青山学院大学

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青山学院大学
青山キャンパス間島記念館
青山キャンパス間島記念館
大学設置 1949年
創立 1874年
学校種別 私立
設置者 学校法人青山学院
本部所在地 東京都渋谷区渋谷4-4-25
キャンパス 青山(東京都渋谷区)
相模原(神奈川県相模原市中央区)
学部 文学部
法学部
教育人間科学部
経済学部
経営学部
国際政治経済学部
総合文化政策学部
理工学部
社会情報学部
地球社会共生学部
研究科 文学研究科
教育人間科学研究科
経済学研究科
法学研究科
経営学研究科
国際政治経済学研究科
総合文化政策学研究科
理工学研究科
社会情報学研究科
国際マネジメント研究科
法務研究科
会計プロフェッション研究科
ウェブサイト 青山学院大学公式サイト
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青山学院大学(あおやまがくいんだいがく、英語: Aoyama Gakuin University)は、東京都渋谷区渋谷4-4-25に本部を置く日本私立大学である。1949年に設置された。大学の略称青学(あおがく)、青学大(あおがくだい)、青山(あおやま)。

地理院地図 Googleマップ 青山学院大学

目次

概観[編集]

青山キャンパス内にある、メソジスト指導者ジョン・ウェスレー
青山キャンパス校門

大学全体[編集]

学校法人青山学院は、明治時代初期に米国メソジスト監督教会から派遣された宣教師たちが設立した3つの学校を母体とするミッションスクールである。学院院長・理事長および大学長・短期大学長を除く設置学校の長はキリスト者であることが義務付けられている(かつては大学長も)。そのため現在でもキリスト教を教育の基本におき、「キリスト教概論」の講義は、建学理念のバックボーンを理解するために必修科目として位置づけられている。

校名の由来[編集]

住所は渋谷区だが、「青山学院」との校名をつけたのは、青山学院の前身の東京英学校が築地から1883年に移転し東京英和学校となった当時は、藤原北家花山院流で江戸時代には譜代大名明治維新後は華族青山氏の邸宅があったことから周辺が「青山」と呼ばれる土地で、住所も東京府赤坂区青山南町七丁目だったからである(なお初等部の一部は元小松宮家の土地)。青山南町七丁目は1889年市制町村制施行に伴い南豊島郡渋谷村1909年町制施行、1932年東京市に編入され渋谷区となる)に編入、1928年に町名は緑岡町と変更され、1966年住居表示実施に伴い現在の地名となった。

教育および研究[編集]

青山学院大学は、アメリカ宣教師が建てた学校が前身であるがゆえに欧米型カレッジのリベラルアーツ教育の流れをくんでいる。それゆえ、戦前からの伝統として、知識偏重にならないために、幅広い教養教育(リベラル・アーツ)を重視した方針をとっており、独自に「青山スタンダード」[1]という全学部必修の教養科目の制度をとっている。学生への教養教育カリキュラムを実施する以外に地域社会への貢献と一般人の素養を深めることを目的として各キャンパスで年に4 - 5種の公開講座を実施している。これらの公開講座は週に一度、5週間にわたって行われ、事前の申し込みをしておけば無料で参加できるようになっている。内容・講師の手配は講座を受け持つ教員(持ち回り制)に一任されており、人文科学社会科学自然科学のそれぞれの分野において毎年異なったものが開かれている。

キリスト教主義学校である青山学院大学は源流となる学校が出来た当初から聖書の授業を全学部学科において必修としており、専門学校の認可を受けた後も神学部を備えていた。その精神は大学設立後も受け継がれ、設立当初には文学部基督教学科があった。その後1961年に文学部神学科へと改組されたが、学園紛争の混乱の中、理事会の決定により1971年に廃止された。同学科は形式上は大学から分離し、同時期に同じく分離された明治学院大学神学部とを合わせ東京神学大学となっている。

英語教育に熱心であり、英語の教育制度が整っており、「英語の青山」と称される。

建学の精神[編集]

スクール・モットー

「地の塩、世の光(The Salt of the Earth,The Light of the World)」(聖書マタイによる福音書(5章13 - 16節))[2]

青山学院大学の理念

青山学院大学は、「青山学院教育方針」[3]に立脚した、神と人とに仕え社会に貢献する

「地の塩、世の光」としての教育研究共同体である。
本学は、地球規模の視野にもとづく正しい認識をもって自ら問題を発見し解決する知恵と力を持つ人材を育成する。
それは、人類への奉仕をめざす自由で幅広い学問研究を通してなされる。
本学のすべての教員、職員、学生は、相互の人格を尊重し、建学以来の伝統を重んじつつ、

おのおのの立場において、時代の要請に応えうる大学の創出に努める。[4]

沿革[編集]

略歴[編集]

第二代院長本多庸一
ガウチャーホール(明治20年建設)、現存せず

学校法人青山学院は、明治7年(1874年)にD.E.スクーンメーカーによって麻布本村町に設立された「女子小学校」と明治11年(1878年)にジュリアス・ソーパーによって築地に設立された男子校の「耕教学舎」、明治12年(1879年)にロバート・S・マクレイによって横浜山手に設立された男子校「美會神学校」を母体としており、2014年に創立140周年を迎える。それぞれの学校は全て米国メソジスト監督教会から派遣された宣教師によって設立されており、現在でも青山学院はキリスト教プロテスタントメソジスト派ミッションスクールである。

現在の青山の地に校舎を構えたのは、東京英学校(耕教学舎の後身)と、美曾神学校が合同することとなった明治15年(1882年)の翌年のことである。合同に際して「東京英和学校」と改称し、予備学部、高等普通学部、神学部が設置され、敷地内に欧風建築が立ち並んだ。また青山キャンパスの購入にあたって莫大な私財を投じたジョン・F・ガウチャーが、日本に“Anglo Japanese University of Tokio and Awoyama”(東京青山英和大学)というメソジスト派の大学を設立するという将来発展のヴィジョンを示していた。その後、本多庸一が校長を務めていた1894年に、現在の青山学院へと改称する。 1899年に私立学校令が公布されたが、この令では宗教教育を禁止していたため、青山学院は建学の精神を優先し、文科省の公認にはこだわらなかった。1904年には、青山学院高等科・神学部、及び青山女学院英文専門科(女子小学校の後身)は旧制専門学校の認可を受ける。その後、1927年に青山女学院(女子小学校の後身)との統合が文部省(現:文部科学省)に認められ、統合に至った。そして戦後になり、1949年学制改革に際して、青山学院大学として開校するに至った。

当初は文学部(英米文学科/基督教学科)、商学部工学部の3学部が設置されていたのみであったが、その後工学部の譲渡、商学部の改組、法学部理工学部国際政治経済学部・教育人間科学部・総合文化政策学部・社会情報学部の設置を行い、現在は9学部を擁する総合大学である。
1965年の理工学部設置の際には理工学部専用の廻沢キャンパス(後の世田谷キャンパス)を、1982年には1,2年次の学生対象の厚木キャンパスを開設したものの、厚木キャンパスは厚木市北西の丘陵部にあったため、交通アクセス面で不都合で、世田谷キャンパスの老朽化も相まって、以前の世田谷、厚木両キャンパスを閉鎖・統合する格好で、2003年神奈川県相模原市に相模原キャンパスを開設した。2008年には、2012年4月より文系学部を青山キャンパスに全面移行させることを発表していた[5]が、移転する学生の受け入れ先として建設していた校舎が東日本大震災の影響で竣工の遅延が確実になり、2013年からへの移行と発表された[6]

