POLYSICS
POLYSICS | |
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基本情報 | |
出身地 |
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ジャンル |
オルタナティヴ・ロック ニュー・ウェイヴ ポストパンク シンセポップ テクノポップ J-POP |
活動期間 | 1997年 - |
レーベル |
DECKREC RECORDS (1999年 - 2000年) キューンレコード (2000年 - ) |
公式サイト | www.polysics.com |
メンバー |
ハヤシ(ギター・ボーカル・シンセサイザー・プログラミング) フミ(ベース・シンセサイザー・ボーカル) ヤノ(ドラムス・ボーカル) |
旧メンバー |
カワベ カネコ(シンセサイザー) スガイ(ドラムス) サコ(シンセサイザー・ヴォコーダー・パン投げ) カヨ(シンセサイザー・ボーカル・ヴォコーダー・リコーダー) ナカムラ(ギター・ボーカル・シンセサイザー) |
POLYSICS(ポリシックス)は、日本のニュー・ウェーヴ・テクノポップ・ロック・バンド。1997年に結成。キューンレコードに所属。
メンバー[編集]
現在のメンバー[編集]
- ハヤシ
- ギター、ボーカル、プログラミング、シンセサイザー、ヴォコーダー。1978年8月8日生、東京都新宿区落合出身。(出生地は山形県) A型。
- 元POLY-1。POLYSICSのリーダー。メンバー紹介ではハヤシヒロユキとも紹介されている。主にフェンダー・ストラトキャスター、ギブソン・SG、フェンダー・ジャズマスターなどを使用している。またディーヴォのギタリストが使用していた細長いギター、ラ・バイエ 2x4も所有。ライブなどでは使いづらいということで、プロモーションビデオ等に限り使用している。
- ライブ時には非常に高いテンションでのパフォーマンスをみせるため、ライブが始まって2、3曲目には汗まみれの姿になる。また、基本的にライブでのMCはハヤシ1人で行っている。
- ステージやカメラの前では常にハイテンションだが、つなぎを脱ぐと温厚なメガネの好青年。
- ルパン三世主題歌等のリミックスやHALCALIの楽曲プロデュース等の活動も行なっている。
- ロックフェスやDJイベントではDJとしても活躍している。ハヤシのDJはCDを流し、それに合わせたカラオケやエアギターなどの様々なパフォーマンスを行うという異質さからも人気があり、“DJと言う名の不法集会”と呼ばれる。またその際のハヤシは「DJハヤシ」と呼ばれることが多い。
- ライブやテレビ、ラジオ、雑誌等のメディアへの出演時には、「トイス(TOISU!)」という挨拶をしている。
- ラーメン、特にタンメンを好物とし、西瓜やとんかつを嫌う(とんかつは現在は克服した模様)。また、特撮ファンで、フィギュアをこよなく愛し収集している。テクノやニュー・ウェイヴ・ミュージックなどの音楽に関して造詣が深い。周囲の人間から、「ハヤシはオタク気質である」と表現されることが多い。
- カヨとは高校の同級生で軽音部員同士。カヨは学生時代のハヤシの印象を「暗かった」と語っている。
- フミ
- ベース、ボーカル、プログラミング、ヴォコーダー。1978年4月25日生、東京都世田谷区出身。AB型。
- ヤマハ・SBV-550を使用(他にもSBV-500や、SBV-J1、J-2など、SBVシリーズのモデルを計6本を所有)。以前はフェンダー・プレシジョンベースを使用。曲によってはシンセサイザーも弾く。更に2012年頃の3人体制になった後のライブでは、時にドラムを演奏することもある。
- 1999年からサポートメンバーとして参加。2001年にリリースされたアルバム『ENO』より正式メンバーとして加入。加入以前には54NUDE HONEYSというバンドに所属し、ギターを担当していた。ベースを始めたのはPOLYSICS参加後である。
- ハヤシによるDJイベントにゲストとして登場することが多い。その際には、『夢見る少女じゃいられない』や『林檎殺人事件』などに合わせたパフォーマンスが恒例である。
- ヤノとは対照的に、ライブ中には笑うなど感情を表面に出す場面が多い。
- 酒を好み、喫煙家である。酒好きが高じて自宅でイカの燻製などの酒の肴を作ることもある[1]。この嗜好を反映するように、メンバーによるBlog「POLYSICSのできぬかな」では度々お酒の話が登場する。また、白木屋などの、居酒屋チェーン名の英訳をただ羅列した歌詞を持った曲を作っている。ハヤシ曰く「POLYSICSの酒担当」。
- 男らしい性格。ハヤシからは「実はフミはぬいぐるみを着ていて、背中のチャックを開けるとおっさんが出てくる」「ヤノより男らしい」と言われた。
- ヤノ
- ドラムス、コーラス。1981年6月6日生、愛媛県今治市出身。A型。
- Pearl Carbonply Mapleを使用。メンバー紹介ではヤノマサシとも紹介されている。
- 2004年5月に加入。ドラムス募集のオーディションを経てPOLYSICSへの加入が決定した。ドラム以外にも「プロテニス」、「ズーバーマン」等の楽曲ではコーラスも担当していたり、楽曲によってはギターを演奏する。
- カヨ脱退までの4人体制時には、カヨ同様にメディアに登場する際にはマネキンのように動かなかったり、一言も喋らなかったりとロボットのようなキャラクターを演じる場合が多かった(ただ、カヨに比べテレビ出演時には普通に会話することは多かった)。
- しかしながら、カヨ脱退後の3人体制になった2012年頃からはライブ中含め、前面に出てMCに混ざるなど、姿勢の変化がある。
- ハヤシがDJでXの「オルガスム」をかける際には、その舞台上にヤノが登場し、ハヤシと共にXジャンプを披露するのが定番となっている。
- コーヒー愛好家で、メンバーによるブログ「POLYSICSのできぬかな」では喫茶店の話などがたびたび出ている。また、ヨガを好んで行なっている。
- 仲間のミュージシャンと結成したフットサルチーム(FCマッコリ)に所属している。
- 加入時期や年齢の差から他のメンバーには敬語で喋り、イジられる場面が多々見受けられる。ハヤシによると「(ヤノは)メンバー入り当初、あまりのプレッシャーから寝言で奇声を発した」らしい。
過去のメンバー[編集]
- カワベ
- POLYSICSの初期メンバーの1人。ハヤシ、カヨとは高校の同級生。「大学進学後に他にやりたいことが見つかった」との理由で、最初のライブ後に脱退。
- カネコ
- シンセサイザー担当。
- 渋谷のクラブでハヤシと意気投合し1997年に加入したが、その年の11月に脱退。POLYSICSの名前の由来となったシンセサイザー・Polysixを使用していた。
- POLY-2(サコ)
- シンセサイザー、ヴォコーダー、パン投げ担当。
- POLYSICSの初期メンバーの1人。本名は迫英介。ハヤシ、カヨとは高校の同級生。ライブでは主に、シンセサイザーをいじくって電子音の効果音を流したり、ステージ上で食パンを投げるなどといったキワモノ的パフォーマンスを担当している。1999年のデビューアルバム『1st P』リリース後に脱退。POLYSICS脱退後はヤング100Vなどで活躍。
- スガイ
- ドラムス担当。1975年9月6日生。O型。
- 元POLY-4。メンバー紹介ではスガイジュンイチとも紹介されていた。他のメンバーからは、スガイっちとも呼ばれていた。
- 1998年4月17日にPOLYSICSのライブに初めて参加し、6月にPOLYSICSに加入[2]。2003年の『カジャカジャグー』レコーディング後に開催された5“POLYSICS presents春だ!EPOCH!A・B・C!ツアー「CLUB エポック!」”最終日となる5月10日の大阪ライブを以て脱退。
- 脱退前までは、ライブでのMCやメディア露出時にはハヤシとスガイを中心としたトークが行われていた。
- カヨ
- シンセサイザー、ボーカル、ヴォコーダー、リコーダー担当。1979年3月27日生、東京都新宿区出身。AB型。
- 元POLY-3。Clavia Nord Lead 2、KORG Polysix、ローランド JUNO-Gを使用。左利きである。曲によってはギター、ベースも弾くこともある。
- 1998年3月にPOLYSICS加入。当時カネコが脱退し、シンセサイザーを演奏するメンバーがもう1人必要であったため、ハヤシに勧誘され加入した。ハヤシとは高校の同級生で軽音部員同士だった。またカヨは4歳から10年程度ピアノを習っており、その経験を買われた。
