ムーンライダーズ

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ムーンライダーズ
出身地 日本の旗 日本 東京
ジャンル ロック
ポップスパワー・ポップ
ニュー・ウェイヴ
オルタナティヴ・ロック
フォークロック
プログレッシブ・ロック
ワールド・ミュージック
活動期間 1975年 - 2011年12月
レーベル ワーナー・パイオニア
クラウンレコード
ジャパン・レコード
RVC
キャニオン・レコード
東芝EMI
ファンハウス
キューンレコード
JOYRIDE
EAST WEST/ドリームマシン
Moonriders RecordS
公式サイト moonriders.net
メンバー 鈴木慶一ボーカルギターキーボード
岡田徹(キーボード、コーラス、ボーカル)
武川雅寛ヴァイオリントランペットマンドリン、コーラス、ボーカル)
鈴木博文ベース、ギター、コーラス、ボーカル)
かしぶち哲郎ドラムス、コーラス、ボーカル)
白井良明(ギター、シタール、ギタギドラ、コーラス、ボーカル)(1977年 - )
旧メンバー 椎名和夫(ギター)( - 1977年)
土井正二郎 (ドラムス)

ムーンライダーズmoonriders)は、1975年に結成した日本ロックバンド2011年に無期限活動休止を発表するが、2016年7月1日、期間限定で「活動休止の休止」をすることを発表した[1][2]

略歴[編集]

結成[編集]

1975年、ロックバンド「はちみつぱい」(1971年結成、1974年解散)のメンバーだった鈴木慶一岡田徹武川雅寛かしぶち哲郎椎名和夫と、鈴木慶の実弟の鈴木博文により結成。鈴木博は「オリジナル・ムーンライダーズ[注 1]」(1972年結成、1974年解散。メンバーは鈴木順、鈴木博文、松本隆矢野誠山本浩美)に在籍していた。

「ムーンライダーズ」とは、稲垣足穂の小説「一千一秒物語」の一節から鈴木慶が命名したもので、オリジナル・ムーンライダーズの解散後に鈴木博、松本らに名前の再利用の承諾を得て、その名前を譲り受けることとなった。デビューアルバムの名義が「鈴木慶一とムーンライダー」だったため、クラウンレコードに移籍するまでの数年間、雑誌やテレビ・ラジオ等では「ムーンライダース」とされることが多かった。英語での表記は『DON'T TRUST OVER THIRTY』までは「MOON RIDERS」だったが、『最後の晩餐』からは「MOONRIDERS」または「Moonriders」、『dis-covered』からは「moonriders」が用いられている。

彼らははちみつぱいで為せなかった「音楽で食べていく」事を優先させるため、まず、アグネス・チャンのバックバンドを行うことにより、バンドの経済的基盤を確立させた。1975年2月1日、青森県五所川原市にて初めてアグネスのステージに立った。その後、香港ツアーにも同行するなどしてバックバンド活動は1976年2月まで続き[注 2]、1975年7月25日の演奏の模様はアグネスのライブアルバム『ファミリー・コンサート』に収録されている。収録されていないが、各ステージでは「酔いどれダンス・ミュージック」も演奏していた。人気歌手のバッキング活動は、その後もキャンディーズなどへと続いたが、かしぶちは途中で活動から離脱し、細野晴臣のトロピカル・ダンディーズに参加するなどした。かしぶちの離脱中は、土井正二郎(元はちみつぱい)が加入した。

1976年1月25日、「鈴木慶一とムーンライダー」として『火の玉ボーイ』(ワーナー・パイオニア)でアルバムデビュー。当初、鈴木慶のソロ・アルバムとして制作が進められていたが、手違いに近い形でバンド名がクレジットされることになった。再発の際に鈴木慶の単独名義になった時期もあったが、現在リリースされている物は再び「鈴木慶一とムーンライダー」名義になっている。

クラウン時代[編集]

1977年2月25日にようやく「ムーンライダーズ」としてアルバム『ムーンライダーズ』(クラウンレコード)を発表。サウンドがアメリカ的なものから欧州的になるにつれ、バンド内で抗争が起き、1977年3月24日のライブを最後に、音楽性の相違で椎名和夫が脱退。その後、アルバム『火の玉ボーイ』の楽曲制作に参加していたギタリストの白井良明が加入し、現行のメンバーが揃う事になった。