大学昇格の遅れ[編集]

青山学院の創立は1874年であるが、大学昇格されたのは戦後に入ってからである。1899年に私立学校令が公布され、青山学院も大学昇格を企図したが、この令では宗教教育を禁止し実質的にキリスト教の私立学校を弾圧するものであったため、青山学院は建学の精神を優先し、文部省の公認にはこだわらずに昇格を見送った。その後、1918年の大学令公布を機に、青山学院理事会は、1920年、大学設置計画を進めることを決定したが、しかしながら、翌年の高木院長の急逝、さらに関東大震災の発生という不運が重なり、昇格は見送られた。その後、第二次世界大戦が終結し、GHQによる教育改革を経て、1949年に大学設置が認可された。[7]

年表[編集]

年表 沿革
1874年 麻布女子小学校設立(1875年に救世学校に改称。1877年に築地に移転し海岸女学校へ改称。)。
1878年 築地に耕教学舎設立。
1879年 横浜美會神学校設立。
1881年 耕教学舎が東京英学校と改称。
1882年 美會神学校が東京英学校に合同。
1883年 東京英学校が現在の青山の土地へ移り、「東京英和学校」と改称する。
1888年 海岸女学校の上級生を青山に移し、東京英和女学校と改称(後の1894年には海岸女学校を閉鎖し、東京英和女学校へ統合)。
1894年 東京英和学校を青山学院に改称。
青山キャンパスに神学部・普通部(高等普通学部・英語師範科・予備学部)を設置。
1895年 東京英和女学校を青山女学院に改称。神学部・普通学部(高等科・予備科・普通科)手芸部、幼稚園(1899年閉園)を設置。
1904年 青山学院高等科・神学部、および青山女学院英文専門科が専門学校の認可を受ける。
1927年 青山女学院を青山学院に統合。高等科を高等学部に改組。
1935年 高等学部を文学部と高等商学部に改組し、文学部に英文科、英語師範科、高等商学部に商科を設置。
1943年 神学部を閉鎖。
1944年 専門部(文学部、高等商業学部)を閉鎖し、明治学院に譲渡。
青山学院工業専門学校を開校。
1946年 青山学院工業専門学校から青山学院専門学校と改称。
英文科・経済科・機械科・土木建築科を設置。
女子専門部を青山学院女子専門学校に改称。
米海軍横須賀基地第4代司令官であるデッカー大佐が、
従軍牧師のリッカーを介しキリスト教学校を通じた平和と民主主義の教育を提案。
神奈川県横須賀市古坂嵓城が分校の設立を決定。
1947年 海軍工機学校の設備を利用し、青山学院横須賀分校専門部機械科・土木建築科を設立。
1948年 第二高等部が設立される。
1949年 青山学院大学開学、文学部英米文学科・基督教学科、商学部、工学部を設置。
渋谷キャンパス復興で維持困難のため、横須賀分校を閉鎖。
1950年 工学部を関東学院大学に譲渡。
横須賀分校跡地を地元教会関係者に譲渡。
第二部英米文学科、文学部教育学科、第二部教育学科、第二部基督教学科、第二部商学科を設置。
1951年 財団法人青山学院」を「学校法人青山学院」に組織変更。
1952年 大学院文学研究科を設置。
1953年 商学部を経済学部(商学科・経済学科・第二部)に改組。
大学院経済学研究科、基督教学専攻科を設置。
1956年 基督教学専攻科を廃止。
1959年 法学部(法律学科)を設置。
1961年 基督教学科を神学科に改組。第二部基督教学科を廃止。
大学院法学研究科を設置。
1962年 文学部フランス学科を設置。
1963年 法学部法律学科を私法学科・公法学科に改組。
1965年 理工学部(物理学科・化学科・電気電子工学科・機械工学科・経営工学科)を設置。
廻沢キャンパス開設。
1966年 商学科を移行し、経営学部(商学科・経営学科・第二部商学科・第二部経営学科)を設置。
文学部日本文学科を設置。
1968年 文学部史学科を設置。
1969年 大学院理工学研究科修士課程を設置。
1970年 大学院経営学研究科を設置。
1971年 大学院理工学研究科博士課程を設置。
廻沢キャンパスが世田谷キャンパスに呼称変更。
1973年 経営学部商学科・第二部商学科を廃止。
1977年 文学部神学科を廃止。
1982年 国際政治経済学部(国際政治学科・国際経済学科)を設置。
厚木キャンパスを開設。
1986年 大学院国際政治経済学研究科を設置。
1987年 国際政治経済学部国際経営学科を設置。
2000年 理工学部機械工学科・経営工学科を機械創造工学科・経営システム工学科・情報テクノロジー学科に改組。
2001年 文学部教育学科心理学専修コースを文学部心理学科へ、法学部私法学科・公法学科を法学部法学科へ改組。
専門大学院国際マネジメント研究科を設置。
2003年 国際政治経済学部国際経営学科を廃止。
国際マネジメント研究科が専門職大学院に移行。
厚木キャンパス及び世田谷キャンパスを閉鎖し、相模原キャンパスを開設。
2004年 理工学部物理学科・化学科を物理・数理学科、化学・生命化学科へ再編。
理工学研究科を5専攻から1専攻8コースへ再編。
法務研究科(法科大学院)を設置。
2005年 会計プロフェッション研究科(会計専門職大学院)、法学研究科ビジネス法務専攻を設置。
2006年 国際政治経済学部国際コミュニケーションコースを同国際コミュニケーション学科に改組。
2008年 第二部経済学科、第二部経営学科を廃止。
総合文化政策学部総合文化政策学科、社会情報学部社会情報学科、
経済学部現代経済デザイン学科およびそれぞれに対応した大学院研究科を設置。
2009年 第二部教育学科を廃止。
文学部教育学科と文学部心理学科を教育人間科学部教育学科、教育人間科学部心理学科に改称。
経営学部マーケティング学科を設置。
横須賀学院と教育提携協定を締結
2011年 第二部英文学科の募集停止。
2012年 文学部比較芸術学科を設置。
2013年 文系学部を青山キャンパスに集約(都心回帰)。
2015年 相模原キャンパスに地球社会共生学部を設置。
2016年 横浜英和女学院中学高等学校系属校とし、2018年4月に男女共学化予定。仮称は「青山学院横浜英和中学高等学校」。

基礎データ[編集]

所在地[編集]

港区南青山の交差点からみた青山通り。左手に青山学院総研ビル。
「学生時代」歌碑、舞台となった青山キャンパスのチャペル前

象徴[編集]

校歌[編集]