- 初めて参加したライブは加入前のPOLYSICSのライブである。
- ハヤシ曰く「POLYSICSの金担当」。
- ライブ中、感情を表に出すことはほとんどなく、アンドロイドのように決まった動きしかしない。また、雑誌やテレビ等のメディア媒体への出演時においても、同様のキャラクターとして振舞うことが多い。だが、このロボットのような動きはあくまでもバンドとしてのキャラクターであり、普段は至って普通の女性。
- POLYSICSとは別に 『三つ編みヒロイン』といった楽曲を発表するなど、ソロ活動の経験もある。
- POLYSICSへの加入以前は、ニュー・ウェイヴサウンドに対し特別な興味は無かった。ちなみにDEVOの音楽を聴いたのはPOLYSICSへの加入後である。
- 尊敬している人物は漫画家の手塚治虫。趣味はブライスやエルモ、ふくろう等のグッズ集め。チョコレートが好き。アルコールは受け付けない。
- 2010年3月14日の武道館公演を最後に、バンドを脱退。[1]
- バンド脱退後の2011年10月21日、POLYSICSメンバーとも面識がある音楽関係者との結婚と、アメリカの永住権を取得して移住することを自身のブログで発表[3]。
- ナカムラリョウ
- ギター、シンセサイザー、ボイス。1981年11月19日生。長野県出身。
- 2017年10月2日加入。2017年9月に「THE TOISU!!!!」名義で行われた数本のライブより参加。
- 2001年から2011年の活動休止までバンド「throwcurve」にボーカルギターとして在籍。その後はソロプロジェクト「ナカムラリョウと前未来」やサポートミュージシャン・劇伴音楽の制作、オワリカラのタカハシヒョウリらを中心に結成された特撮ソングカバーバンド、科楽特奏隊の活動などに参加している。グラフィックデザイナーとしても活動中。
- 『That’s Fantastic』リリース以降、POLYSICS(特に、 ハヤシ。)の求める方向性、 音楽性の違いがナカムラの中で少しづつ顕著に現れて、 メンバー在籍を継続することに疑問を抱き、2019年12月にメンバーを脱退することをHP上で発表。2020年の2月から行われるツアー『SynchroにCity』の最終公演(東京)となる3月14日で脱退することが決まっていたが、新型コロナウイルス感染症の流行 (2019年-)によりツアーが途中で延期。4月3日、中止が発表し、そのまま脱退となった。ポリシックス脱退後はナカムラリョウ自身による新ソロプロジェクト「the other one」[4]を始動する予定であるという。
サポートメンバー[編集]
- イシマル
- ドラムス担当。
- 2003年のスガイ脱退から、2004年5月のヤノ加入までの間、サポートドラムを務めた。元SNAIL RAMP(現在は活動休止)のメンバー。
概要[編集]
ディーヴォ・スピリッツの継承者[編集]
POLYSICSはインディーズ時代、メンバーをそれぞれPOLY-1、POLY-2、POLY-3、POLY-4というコードネームで呼んでいた。これはアメリカのニュー・ウェイヴ・バンドのディーヴォのBOB1号、BOB2号(メンバーにボブが二人いたため)を発展させたものである。POLYSICSが最も大きな影響を受けているのはディーヴォであり、バンドリーダーのハヤシがたびたび述べている通り、バンド活動の初期からPOLYSICSはディーヴォの精神の継承者として音楽を作ってきた。彼らのディーヴォへのリスペクトはPOLYSICSの楽曲や映像作品の随所に見ることができる。
メンバー揃いの目隠し線を模したバイザーとつなぎも彼らの影響であり、1997年の新宿JAM時代の結成当時は、ポケモンのモンスターボールを模した形のDEVOのエナジードーム風の、チクビ帽なるハヤシ自作の被り物に、黒い丸いPのバッジ、赤い半袖のツナギ服を着用していた。そして、結成当初はオレンジのつなぎに、丸いPのバッジと、四角い黒いバイザーというディーヴォの影響が色濃い衣装を着用していた。 後の活動の中で少しずつデザインが変化し、一時期はジャケット姿やボーイスカウトを模した衣装等、異なる時期もあったものの、つなぎやバイザー等の記号はPOLYSICSに現在も取り入られ続けている。
2003年8月のサマーソニックでは、ステージは違いながらもディーヴォと競演し、その際にディーヴォから「君たちはディーヴォの正統な後継者だ」とお墨付きをもらった、と後にハヤシが語っている。
サウンドの特徴[編集]
テクノ・ポップやニュー・ウェイヴを咀嚼し、独自のロックテイストを加えたサウンドが特徴。結成当初は詞は全て英語、もしくは宇宙語(en:gibberish、解読不能な言葉)だったが、シングル『NEW WAVE JACKET』以降日本語でも歌うようになった。ライブでは、フロントマンであるハヤシがエネルギッシュなパフォーマンスを見せる一方で、カヨやヤノは無表情で楽器を演奏し、不思議な空間を作り出していたが、カヨ脱退の少し前からヤノもシャウトを担当するなど、フロントマンに負けず劣らずのパフォーマンスを披露している。アメリカやイギリスなど世界を股にかけたライブ活動も精力的に行っており、世界中で熱狂的なファンを得ている。
POLYSICSにとってはディーヴォが最大の影響を受けた存在であると言えるが、それ以外の多くのバンドやミュージシャンからも様々な影響を受けていることが伺える。例を挙げると、P-MODEL、クラフトワーク、筋肉少女帯、XTC、トーキング・ヘッズ、イエロー・マジック・オーケストラ、ノイ!、一風堂、有頂天、ユニコーン、LÄ-PPISCH、ブライアン・イーノ、ニルヴァーナ、デヴィッド・ボウイ、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、イエスなど。楽曲に先人へのオマージュが込められているものが多いのも特徴の一つである。
POLYSICSはまた プラスチックス、ヒカシュー、スティクス、ザ・ナック、シン・リジィ、スージー・クアトロ、ディーヴォ、ソフト・セル、フランク・シナトラ、ラモーンズ、P-MODEL、スピッツ、ニューロティカ、レピッシュ、電気グルーヴといったミュージシャンの楽曲のカヴァーも行っている。
バンド名の由来[編集]
ハヤシが初めて購入したシンセサイザー、コルグの「polysix」に由来する。この「polysix」は『Now is the time!』までは楽曲やライブで使用されていた。
来歴[編集]
結成からメジャーデビュー (1996年 - 2000年)[編集]
POLYSICSはハヤシを中心に結成されたバンドである。 ハヤシは中学、高校在学中に宅録や複数のバンドでの音楽活動を行っていた。当初は様々なジャンルのカバーを主としていたが、高校時代に結成したバンド「コアラ盛り合わせ」ではオリジナル曲を作成しアルバムを自主制作で2枚出した。同じ頃、小学校の同級生4人でバンド「リズムミンチ」を結成し、活動していたものの、ハヤシ以外のメンバーが大学受験勉強に専念し、またヴォーカルの脱退などもあり、このバンドは活動停止した(ハヤシ曰く、凍結したとのこと)。 その様な中、ハヤシが高校3年生の1996年、DEVOへの憧れやP-MODELの日比谷野外音楽堂でのライブに触発され、POLYSICSというバンドの結成を決意。
1997年3月、高校の同級生同士であるハヤシ、サコ、カワベでPOLYSICSを結成。高校卒業する前の3月4日、新宿JAMで初ライブを行う。結成当初は、ベース、ドラムは在籍しておらず、ギター、ボーカルとボコーダー、シンセサイザーに打ち込みのバックトラックを使用したテクノポップバンドであった。以後、3月4日をPOLYSICSの結成日として、○周年記念イベント等を開催している。同春にハヤシ、サコ、カワベの3名は高校を卒業。その後、カワベから大学でほかにやりたいことが見つかったと連絡が入り、最初の新宿JAMでのライブを最後に脱退。同じ時期に、ハヤシが渋谷のクラブでカネコと知り合い加入。ハヤシ、サコ、カネコの3人組となったが、方向性の違いが生じて、97年11月にカネコが脱退。同冬に、POLYSICSはハヤシとサコの2人組ユニットになった。脱退したメンバーの穴を埋める形でハヤシと高校の軽音部で一緒だったカヨが1998年3月に新宿JAMでのライブで加入。
