かまやつひろし

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
かまやつ ひろし
ムッシュかまやつ
Monsieur Kamayatsu
The Spiders.jpg
ザ・スパイダース時代のかまやつ(左端後列)
基本情報
出生名 釜萢 弘
出生 1939年1月12日(77歳)
出身地 日本の旗 日本東京府
学歴 青山学院高等部、青山学院大学内部推薦
ジャンル グループ・サウンズ
フォーク
職業 フォーク歌手
作曲家
DJ
担当楽器
ギター
レーベル フォーライフ
事務所 ケイダッシュ
共同作業者 ザ・スパイダース
吉田拓郎
One Night Stand Brothers
ウォッカコリンズ
渚のオールスターズ
ソン・フィルトル
公式サイト http://www.forlife.co.jp/artist/?aid=FL00159
著名使用楽器
スタインバーガーGL-2T
ヴォックスMark Ⅵ
リッケンバッカー345

かまやつ ひろし / ムッシュかまやつ(本名:釜萢 弘(かまやつ ひろし)、1939年1月12日 - )は、 日本ミュージシャン。通称「ムッシュ」。「ザ・スパイダース」の元メンバーでもある。1989年以降は、ミュージシャンとしては「ムッシュかまやつ」が正式な活動名である。東京府出身。血液型はB型。

父は、日本に初めてジャズを紹介し広めた、日本ジャズ界の草分け的存在であるジャズシンガーのティーブ・釜萢。長男のTAROかまやつこと、かまやつ太郎はアーティスト。ジャズシンガーの浅田陽子は母方の叔母、ジャズ・トランペッターの森山久は義理の叔父(浅田の夫)。フォーク歌手の森山良子は従妹、元歌手の森山奈歩おぎやはぎ小木博明の妻)は従姪、シンガーソングライター森山直太朗は従甥にあたる。

経歴[編集]

デビュー[編集]

ジャズ・ミュージシャンの父ティーブ・釜萢の影響で幼少時から音楽に親しむ。青山学院中等部卒業、青山学院高等部時代にカントリー&ウェスタン歌手としてデビュー。青山学院高等部卒業。青山学院大学内部推薦。

ミッキー・カーチスらと共にロカビリー歌謡曲などもこなし、「ワゴンマスター」「サンダーバード」「キャノンボール」などのグループの一員として日劇ウェスタンカーニバルに出演。テイチクレコードにてレコードも多数吹き込む。

釜萢ヒロシ名義で『檻の中の野郎たち』(東宝映画)に出演したこともある[1]

様々な盛場へ出向くことや、ロカビリー歌手時代の映画出演の際の東宝や日活の撮影所での交流などで、時代に名を残すスター達と出会う。これらの活動から、松村雄策はかまやつを日本初のロック・ミュージシャンと位置づけている。

ザ・スパイダース[編集]

「ザ・スパイダース」にゲストボーカルで参加した後、正式メンバーとしてヴォーカル及びリズムギターを担当、代表曲である「あの時君は若かった」「いつまでもどこまでも」「バン・バン・バン」「ノー・ノー・ボーイ」「フリフリ」「なんとなくなんとなく」などを作曲した。

当時は遅刻魔として有名で(現在も)、デビューシングル『フリフリ』のジャケットには撮影に遅刻したため、彼の姿は写っていない。また、堺正章は「ある時かまやつの遅刻に気付いてアパートに電話をかけたところ、出た相手に『かまやつさんは出発しました』と言われたが、電話を切った後でその相手こそがかまやつだったと気付いた」というエピソードを語っている。

他にも印象的なステージダンスやステージの服装関連といった、ザ・スパイダースの音楽的なアイディアマンとしてグループの中心人物となった。また、当時のトップドライバーの福澤幸雄式場壮吉らと親交があり、ファッションリーダー的存在であった。

ソロ活動(1970年以降)[編集]