  • カレッジソング(作詞:松本休 編曲:高橋繁 青山学院大学の校歌にあたる)
    原曲は米国ノートルダム大学の応援歌だったといわれる。松本休(作詞)・高橋繁(編曲)両者が卒業した1929年3月音楽部の送別演奏会で初めて発表されたものと推測されている。発表以来、青山学院専門部生、戦後は同大学生の愛唱歌となり、この歌に謳い込まれた緑が丘青山の春夏秋冬、青学生の喜びと誇りが今も昔も変わることなく謳い継がれている[8]
  • 校歌(作詞:大木金次郎 作曲:平岡精二 青山学院全体の校歌にあたる)
    1974年、青山学院創立100周年を迎えるにあたり前々院長の大木金次郎が、青山学院共通の校歌を持ちたいという校友諸君の十数年の希望に応えるために、聖書の教義を盛り込んだ自らの作詞と平岡精二(当時在学)の作曲によって完成した。
    学生の間ではカレッジソングの方がよく歌われるようであるが、東都大学野球連盟のパンフレットなど代表歌として校歌が記載されているものも少なくない。なお、校歌が制定される前は、1番が初等部の歌、2番が中等部の歌、3番が高等部の歌といった構成の青山学院の歌(作詞;豊田実 作曲:團伊玖磨)が歌われていた。他に応援歌が3曲(白亜の城・見よ東の・第3応援歌)存在する。
  • ペギー葉山のヒット曲「学生時代」(作詞・作曲:平岡精二(同学院OB))は第二の学院歌とも呼ばれ、2009年には学内に歌碑が建立された。
  • サザンオールスターズの「Ya Ya (あの時代を忘れない)」も第二のカレッジソングとして親しまれている。

イーゴ(大学のマスコット)[編集]

1999年に大学創立50周年記念として、オリジナルマスコットのイーゴ(EAGO)が制定された。二足歩行のの姿で、手に聖書を持っている。座右の銘は「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」(イザヤ書第40章31節)であり、同マスコットは、この箇所の「」がモチーフになっている。

校章[編集]

校章の形で、中に青山の“A”、学院の“G”が書かれており、その下に大学の“UNIV”がblackmoor LETというフォントで書かれている。「中央および左右の先端は尖って高峰のごとく、側面の弧は豊かな頬を思わせるふくらみを持ち、全体が均整のとれた4つの弧で囲まれているようなもの」が正しい形と定められている。「信仰の盾」と呼ばれており、盾は聖書の中の「信仰を盾として」(新約聖書エフェソの信徒への手紙6章16節)を意味し、信仰の象徴を示している。

スクールカラー[編集]

青山学院大学のスクールカラーは、濃緑(ダークグリーン)、青緑(ターコイズブルー)である。

学部・学科[編集]

文学部 (青山キャンパス)[編集]

1949年、設置。文学・語学・歴史・芸術という人文学的教養を高めるとともに、それぞれの分野のものの見方を通して、"人間の営みと文化の本質"や21世紀のグローバル社会の在り方を考える。

  • 英米文学科
    • イギリス文学・文化コース
    • アメリカ文学・文化コース
    • グローバル文学・文化コース
    • 英語学コース
    • コミュニケーションコース
    • 英語教育学コース
  • フランス文学科
    • 文学分野
    • 語学分野
    • 文化分野
  • 日本文学科
    • 日本文学コース
    • 日本語・日本語教育コース
  • 史学科
    • 日本史コース
    • 東洋史コース
    • 西洋史コース
    • 考古学コース
  • 比較芸術学科
    • 美術領域
    • 音楽領域
    • 演劇映像領域

教育人間科学部 (青山キャンパス)[編集]

2009年、設置。一人ひとりの"人間"を考究の対象とし、現代の人間が直面する、様々な問題の解決に取り組む行動力と自己教育力のある人材を育成する。

  • 教育学科
    • 第I群 人間形成探究コース
    • 第II群 臨床教育・生涯発達コース
    • 第III群 教育情報・メディアコース
    • 第IV群 幼児教育学コース
    • 第V群 児童教育学コース
  • 心理学科
    • 発達心理学分野 (第II群)
    • 社会心理学分野 (第II群)
    • 認知心理学分野 (第II群)
    • 臨床心理学分野 (第III群)

経済学部 (青山キャンパス)[編集]

1953年、商学部を改組し設置。ダイナミックに変化する世界経済のなかで、経済問題の核心を的確にとらえ、それらを解決する能力をもつ人材育成を展開する。

  • 経済学科
    • 理論・数量コース
      • 理論で考える
      • 数量で考える
    • 政策・産業コース
      • 政府を考える
      • 企業を考える
      • 金融を考える
    • 歴史・国際・地域コース
      • 歴史を考える
      • 国際問題を考える
      • 地域を考える
  • 現代経済デザイン学科
    • 公共コース (パブリック・デザイン)
      • 応用経済ブロック
      • 制度・政策ブロック
      • 公共経営ブロック
    • 地域コース (リージョナル・デザイン)
      • 空間経済ブロック
      • 地域政策ブロック
      • エリアスタディブロック
    • 統計・情報 (公共・地域共通)
      • 統計・情報モジュール

法学部 (青山キャンパス)[編集]

1959年、設置。経済活動などのグローバル化が進展する今、問題の解決や対処に役立つ法律の知識が注目される。こうした社会的要請に応える法学を専門的、多面的に学ぶ。

  • 法学科
    • ビジネス法コース
    • 公共政策コース
    • 司法コース
    • ヒューマン・ライツコース

経営学部 (青山キャンパス)[編集]

1966年、設置。世界市場のなかで、明日を先取りしたビジネスを進めるには、確かなマネジメント戦略が必要不可欠である。最先端の情報技術などを駆使し、自立型のリーダーを育成する。

  • 経営学科
    • 経営学科専門科目
    • マーケティング学科専門科目
  • マーケティング学科
    • マーケティング学科専門科目
    • 経営学科専門科目

国際政治経済学部 (青山キャンパス)[編集]

1982年、設置。学科の枠を超えた学際的なカリキュラムによって、国際社会の理解と問題の解決に不可欠の多角的な視点を養い、国際政治や国際経済に積極的に関わることができる人間を育てる。

  • 国際政治学科
    • 政治外交・安全保障コース
    • グローバル化・ガバナンスコース
  • 国際経済学科
    • 国際経済政策コース
    • 国際ビジネスコース
  • 国際コミュニケーション学科
    • 国際コミュニケーションコース

総合文化対策学部 (青山キャンパス)[編集]

2008年、設置。最先端の文化・芸術・情報の発信基地である"渋谷・青山エリア"に立地する本学の特色を最大限にいかして、文化創造の21世紀を担うクリエイティブな人材を育成する。

  • 総合文化政策学部
    • 専門共通科目
      • 政策・マネジメント科目群
      • 文化・思想科目群
    • 専門分野別科目
      • メディア文化分野
      • 都市・国際文化分野
      • アート・デザイン分野

理工学部 (相模原キャンパス)[編集]

1965年、設置。理学2学科・工学4学科において、科学の最先端を切りひらく研究から各種の実用化を目指す開発まで、興味あるテーマの学びを深めることで、社会への深い使命感をもつ科学者・技術者を育成する。

  • 物理・数理学科
    • 物理科学コース
    • 数理サイエンスコース
  • 化学・生命科学科
    • 無機化学
    • 有機化学
    • 生命科学
    • 物理化学
    • 分析化学
  • 電気電子工学科
    • 物性工学 (材料・デバイス系)
    • 信号処理工学 (電磁波〜情報通信系)
    • 制御工学 (制御・システム系)
    • ナノエレクトロニクス (電子回路〜電子応用系)
    • パワーエレクトロニクス系
    • 環境電磁工学
    • 生体情報工学
  • 機械創造工学科
    • 材料力学・材料科学
    • 熱工学・環境工学
    • 流体工学・航空宇宙工学
    • 機械力学・計測制御
    • 精密工学・機械統計
  • 経営システム工学科
    • 分析技術
    • モデル化技術
    • 最適化技術
  • 情報テクノロジー学科
    • メカトロニクステクノロジー
    • ソフトウェアテクノロジー
    • ヒューマンファクタテクノロジー
    • ネットワークテクノロジー