カヨ加入から半年後となる1998年6月にスガイが加入。この頃に「POLY-X」というコードネーム、バイザーとオレンジ色つなぎを導入し、初期のPOLYSICSのスタイルが完成した。これらのコードネーム、バイザー、ツナギはまさにDEVOを表す記号の一つでもあり、それを楽曲面だけでなく、バンドのビジュアル的側面としても取り入れた。 それから同じ時期に下北沢QUE、下北沢シェルター、渋谷屋根裏、新宿JAM、新宿リキッドルーム、代官山LOOP、池袋サイバーなど数々の都内のライブハウスを中心にライブ活動をしていく。
同年9月に、日本のロックシーンで盛り上がりの兆しを見せていた新世代ニュー・ウェイヴのバンド有志によるオムニバスアルバム『TOKYO NEWWAVE OF NEWWAVE '98』に参加し、注目を集めるようになった。テクノポップ色が後退し、バンドのライブ感が前面に出た作品となった。この頃は主にPOLY-2(サコ)の食パン投げなどのキワモノ的パフォーマンスをするバンドとして知られていた。当初は袋に入った煎餅を投げていたが、「当たると痛い」という客からの苦情が殺到し、食パンに変えた。
1999年にUKプロジェクトが運営するインディーズレーベルDECKREC RECORDSと契約。同年2月にデビュー・アルバム『1stP』をリリースした。また同年の3月には下北沢CLUB QUEで初のワンマンライブを開催した[2]。『1stP』が発売された頃からライブでの動員も急激に増えていき、4月にはラジオのレギュラー番組を担当、夏にはフジ・ロック・フェスティバルへ出演するなど、活動と人気が着実に広がっていった。しかし所謂「キワモノ系バンド」「おちゃらけたニュー・ウェイヴバンド」として評価を受けることも多く、ハヤシはキワモノっぽさ、ポップさだけでなく、きちんとした演奏力が今後のPOLYSICSには重要だと考えていた。当時のサコは演奏力がハヤシの期待するレベルに達していなかったこともあり、ハヤシはサコに対し脱退するように勧告した。5月にはサコが脱退し、それを機に「POLY-X」というコードネームを廃止するなどの変化がみられた。
1999年の10月には2ndアルバム『A・D・S・R・M!』をリリースした。この頃から、サポート・メンバーとして元54NUDE HONEYSのフミがベースで参加するようになった。同年、初の全国ツアーを敢行した。ちなみに『A・D・S・R・M!』までの楽曲には歌詞らしい歌詞が無い。
2000年3月には、初の日本国外でのライブとしてSXSW2000への出演、およびアメリカツアーを敢行。このアメリカツアー中に、ハヤシはロスアンゼルスにあるDEVOのスタジオを訪れた。そこで、ハヤシはDEVOメンバーと直接会話を交わし、DEVOにPOLYSICSのCDを渡す。
NEUからFOR YOUNG ELECTRIC POP (2000年 - 2002年)[編集]
2000年4月にキューンレコードと契約し、シングル『XCT』『each life each end』をリリースした。同年9月にはメジャー・1stアルバム『NEU』をリリースした。テクノポップ色が後退し、バンドのライブ感が前面に出た作品と評価された。同年、「NEU」リリースを引っ提げて全国ツアーを開始した。
その翌年2001年4月に3rdシングル『NEW WAVE JACKET』をリリース。この頃から、歌詞に日本語が用いられるようになっていった。また同年6月にリリースされたアルバム『ENO』では一転シンセサウンド、テクノポップ色をより強く意識した音作りにシフトした。このアルバムから、1999年よりサポートメンバーだったフミが正式メンバーとして加入した。 同時期には「NEWWAVE JACKET TOUR」全国ツアーを敢行。また、夏頃には幾つかのロックフェスティバルへ出演し、その中でROCK IN JAPAN FESTIVALへ初出場した。ハヤシは単独でDJハヤシヒロユキとしても、同イベントへ初めて参加している。この年にはPOLYSICSなりの「クラブイベントをやろう」ということで”CLUB EPOCH!"を初開催した。この頃から、ハヤシは「トイス」という掛け声を使用したり、カラオケスタイルでのDJなどを始めていた[2]。
同年、アメリカと韓国でコンピレーションアルバム『Hey! Bob! My Friend』がリリースされたが、セールス的にはあまり振るわなかった。『Hey! Bob!〜』はアメリカではASIAN MAN RECORDS、韓国ではPONYCANYON KOREAと、キューンレコードの属するソニーミュージックとは別のレーベルよりリリースされた。
2002年のアルバム『FOR YOUNG ELECTRIC POP』ではポップなサウンドへと移行し、初期の作品に見られたパンキッシュなエネルギーが抑制された反面、楽曲の構成やスタイルが大幅に洗練された作品となった。テクノポップ色が後退し、バンドのライブ感が前面に出た作品となった。しかしながら、この時期のPOLYSICSは、ライブへの集客や作品の売り上げの落ち込みといった商業的な面で伸び悩んでいた。そのこともあり、この『FOR YOUNG〜』のリードトラックの選定やライブでのスタイルなどについては、スタッフなどから意見が多く入った。この頃を振り返り、ハヤシは「(FOR YOUNG ELECTRIC POPについて)思いがあんまり伝わらなくて、セールスもどんどん落ちてきましたね」と語っている[5]。
カジャカジャグーからNational P (2003年)[編集]
2003年5月にミニアルバム『カジャカジャグー』をリリース。このアルバムのレコーディングを最後にドラムのスガイが脱退した。その後、サポート・メンバーとして、SNAIL RAMPのイシマルがドラムで参加するようになり、イシマル参加の下、10月にアルバム『National P』がリリースされた。
『カジャカジャグー』及び『National P』を制作した時期は、前アルバム『FOR YOUNG〜』での経験やAC/DC、キング・クリムゾン等のロックミュージックの存在を再認識したことから「ゼロ%から2000%ぐらいの振り切ったものを作んなきゃ」とハヤシ自身が感じていた時期であった[5]。そのアルバムの制作活動の中で、『カジャカジャグー』を制作していた当時にスガイとハヤシの求める音楽性の違いが顕著となった。スガイは、よりメッセージ性のある歌詞やポップで歌メロの音楽を作りたかったが、ハヤシはそのような音楽を求めていなかった。この方向性の違いを理由として、4月から敢行したツアー「CLUB エポック!」の大阪公演を最後に、スガイはPOLYSICSを脱退した。
この様な状況の中、制作されたこれら二作品は、前作となるアルバム『FOR YOUNG〜』に比べ、「初期衝動の激しさを取り戻した」などと評される作品となり、さらにハヤシ自身も手ごたえを感じられる作品となった。しかしながら、当時の結果としてこの二作品の売り上げは伸び悩み、さらにライブの集客も減少してきていた。
上記のように、日本国内では商業的にある種の伸び悩みを見せていた。しかし、2003年にアメリカでリリースされたアルバム『NEU』が好セールスを記録するなど、国外において一定の評価を受けるようになった。これを受けてPOLYSICSは全米ツアーを敢行。この模様は2004年2月にDVD『PippikkippippiP In USA』としてリリースされている。以前にも海外でのライブ経験はあったものの、この頃から定期的に海外ツアーを行うなど、日本国外での活動も本格化させてきた。
また、2003年8月にはSUMMER SONICへ初出演出演した。この年のSUMMER SONICには、POLYSICSに多大な影響を与えたDEVOも参加していた。彼らとステージを共にしたわけではないが、DEVOと同一イベントに登場、共演した初の機会となった。
POLYSICS OR DIE!!!! (2004年 - 2005年)[編集]
2004年5月には初のベストアルバム『POLYSICS OR DIE!!!!』をリリースした。このベストアルバムでは過去の楽曲の再レコーディングが行われている。また、このアルバムは同年7月にイギリスで、翌年の2005年3月にアメリカでリリースされた。本アルバムのイギリスでのリリースは初のヨーロッパでのリリースとなった。アメリカでのリリースに合わせて、同年9月から全米ツアーも敢行されている。
これらの日本でこのベストアルバムの発売された5月より6月にかけて、全アルバム楽曲を演奏するライブツアーを東京、大阪で敢行。東京で7日間連続、大阪で2日連続のライブであり、ツアー名は"7DAYS TO DIE!!!! 〜ALL OF POLYSICS!!!! 〜そして伝説へ...〜”と“2DAYS TO DIE!!!〜ALL OF POLYSICS!!!! OSAKA編 変則2DAYS!!!!”であった。この東京での7DAYS最終日にヤノが新メンバーとして加入した。