1970年2月25日に初の本格的なソロ・アルバム「ムッシュー/かまやつひろしの世界」を発売する。このアルバムは、当時世界的にも珍しかった「一人多重録音」という画期的な方法で制作された[2]。また、音楽的にも様々なジャンルを融合した実験的な作品であった。その反面、1970年4月に発売されたソロシングル「どうにかなるさ」は、カントリーシンガーとしてのルーツに回帰する意向も反映され、その後にフォーク歌手として吉田拓郎作の「シンシア」、「我が良き友よ」などを歌う素地が出来上がってくる。 しかし、「ウォッカコリンズ」へのゲスト出演や、タワー・オブ・パワーが演奏を務めた「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」(「我が良き友よ」のB面)の発表するなど、フォークとロックの揺り返しが大きい活動を続けた(「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」はその後、1990年代に入ってから再評価を受けている)。 また、テレビアニメ作品「はじめ人間ギャートルズ」のエンディングテーマとなった「やつらの足音のバラード」(作詞は漫画の原作者園山俊二。実際のオリジナル歌手はちのはじめ[3]だが、かまやつもセルフカバーしている)は、1994年小泉今日子2004年にはスガシカオによってカバーされている。

音楽活動の傍ら、テレビドラマ『時間ですよ』や映画『戦国自衛隊』といった映像作品にも出演している。1977年2月、朝日放送『ハロー・ヤング』の司会を務め、これに出場したレイジーの才能を見出してデビューの誘いをかけた。その後、デビューしたレイジーに楽曲提供もしている。しかし、本来ハードロック志向だったレイジーが所属事務所の意向でベイ・シティ・ローラーズの様なアイドル路線でデビューさせられたことは予想外だったようで、後に「レイジーをあのような形でデビューさせたことを後悔している」と語っている[4]

1990年代初頭のアシッド・ジャズブームで、前述した「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」が再評価され、1994年にバックミュージシャンにブラン・ニュー・ヘヴィーズ、ジェームス・テイラー、D.C.リーなどを起用してロンドンでレコーディングした「Gauloise」を、小山田圭吾が主宰するレコードレーベル・トラットリアから発表する。このアルバムで新たに若い層のリスナーを獲得し、その後もCORNELIUS(コーネリアス)、カヒミ・カリイのアルバムやコンサートに参加する。

2002年には小西康陽プロデュースのアルバム「我が名はムッシュ」を発売する。松任谷由実、小山田圭吾、ミッキーカーチスなどがコメントを寄せたり、堺正章との共演曲などが話題を呼んだ。

バンド活動[編集]

1986年に日本を代表するスタジオ・ミュージシャン達を集めたバンド「One Night Stand Brothers」(ギター:今剛、ベース:高水健司、ドラム:島村英二、キーボード:小島良喜、ボーカル・ギター:ムッシュかまやつ)を結成したり、アラン・メリルジョーン・ジェット&ザ・ブラックハーツ「I Love Rock'n'Roll」の作者として知られる)、大口ひろしルイズルイス加部と結成した「ウォッカコリンズ」(Vodka Collins) の活動もある。 そして、1999年には堺正章と井上堯之とともに「ソン・フィルトル」を結成し、シングル「Yei Yei」をリリースした。

最近では、2006年頃からザ・ブルーズパワーへの客演を行っていたが、2009年9月2日に発売されたブルーズ・ザ・ブッチャー(ザ・ブルーズパワーの後身バンド、メンバーは永井ホトケ隆、沼澤尚中條卓、KOTEZ)の「Rockin' with Monsieur」に参加し、ブルースやブリティッシュビートのカバーを手掛けている。

現在[編集]

BS朝日にて「SHAKE THE MUSIC」(現在終了)のMCを担当していたほか、多数の音楽番組やCMに出演している。最近は東京ヤクルトスワロー青木宣親の応援歌に「バン・バン・バン」が使われていた[5]2006年度から変更)ほか、北海道日本ハムファイターズの応援団が同チームの得点時にかまやつ作曲の「I'm A 北海道 Man(お〜い、北海道)」(オリジナルは三橋美智也)を演奏している。