社会情報学部 (相模原キャンパス)[編集]

2008年、設置。実社会で真に役立つ数理的素養・論理的思考・情報の高度な活用能力・豊かなコミュニケーション能力の修得を徹底し、21世紀における課題の発見と解決を可能とする人材を育成する。

  • 社会情報学科
    • 社会・情報・人間
      • リエゾンA (社会・情報)
      • リエゾンB (社会・人間)
      • リエゾンC (人間・情報)
      • フルリエゾン (共通)

地球社会共生学部 (相模原キャンパス)[編集]

2015年、設置。世界の人々と共通の目線で協働できる知恵と力、共生マインドをもち、かつ高い倫理観と社会奉仕の精神を備えたグローバル人材を育成する。

  • 地球社会共生学科
    • コラボレーション領域
    • ビジネス領域
    • メディア/空間情報領域
    • ソシオロジー領域

大学院[編集]

青山キャンパス正門
青山キャンパス正門前(2016年10月2日撮影)
高層化が進む青山キャンパス
青山キャンパス17号館
  • 文学研究科(博士前期課程、 博士後期課程)
    • 英米文学専攻
    • フランス文学・語学専攻
    • 日本文学・日本語専攻
    • 史学専攻
    • 比較芸術学専攻
  • 教育人間科学研究科(博士前期課程、 博士後期課程)
    • 教育学専攻
    • 心理学専攻
      • 博士前期課程のコース
        • 心理学コース
        • 臨床心理学コース
  • 経済学研究科(博士前期課程、 博士後期課程)
    • 経済学専攻
    • 公共・地域マネジメント専攻
  • 法学研究科
    • 私法専攻(博士前期課程、 博士後期課程)
    • 公法専攻(博士前期課程、 博士後期課程)
    • ビジネス法務専攻(修士課程、 博士後期課程)
      • 修士課程のプログラム
        • 知財法務プログラム
        • 人事労務法務プログラム
        • 税法務プログラム
        • 金融法務プログラム
      • 博士後期課程のプログラム
        • ビジネスロー・ドクター養成プログラム
        • リーガルリスクマネジメント・ドクター養成プログラム
        • 知財クリニック・ドクター養成プログラム
        • 金融ロー・ドクター養成プログラム
  • 経営学研究科(博士前期課程、 博士後期課程)
    • 経営学専攻
  • 国際政治経済学研究科(修士課程、 博士後期課程)
    • 国際政治学専攻
    • 国際経済学専攻
    • 国際コミュニケーション専攻
  • 総合文化政策学研究科
    • 総合文化政策学専攻(一貫制博士課程)
    • 文化創造マネジメント専攻(修士課程)-2009年4月開設
  • 理工学研究科(博士前期課程、 博士後期課程)
    • 理工学専攻
      • 基礎科学コース
      • 化学コース
      • 機能物質創成コース
      • 生命科学コース
      • 電気電子工学コース
      • 機械創造コース
      • 知能情報コース
      • マネジメントテクノロジーコース
  • 社会情報学研究科(博士前期課程、 博士後期課程)
    • 社会情報学専攻
      • 前期課程のコース
        • 社会情報学コース
        • ヒューマンイノベーションコース

(専門職大学院)[編集]

  • 法務研究科(ロースクール、法科大学院
    • 法務専攻(専門職学位課程)
      • 3年標準コース(法学未修者向け)
      • 2年短縮コース
  • 国際マネジメント研究科(ビジネススクール、MBA
    • 国際マネジメント専攻(専門職学位課程)
    • 国際マネジメント・サイエンス専攻(一貫制博士課程)
  • 会計プロフェッション研究科(アカウンティングスクール、会計専門職大学院
    • 会計プロフェッション専攻(専門職学位課程)
    • プロフェッショナル会計学専攻(博士後期課程のみ)

附属機関[編集]

  • 図書館
    • 青山学院大学図書館
    • 青山学院大学万代記念図書館(相模原分館)
  • 大学附置教育研究施設
    • 情報メディアセンター
    • 外国語ラボラトリー
  • 学部附置研究施設
    • 経済研究所(経済学部)
    • 判例研究所(法学部)
    • グローバル・ビジネス研究所(経営学部)
  • 学部附置教育研究施設
    • 国際研究センター(国際政治経済学部)
    • 青山コミュニティ・ラボ(総合文化政策学部)
    • 先端技術研究開発センター(理工学部)
    • 機器分析センター(理工学部)
    • 社会情報学研究センター(社会情報学部)
    • リエゾン・ラボ(社会情報学部)
      • 生涯学習ラボ
      • 地域連携ラボ
  • 研究科附置教育研究施設
    • 心理相談室(教育人間科学研究科)
    • 国際マネジメント学術フロンティア・センター(国際マネジメント研究科)
    • ビジネスロー・センター(法学研究科)
    • 会計プロフェッション研究センター(会計プロフェッション研究科)
  • 総合研究所
    • 総合文化研究部門
      • 課題別研究部
      • キリスト教文化研究部
    • 領域別研究部門
      • 人文科学研究部
      • 社会科学研究部
      • 自然科学研究部
    • 総合研究課(事務室)
  • 社会連携機構
    • 社学連携研究センター
    • WTO研究センター
    • ヒューマン・イノベーション研究センター
    • 国際交流共同研究センター
    • アジア国際センター

教育および研究[編集]

研究[編集]

21世紀COEプログラム[編集]

21世紀COEプログラムとして、1件のプロジェクトが採択された。

  • 2002年
    化学・材料科学系
    エネルギー効率化のための機能性材料の創製

私立大学学術研究高度化推進事業[編集]

  • ハイテク・リサーチ・センター整備事業
    • 先端技術研究開発センター「材料科学の新展開:環境調和型機能性物質の創製を目指して」

教育[編集]

  • 現代的教育ニーズ取組支援プログラム
    • 渋谷・原宿・青山を繋ぐ商業観光拠点の育成-本学の理念に基づく地域貢献の実践と社学連携体制の拡充-
    • e-Learning専門家の人材育成-世界に通用する専門家育成プログラムの開発と普及-
    • ICT活用教育のFD/SDプログラム-人材育成の一翼を担うICT活用教育の質向上を実現する研修プログラムの開発と普及-
  • 「LPI-Japan アカデミック認定校」
    LPI-Japan アカデミック認定校制度」は、IT教育を推進する機関と一体となって、Linux教育の活性化とLPI理念の普及を目指すためのプログラムで、2003年スタートした。LPI-Japanが独自に定めた学習環境基準をクリアした大学や専門学校、PCスクール、企業研修機関などを、「LPI-Japan」の認定校に指定し、Linux技術者認定試験(LPIC)合格を目指す受験者に質の高いLinux教育を提供することを目的としている。文系も有する総合大学としての認定校は、青山学院大学が初である。
  • 「Microsoft Dynamics CRM」を教育機関として初めて導入
    青山学院とマイクロソフトは共同で、ICT(情報通信技術)ネットワークの構築を実施。利便性を向上させるだけでなく、管理運用の負荷を軽減し、運用コストの70%削減を目指して実施された。導入により、アカウント管理の煩雑さを解消し、アプリケーションの利用も簡単になった。また、システムの構築以外に、青山学院大学での知的財産総合概論講座にマイクロソフトから講師を派遣したり、青山学院でマイクロソフトが講演をしたりといった、相互の人材交流も深めるとしている[9]