『イスタンブール・マンボ』(1977年)『ヌーベル・バーグ』(1978年)ではさらにその路線を押し進め、サウンドは欧州的から無国籍的な物へと変化していった。『ヌーベル・バーグ』の収録曲「いとこ同士」でシンセサイザーを積極的に楽曲に取り入れたことを皮切りに、バンド内でニュー・ウェイヴ化とアメリカ受容が進み、『モダーン・ミュージック』(1979年)の頃には、ディーヴォのような格好をして、既存の楽曲を解体・再構築するニュー・ウェイヴ・バンドと化した。その格好はすぐに止める事になるが、アルバム制作の際に「縛り」を入れるというルールが残った。『カメラ=万年筆』(1980年)は「架空の映画のサウンド・トラック」をテーマにヌーヴェルヴァーグの映画のタイトルを借用した楽曲が中心となるコンセプト・アルバムになった。

ジャパン・レコード - キャニオン・レコード時代[編集]

1981年にはジャパン・レコードへ移籍。移籍第1弾アルバム『マニア・マニエラ』は全編にコンピュータを取り入れ、またドラム等の楽器をパーツごとに別々に録音するなど、実験的なレコーディングが試みられ、テクノ・ミュージックやニュー・ウェイヴの頂点ともいうべき作品に仕上がっている。しかし、経費が高額となりレコード会社から「難解すぎる」「これでは売れない」と評されたため、メンバー自ら発売中止を決定した。直後、次作『青空百景』のレコーディングを開始。『マニア・マニエラ』は、当時まったく普及していなかったCDで発売(後に1984年カセットブック1986年にキャニオン・レコードよりLPとして発売)された。

以来、RVCキャニオン・レコードへ移籍しながらコンスタントにアルバムを発表した。その後、1986年11月21日の『DON'T TRUST OVER THIRTY』発表後、結成10周年記念として行われた、東京・恵比寿ファクトリー(東京都渋谷区:現在は閉鎖)でのライブの影響や、鈴木慶の耳などの病気により5年間にわたって活動を停止。メンバーは任天堂のゲームソフト「MOTHER」の音楽制作(鈴木慶の作品)や音楽プロデュース、ソロアルバムの制作など活発なソロ活動を展開していた。

東芝EMI時代 - 無期限活動休止[編集]

活動停止期間中には、このまま自然消滅かとの憶測も流れたが、1991年4月26日東芝EMI移籍第1弾アルバム『最後の晩餐』を発表。この年のNHKホール東京都渋谷区)におけるライブのチケットは即日ソールドアウトとなり、待望の復活を果たした。さらに、この後もファンハウスキューン・ソニーレコードと移籍を繰り返しながらも(音楽業界の江夏豊と冗談半分で称された)作品を次々と発表し、1999年にはワーナーミュージック・ジャパンのDREAM MACHINEレーベルに移籍し、関係者を驚かせた。そして2年後の2001年には、デビュー25周年を記念してアルバム『Dire Moron TRIBUNE』とファーストアルバム『火の玉ボーイ』の再発売盤をリリースした。2004年には自らのバンド名を冠したレーベルMoonriders RecordSを創立する。2006年にはデビュー30周年を迎え、日比谷野外音楽堂での多くのゲストを招いての記念ライブ、年末の全国ツアーライブ、アルバム『MOON Over the ROSEBUD』のリリースなど、活発な活動を行った。

35周年となる2011年11月11日、公式サイトにて2011年内をもって無期限活動休止に入ることを発表し事実上の解散となった。日本最初期の現役ロックバンドのこの活動休止宣言に多くのメディアやファンが驚いた。同時に、2011年11月11日午後11時11分より12月31日までの期間限定で、新曲「Last Serenade」を無料配信することも発表された。2011年12月30日にはタワーレコード新宿店の屋上でフリーライブを開催、ルーフトップ・コンサートと銘打たれた(ライブの模様はほぼ日刊イトイ新聞でも生配信された)。翌12月31日、ファンクラブ限定ライブの開催をもって全てのライブ活動を終了した。

2013年12月17日、メンバーのかしぶち哲郎が死去したことが、同年12月20日に発表された[3]

かしぶちの一周忌にあたる2014年12月17日日本青年館で一夜限定の復活ライブを開催した(翌12月18日に追加公演)。

結成40周年となる2016年5月10日、8月28日開催のロック・フェスティバルワールド・ハピネス2016」に出場することが発表され、一夜限定ライブを除くと5年ぶりに復活し、事実上の再結成となった[4]。同年7月1日、期間限定で「活動休止の休止」をすることを発表[1]。秋にライブツアー「Moonriders Outro Clubbing Tour」(同年10月6日より6カ所7公演)を行うことをアナウンスした[2]

音楽性[編集]

