少子化対策男女共同参画)、民主党副代表を歴任。

略歴[編集]

1944年福島県福島市で生まれた。

福島県立福島女子高等学校(現福島県立橘高等学校)卒業。

1962年ラジオ福島に入社し、アナウンサーを務める。

1967年東北放送へ移籍し、「希望音楽会」「子ども音楽コンクール」「歌のない歌謡曲」「クイズみやぎ東西南北」等の教養、娯楽番組や、毎年終戦記念日の前後に放送される反戦平和がテーマの特別番組などを担当した。また東北放送では、同社労働組合の副委員長を務めた[要出典]

1990年、東北放送を退社。同年2月18日の第39回衆議院議員総選挙日本社会党公認で旧宮城1区から出馬し、初当選した[1]

1993年第40回衆議院議員総選挙で再選[1]

1994年村山内閣文部政務次官に任命された[1]

1996年、社会党解党に伴い、事実上の後継政党である社会民主党結党に参加したが、間もなく離党。

同年、新党さきがけを離党した菅直人鳩山由紀夫新進党鳩山邦夫、元北海道知事横路孝弘らが結成した旧民主党結党に参加し、党副代表に就任[1]

しかし結党直後の第41回衆議院議員総選挙では宮城1区から出馬するも新進党の愛知和男に敗れ落選。

1997年自由民主党市川一朗の辞職に伴う参議院宮城県選挙区補欠選挙に出馬し、参議院議員に初当選(市川は宮城県知事選挙に出馬したが、現職の浅野史郎に敗れ落選)[1]

2001年第19回参議院議員通常選挙で再選[1]

2004年9月、民主党副代表に就任[1]

2007年7月、第21回参議院議員通常選挙で3選[1]。政権交代後は民主党宮城県連代表として、宮城県建設業協会との関係強化を深めたが[2]、第19回宮城県知事選挙などで敗北が続いたことを受け、2009年10月30日に代表を辞任。

2010年9月の民主党代表選挙では現職・菅直人の推薦人に名を連ね、選挙対策副本部長を務め菅の再選に尽力。選挙後の内閣改造により発足した菅改造内閣国家公安委員会委員長内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全・少子化対策・男女共同参画)を兼務)に任命され、初入閣[1]菅再改造内閣では再任されなかった。

2011年1月、民主党副代表に就任。併せて、党中央代表選挙管理委員長に就任。

2012年12月民主党代表選挙では海江田万里を支持した[3]

2013年7月21日第23回参議院議員通常選挙では、みんなの党和田政宗に5000票余り及ばず3位となり落選[4]

2016年2月まで民主党宮城県連の最高顧問を務めた[5]

政治活動・主張[編集]

日本政府へ公式謝罪要求[編集]

2009年5月6日に平頂山事件について日本政府に公式謝罪を民主党の訪中した両院議員団24名で要求した。

参加議員は
衆議院議員
逢坂誠二郡和子近藤昭一佐々木隆博篠原孝田島一成筒井信隆平岡秀夫山田正彦横光克彦
参議院議員
相原久美子犬塚直史岡崎トミ子神本美恵子今野東谷岡郁子中村哲治那谷屋正義白眞勲藤谷光信松浦大悟松岡徹松野信夫水岡俊一 [6]


問責決議案の提出[編集]

2001年3月14日、内閣総理大臣森喜朗問責決議案の答弁に立ち、森政権下で起きた数々の事件や問題をあげて「あなたがこの事態を深刻に受け止め、リーダーシップを発揮して立ち向かっている姿は全く見えてこない」と非難し、森内閣が推進していた「教育改革」についても「様々なスキャンダルを引き起こし、真相究明から逃げているあなたが、どんなに立派なことを言っても、子どもたちは絶対にあなたの話を聞かないだろう」「あなたには教育をする、教育改革を語る資格はない」「あなたにできる唯一の教育は、静かにこの壇上から立ち去ること」と非難した[7]

韓国関連の活動[編集]

  • 2004年12月、韓国クォータ制に関する勉強団の顧問として訪韓し、韓国政府の関係者と交流を深めた[8]
  • 2005年12月5日、韓国のウリ党女性議員を日本に招いた懇談会で挨拶に立ち「韓国の選挙制度、男女共同参画社会の実現にむけた韓国の政策、選挙のあり方、新人を発掘の仕方などについて、たくさんの勉強をさせていただいた」と述べた[9]
  • 2006年3月6日、民主党の党本部に韓国の国会議員2名を迎えた少子高齢社会と男女共同参画に関する意見交換で挨拶に立ち、2005年に韓国を訪問した際の謝辞を述べた上で「韓国で学んだ内容も活かして、わが国における真の男女共同参画社会の実現のために今後も努力していきたい」などと語った[10]
  • 2010年11月23日に発生した延坪島砲撃事件において、事件明けの24日、国家公安委員会委員長として全国の警察本部在日本朝鮮人総聯合会の動静を収集するよう指示した[11][12]