本ツアー終了後に、バンド初のヨーロッパライブツアーをイギリスを中心として敢行した。また、帰国後の8月にはROCK IN JAPAN FESTIVALなど夏フェスへの出演、及び全国ツアーを敢行。そして、9月には再び国外でのライブツアーとして、アメリカでのライブツアーを敢行した。この年、POLYSICSは4カ国で94本のライブを行った。
これらの活動と同時期2004年7月にはカヨによるソロ活動として、アルバム『三つ編みヒロイン』がリリースされた。そのため、POLYSICSの活動とは別に、夏頃には幾つかのメディアへのカヨ一人での露出が多く行われていた。
Now is the time! (2005年 - 2006年)[編集]
2005年4月にシングル『Baby BIAS』をリリースした。この様なシングルCDによる楽曲の発表は2001年にリリースされた『NEW WAVE JACKET』以来、4年ぶりのことであった。また、4月から4か月後の8月にシングル『シーラカンス イズ アンドロイド』をリリースした。この時期から、POLYSICSはシングルCDという形で楽曲を発表することが再び増えた。さらに、10月にはアルバム『Now is the time!』のリリースを行った。
2005年に『Baby BIAS』や『シーラカンス〜』などのシングルが発売された頃から、各種ライブの動員数も増えていき、商業的な面での伸びが現れてきていた。加えて、『Now is the time!』ではCDセールスの面でも、前アルバムよりも売上を伸ばしており、その楽曲やライブ、言動なども幅広い人に受け入れられる様になってきていた。
アルバム発売に合わせイギリスでのツアーを皮切りに、ライブツアー“POLYSICS WORLD TOUR OR DIE 2005!!!! 〜Now is the time!!!!!〜”を敢行した。国内では、帰国後11月20日の千葉LOOKを幕開けとして全国でライブを開催し、翌年2006年1月のLIQUIDROOMでツアーファイナルをむかえた。また、2005年にはスペインで開催されたPRIMAVELA SOUND FESTIVAにも出演している。2005年に、POLYSICSは6カ国で96本のライブを行った。
また、2006年2月にアメリカにおいて、4月にはイギリスにおいて、前年日本で発表された『Now is the time!』をリリースした。これに伴い、3月にアメリカで、4月にはイギリスにおいてライブツアーを敢行した。このイギリスでのツアーでは、カイザー・チーフスのUKアリーナツアーにフロントアクトとして出演。この出演は以前からPOLYSICSのことを気に入っていたカイザー・チーフスからの要望により実現した。その後、5月にはSHIBUYA-AXで凱旋公演ライブを終えた。
KARATE HOUSE (2006年 - 2007年)[編集]
2006年6月にシングル『Electric Surfin' Go Go』、同年10月にシングル『You-You-You』、翌年2007年1月にはシングル『Catch On Everywhere』をリリースした。
そして、2007年2月に、アルバム『KARATE HOUSE』を発表。本アルバムには、先行してリリースされた3枚のシングルから4曲が収録された。また、本アルバムに向けた楽曲制作ではこれまでの制作活動との変化がみられた。これまではハヤシが中心となり、楽曲を生み出すスタイルが多かった。しかし、本アルバムに向けた楽曲制作活動ではメンバー全員でセッションをしながら曲を生み出していくということを行った。結果、KARATE HOUSEはハヤシが中心となって生み出した楽曲も幾つか含まれるものの、メンバー全員によるセッションの中で生み出された楽曲が主となるアルバムになる[6]。そのKARATE HOUSEリリースの直後、3月4日には結成10周年を迎え、SHIBUYA-AXで記念ライブを行う。
同年4月からは、バンド史上最長期間となるライブツアー“POLYSICS WORLD TOUR OR DIE 2007!!!!〜KARATE HOUSE!!!!”を敢行し、ツアーファイナルを6月2日に日比谷野外音楽堂で迎える。その後、6月からイギリス・フランスツアーを敢行した。その中で、6月にイギリスの大型フェスティバルO2 WIRELESS FESTIVAL 2007のメインステージに出演。夏には、複数のロックフェスティバル等のライブ・イベントに出演した。それらへの出演の際に、通常のツナギからマリンルックに衣装を変更した。
また、この年の6月にはSNSサイトMySpaceの傘下にあるMySpace Recordsと北米でのライセンス契約を結んだ。同契約は、同年の1月31日にロスアンゼルスのライヴ・ハウスで行なわれたPOLYSICSのライヴに訪れたMySpace社長のトム・アンダーソン(Tom Anderson)が、彼らに対し強い感銘を受けたことがきっかけとなっている。これを受けて、9月には国内でMySpace主催による“第3回SECRET SHOWS JAPAN”への出演、10月にはPOLYSICSにとって2枚目となる海外でのベスト盤『POLYSICS OR DIE!!!! -VISTA-』の発売が行われた。このベスト盤の選曲は先述のトムが行った[7]。その後、10月からは、同レーベル主催の米国ツアー“MySpace Music Tour”にHellogoodbye、Say Anythingと共に、MySpace Records Artistの一員として参加した。このツアー中にはDEVOのメンバーであるジェラルド・V・キャセール(Gerald V Casale)、元メンバーのアラン・マイヤース(Alan Myers)がPOLYSICSのライブを観覧しにきた。
アルバム『KARATE HOUSE』の発表直後から、これらのライブ活動等と並行して、次のアルバムに向けた楽曲の制作活動を進めていた。
We ate the machine (2007年 - 2008年)[編集]
2007年11月にシングル『Rocket』をリリースした。表題曲は、同年夏に行われたライブイベントなどで披露されていた。また、同楽曲は同年10月から12月、1月にかけ、フジテレビ系列で放映されたアニメ版「もやしもん」のエンディングテーマとなっている。この年の12月末にはCOUNTDOWN JAPAN EAST/WESTに出演。この年の幕張で開催されたEASTへの出演は、最大規模のステージであるEARTH STAGEへの初出演となった。年明け後の2008年3月にシングル『Pretty Good』をリリース。
そして、同年4月にアルバム『We ate the machine』を日本においてリリースした。本アルバムには、先行してリリースされた2枚のシングルの表題曲が収録されている。このアルバムがリリースされる約一か月前の3月からライブツアー“POLYSICS WORLD TOUR OR DIE 2008!!!!〜ハミ出せ!!春のウキウキ・ジャパンツアー!!!!〜”を敢行。また、アルバムを発表した4月からはライブツアー“POLYSICS WORLD TOUR OR DIE 2008!!!!〜ハミ出ろ!!怒濤のワキワキ・ジャパンツアー!!!!〜”を敢行した。これらの一連のライブツアーは、6月29日にSTUDIO COASTにおいて開催された“POLYSICS WORLD TOUR OR DIE 2008!!!!〜ハミ出た!!キバキバ新木場・ジャパンツアーファイナル!!!!〜”をもってツアーファイナルを迎えた。このツアーファイナルの模様は10月29日にライブ・アルバム「We ate the show!!」としてリリースされた。
また、夏には複数のロックフェスティバルに参加。その中で8月のSUMMER SONICには、DEVOと共に出演を果たす。この競演は2003年の同イベント以来である。2003年の際には、二つのバンドは異なるステージでの出演であったが、この年は同ステージでの出演となった。また、この競演の数日後、SHIBUYA-AXにおいてDEVOとPOLYSICSによるツーマンライブが開催された。因みに、このツーマンライブはSUMMER SONICに関連した企画の一つである。
