サエキけんぞう

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サエキ けんぞう
出生名 佐伯健三
生誕 (1958-07-28) 1958年7月28日(62歳)
出身地 日本の旗 日本千葉県市川市
学歴 徳島大学歯学部
ジャンル J-POP
職業 ミュージシャン作詞家
活動期間 1980年 - 現在
共同作業者 パール兄弟
公式サイト http://saekingdom.com/

サエキ けんぞう1958年7月28日 - )は、日本ミュージシャン作詞家音楽プロデューサーである。千葉県市川市出身。本名、佐伯 健三(読み同じ)。当初は漢字表記でミュージシャン活動をしていたが、画数占いにより、カタカナ・ひらかな表記に変更。

1983年に結成された日本のテクノユニットパール兄弟ボーカリストとして活動。作詞家として数々のアーティストに詞を提供している。

来歴[編集]

  • 小学生のころからロック・マニアとなり、小学5年からディスクユニオンに入り浸っていた。
  • 千葉大学教育学部附属中学校に進学。はっぴいえんどのコンサートに行き、大きな影響を受ける。
  • 千葉県立千葉高等学校に進学。高校時代に、比賀江、石原らと、メンバー非固定のバンド少年ホームランズを結成。のちにハルメンズに参加する上野耕路(同じ高校の1年後輩)もサポートメンバーとして参加する。
  • 1978年 - 1年の浪人ののち、徳島大学歯学部に入学。
  • 1980年 - 大学を休学し、ハルメンズ(メンバーはサエキの他、上野耕路、比賀江隆男、泉水敏郎、石原智広)のボーカリストとしてアルバム『ハルメンズの近代体操』でデビュー。ただしデビュー後すぐに、メンバーの上野耕路がゲルニカの結成に動くなどして、ハルメンズの活動は停滞する。
  • 1982年 - 戸川純野宮真貴を加えて解散ライブ「ハルメンズの伝説」を鹿鳴館で行う。
  • 1983年 - 窪田晴男中原信雄らとパール兄弟を結成する。
  • 1985年 - 徳島大学歯学部を卒業し、日本大学松戸歯学部補綴学教室に入局(1992年頃まで在局)[1]
  • 1986年 - 『未来はパール』で再デビュー。
  • 1995年 - セルジュ・ゲンズブールをリスペクトするイベント「ゲンスブール・ナイト」を開始。
  • 2003年 - フランスでソロアルバム『スシ頭の男』を発表。
  • 2008年 - 『みんなのうた』(NHK)で採用された楽曲「光のゲンちゃん」の作詞を担当。
  • 2010年 - 獨協大学にて「全学総合講座・メディア社会とロック」を講義。
  • 2011年 - 「ニュー ウェイヴほぼ30周年祭り」公式ustream番組として、加藤賢崇と「けんぞう&けんそうのHELLooニューウェイヴ)」(のち「ハロニュー! 」に)を開始。
  • 2012年 - 上記講義をまとめた著書『ロックとメディア社会』にて、ミュージック・ペンクラブ音楽賞ポピュラー部門・著作出版物賞を受賞。
  • 2015年 - 泉水敏郎吉田仁郎らとバンドジョリッツを結成。
  • 2017年 - 1月で「ハロニュー! 」が中断。

人物・その他エピソード[編集]

  • 歯科医師の免許を持っており、勤務医を務めた経験もある。
  • 兄は青山学院大学教授の佐伯真一[2]、評論家の篠原章はいとこ。
  • ニュースキャスターの安藤優子は、幼稚園と小学校時代の同級生。「ハルメンズ」のメンバー、比賀江隆男も同級生である。
  • 中学時代の同級生に、後の「少年ホームランズ」「ハルメンズ」のメンバー・石原智広がいた。この頃、バンド「はっぴいえんど」のコンサートで衝撃を受け、地元のサザンロック系のバーに入り浸る。また、青林堂を訪れ、長井勝一に会う。
  • 2009年春よりイベント「TOgether」を継続的に主催するなど、アイドルのプロデュース活動も積極的に始めた。また、文筆家としても活躍している。

主な作品[編集]

あ行[編集]

か行[編集]

さ行[編集]

た行[編集]

な行[編集]

は行[編集]

ま行[編集]

や行[編集]

ら行[編集]

わ行[編集]

アニメソング[編集]

著書[編集]

解説[編集]

WEBインタビュー[編集]

メディア出演[編集]

テレビ番組[編集]

ラジオ番組[編集]

Podcast[編集]

映画[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 歯科医療経済 2012年1月号, p.23
  2. ^ 本日新年更新・イトイ新聞2005年01月03日(月)

参考文献[編集]

  • 「平成24年新春特別企画 2012年に羽ばたく歯科界異能の才人たち」『歯科医療経済』第2巻第1号、医療経済出版東京都千代田区、2012年1月、 22-30頁。

外部リンク[編集]