ランキング[編集]

青山キャンパス1号館(1926年建設)
青山キャンパス2号館(1926年建設)
間島記念館(日本国登録有形文化財)
  • Asian University Rankings 2010(THE - QS)[10]では、青山学院大学は第123位にランクされた。同調査の分野別ランキングでは、Arts & Humanitiesの分野では81位、Social Sciencesでは76位であった。
  • Asia MBA ranking[11]によれば、青山学院はアジア圏で第9位にランクされた。
  • 日本経済新聞社と日経HRが共同で行った「通いたいMBA大学院ランキング」(調査期間:2012年5月28日 - 6月5日)では、東日本の部で第5位にランクインしており、高い人気を博している。[12]
  • 実際に学んでいた学生を対象にした「国内MBA学生満足度ランキング」(日経HR調査/調査期間:2009年7月 - 8月)では第17位にランクイン。講師との密なコミュニケーション、クラスの多様性、人脈作りのしやすさが高い評価を得ている。[13]
  • 日経BPコンサルティング調査の「大学ブランド・イメージ調査 2014-15(首都圏編)」(2014年11月実施)では、青山学院大学は7位にランクされた。私立大学としては慶應義塾大学早稲田大学上智大学に続いて第4位であった。MARCH(マーチ)と言われる大学群の中ではトップである。なお、「キャンパスに活気がある」「柔軟性がある」「センスがいい、かっこいい」「立地が良い」4項目で青山学院大学が、第1位になった。[15]
  • 株式会社リクルートの「高校生に聞いた大学ブランドランキング2009」( 『進学ブランド力調査2009』より )では、青山学院大学は関東エリアにおいて「志願度」3位、「教育方針・カリキュラムが魅力的である」4位、「就職に有利である」4位、「国際的なセンスが身につく」4位、「おしゃれな」1位、「自慢できそう」4位と各項目で上位にランクされた。2015年度では「志願度」・「知名度」3位、「校風や雰囲気がよい」1位、「学校が発展していく可能性がある」3位、「クラブ・サークル活動が盛んである」2位、「おしゃれな」1位などでランクインした。[16]
  • 日経進学ナビの「大学イメージ調査ランキング」でも毎年上位にランクする。[17]
  • 日本経済新聞社が2015年12月に全国のビジネスパーソンを対象に調査した「ビジネスパーソンの大学イメージ調査」では「人的資産・信頼(伝統イメージ)」で8位、「教育・研究力(現在イメージ)」で10位、「社会への貢献(将来イメージ)」で6位、総合ランキングで全国8位という結果になった。[18][19]

学生生活[編集]

自治活動[編集]

自治会が存在しない。準自治組織としては過去に学友会の下に学生会や常任委員会などが存在しており、学部別の自治委員会(実質的な自治会)の設立も模索されたが、大学当局と学生側が折り合わず幻に終わった。大学紛争の混乱後、大学当局は厳しい締め付けを行い、学生会や大学当局に批判的だった新聞編集委員会も消滅した。現在の新聞編集委員会はその後設立され、資金も大学当局から支援を受けている。

年間行事 (2017年度)[編集]

4月
5月
6月
7月
8月
  • 前期授業終了
  • 夏期休業日期間
  • 清里サマー・カレッジ ★
  • オープンキャンパス
9月
  • 後期授業開始
  • 9月学部・大学院学位授与式
10月
  • 相模原祭
  • チャペル・ウィーク (後期) ★
  • 宗教改革記念礼拝 ★
11月
  • 青山祭
  • 創立記念日 (16日)
  • 創立記念礼拝 ★
12月
1月
  • 後期授業再開
  • 後期定期試験
2月
  • 後期授業終了
3月
  • 学部・大学院学位授与式
  • 卒業礼拝 ★
※★は宗教行事。

部活動/サークル活動[編集]

部活動は学友会の元に統括されている。学友会は直属組織、文化連合会、体育連合会の3つに分かれており、一部の直属団体を除いて大学公認の部活動は全て文化連合会あるいは体育連合会に加盟している。

学友会直属組織[編集]

文化連合会・体育連合会以外に学友会直属とされる団体と附置委員会がいくつか存在する。

学友会附置委員会[編集]

  • 青山祭実行委員会
  • 相模原祭実行委員会

文化連合会加盟組織[編集]

  • 音楽系の部会が多い。その他に放送系や芸術系など多く存在する。

体育連合会加盟組織[編集]

  • 硬式野球部 1883年創部
    硬式野球部は東都大学野球連盟に加盟している。日本野球最古の創部チームのひとつ。同部出身者にはプロ野球へ進んだ者も多い。ちなみに朝日新聞出版発行「大学ランキング・2012年度版」の「スポーツ選手出身大学・プロ野球部門」で同部は第1位となっている(第2位は早稲田大学)。
  • 陸上競技部 1918年創部
    関東学生陸上競技連盟に所属している。関東インカレでは2部に所属。陸上競技部は「長距離ブロック」と「短距離ブロック」に分かれる。
    長距離ブロックで箱根駅伝には、第22回(1943年)に初出場した後、第41回(1965年)から第52回(1976年)まで12年連続出場を果たした。その後、2009年の第85回で33年ぶりの出場を果たした後、翌2010年の第86回では41年ぶりのシード権を獲得(総合順位8位)、以後2011年の第87回(総合順位9位)・2012年の第88回(総合順位5位)・2013年の第89回(総合順位8位)・2014年の第90回(総合順位5位)で5年連続シード権を獲得した後、2015年の第91回大会で初優勝、2016年の第92回大会で2回目の優勝、2017年の第93回大会で3回目の優勝を果たした。出雲駅伝には、第22回(2010年)に初出場し、第24回(2012年)で初優勝、第27回(2015年)で2回目の優勝、第28回(2016年)で3回目の優勝を果たした。全日本大学駅伝には第41回(2009年)に初出場し、第45回(2013年)で初のシード権獲得(6位)、第46回(2014年)は3位、第47回大会(2015年)は2位となり、第48回大会(2016年)は初優勝を果たした。
    短距離ブロックで近年は女子、特にリレー種目において日本学生陸上競技対校選手権大会優勝や日本陸上競技選手権リレー競技大会上位入賞、ナショナルリレーチームに現役学生が選出されるなどの活躍を見せている。
  • ラグビー部 1923年創部
    関東大学ラグビー対抗戦グループに所属している。2011年度から対抗戦Aグループに復帰する。これまで全国大学ラグビーフットボール選手権大会に2回出場している。また、1953年度には全国地区対抗大学ラグビーフットボール大会で優勝している。
  • バスケットボール部 1929年創部
    関東大学バスケットボール連盟に所属している。全日本学生バスケットボール選手権大会優勝4回(2000年、2007年、2010年、2011年)。2010、2011年度は学生大会4冠達成。

サークル[編集]