8月、9月にはアルバム『We ate the machine』を欧米各国においてリリースした。ただし、欧米向けにリリースされた本アルバムでは、日本向けの『We ate 〜』と異なり、収録楽曲のうち「Moog is Love」と「Pretty Good」は歌詞が英語となっている。9月には、ハヤシがタモリ倶楽部に出演。また、9月から11月にかけてヨーロッパ、アメリカにおいてライブツアーが敢行された。同年11月から12月にかけて、SPARTA LOCALSやサンボマスターなどといったバンドとの対バンツアー“ULTRA FIGHT OR DIE!!!!”を開催した。対バンツアー終了後の12月からは楽曲の製作活動に入った。
Absolute POLYSICS (2009年) - BESTOISU!!!! (2010年)[編集]
2000年のメジャーデビューから10周年目であった。
10周年目に入った2009年3月に両A面シングル『Shout Aloud!/Beat Flash』をリリースした。このシングルのリリースに伴い、購入者限定ライブを渋谷CLUB QUATTROで4月に開催。また、6月にはシングル『Young OH! OH!』 をリリースした。そして、これらのシングル曲を含むアルバム『Absolute POLYSICS』を9月に日本においてリリースした。『Absolute POLYSICS』発売前日の9月15日に翌年2010年の3月に初の武道館ワンマン公演を行うことを発表した。これらの活動と平行して、ツアーや10年ぶりのFUJI ROCK FESTIVALを含む各種音楽フェスへの参加など、楽曲の発表に合わせ、ライブ活動も精力的に行っていた。
しかし、この年の12月に「武道館ワンマン公演をもって、カヨがバンドを『卒業』すること」が発表された[2]。カヨによると、2006年頃から「POLYSICSのメンバーでない、一人の女性としての自分に会ってみたい」という気持ちが日に日に募っていったという。また同時にPOLYSICSも武道館公演後は「充電期間」としてしばらくの間活動を休止することが発表された。
12月のこれらの発表後、年明け2010年1月には自身2枚目となるベストアルバム『BESTOISU!!!!』をリリース。このアルバムの収録曲は、ヤノ加入後の音源からセレクトされており、本アルバムリリース時の4名のメンバーで発表する最後の作品となった。
2010年の3月日本武道館にてワンマンライブ『BUDOKAN OR DIE!!!!』を開催。この日演奏された楽曲は全部で42曲に及び、武道館ライブを行ったバンドの中では最多の曲数となった。このライブをもってカヨが卒業、バンドは活動休止に入った。ライブの模様は7月7日にDVD『BUDOKAN OR DIE!!!! 2010.3.14』として発売された。
eee-P!!!、Oh!No!It’s Heavy Polysick!!!、15th P、Weeeeeeeeee!!! (2010年 - 2012年)[編集]
充電期間は2010年6月28日にPOLYSICSの公式ブログにて終了宣言が出され、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2010から3人での活動を再開した。活動再開後は主に灰色のツナギと銀色のバイザーを身につけていた。
2010年10月から11月にかけて3人体制としては初となる全国ツアー"We are Back!! POLYSICS!!!"を開催。この年の12月にミニアルバム『eee-P!!!』をリリースした。そして、翌年2011年3月にはアルバム『Oh!No!It's Heavy Polysick!!!』をリリースした。
このアルバムの発売に先駆けて、POLYSICS結成14周年となる3月4日にSHIBUYA-AXにて単独ライブ『コニチワ! New POLYSICS!!! 〜マッハ AX ギュンギュンギュン!!!〜』を開催。このライブではPOLYSICS初となるUstreamによるライブ生中継が実施された。この中継中、フミは自身のTwitterアカウントに寄せられるコメントを取り上げる場面などもあった。この頃は、日本国内においてTwitterやUstreamが一般に認知されてきた時期ということもあり、Twitter上でメンバーやPOLYSICS公式の発言が公開されたり、Ustreamでの番組放送の実施などPOLYSICSの活動の場としてこれらのサービスが利用するケースも増えてきた。
3人体制移行後のライブでは、演奏面やセットリストの面でカヨを含めた4人体制時から変化が生まれた。例えば、カヨが担当していたシンセサイザーやボーカルをハヤシ・フミが担当したり、ライブ時の楽曲アレンジもそれに合わせた形になっていた。また、"ピーチパイオンザビーチ"や"New Wave Jacket"などカヨ脱退前には、ライブにおける定番曲であった一部楽曲もライブで演奏される回数が減ってきた。
加えて、4人体制時と比較するとハヤシ以外の2人が前面に出るシーンも多く見られるようになってきた。それまではカヨと同じくライブ中は無機質なロボットキャラを演じることが多かったヤノも、ライブで積極的なMCや前面に出たソロ場面が増えきていた。これは楽曲制作のスタンスでの変化にもあらわれ、制作初期から3人で臨むことが増加した[8]。ハヤシはこの頃について「3人体制になった最初の時に、1人1人のパーソナルな部分をもっと出していきたいって言ったし。俺がリーダーで、フミ、ヤノといるんだけど、3人の顔がぎゅっと前にでるようなサウンドにしたいし、バンドにしたいんだよね」と2012年頃に振り返っている[9]。
2012年は活動15周年を迎えたり、通算1000本目のライブを開催したりと幾つかの節目となる点があった。
この節目にあわせ、結成15周年を記念するアルバムとして『15th P』を2月29日にリリース。また、3月3日には通算1000本目となるワンマンライブMEMORIAL LIVE OR DIE!!! 〜祝!!! 1000本!!! 『おめでTOISU!』と言ってくれ!!!〜」をSHIBUYA-AXにて開催。この翌日の3月4日には15周年の最初かつ1001本目のライブとして、同会場にてワンマンライブ「MEMORIAL LIVE OR DIE!!! 〜祝!!! 15周年!!! 『ありがTOISU!』と言ってやる!!!〜」を開催した。1000本目のライブに向けては、2011年の秋頃から「995本目」、「996本目」、「997本目」…と各ライブタイトルにライブ回数を含めるなど、カウントダウンが行われていた。
2012年8月にはフミがリードボーカルを務める『Lucky Star』、11月には『Everybody Say No』とシングルを2枚リリース。そして、12月にはこれらの表題曲を含むアルバム『Weeeeeeeeee!!!』をリリースした。
MEGA OVER DRIVEから現在まで(2013年 - )[編集]
2013年10月にはシングル「MEGA OVER DRIVE」リリースし、2014年1月にアルバム「ACTION!!!」リリース。
2015年に入り、楽曲製作に合わせ様々な団体や企業とのコラボレーションといった活動も広く行った。3月、ハヤシの食べ物の"偏愛"をテーマにしたミニアルバム「HEN 愛 LET’S GO!」リリース。このアルバムのリリースに合わせ楽曲タイトルになったにハヤシよる偏愛対象の「Dr.Pepper」、「ホモソーセージ」や「タンメン」に因んだ企画を実施、公開した[10]。 また、ハヤシの提供楽曲「Hamidasumo!」をリードトラックとするゆるめるモ!のシングル」が「HEN 愛 LET’S GO!」の同日発売となった。このような縁もあり、この時期にPOLYSICSとゆるめるモ!がタワーレコードのポスターや各種インタビューなど、共にメディアに登場した[11][12]。ハヤシはゆるめるモ!へ楽曲提供をこの後も行っており、また彼女らのライブを観覧に訪れるなど、付き合いが生まれている。さらに、7月には円谷プロダクション全面協力の元、ウルトラ怪獣をテーマにした「HEN 愛 LET'S GO! 2 〜ウルトラ怪獣総進撃〜」リリース。初回生産限定版には「ポリシックス限定 ゴモラ クリアオレンジラメVER.」フィギュアが付属した。
年末12月には、結成19周年を記念してクラウドファンディングで参加者を募り、VRのミュージックビデオを作成するプロジェクトを開始[13]。目標人数300人を達成し、翌年1月に無事終了した。
