安藤和津

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あんどう かづ
安藤 和津
生誕 (1948-03-06) 1948年3月6日(70歳)
日本の旗 日本 東京都台東区
出身校 学習院女子高等科
上智大学(中退)
配偶者 奥田瑛二

安藤 和津(あんどう かづ、1948年3月6日 - )は、日本エッセイストタレントである。戸籍名は、安藤 和子(あんどう かずこ、旧姓:荻野、犬養)。プロダクションパオ所属。

略歴・人物[編集]

東京柳橋に、後に法務大臣を務める犬養健の子(非嫡出子)として生まれ、のち子として認知される。犬養とは年が離れていたため、親子というよりはむしろ孫と祖父と見られることも多かったという。祖父は内閣総理大臣を務めた犬養毅。母の荻野昌子は実家の石材店が倒産したため女学校をやめて柳橋の芸者に転じ、後に料亭「をぎ乃」を始めた。和津が友人を映画などに出かける予定と知ると、友人宅に電話して確認するほど厳しく管理されて育ったという[1]。評論家犬養道子は異母姉、犬養康彦は異母兄で、国際協力機構(JICA)理事長の緒方貞子は従姉の娘にあたる。

学習院初等科・女子中等科・女子高等科を経て、上智大学文学部独文科を中退する。2年間の英国留学などを経て、1979年昭和54年)に俳優奥田瑛二と同棲を経て結婚する。長女は映画監督の安藤桃子、次女は女優の安藤サクラ

「犬養和」時代に、TBSラジオ土曜ワイドラジオTOKYO』で中継キャスターとしてデビューし、TVリポーターやニュースキャスターを務めた。元CNNキャスター。一時期ニッポン放送テレフォン人生相談』のパーソナリティを務めていたこともある。

在宅介護した母を看取った後に鬱病を13年間患った後に寛解。こうした体験を基にした著述[2]や講演を行っている。

出演[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

書籍[編集]

著書[編集]

翻訳[編集]

  • ダン・カイリー『ピーター・パン・パートナー―「母離れできない男」と、どうつき合うか』祥伝社、1994年1月、ISBN 978-4-39665012-4

脚注・出典[編集]

  1. ^ 私の分岐点(第294回)エッセイスト安藤和津さん、『ビッグイシュー日本版』329号
  2. ^ 私の分岐点(第294回)エッセイスト安藤和津さん、『ビッグイシュー日本版』329号

外部リンク[編集]