慰安婦問題関連[編集]

  • 2002年7月18日、参議院内閣委員会で民主党・共産党社民党3党で共同提出された「戦時性的強制被害者問題解決促進法案」について、提案者を代表して趣旨説明を行った[13]。また、23日の審議には、慰安婦に名乗りを挙げている宋神道の書いた手紙をそのまま読み上げ、日本政府を糾弾した[14]
  • 2003年2月、韓国への海外視察の際、元慰安婦と称する関係者が毎週水曜日に個人補償を求めて行う抗議行動(通称水曜デモ)に国会議員の立場として参加し、日本の国旗にバツ印がついたプラカードの前で、こぶしを突き上げながら、在大韓民国日本国大使館にて行われている反日デモを応援した。これについて、2010年10月14日に参議院予算委員会において西田昌司から「(岡崎の活動は)日本人の血税を使って日本(の慰安婦)でなく外国人のみお金を渡そうとする行動」「自国の利益を排して外国のために働く。これは売国という。辞書でもそう書いてある。」「国会議員としての資格はない。直ちに辞めるべき。」と批判された[15]

また2010年10月22日の衆院法務委員会では稲田朋美議員から、日本の立場は日韓基本条約で解決済みとしているため、「個人補償を求める韓国のデモに参加し、何を訴えていたのか」等の質問に岡崎は「人間の尊厳を取り戻すため」デモに参加したことしか覚えていないとし、質問への明確な回答をせず、稲田からは答えられないこと自体がおかしな行為をした証拠と批判された[16]

  • 2004年12月3日、「被害者とともに『戦時性的強制被害者問題解決促進法案』の早期成立を求める集い」に参加。同日の昼、慰安婦に名乗りをあげて日本に謝罪と賠償を求めている李容洙細田博之内閣官房長官と面会させた。さらに、日本としてきちんと謝罪し、法的賠償を求める小泉総理あての要請書を手渡した[17]
  • 2005年2月28日、戦時性的強制被害者問題解決促進法案を再提出。法案提出後の記者会見で、慰安婦を称する女性たちが高齢化している現状を指摘し、内閣委員会での一刻も早い積極的な審議を求めた[18]

集会後は、浅野勝人副大臣と李容洙を引き合わせて、促進法案の早期成立を求めた[20]

  • 2008年11月25日、。第9回日本軍「慰安婦」問題アジア連帯会議に参加。日本政府に対して、慰安婦への公式謝罪と補償、歴史を教科書に、これらを核とする立法を、必ず実現させると訴えた。円より子と一緒に日本軍「慰安婦」問題アジア連帯会議と面談。従軍慰安婦問題は軍人個人の意思の問題ではなく、国家犯罪であると指摘し、従軍慰安婦への保障を推進することを約束した[21]
  • 2012年10月28日、参議院内閣委員会で、慰安婦を称する外国人に対する個人補償と謝罪を実現する意向を表明した。一方で日本人の慰安婦に対する救済措置は、関係諸国民と日本との信頼関係の醸成を考慮して行わないとした[22]
  • 2013年12月18日から20日に戦後補償を考える議員連盟の11名で三回目の訪韓団(団長:江田五月)を実行した。神本美恵子参議院議員は「慰安婦問題は、過去ではなく、現在の問題と長官の認識に共感する。日本国内での紛争であり、性暴力の解決行動課題に慰安婦問題を含んでいうと努力している」ことを強調した。
 団 長  江田五月議連会長 参議院議員 (元参議院議長、民主党最高顧問)
 副団長  神本美恵子議連事務局長 参議院議員  
藤谷光信  戦後補償議連 顧問(前会長) 前参議院議員   
岡崎トミ子  戦後補償議連 顧問(初代会長) 前参議院議員 
石毛えい子  戦後補償議連 副事務局長 前衆議院議員 
大河原雅子  戦後補償議連 幹事 前参議院議員  
小林千代美  戦後補償議連 幹事 元衆議院議員 
有光健 戦後補償議連 アドバイザー(戦後補償ネットワーク世話人代表) 
江田洋一 江田五月議員秘書 
大塚照代 神本美恵子議員秘書 
塩田三恵子 大河原雅子前参議院議員秘書             (合計 11名)[23][24][25]

その他[編集]