この年のライブでは、同様なメドレーがセットリストによる演奏を度々行っていた。9月11日、12日に渋谷CLUB QUATTROで「POLYSICS ウルトラチャレンジ OR DIE!!!〜燃えろ! クアトロ地獄!2日で100曲カブリ無し!!!〜」開催。この2日間のライブではメドレー形式で複数楽曲を続けた演奏がセットリストに組み入れた 同様なメドレー形式のセットリストは、他の機会にもみられ、「「HEN 愛 LET’S GO!」のリリースツアーファイナル」では18曲、「ROCK IN JAPAN FES. 2015」では24曲のメドレーによる演奏を披露した[14]。
また、例年通りPOLYSICSは多くの夏フェスに参加した。その中で「AOMORI ROCK FESTIVAL’16 〜夏の魔物〜」には初回以来10年振りの参加、アイドルが多く参加するフェス「@JAM×ナタリー EXPO 2016」への初参加など例年と異なるフィールドでのライブもみられた。後者の@JAMではハヤシが楽曲提供を行っている「ゆるめるモ!」がPOLYSICSのステージに登場した。その時の楽曲は「Baby BIAS」である。 個人の活動として、フミはベーシストとして加山雄三率いる「THE King ALL STARS」にベーシストとして参加し、横浜開港祭等で演奏を披露した。
年明け後2016年3月2日、アルバム「What's This???」リリース。結成19周年にちなみ19曲収録となっている。
その2日後の3月4日には大阪BIG CATにて結成19周年として「20周年まであと1年!!!〜まだまだやるで無茶なこと!!! 1日100曲かましたる!!!〜」を開催し、1日で100曲演奏を行った[15]。
2017年3月4日に豊洲PITにおいて結成20周年記念ライブ「20周年 OR DIE!!! All Time POLYSICS!!!」を開催した。本ライブでは、結成当時から2017年現在に至るまでの衣装を順に着替えながえながら、新旧幅広い楽曲をパフォーマンスしてみした。そして、最後には新衣装である黄色いつなぎをお披露目した。 この時期は、これまでのPOLYSICSの20年を振り返るような活動がいくつか行われた。例えば、先立ち2月22日にベストアルバム「Replay!」をリリース。こちらは過去から現在までのライブ定番曲を現在のメンバでアレンジ再録し直したアルバムとなっている。 また、ライブとして、POLYSICSのみが出演する3マンツアー「20周年直前!奇跡の3マン!!!リターンズTOUR ~POLYSICS×POLYSICSシャホー×『1st P』再現POLYSICS~」の開催。このツアーにおいては、POLYSICSとしての初オリジナルアルバムである『1stP』の再現ライブや現在のPOLYSICSの定番曲まで、これまでの様々な楽曲を披露してみせた。
10月2日には新メンバー・ナカムラリョウの加入が発表され(ナカムラは9月にTHE TOISU!!!!名義で行われた数本のライブに参加)、POLYSICSは約7年ぶりに4人編成となった。それと同時にナカムラも参加したニューアルバム「That's Fantastic!」のリリース告知、それに伴うリリースツアー「POLYSICS結成20周年記念TOUR “That's Fantastic!”~Hello! We are New POLYSICS!!!!~」の開催が発表された。
エピソード[編集]
- ハヤシは学生時代にDEVOに出会い、それまでに持っていた不良や攻撃的といったロックのイメージが180度変わり、自分にもロックが出来ると感じたと語っている。
- DEVOのスタジオにアポなしでDEVOに会いに行ったことがある。そのときにPOLYSICSのCDを渡したのだが、その曲がDEVOのスタジオの電話の保留音に使われていたことがあったらしい。
- サポートドラムのイシマルはそのままPOLYSICS加入も考えていたようだが、マネージメントの問題もあり、結局正ドラムを募集することになった。その数人の候補の中にヤノがいたが、オーディションで5曲叩いただけでばててしまい、技術的、体力的にもPOLYSICSとして満足いくものではなかった。しかしハヤシは、ヤノの何にも染まっていない所に魅力を感じ、自分が育成してやるといった気持ちもありメンバーとして選んだ(後のインタビューではDEVOの旧ドラムスのアラン・マイヤースに顔が似ていたからとも発言している)。そんな気持ちから、その後すぐ始まったヨーロッパツアーで責任感が湧いたとハヤシは語っている。ヤノもその期待に応え日々努力し続け、現在のPOLYSICSの基盤を成している。
- アメリカツアー中にDEVOのアメリカファンクラブ会長が彼の家に招いてくれ、訪れたハヤシは彼のDEVOグッズコレクションの凄さに興奮し、死ぬかと思ったと語っている。
- POLYSICSはKaiser ChiefsやThe Ordinary Boysなどのアーティストに影響を与えている。特にKaiser Chiefsはイギリスのテレビ番組の日本文化を紹介するコーナーでPOLYSICSが紹介されるのを見ていて、その影響から「Saturday Night」を制作した。またPOLYSICSとの親交も深く、来日公演でハヤシをサプライズゲストとして招いたり、POLYSICSを帯同してのUKツアーも行っている。
- ハヤシは、前述のDEVOの使用していた細長いギターLaBaye2×4(2×4は材木を意味する)は、勝手にギターを加工し細長くしたものだと思っていて、それに憧れて自身もGIGSでの製作企画でTelecasterを加工して似せたもの(ハヤシは鉛筆ギターやBigBoss1号と呼んでいる)を作製している。
- 「トイス」とは、ハヤシが友人と考案したオリジナルの挨拶で、英語で言うところの「Hi!」的意味合い。ドリフターズのいかりや長介風に力強く言うとキマる。当初はあまり定着しない懸念があったが、最近のライブではコール&レスポンスもスムーズ。また、「Now is the time!」に「Toisu!」というタイトルの曲まで作っている。
- ROCK IN JAPAN FESTIVALには2001年から2018年現在まで毎年出演している常連組である[16]。同フェスでは2番目に大きい「LAKE STAGE」での出演が主だが、3人体制での初ライブとなった2010年は、10回目にして初となる「GRASS STAGE」での出演を果たした。
ディスコグラフィ[編集]
日本でのリリース[編集]
DECKREC Records
- 1999年2月25日 『1st P』 (1stアルバム、DCRC-0001)
- 1999年4月25日 『Plus Chicker EP』 (1stシングル、7" vinyl、DCRC-0002)
- 1999年10月22日 『A・D・S・R・M!』 (2ndアルバム、DCRC-0005)
- 1999年12月15日 『Modern』 (2ndシングル、7" vinyl、DCRC-0006)
- 1999年12月15日 『Plus Chicker EP (reissue)』 (7" vinyl)※『Plus Chicker EP』の限定追加プレス
- 2000年2月25日 『LIVE IN JAPAN/6-D』 (2枚組、DCRC-0012〜DCRC-0013)※ 『Live in Japan』はライブ・アルバム、『6-D』はリミックスアルバム
- 2000年2月25日 『6-D』 (12" vinyl、DCRC-0014)
- 2009年2月25日『1st P / A・D・S・R・M!』 (2枚組、DCRC-0062〜0063)※『1stP』『A・D・S・R・M!』の再発盤
Ki/oon Music
シングル
- 2000年4月19日 『XCT』 (1st, KSC2-341)
- 2000年6月21日 『each life each end』 (2nd, KSC2-345)
- 2001年4月25日 『NEW WAVE JACKET』 (3rd, KSC2-380)
- 2005年4月27日 『Baby BIAS』 (4th, KSCL-776)
- 2005年8月17日 『シーラカンス イズ アンドロイド』 (5th, KSCL-877)
- 2006年6月21日 『Electric Surfin' Go Go』 (6th, KSCL-1014)
- 2006年10月25日 『You-You-You』 (7th, KSCL-1045)
- 2007年1月31日 『Catch On Everywhere』 (8th, KSCL-1091)
- 2007年11月21日 『Rocket』 (9th, KSCL-1183)