彼らの音楽的先進性については、『ムーン・ライダーズ』『イスタンブール・マンボ』でのワールド・ミュージック的要素の積極的な導入(以降のアルバムでも独特の「無国籍」感は保たれる)に始まり、『ヌーベル・バーグ』において当時登場したばかりのシンセサイザーを積極的に活用、続く『モダーン・ミュージック』での当時最先端であったニュー・ウェイヴへの接近とボコーダーの使用、『マニア・マニエラ』(1981年11月24日から録音開始)に至ってはローランド MC-4(ミュージックシーケンサー)を大々的に導入しレコーディングにおける個人作業を活性化させるなどの様々な試みからもわかる。

現在もソロ活動、音楽プロデューサーなどメンバー個人の活動のほか、アルバム制作やライブ活動も精力的におこなっている。メンバー全員がバンド内でのソングライティング(作詞・作曲・編曲・ボーカル)や職業作曲家、プロデュース業、スタジオ・ミュージシャン業をこなすという稀有なバンドであり、その膨大な作品群は2001年より「ムーンライダーズのイイ仕事」シリーズとしてビクター、フォーライフ、ユニバーサル、徳間ジャパン、クラウン、東芝EMI、ワーナー、ポニーキャニオンなど各社よりオムニバスアルバムとしてリリースされている。それぞれ多くのCM曲を手がけており、近年では「マツダ(1996年のマツダに乗りに行こうシリーズ。キャロルカペラボンゴフレンディなど)」「PlayStation」、「アロエリーナ」、「ドコモダケ」等がある。楽曲のスタイルは常に変遷し、また曲ごとのアプローチもしばしば異なるが、メンバーの全員がリードボーカルを担当できる強みから、男性ユニゾンとコーラスワークを基本とするのみならず、各々のスタイルを活かして複数のメンバーがリードを取ることも多々ある柔軟なスタンスが特徴。

一時期の作品タイトルは映画や書籍などから引用したものが多く、それ以降も時事的なトピックや先行する創作物からの影響で作られた楽曲も間々存在する。またタイトルや歌詞に犬が頻繁に登場することも特徴といえる。

アルバム収録曲は基本的にメンバーの投票によって決定されるが、0票だから収録されないということもないという。毎回50曲ほどのボツ曲があるとのことで、それらの曲はソロや提供曲で再利用されることもあるという。初期のアルバムでは先着順もあった。鈴木慶曰く、自分は出だしはいいがサビが苦手なので、他のメンバーの意見を積極的に取り入れたり、他のコンポーザーのサビと繋げたりもするという。

メンバー[編集]

メンバー[編集]

元メンバー[編集]

はちみつぱい。オリジナルメンバー。1977年、音楽性の相違で脱退。編曲家に転進。
  • 土井正二郎 (ドラムス)
元はちみつぱい。1975年、かしぶちがアグネスのツアーに参加しなかった時期に加入。1976年、アルバム『火の玉ボーイ』発表後に脱退。

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  1. スカンピン c/w あの娘のラブレター(1977年
  2. ジェラシー c/w Beep Beep Be オーライ(1977年)
  3. ヴァージニティ c/w ヴィデオ・ボーイ(1979年
  4. モダーン・ラヴァーズ c/w 鬼火(1980年
  5. 彼女について知っている二・三の事柄 c/w 地下水道(KANAL DUB)(1980年)
  6. エレファント c/w ヴィデオ・ボーイ(NEW RECORDING)(1981年
  7. 僕はスーパーフライ c/w くれない埠頭(1982年
  8. M.I.J. c/w GYM(1984年
  9. 花咲く乙女よ穴を掘れ c/w 滑車と振子(1986年
  10. 夏の日のオーガズム c/w 今すぐ君をぶっとばせ、夏の日のオーガズム(Poolside Mix)(1986年)
  11. ダイナマイトとクールガイ c/w シリコン・ボーイ(1992年
  12. 海の家 c/w Love Me Tonight(Fuge Garage Mix)(1995年
  13. 冷えたビールがないなんて c/w おかわり人生、ボクハナク(Beach House Mix)(1995年)
  14. 9月の海はクラゲの海 c/w 9月の海はクラゲの海(DEEP SEE MIX)、9月の海はクラゲの海(COSMIC TRAVELER MIX)(1995年)
  15. HAPPY/BLUE'95 c/w ぼくはタンポポを愛す(1995年)
  16. ニットキャップマン c/w ビアティテュード(1996年
  17. 恋人が眠ったあとに唄う歌 c/w 酔いどれダンス・ミュージック(1998年
  18. Sweet Bitter Candy -秋〜冬- c/w Sweet Bitter Candy-秋〜冬-(Tabacology Mix)、月夜のドライヴ(Sweet Bitter Candyのみムーンライダーズ feat. 奥田民生、1998年)
  19. kissin' you till I die/pissism a go go c/w pissism a go go(2001年、配信限定曲『pissin' till I die/pissism a go go』を一部変更したもの)
  20. ゆうがたフレンド(公園にて)2006年、『ゆうがたフレンド』としてiTunes Storeバージョンが公開されている)
  21. Cool Dynamo,Right on c/w Cool Dynamo,Right on (RIOW ARAI MIX)(2007年
  22. Tokyo, Round and Round2008年、配信)
  23. 恋はアマリリス2009年、配信)
  24. You & Us(2009年、配信)
  25. Tokyo Navi(2009年、配信)
  26. 三日月の翼(2009年、配信)
  27. Come Up(2009年、配信)
  28. ゲゲゲの女房のうた(A Ge Ge Version) c/w 日曜はダメよ、くれない埠頭 2010(ムーンライダーズ feat. 小島麻由美2010年