青山キャンパス8号館

大学内での正式名称は「愛好会

公認の条件として

  • 会員に2学部2学科20名以上の本学学生がいる
  • 青学の専任教員が顧問に付くことが必要(1人1団体)。

アドバイザー・グループ[編集]

略称アドグル。

部活動・サークル活動とは別に教員を中心に学生が集う形で組織される青山学院大学独特の団体。専任教員のみアドバイザーとなることが出来、年度初頭に学生は参加希望を提出することができる。登山中心に活動するアドグルや教育活動に邁進するアドグル、教授との個人的な交わりを中心としたアドグルなど様々な団体が存在する。

学園祭[編集]

  • 青山キャンパスで開かれる「青山祭」と、相模原キャンパスで開かれる「相模原祭」がある。

青山キャンパスでは、梅津弥英子滝川クリステルを輩出したミスコンテストなどが開かれる。なお、大学のミスコンを日本で初めて実施したのは青山学院大学であると言われている。青山祭の来場者数は約15万人[20]、相模原祭の来場者数は約5万人[21]である。両祭とも、多才なゲストを招いた講演会などが開かれる。

  • 行きたい学園祭ランキングで毎年上位にランクされる[22][23]
  • 学園祭グランプリ2011で準MVP受賞[24]

2015年の相模原祭において、相模原祭実行委員会側がヘヴィメタルバンドのみ出場禁止令を出した事に、出演する音楽サークルや他大学の音楽サークルのみならず[25]、一部の著名人からも非難を浴び炎上騒ぎとなった[26][27]。その後、実行委員会側が謝罪をするもヘヴィメタル禁止の姿勢を変える事はなかった[28]

クリスマスツリー点火祭[編集]

キリスト教青山学院にとって、キリスト降誕に当たるクリスマスは重要な時期である。そのため、キリストの降誕を待ち望む礼拝として、1977年よりクリスマスツリー点火祭が開かれている。幼稚園大学院までが共同でこの式を行う。礼拝においては、大学聖歌隊や、ハンドベルクワイアの演奏がある。正門を入って並木道を抜けた所にある中央ロータリーの木に点火される。

関係者組織と出身者[編集]

大学関係者組織[編集]

校友会員数約20万人。登録団体数約200。 また、OB/OG組織(通称アイビーグループ)として、「マスコミ青山会」や、「金融青山会」「青山法曹会」「青学会計人クラブ」などがある。マスコミ青山会の会員数は2600名にも上る。

大学出身者[編集]

桑田佳祐槇原敬之などの音楽家、渡哲也高橋克典などの俳優、滝川クリステルをはじめとする女性アナウンサー、蓮舫中田宏などの政治家、というように、多岐にわたり数多くの著名人を輩出してきた。

キャンパス[編集]

現在のキャンパス[編集]

青山キャンパス(東京都渋谷区渋谷4-4-25)
青山キャンパス1号館
表参道(神宮前)のケヤキ並木
再開発中の青山キャンパス
  • 文系学部(文学部、教育人間科学部、経済学部、法学部、経営学部、国際政治経済学部)、総合文化政策学部、夜間部の全学年が使用するキャンパスで(2014年4月時点)、港区南青山に隣接し、青山通り(国道246号)に面しており表参道(都道413号線)や骨董通り(港区道)にも徒歩圏内である。周辺には根津美術館こどもの城岡本太郎記念館など文化施設が多い。また、キャンパス正面に国際連合大学があり、2003年より一般協定を結んでいる。大学周辺は駅周辺に比較して閑静である。通称「青(あお)キャン」。文学研究科、経済学研究科、法学研究科、経営学研究科、国際政治経済学研究科、総合文化政策学研究科、社会情報学研究科ヒューマンイノベーションコース、法務研究科、国際マネジメント研究科、会計プロフェッション研究科の大学院が設置されている。敷地内には、学校法人青山学院本部や各系列校(青山学院女子短期大学、幼稚園〜高等部)も設置されている。正門から続く並木道はモダニズム建築家のアントニン・レーモンドが設計したと言われている。
  • 最寄駅は表参道駅および渋谷駅である。JR山手線埼京線湘南新宿ライン東急東横線田園都市線京王井の頭線東京地下鉄副都心線渋谷駅宮益坂方面の出口より徒歩約10分、または東京地下鉄銀座線半蔵門線千代田線表参道駅B1出口より徒歩約5分。
  • 敷地面積は68,305万平米(法人本部・女子短期大学との共用部分を含む)、各系列校も含めた総敷地面積は約12万平米である。明治中期に米国人ジョン・F・ガウチャーの寄付で伊予西条藩松平家上屋敷跡地(約3万)を購入し、その後も東京農業大学から短大・中等部辺りの敷地(5691坪)を購入し、現在に至る。
  • 建物には建てられた順に1号館、2号館〜と番号が付いている(総合研究ビルは14号館、ガウチャー・メモリアルホールは15号館)。現在は13号館は欠番。(1999年度までは旧AVACO STUDIOを買い取り改装した建物が13号館として器楽練習室・部室(写真部・吹奏楽バトントワリング部等が使用)に使用されていたがガウチャーメモリアルホール建築に伴い旧チャペルと共に取り壊された。)2001年に完成した大学チャペル兼教室研究棟のガウチャー・メモリアルホールなどがある。間島記念館(1929年建設)、ベリーホール(1931年建設)の2棟は2008年、国の登録有形文化財に登録された。交通量の多い国道246号側に総合研究ビルや体育館等大型施設を置いているため、キャンパス内は静か。現在、キャンパスの再開発が進んでいる。
  • キャンパスに面している青山通り(R246)は「日本そして世界でも誇れるような美しい街路空間とする」ことを目的として,東京国道事務所が沿道地域の代表である「NPO法人 渋谷・青山景観整備機構」と調整を図りながら,景観整備を進めている。また「いちご白書をもう一度」を作詞・作曲した松任谷由実の談によれば、この曲は当時青山学院の学生と交際していた自身が、青山学院から渋谷駅へ2人で歩いた思い出をイメージして作ったと語っている。
  • 「Christian universities online」の発表した「世界で最も美しいキャンパスのキリスト教大学ランキング (The 50 Most Beautiful Christian College & University Campuses in the World)」で、青山キャンパスは世界第2位に選ばれた。立地や登録有形文化財2棟や、印象的な並木などが評価された[29]
相模原キャンパス(神奈川県相模原市中央区淵野辺5-10-1)
相模原キャンパスB棟
相模原キャンパス(ウェスレー・チャペル、E棟、F棟)
相模原キャンパス内チャペル

社会情報学部と理工学部と地球社会共生学部の1-4年次、および理工学研究科、社会情報学研究科社会情報学コースが設置されている (2013年4月に文系学部は、青山キャンパスへ完全移転)。

JR淵野辺駅からは徒歩7分の距離であり、駅周辺には桜美林大学のプラネット淵野辺キャンパスがある。また、淵野辺駅からは小田急小田原線の主要な駅であるJR町田駅京王相模原線ターミナル駅であるJR橋本駅にもほど近い。