  • 選択的夫婦別姓制度に賛成。婚姻によりどちらかの姓を選択しなければならないことは、どちらかが変わること。代わったほうは、今までの個が否定される感覚に陥ったり、社会的にも不自由な思いをすることになる。選択するかしないかの自由を制限しなければならないいかなる理由も見当たらない。お互いの生き方の自由を認め合うパートナーシップの考え方になるべき、と述べている[29]

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 菅内閣 閣僚名簿”. 首相官邸. 2016年7月5日閲覧。
  2. ^ 2009/10/03 00:00 【河北新報】 民主、建設業界に急接近 宮城知事選  [1]
  3. ^ 民主代表に海江田氏 東北議員、結束し党再生を 2012/12/26 06:10 【河北新報】 [2]
  4. ^ 岡崎トミ子 参院選2013”. 読売新聞. 2016年7月5日閲覧。
  5. ^ 宮城県連について”. 民主党宮城県総支部連合会 (2016年2月10日). 2016年7月5日閲覧。
  6. ^ http://news.liao1.com/newspage/2009/05/4286321.html
  7. ^ 民主党ホームページ:指導力なし・緊張感なし・責任感なしの“最低・最悪内閣”は即刻辞任を~参議院で問責決議案採決 [3]
  8. ^ 民主党ホームページ:党男女共同参画委員会「クォータ制に関する勉強・調査」のため訪韓
  9. ^ 民主党:韓国・ウリ党女性議員と女性の政治参加・発展に向け懇談
  10. ^ 民主党ホームページ:男女共同参画推進本部、韓国の議員と少子高齢化などで意見交換
  11. ^ 朝鮮総連情報の収集指示=岡崎国家公安委員長 朝日新聞 2010年11月24日
  12. ^ 危機管理監到着1時間10分後 首相は『迅速対応』強調 東京新聞 2010年11月25日
  13. ^ 民主党:【参院内閣委】岡崎議員、戦時性的強制被害者問題法案の趣旨を説明[4]
  14. ^ 民主党:【参院内閣委】戦時性的強制被害者問題法案、審議入り [5]
  15. ^ 2010年10月14日 参議院予算委員会
  16. ^ 第176回国会 法務委員会 第2号(平成22年10月22日(金曜日))”. 衆議院 (2010年10月22日). 2015年7月24日閲覧。
  17. ^ 民主党:岡崎副代表、戦時性的強制被害者問題解決促進法案早期成立へ決意 [6]
  18. ^ 民主党:民主党などが「戦時性的強制被害者問題解決促進法案」を再提出 [7]
  19. ^ 赤旗 中国人「慰安婦」問題 院内集会開く/運動の再出発めざす [8]
  20. ^ 朝鮮新報 国会議員、市民団体ら 参院議員会館で集会 「慰安婦」解決促進法、早期制定を [9]
  21. ^ 第9回アジア連帯会議報告 [10]
  22. ^ 参院内閣委員会 [11]
  23. ^ 聯合ニュース日本語電子版「韓国女性家族部長官が日本議員と面談=慰安婦問題で」
  24. ^ 女性家族部長官、日本政府に日本軍慰安婦被害者問題解決要求
  25. ^ 第3回 韓国訪問報告書 [12]
  26. ^ 民主党ホームページ:野党有志議員の「小泉首相の靖国参拝反対の集い」ひらく [13]
  27. ^ “朝鮮学校理事長らから寄付 民主・岡崎議員の政治団体”. 共同通信社. 47NEWS. (2004-04-03to). http://www.47news.jp/CN/200404/CN2004040301000517.html 2011年8月17日閲覧。 
  28. ^ “民主・岡崎参院議員の政治団体 北朝鮮男性から寄付”. 産経新聞. (2004年4月3日) 
  29. ^ 別姓通信41号、1997年
  30. ^ 戦後処理に関するPT捕虜問題小委員会発足のご挨拶とご協力のお願い [14]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


議会
先代:
小川勝也
日本の旗 参議院総務委員長
2000年 - 2001年
次代:
溝手顕正
公職
先代:
中井洽
日本の旗 国家公安委員会委員長
第83代:2010年 - 2011年
次代:
中野寛成
先代:
荒井聰
日本の旗 特命担当大臣消費者及び食品安全
第3代:2010年 - 2011年
次代:
蓮舫
先代:
玄葉光一郎
日本の旗 特命担当大臣(少子化対策)
第7代:2010年 - 2011年
次代:
与謝野馨
先代:
玄葉光一郎
日本の旗 特命担当大臣(男女共同参画)
第13代:2010年 - 2011年
次代:
与謝野馨