アルバム[編集]

  1. 火の玉ボーイ1976年1月25日) ※鈴木慶一とムーンライダース名義
  2. MOON RIDERS / ムーンライダーズ1977年2月25日
  3. Istanbul mambo / イスタンブール・マンボ1977年10月25日
  4. NOUVELLES VAGUES / ヌーベル・バーグ1978年12月25日
  5. MODERN MUSIC / モダーン・ミュージック1979年10月25日
  6. CAMERA EGAL STYLO / カメラ=万年筆1980年8月25日
  7. 青空百景1982年9月25日
  8. MANIA MANIERA / マニア・マニエラ1982年12月15日
  9. AMATEUR ACADEMY / アマチュア・アカデミー1984年8月21日
  10. ANIMAL INDEX / アニマル・インデックス1985年10月21日
  11. DON'T TRUST OVER THIRTY(1986年11月21日
  12. 最後の晩餐1991年4月26日
  13. A.O.R1992年9月30日
  14. ムーンライダーズの夜(1995年12月1日
  15. Bizarre Music For You1996年12月4日
  16. 月面讃歌1998年7月18日
  17. dis-covered1999年11月25日
  18. Dire Moron TRIBUNE2001年12月12日
  19. P.W Babies Paperback2005年5月11日
  20. MOON OVER the ROSEBUD2006年10月25日
  21. Tokyo72009年9月16日
  22. Ciao!2011年12月14日

マキシ・ミニアルバム[編集]

  1. 夏の日のオーガズム1986年6月21日
  2. Beautiful Young Generation HIGH SCHOOL BASEMENT 11995年3月1日、カバーアルバム)
  3. La Café de la Plage1995年6月25日、セルフカバーアルバム)
  4. Six musicians on their way to the last exit2000年12月15日
  5. No.92004年2月23日、映画「東京ゴッドファーザーズ」のエンディングテーマ「No.9」などを5.1chで収録したSACDサウンドトラックアルバム未収録のアウトテイクを含む全8曲を収録)
  6. Here we go'round HQD(2009年9月1日、配信限定シングルコレクション)

サウンドトラック[編集]

  1. 東京ゴッドファーザーズ

ライブアルバム[編集]

  1. THE WORST OF MOONRIDERS1986年9月5日
  2. a touch of fullmoon shows in the night2000年7月7日
  3. マニアの受難 PASSION MANIACS Original Soundtrack2006年11月2日
  4. moonriders LIVE at MIELPARQUE TOKYO HALL 2011.05.05“火の玉ボーイコンサート”2012年1月25日

ベストアルバム[編集]

アーカイブシリーズ[編集]

ビデオ・DVD[編集]

  • DREAM MATERIALIZER
  • moonriders LIVE at SHINJUKU LOFT 2006.4.15 (2008年)
  • The Postwar Babies Show(2005年)
  • 月面讃画〜ムーンライダーズ・月面サマーツアー1998
  • PASSION MANIACS マニアの受難2006年
  • Ciao!THE MOONRIDERS LIVE 20112012年

書籍[編集]

  • ムーンライダーズ詩集(1986年)
  • フライト・レコーダー
  • 火の玉ボーイとコモンマン 東京・音楽・家族 1951〜1990(1989年)
  • ユリイカ 2005年6月号 特集 ムーンライダーズ 薔薇がなくちゃ生きてゆけないんだってば!
  • ミュージック・マガジン増刊 ムーンライダーズの30年(2006年)
  • 月光下騎士団大事典~ムーンライダーズデビュー30周年記念目録(2007年)