とある番組で「ボクは、君たち(若い)世代と話が出来なくなったらおしまい」と言っていたことからも窺えるが、常に音楽界の時代の波に乗りながら、あらゆるジャンルの若手ミュージシャンとも積極的に共演し、松任谷由実伊藤銀次THE ALFEEChar小西康陽小山田圭吾カヒミ・カリィ曽我部恵一など、世代もジャンルも超えた多くの日本人ミュージシャン達から大きな尊敬を受けつつ、70歳(2009年時点)になった現在も現役のミュージシャンとして活躍している。

2009年2月18日には、井上順今井美樹甲斐名都堺正章、THE ALFEE、TAROかまやつトータス松本秦基博一青窈布袋寅泰Micro森山直太朗森山良子などのゲスト・ミュージシャンとのコラボレイトによるアニバーサリー・アルバム「1939~MONSIEUR(サンキュー ムッシュ)」を発表した。

2013年以降は、KenKen山岸竜之介とのユニット LIFE IS GROOVE としての活動もある[6]

エピソード[編集]

  • 最近はagnès bニット帽をかぶっていることが多く、彼のトレードマークともいえるアイテムである。
  • サインと一緒に簡単な似顔絵を書いている。
  • ザ・スパイダース時代、ビートルズ日本公演の際、前座としての出演を打診されたが、前座出演をするとコンサート自体が見られなくなるため、「PRとしておいしい話ではあったが辞退し、他の何人かのメンバーと共に客席からコンサートを観た」との逸話をテレビの特番で語っている。
  • 吉田拓郎は『LOVE LOVEあいしてる』で、「我が良き友よ」のギターを「変なコードを弾く…」と本人の前でコメントしている。実際、その箇所のコードは通常のコード譜に沿ったものではなく、テンションコードや自身の手癖で作ったコードなどで弾いていることが多い。『Char meets ???? 〜TALKING GUITARS〜』に出演した際も、響きとしての「コード感を大事にしている」という発言がある。
  • カーマニアとしても知られており、これまでにMGTFやGMC・タイフーンミニ・カントリーマン森山良子森山直太朗に受け継がれる)、フェラーリ280、クライスラー・PTクルーザー・コンバーチブルなど数々の個性ある名車を乗りこなしてきた。最近の愛車はランチア・イプシロンであったが、「おぎやはぎの愛車遍歴」に出演するためアバルト695トリビュートフェラーリに乗り換えた。なお、このカーマニアの趣味は息子のTAROにも引き継がれているとのこと。
  • ツイッギーが所有していたミニに乗っていたこともあったが、トラブル続きですぐに手放した[7]
  • 1969年2月12日に不慮の事故死を遂げたレーシングドライバーの福澤幸雄とは親友であり、福澤を偲んだ「ソー・ロング・サチオ」という曲を作り、歌っている。また、同じく親友であった赤木圭一郎の死因となった1961年2月14日の日活撮影所での激突事故現場に居合わせている[8]
  • 1989年ベルリンの壁が崩壊する間際に、壁の上に立ってアコースティックギターを手にゲリラライブを行なったことがある。
  • 京丹後市のイベントフェスタ飛天では、当時人気のあったヒロシを真似して「ヒロシです」と言った。
  • 愛煙のタバコは楽曲にもある通りゴロワーズ

家系、縁戚[編集]

父はジャズシンガーティーブ・釜萢。長男のTAROかまやつことかまやつ太郎は、フジテレビ勤務のサラリーマン時代に、2005年5月25日に『風のわだち』でメジャーデビューしたアーティストであり、2011年に退職した後はより本格的に音楽活動を行っている。また、叔母(母の妹)はジャズシンガーの浅田陽子。浅田陽子の夫で義理の叔父が、ジャズトランペッターの森山久。従妹はフォーク歌手の森山良子。従姪は元歌手の森山奈歩おぎやはぎ小木博明の妻)、従甥はシンガーソングライターの森山直太朗という芸能一家である。

