新潟女学校

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新潟女学校(にいがたじょがっこう)は、明治時代前期に新潟に存在した、新潟県最初のキリスト教主義の高等女学校である。

成瀬仁蔵が梅花女学校(梅花学園)での経験を生かして、1887年5月に新潟の旧営所に25名で新潟女学校を開校した。アメリカン・ボードの宣教師や阿部欽次郎や知事なども発起人になった。

後に南浜通二番丁に校舎、寮、運動場を新設した。生徒も1889年には90名に増大した。しかし、次第に衰退して1892年阿部欽次郎が個人的に経営したが、1893年に17名の卒業生を出して廃校した。

主な教師[編集]

参考文献[編集]