テレビ[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 正式名称は「ムーンライダーズ」であるが、鈴木博文が在籍していた事を除けば、完全に別のグループである。
  2. ^ アグネス・チャンとの共演は、その後、2009年9月2日発売のシングル『あなたの忘れ物』の演奏やプロモーションビデオへの参加、2010年3月16日日本武道館でのコンサートの一部バッキングという形で再現された。
  3. ^ ファンであることを公言。アルバム『DON'T TRUST OVER THIRTY』の収録曲「マニアの受難」「ボクハナク」が、コミック版『新世紀エヴァンゲリオン』(角川書店)のサブタイトルに引用されている。これが縁で、ベストアルバム『アンソロジー 1976-1996』のジャケットのイラストを執筆する。
  4. ^ コミックで紹介しており、イメージアルバム『わかつきめぐみの宝船ワールド』のプロデューサーを鈴木慶が担当。武川と白井を除くメンバーが楽曲制作に参加している。
  5. ^ コミック『ビアティチュードBEATITUDE 1』(2008年10月、講談社)のタイトルは、アルバム『Bizarre Music For You』に収録されている楽曲から引用。作中には鈴木慶がモデルの流しのギター弾きが登場する[7]。また、鈴木慶とのコラボ作品『Yの思い出』がある。
  6. ^ 大学時代からのファン。『F vol.41』では対談も果たしている。
  7. ^ 公式サイトのプロフィールより[8]かしぶち哲郎トリビュートアルバム『a tribute to Tetsuroh Kashibuchi ~ハバロフスクを訪ねて』のジャケットイラストを執筆した[9]
  8. ^ 自作のタイトルに、ムーンライダーズの曲名をもじったものが多数存在する。
  9. ^ 『モテキ』のサブタイトルにおいて、ムーンライダーズの曲名を引用している。
  10. ^ 影響されて作った楽曲があり、メンバーとの交流もある
  11. ^ いくつかの楽曲をカヴァーしている。
  12. ^ ファンクラブのイベント『BABY PEENATS MEETING vol.1』で「ニットキャップマン」をカバーしている。
  13. ^ 80年代から気に入って聞いており、現在でも新作を聴いている。(WEBマガジン『Tune in』「鈴木慶一×サエキけんぞう×ハヤシ」の対談より)
  14. ^ 戯曲「フラジャイル」にスズキケイイチA,B,Cなる人物が登場し、単行本では鈴木慶一と対談している
  15. ^ ムーンライダーズ公式サイトに、ナンシーによるメンバー全員の消しゴムアートが掲載されている。またネット上で行われたチャットにも参加している。
  16. ^ 監督作に鈴木慶一を役者として起用。またバンドの20周年記念プロモーションビデオ(ニットキャップマン)の監督を担当。このP.V.を中心にして、ビデオ作品『毛ぼうし』を製作。
  17. ^ 自作のタイトルやセリフにムーンライダーズの曲名を引用したりもじったものが多数存在する他、自作「きみといると」では岩井良明なる人物が登場する。

出典[編集]

  1. ^ a b 白井良明. “2016年7月1日23時39分のツイート”. Twitter. 2016年7月24日閲覧。
  2. ^ a b ムーンライダーズが「活動休止の休止」、秋に7公演のツアー開催”. ナタリー. ナターシャ (2016年7月2日). 2016年7月24日閲覧。
  3. ^ ムーンライダーズのドラマー、かしぶち哲郎が逝去。享年63歳”. Ro69. ロッキング・オン (2013年12月20日). 2013年12月20日閲覧。
  4. ^ ムーンライダーズがワーハピで復活、スカパラ&Ykiki Beat出演も決定”. ナタリー. ナターシャ (2016年5月10日). 2016年7月24日閲覧。
  5. ^ 「あとがき」『江口寿史の爆発ディナーショー双葉社、1991年6月。ISBN 9784575281125
  6. ^ F太田出版、vol.41より。
  7. ^ 『ビアティチュード(BEATITUDE)』やまだないと|2009年ノミネート作品”. マンガ大賞. 、マンガ大賞実行委員会. 2016年7月24日閲覧。
  8. ^ 作家プロフィール|谷川史子”. Cookie. 集英社. 2016年7月24日閲覧。
  9. ^ 谷川史子がジャケ執筆、矢野顕子ら参加のかしぶち哲郎トリビュート盤”. コミックナタリー. ナターシャ (2014年11月17日). 2016年7月24日閲覧。
  10. ^ 「20世紀のムーンライダーズ '98」より

関連項目[編集]

外部リンク[編集]