作品[編集]

シングル[編集]

<テイチク時代/かまやつヒロシ名義>

  • 殺し屋のテーマ/皆殺しの歌(1960年2月)
  • おおキャロル/恋の片道切符(1960年3月)
  • 悲しいインディアン/悲しき16才(1960年5月)
  • カラーに口紅/朝日のようにさわやかに(1960年7月)
  • 月影のナポリ/ティーンエイジ・ブギ(1960年9月)
  • 赤鼻のトナカイ/サンタ・クロースがやってくる(1960年10月)
  • 結婚してチョ/殺したいほど好きなんだ(1960年12月)
  • 遥かなるアラモ/恋の汽車ポッポ(1961年1月)
  • 凸凹ブルース/こんがらがっちゃった(1961年2月)
  • 消えゆくインディアン/オー・オー・ロジー(1961年2月)
  • G.I.ブルース/ウッド・イル・ハート(1961年2月)
  • チョイチョイ節/誘惑してミナ(1961年2月)
  • 青春突撃一中隊/ヨサホイ数え歌(1961年4月)
  • マージャン必勝法/清水港の三太郎(1961年7月)
  • ぶらぶら天国/ズンドコ人生(1961年7月)
  • 弥次さん喜多さん(duet 夏洋一)/東京の雨(夏洋一)(1961年10月)
  • どなたでござんす/江戸っ子風来坊(1961年9月)
  • 嘆きのブルース/かえり船(1961年9月)
  • 裏町上等兵/ファイア囲んで(1961年10月)

<スパイダーズ以降ソロ時代>

  • どうにかなるさ/つめたい部屋のブルース1970年4月5日)オリコン50位
  • 気らくなものさ/脱走列車(1971年5月)
  • 四つ葉のクローバー/喫茶店で聞いた会話(1971年11月)A面コーラスにガロが参加。
  • のんびりいくさ/ブレイン・フード・ママ(頭の体操)(1972年6月)B面英語詞。
  • 青春挽歌/幼きものの手をひいて(1972年11月)
  • 人生は旅だよ/乱れたら(1973年6月)
  • 近頃のネコ/乱れたら(1973年10月21日)
  • シンシア/竜飛崎(1974年7月)よしだたくろうとかまやつひろし名義 オリコン21位
  • 我が良き友よ/ゴロワーズを吸ったことがあるかい(1975年2月) オリコン1位
  • 海のうた [沖縄海洋博覧会住友館イメージソング]
  • 水無し川/親父よ(1975年11月) オリコン37位
  • 汽笛一声夕陽が沈む/三人組(1976年5月)
  • サテンドレスのセブンティーン/サマー・ラブ・アゲイン(1977年6月25日)
  • つづけ青春たちよ/ありの大統領(TBS系「まんが 偉人物語」テーマ) (1977年10月21日)
  • マイ・オールド・ギブソン/12時の賛歌(1978年5月)
  • 青春どんづまり/あの時君は若かった(1978年10月)
  • 時を呼び停めて [東急の仲介 「青い空」 イメージソング]/AURA (1980年6月1日)森山良子 かまやつひろし名義
  • 旅の歌/また逢う日まで(1981年2月)
  • あの時君は若かった/ノー・ノー・ボーイ(1981年11月)
  • なんとなくソクラテス/モノラル・グラフィティー(1982年9月)
  • エリマキトカゲの真実/襟巻きと影(1984年6月)
  • ゴロワーズを吸ったことがあるかい/我が良き友よ(1985年5月10日)
  • ワンナイト・スタンド・ブラザース/欠陥BOY × 欠陥GIRL(1986年9月5日)
  • ノー・ノー・ボーイ/ノー・ノー・ボーイ (リプリーズversion)(1988年6月21日)
  • キスの下手な男/Bitter For My Taste(1989年9月21日)
  • すてきな僕ら/BLUEでできた僕たちの楽園(1990年12月21日)
  • 雨の小径で恋をして/Kの週末(1991年5月21日)
  • やつらの足音のバラード/ALLORA…(1994年9月2日)
  • ノー・ノー・ボーイ/ヒノエ・ウマ・ノ・オンナ(2000年9月21日)マーク・キャス with かまやつひろし名義