  • 新日本製鐵跡地に2003年4月に開設された新しいキャンパスで、2002年度まで存在した世田谷キャンパスと厚木キャンパスを統合し開設された。敷地は約16万平米。校舎群の他に野球場(旧國學院大學相模原グラウンド)なども有する。キャンパス付近は東京ベッドタウンであるが、周辺広域には工場が多く、首都圏南西地域産業活性化フォーラムの一角を担っている。キャンパスに近接して体育施設の緑ヶ丘グラウンド、町田グラウンドも設置されており、運動部などサークル活動等に利用されている。また、野球場も併設されている。
  • キャンパス内には、ウェスレー・チャペルが設置されており、1時限と2時限の間に、礼拝の時間が設けられている。このチャペルは青山学院の源流であるメソジスト教会の創始者ジョン・ウェスレーチャールズ・ウェスレーの兄弟にちなんでいる。チャペル内のパイプオルガンデンマークのマルクーセン&ソン・オルガン社製(厚木キャンパスから移設された)。またステンドグラスは、滝沢やまとのデザインである[30]

過去に存在したキャンパス[編集]

厚木キャンパス(神奈川県厚木市森の里青山 地図
文系学部(1部および昼間主コース)の1-2年次及び理工学部の1年次が使用していた。小田急線本厚木駅から神奈川中央交通バスで25分。愛甲石田駅からバスで15分。通称「厚(あつ)キャン」。青山キャンパスが手狭となったことから郊外移転の話があり、当時研究学園都市を造成していた厚木市の誘致により開設された。広大な敷地に教室をはじめグラウンドやゴルフ練習施設、宿泊研修用の施設を備えていた。キャンパス内に駐車場があり、一般学生にも自家用車通学が許可されていた。キャンパス周辺には松蔭女子大学(現在は松蔭大学)と研究所、森の里ニュータウンがあった。21世紀到来後、私立大学の都心回帰の動きにより、同大もアクセスのよい土地への再移転が検討され、新日本製鐵國學院大學から土地を取得し2003年相模原キャンパスを設置(厚木キャンパスは閉鎖)。キャンパス閉鎖後は跡地は日産自動車へ売却、研究施設となっている。なお、厚木セミナーハウス(宿泊研修用施設)については、当初所有を継続する予定だったが、日産側からの要請で手放すこととなった。また、移転後に付けられた地名である森の里青山は現在でも使われている。
世田谷キャンパス(東京都世田谷区千歳台 地図
理工学部の2-4年次が使用し、理工学研究科が設置されていた。アクセスは京王線千歳烏山駅から徒歩15分、又は小田急小田原線祖師ヶ谷大蔵駅から徒歩20分。理工学部の2-4年次(厚木キャンパスができるまでは全年次)および大学院生が使用したキャンパスで、通称「せたキャン」。理工学部を設置した際に開設され、開設当初は「廻沢キャンパス」という名称であった。施設が手狭になってきて、さらに老朽化していたことや、1年次生のみが厚木に通わなければならない不便があったため、厚木キャンパスとともに機能を相模原キャンパスに統合、2002年度を最後に廃止された。また、このキャンパスの隣には女子寮(スクーンメーカー寮)があった。跡地は大規模なマンション(一部商業施設あり)となっている。
綱島グラウンド(神奈川県横浜市港北区綱島上町 地図
体育会が使用していた。馬場が存在したため、近隣住民からの苦情が存在した。なお、相模原キャンパスにおいても、地域住民の反発があり馬場を造成することができなかったため、新たに町田グラウンドが購入された。跡地は大規模マンションとなっている。

施設[編集]

学生食堂[編集]

相模原キャンパスG棟外観(カフェテリア)
  • 青山キャンパスの学生食堂(学食)は地下に設置されている。昼の時間帯は高等部の学生、周辺の会社員などが大学の昼休み開始以前の時間帯から数多く利用している。
  • 文系学部1,2年の青山キャンパス移転に備えて、2012年に新設された17号館の1階にも新しく食堂 (1000席)がオープンした。
  • 相模原キャンパスG棟のカフェテリアは2階建て、一部吹き抜けで屋外ラウンジもあり快適な造りとなっている。キャンパス周辺の外食事情が未発達のため、内容は安価で充実したものとなっている。しかしながら昼の時間帯は混雑が激しく、食堂を利用する事を諦め弁当を購入し教室や芝生の上で食事をする学生も多い。同キャンパスにはもう一つ、N棟1階にもカフェテリアがあり、こちらは主に研究棟から距離の近い理工学部生・研究科生の利用が多いことから、通称「理工食堂」と呼ばれている。メニューはG棟カフェテリアよりも若干少ないが、席の回転率がG棟に比べて早い。教職員専用の食事スペースも設けられている。なおこのN棟は、新日鐵の建物をそのまま使用している。外壁の色の違いからもそのことが窺える。
  • 「大学学食TOP10(関東地区編)」(学食研究家 唐沢明監修)では、青山学院大学の学食は第1位となっている[31]
  • 「学生に評価が高い学生食堂」(朝日新聞社発行「大学ランキング」編集部調査)でも、第1位だった[32]

青山学院購買会・ショップ[編集]

青山学院大学では大学生協に代えて、青山学院購買会の運営する購買店舗・ショップが各キャンパスに設けられている。

総合研究所ビル[編集]

総合研究所ビル

青山キャンパスにある総合研究所ビル。1988年12月開所。大学総合研究所を擁し、多様な研究部門を設置している。設置目的を、学の教育・研究との有機的な関係のもとに広範に学を統合し、各専門領域と学術領域の研究を行うほか、国内外の大学及び研究機関との交流を図り、社会と学術文化の進展に寄与することにより、本学の教育・研究の基礎を培い、その水準を高めることとしている。12階の大会議室は国際会議場として同時通訳も可能であり、様々な国際会議や講演会などに使用されている。2009年には、「『帝国以後』の世界 世界経済危機と『デモクラシー以後』」と題して、世界的ベストセラーとなった『帝国以後』の著者エマニュエル・トッドが、同ビルで講演を行った。また、同年に冷戦終焉20年に際して、「鉄のカーテン解体から、ベルリンの壁崩壊へ」と題した講演会が行われ、ヴィータウタス・ランズベルギス(元リトアニア国家元首(元最高会議議長)、欧州議会議員)やスタニスキス・ヤドヴィガ(元ポーランド連帯指導者、ワルシャワ大学教授)などが講演を行った。

ガウチャー・メモリアル・ホール

ガウチャー・メモリアル・ホール[編集]

青山キャンパスにある、ゴシック建築を彷彿とさせる外観のビル。大学の旧礼拝堂及び13号館(初代Avacoスタジオ)跡地に建設された。名前は、旧大学礼拝堂に、莫大な私財を献げて初期の青山学院を支えた宣教師ジョン・F・ガウチャーの名に因んでいる。1,2階にガウチャー記念礼拝堂を置き、3階から13階が教育・研究施設となっている。また、3階ロビーには校友の東郷青児の作品「天使の休日」が飾られている。この建築は「信は知の土台なり」という青山学院の教育姿勢を顕著に表現している。決して知識偏重主義に陥らず、人間の尊厳や精神性を踏まえた深みのある教養と専門教育・研究を志向し、人類の平和に貢献する人間を育成するという理念に基づく。ガウチャー記念礼拝堂は1階560席,2階132席で、礼拝堂内に設置されているパイプオルガンスイスのマティス・オルガン社製である。礼拝以外にも、体育会の結団式、交遊会の集会場所として使用され、聖歌隊などのコンサートも開かれる。2005年の第12回同窓祭では、B'z松本孝弘が礼拝堂でコンサートを行った。