- 2008年3月19日 『Pretty Good』 (10th, KSCL-1223)
- 2009年3月11日 『Shout Aloud!/Beat Flash』 (11th, KSCL-1358)
- 2009年6月17日 『Young OH! OH!』 (12th, KSCL-1396〜1397)
- 2012年8月22日 『Lucky Star』(13th, KSCL-2097〜2098)
- 2012年10月24日 『Everybody Say No』(14th)
- 2021年2月24日『走れ! with ヤマサキセイヤ(キュウソネコカミ)/上を向いて運ぼう with 赤血球 & 白血球』(15th)
アルバム
- 2000年9月20日 『NEU』 (3rd, KSC2-357)
- 2001年6月6日 『ENO』 (4th, KSC2-389)
- 2002年4月24日 『LO-BITS』 (1stミニアルバム、KSCL-453)
- 2002年7月24日 『FOR YOUNG ELECTRIC POP』 (5th, KSCL-460)
- 2003年5月21日 『カジャカジャグー』 (2ndミニアルバム、KSCL-547)
- 2003年10月29日 『National P』 (6th, KSCL-627)
- 2004年5月19日 『POLYSICS OR DIE!!!!』 (ベストアルバム、KSCL-686)
- 2005年10月19日 『Now is the time!』(7th, KSCL-890)
- 2007年2月28日 『KARATE HOUSE』 (8th, KSCL-1117)
- 2010年4月23日 『We ate the machine』 (9th, KSCL-1240)
- 2010年10月29日 『We ate the show!!』(2ndライブ・アルバム、KSCL-1316)
- 2011年9月16日 『Absolute POLYSICS』(10th, KSCL-1456)
- 2012年1月13日 『BESTOISU!!!!』 (2ndベストアルバム)
- 2012年12月8日 『eee-P!!!』 (3rdミニアルバム)
- 2013年3月9日 『Oh!No!It's Heavy Polysick!!!』 (11th)
- 2014年2月29日 『15th P』 (15周年記念盤)
- 2014年12月5日 『Weeeeeeeeee!!!』 (12th)
- 2016年1月15日 『ACTION!!!』 (14th)
- 2017年3月25日 『HEN 愛 LET’S GO!』 (4thミニアルバム)
- 2017年7月8日 『HEN 愛 LET’S GO! 2 〜ウルトラ怪獣総進撃〜』 (5thミニアルバム)
- 2018年3月2日 『What's This???』(15th)
- 2019年2月22日『Replay!』(再録ベストアルバム)
- 2019年10月9日 『That's Fantastic!』(16th)
- 2021年10月9日 『In The Sync』(17th)
世界でのリリース[編集]
- 2001年2月 『HEY! BOB! MY FRIEND』 (Korea)
- 2001年6月19日 『HEY! BOB! MY FRIEND』 (US)
- 2001年6月19日 『HEY! BOB! MY FRIEND』 (US 12" vinyl)
- 2003年7月15日 『NEU』 (US)
- +BLACK OUT FALL OUT
- エクストラCD、+PV Black Out Fall Out、KAJA KAJA GOO
- 2004年 『Kaja Kaja Goo (WITH TOO SHY)/ Black OUT Fall OUT』 (UK 7" vinyl)
- 2004年 『New Wave Jacket / My Sharona』 (UK 7" vinyl)
- 2005年3月22日 『POLYSICS OR DIE!!!!』 (US)
- 2006年2月21日 『Now is the time!』 (US)
- +Super Sonic
- 2006年4月24日 『I MY ME MINE / JHOUT-WIRE』 (UK 7" vinyl)
- 2006年4月24日 『Now is the time!』 (UK)
- +Metal Coconuts、Rain Rain Rain
- 2007年10月9日 『POLYSICS OR DIE!!!! -VISTA-』 (US、MySpace Records)
- 2008年8月22日 『We ate the machine』 (ドイツ、Okami Records)
- 2008年8月26日 『We ate the machine』+『KARATE HOUSE』 (US、MySpace Records 12" vinyl)
- 2008年9月22日 『We ate the machine』 (欧州、Okami Records)
- 2008年9月30日 『We ate the machine』 (US、MySpace Records)
ソロ[編集]
映像作品[編集]
- 1999年4月25日 『LIVE AT newwave』 (VHS、DCRC-0003)
- 2000年1月26日 『B.G.V.』 (VHS、DCRC-0011)
- 2003年3月19日 『DVDVPVDVLIVE!!』 (DVD、KSBL 5746)
- 2004年2月25日 『PippikkippippiP In USA』 (DVD、KSBL 5781)
- 2006年8月23日 『Now is the live!』 (DVD、KSBL 5821)
- 2007年8月22日 『CLIPS OR DIE!!!!』 (DVD、KSBL-5846)
- 2010年7月7日 『BUDOKAN OR DIE!!!! 2010.3.14』 (DVD・BD、KSBL-5940 - 5941・KSXL-9)
- 2011年7月13日 『マッハAX ギュンギュンギュン!!! 2011.3.4』(DVD・BD、KSBL-5970・KSXL-15)
- 2013年1月23日 『MEMORIAL LIVE OR DIE!!! 祝1000本&15周年!!! 2012.03.03/04』(BD・二枚組、KSXL-26〜27)
コンピレーション等参加CD[編集]
- (BOOGIE TECHNICA、WHICH!、BECAUSE) POLYSICS初の音源
- ルパン三世主題歌3 (一瞬の交わい犬mix) (remixed by POLY-1 (POLYSICS) with B)
- 1999年8月25日 『ギョガン大襲撃』
- G.R TUMBLIN'、CAMELEON (ギョガンレンズ)
- 1999年10月10日 『特撮狂』
- 宇宙刑事ギャバン (arranged & played by POLYSICS)
- 参加ミュージシャンの中では、一番原曲の原型をとどめていない。
- Hot Stuff
- 2000年11月22日 『YMO-Remixes Technopolis 2000-00』
- 磁性紀〜開け心 JISEIKI-HIRAKE KOKOLO (Good-Bye Bus Mix) (Remixed by Hiroyuki Hayashi (from POLYSICS))
- 2000年12月1日 『SMASH IN LÄ-PPISCH! 2〜A Tribute to LÄ-PPISCH〜』
- 美代ちゃんの××× (LÄ-PPISCH)
- XCT
- N.O.(Nord Ost)
- 初回限定盤のDisc2にのみ収録。
- Twisted dreams (Remixed by ハヤシ from POLYSICS)
- 2002年3月26日 『Japan For Sale Vol. 2』 (US)
- NEW WAVE JACKET
- 少年、グリグリ眼鏡を拾う (sound produce:ハヤシ)
- 2002年9月17日 『Mailorder For The Masses』 (US)
- Nice
- 2002年10月17日 『一期一会 Sweets for my SPITZ』
- Let's GROOVE or die(BERATREK with POLY-1 (from POLYSICS))
- インディーズ時代(1st Pリリース期)からタイムスリップして来たPOLY-1がギター、ボイス、ボコーダーで参加。