アルバム[編集]

<テイチク時代/かまやつヒロシ名義>

  • かまやつヒロシの俺の歌を聞いてくれ(1960年

<スパイダーズ以降ソロ時代>

  • ムッシュー/かまやつひろしの世界1970年)TEICHIKU
  • どうにかなるさ アルバムNo.2 (1971年)PHILIPS
  • ファーザー&マッド・サン (1971年) ※ティーブ釜萢との競演盤
  • 釜田質店 (1973年)VERTIGO
  • あゝ我が良き友よ1975年)Express
  • ムッシュ・ファースト・ライヴ (1978年)TRIO
  • WALK AGAIN (1978年)TRIO
  • スタジオ・ムッシュ (1979年)TRIO
  • パイナップルの彼方へ (1979年)TRIO
  • THE SPIDERS COVER'S (1989年
  • In and Out (1990年
  • Fragrance (1991年
  • pittoresque (1991年)
  • Gauloise (1994年)Polystar
  • 我が名はムッシュ(2002年)READYMADE
  • Classics (2002年)BMG
  • 1939〜MONSIEUR(2009年)avex io
  • ザ・スパイダース・カバーズ(2010年)
  • THE SPYDER BEAT (2012年) ※「THE BOHEMIANS aves ムッシュかまやつ」名義。THE BOHEMIANSとコラボレーションしてスパイダーズ時代の曲をカバーした。

提供楽曲[編集]

CM(楽曲提供も含む)[編集]

アニメーション[編集]

  • OVA『DOWN LOAD 南無阿弥陀仏は愛の詩』 (1992年)劇中音楽および下記挿入歌
    • OUT OF BORDER
    • WEATHER REPORT BLUES
    • DETHMAIL BLUES
  • RTB (OVA『戦闘妖精雪風』エンディングテーマ)
  • さみしいさみしい (2001年) 『千と千尋の神隠し』イメージアルバム収録のカオナシのイメージソング
  • The IJIN-DEN 天才の法則 (作曲、2003年、アニメ『妄想科学シリーズ ワンダバスタイル』オープニングテーマ)

出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

コンサート[編集]

その他[編集]

書籍[編集]

  • 『我が良き友よ!』 かまやつひろし名義、ベストセラーズ、1975年
  • 『ムッシュ!』 ムッシュかまやつ名義、日経BP社、2002年、ISBN 9784822242695、文庫版ISBN 9784167773274
  • 『ジャパニーズ・ロックインタビュー集』 TOブックス、2010年、ISBN 9784904376188

関連人物[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 檻の中の野郎たち Movie Walker
  2. ^ 山口隆対談集『叱り叱られ』(幻冬舎 2008.2)にある、かまやつとの対談によると、「キース・ジャレットが世界で1番目、ボクが2番目、ポール・マッカートニーが3番目」と発言している。
  3. ^ 若子内悦郎の変名。
  4. ^ レイジーのDVD『LAZY LIVE 2002 "EARTH ARK II"』での本人のコメントより
  5. ^ 当時AOKIのCMソングとして使用されていたため
  6. ^ KenKen×ムッシュかまやつ×山岸竜之介がプロジェクト開始”. ナタリー (2013年7月18日). 2015年12月28日閲覧。
  7. ^ カーグラフィック 2009年10月号
  8. ^ 『ムッシュ! 』(日経BP社 2002.9)p56
  9. ^ “THE ALFEE 40周年で語る出会い、デビュー、下積み時代【THE ALFEE】”. 女性自身. (2014年7月7日). http://jisin.jp/news/2640/7403/ 2014年10月9日閲覧。 

外部リンク[編集]