青山学院アスタジオ[編集]

神宮前5丁目にある教育・研究施設、NHKサテライトスタジオ、多目的ホール、商業施設などを併設する複合文化施設である。2009年9月、青山学院創立135周年事業の一環として、文化の創造、発信の地として建設された。建設場所は、大学の教育寮「常青寮」の跡地である。地上4階、地下1階の建物で、3,4階は貸し事務所、2階には大学総合文化政策学部の青山コミュニティラボ、1階にはNHKのサテライトスタジオ「NHK@CAMPAS」が入っている。名称は、「でっかいどう北海道」『AERA』などを手がけたコピーライター、眞木準による命名である。「NHK@CAMPAS」は、「開かれたスタジオ」をコンセプトにしている。大学生が制作する国際情報番組『@キャンパス』や、同学院大生や国内外の学生が制作に加わる番組、視聴者が収録に参加する番組、スタジオを使用したイベントなどを展開する予定。東京メトロ銀座線半蔵門線千代田線表参道駅B2出口より徒歩4分の場所にある。

青山学院記念館[編集]

青山キャンパス内にある大型体育館東京オリンピック開催時の1964年に完成。観客席は2500名収容可能、最大6000人収容可能。入学式・卒業式をはじめ、国内外スポーツの公式戦やイベント・コンサートも行われる。

1988年と1989年には女子テニスの国際大会である東レパンパシフィックオープンの会場として使用された[33]。プロバスケットボールチームのサンロッカーズ渋谷が、2016-17シーズンから開幕するB.LEAGUEへの参入に合わせてホームアリーナとして使用することが決定し、ホームゲームの8割に当たる24試合を開催する[34]

青山学院講堂[編集]

青山キャンパス内にある大型ホール。席数は1701席。中等部の礼拝堂としても使用される。略称「青講(あおこう)」。各種イベント、コンサート、セミナーが行われる。青山学院管弦楽団は定期公演を開催している。校友であるフジ子・ヘミング高嶋ちさ子なども演奏を行なったことがある。

青学会館[編集]

青山キャンパス内にあり式場やレストランが運営されているほか、校友会の本部や校友スペース等も設置されている。アイビーホールと呼ばれる。創業は、1968年(昭和43年)。結婚式は、キリスト教挙式のみを行っている。

本多記念国際会議場[編集]

2012年に新設された17号館校舎の6階に4ヵ国語対応の国際会議場兼大講義室として設備され「本多記念国際会議場」と命名された。名前を冠した本多庸一は当学院における初の日本人院長で第二代院長を務めた。明治半ばにして(1888年 - 1890年)米国留学を果たし海外事情を積極的に学び、「日本はアジアの灯台となるよう努めねばならぬ」と主張。この様に早くから国際化について識見と関心を持って取り組んできた本多の意志を顕彰したものであり、2012年が本多の召天100年にあたりその志を継ぐ多くの学生が世界へ羽ばたく環境を整えようという願いの下に造られた。562席(机・イス)。

新図書館[編集]

2020年以降からの使用開始に向けて計画されている施設。学内の利用しやすい場所への建設が予定されている。研究図書館と学習図書館の機能を兼ね備えた総合的図書館が計画されており、特に、学生の学びに視点を置いた新しい図書館を建設することで、大学の研究教育のさらなる促進を図るとされている。青山学院校友会広報紙「あなたと青山学院」12号で計画が公表されたが、その計画は大きく変更され、2017年時点での構想は、同23号に記載がある。

登録有形文化財[編集]

間島記念館[編集]

間島記念館(登録有形文化財)
「愛の像」(間島記念館1階)

青山学院大学青山キャンパスにある、国登録有形文化財(建造物)である。1929年建設で、設計、施工は清水組。鉄筋コンクリート造3階建て、地下1階のパラディアンスタイルの建築。当初は図書館として建築されたが、現在は青山学院の資料館として使用されている。キャンパス正門を入り並木を抜けた部分にあるロータリーに北面して建つ。ポスターなどに多く使用されるなど、青山学院大学のシンボル的建築物である。正面入口は基壇のアーチ型の開口にあり、その上にギリシア建築コリント式の円柱を配してペディメントを支え、上部コーニスデンティルで飾られて、ローマ神殿を思わせる。ネオ・ルネサンス様式の古典主義的な雰囲気を持つ建造物である[1]

同建築物の前には、1907年に米国聖公会から派遣された宣教師であり建築家J・M・ガードナーによって設計された「弘道館」があったが、関東大震災で大破した。そのため、そのデザインをベースに、1929年(昭和4年)に中央図書館として再建された。名前は、校友会会長であり理事であった間島弟彦がその資金の寄付を申し出て、死後に愛子夫人がその遺志を継いで建設されたことから、間島の名字を冠している。1階中央ホール部分には、万代順四郎が寄贈した「愛」の像(横江嘉純作、1930年設置)が飾られている。

ベリーホール[編集]

ベリーホール(登録有形文化財)

青山キャンパス内の中央ロータリーに西面して建つ、国登録有形文化財(建造物)である。1931年(昭和6年)に神学部校舎として建築されたが、現在は本部棟として利用されている。設計はJ.H.ヴォーゲルである。3階建の主体部北端に平屋建の礼拝堂(チャールズ・オスカー・ミラー記念礼拝堂)を設け、南端にも平屋が付くというシンメトリーの建築である。主体部や正面車寄はバットレスで飾られ、欠円アーチや尖頭アーチ、簡明な細部彫刻を配しているなど、ネオ・ゴシック様式を感じさせる意匠の建築である。

「ベリーホール」の名前は、元神学部長のA.D.ベリーに由来する。ベリーが、関東大震災で倒壊した青山学院の校舎復興のための募金活動に尽力したので、その功績をたたえて「ベリーホール」と命名された。同建築内の「チャールズ・オスカー・ミラー記念礼拝堂」にあるパイプオルガン(1932年(昭和7年)ドイツ・ヴァルカー社製)は、現役で使用されるもののなかでは日本最古とも言われる。ペギー葉山のヒット曲「学生時代」の歌の中に出てくる「つたの絡まるチャペル」とはこの礼拝堂のことである。そのため、同礼拝堂の前には、同歌の歌碑が建立されている。

対外関係[編集]

他大学との協定[編集]

国連大学本部ビル

スポーツ[編集]

地域交流[編集]

2009年では、両イベントを合わせて約5万人の来街者があった。

  • サンロッカーズ渋谷
    2016年-17年度シーズンにおけるジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ(B1リーグ)に加盟するバスケットボールのクラブチーム(旧日立東京男子バスケットボール部サンロッカーズ)がホームアリーナとして青山学院記念館メインホールを使用する。(青学大・日立グループ関係者以外も入場可能)これについて、運営会社「株式会社日立サンロッカーズ」社長の岡博章は「大学の授業に支障をきたさない範囲で使用させていただけるようにお願いをした」と、同記念館使用について説明している[6]

系列学校[編集]

下記の教育機関は、学校法人青山学院の設置する学校であり、いわゆる大学の「附属学校」ではない。

脚注[編集]

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Wiki関係他プロジェクトリンク[編集]

関連項目[編集]

公式サイト[編集]

座標: 北緯35度39分37.3秒 東経139度42分34.5秒 / 北緯35.660361度 東経139.709583度 / 35.660361; 139.709583