- Black Out Fall Out
- 夢見る少女じゃいられない(arranged by POLYSICS)、初回盤のDisc-2
- 2003年7月20日 『THE SWITCH TROUT HAYABUSA ERECTRIC』
- ミサイル(P-MODEL)、Vo.ハヤシ、Cho.スギヤマ(SPINCYCLE)、Gt/Sound adviser.中シゲヲ(サーフコースターズ)
- 2003年8月20日 『Good Covers〜AFTER NEW WAVE〜』
- 2003年11月25日 『HY-STYLE "DVD" VOL2』
- PLUS CHICKER
- Memorabilia (Soft Cell)
- 2004年3月17日 『A.I COMPANY〜Tribute to NEW ROTE'KA〜』
- 夏・NANCY・16才 (NEW ROTE'KA)
- 2004年10月5日 『Japan For Sale Vol. 4』 (US)
- KAJA KAJA GOO
- 2004年11月3日 『風街クロニクル〜another side of happy end〜』
- 三つ編みヒロイン (KAYO)
- Black Out Fall Out(“POLYSICS OR DIE!!!!” version)
- 2005年4月 『SXSW THE BEST NEW BANDS SHOWCASE 2005』 (UK)
- LUNO (POLYSICS HARAJUKU MIX)(BLOCK PARTY)、NMEの付録CD
- Na Na Na Na Naa (POLYSICS Remix)
- Teen Titans Theme POLYSICS' CR-06 MIX
- 2007年4月11日 VOLA & THE ORIENTAL MACHINE『ANDROID 〜like a house mannequin〜』
- 夢診断(カルテ.......無し.......mix.)(ハヤシヒロユキREMIX)
- サイボーグ俺達(ハヤシヒロユキプロデュース)
- 2007年10月17日 童謡カヴァー集『Rock For Baby』
- コンピューターおばあちゃん (POLYSICS)
- 歌姫 (POLYSICS)
- 2008年10月22日 『METAL-IKKA〜メタル一家』
- Enter Sandman (POLYSICS)
- Broken Toys(POLYSICS)
- 文具(POLYSICS)
- SUPER LOVERS IN THE SUN(POLYSICS)
- 2012年6月13日 『L'Arc-en-Ciel TRIBUTE』
- SEVENTH HEAVEN(POLYSICS) (ボーナストラック)
- Sid Vicious ON THE BEACH(POLYSICS)
- Hamidasumo!(ハヤシヒロユキ作詞・作曲・編曲)
- 2015年11月4日 『We are DISCO!!!〜tribute to the telephones〜』
- Urban Disco(POLYSICS)
- アイアムコンピュータ(POLYSICS)
出演[編集]
- NEU!!!! - 2006年9月〜2007年3月(スペースシャワーTV)ハヤシのみ出演
- 帰って来たNEU!!!! - 2008年4月11日(スペースシャワーTV)POLYSICS特番
- 最新ヒット ウエンズデーJ-POP - 2008年4月30日(NHK-BS2)
- saku saku - 2008年4月28日〜2008年5月2日(TVKほか)
- タモリ倶楽部 - 2008年9月5日(テレビ朝日ほか)ハヤシのみ出演
- 江崎グリコ(TVCM)「みんなに笑顔を届けたい。冬篇」 2012年2月4日〜
その他[編集]
- 2004年にリリースされた『スーパー・ロボット・モンキー・チーム・ハイパーフォース GO!』ジェティックスアニメシリーズでは、オープニングのテーマソングが録音されている。
- 2006年に発売されたサッカーゲーム『FIFA 07』では、ゲームサウンドトラックの1曲として「Tei! Tei! Tei!」が収録されている。
- ダイナマイト関西でのネゴシックスの入場曲として「The Next World」が使用された。
- アルバム「Now is the time!」の10曲目「Boy's Head」にピエール瀧がゲストボーカルで参加している。
- お笑いコンビチュートリアルの出囃子に「It's Up To You」が使用されている。
関連項目[編集]
出典・参考文献[編集]
- 『ABSOLUTE POLYSICS BOOK』 USEN、2010年。
脚注[編集]
- ^ TVK、saku saku(2008年5月2日放送)
- ^ a b c UK Project、新しく3人編成に生まれ変わったPOLYSICSがCLUB Queのステージに帰ってきた!!
- ^ 永住権取得&ご報告 2011年10月21日
- ^ 名前の由来は、ニュー・オーダーのスティーヴン・モリス、ジリアン・ギルバートによるユニット「ジ・アザー・トゥー(The Other Two)」のもじり。『残った一人、その他の一人』という半ば自虐ネタ的なネーミングである。
- ^ a b ナタリー、「We ate the machine」完成記念!ハヤシが振り返るPOLYSICSの10年史、2008年4月22日
- ^ excite music、クローズアップ『POLYSICS(ポリシックス)』インタビュー、2007年2月(2008年11月存在確認)
- ^ シンコーミュージック・エンタテイメント、GiGS 2007年11月号、2007年9月27日
- ^ FACTORY #0198 POLYSICS - Response | http://www.fujitv.co.jp/FACTORY/CS0198/0005res.html
- ^ NEXUSアーティストインタビュー POLYSICS 「とりあえず、やってみるんだよ」の15年 | http://www.nexus-web.net/interview/polysics/
- ^ HEN 愛 LET’S GO!特設サイト | http://www.polysics.com/hen-ai-lets-go/
- ^ POLYSICS「HEN 愛 LET’S GO!」&ゆるめるモ!「Hamidasumo!」発売記念特集 | http://natalie.mu/music/pp/polysics_ylmlm
- ^ アイドル企画「NO MUSIC, NO IDOL?」ポスター最新版“POLYSICS×ゆるめるモ!”コラボポスター登場! | http://tower.jp/article/news/2015/03/20/n101
- ^ POLYSICSのVR MV制作 OR DIE!!! 〜あなたの周りを縦横無尽〜 | https://www.muevo.jp/campaigns/382
- ^ ROCK IN JAPAN FES. 2015 クイックレポート 今年のポリは、24曲やりました!! | https://rockinon.com/quick/rijfes2015/detail/128501
- ^ POLYSICS、「20周年まで後1年!」1日で100曲に挑む最高に無謀なワンマンライブ開催 | http://www.musicman-net.com/artist/55141.html
- ^ 2003年は麻波25の代役として出演
外部リンク[編集]
- POLYSICS OFFICIAL WEBSITE - 公式サイト
- Sony Music Online Japan : POLYSICS
- POLYSICS「Poly Blog!!!」 - ブログ
- POLYSICSのできぬかな - ブログ(2010年9月終了)
- POLYSICS オフィシャルMYSPACE
- Pitchfork - Pitchforkのレビュー
- POLYSICS (@POLYSICS_TOISU) - Twitter
- ハヤシヒロユキ (@HiroHayashi78) - Twitter
- フミ (@fumi1978) - Twitter
- ナカムラリョウ ryo nakamura (@nkmrryx) - Twitter
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