エリザベス・サンダースホーム

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エリザベス・サンダースホームの門
聖ステパノ学園小学校・中学校
国公私立 私立学校
設置者 学校法人聖ステパノ学園
設立年月日 1953年(小学校)
1959年(中学校)
共学・別学 男女共学
小中一貫教育 準完全一貫制(施設一体型)[1]
学期 3学期制
所在地 255-0003
外部リンク 聖ステパノ学園小学校・中学校公式サイト
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エリザベス・サンダースホームは、神奈川県中郡大磯町児童養護施設

概要[編集]

いきさつ[編集]

第二次世界大戦後に日本占領のためにやってきたアメリカ軍兵士を中心とした連合国軍兵士と日本人女性の間に強姦売春、あるいは自由恋愛の結果生まれたものの、両親はおろか周囲からも見捨てられた混血孤児たち(→血統主義GIベビー)のための施設として、1948年三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の孫娘である沢田美喜が、財産税として物納されていた岩崎家大磯別邸を募金を集めて400万円で買い戻して設立した。

施設の名前は、ホーム設立後に最初の寄付をしてくれた聖公会の信者エリザベス・サンダースにちなみ、「エリザベス・サンダース・ホーム」と名付けた。

その後[編集]

2010年現在1400人の出身者がいる。1968年に教え子の1人が、ブラジル政府の黒人移民不歓迎政策を打破して移民し成功している。一方で、沢田美喜の私設秘書を務めていた上海帰りの「殺し屋」と言われた真木一英が、下山事件に絡み、警視庁捜査二課小林刑事に逮捕されている。真木はCIAの協力者であったとの証言があり、同ホームが単なる福祉施設とは言えない面を持っていたと言われている。

聖ステパノ学園小学校・中学校[編集]

孤児院出身の子どもたちが、小学校、中学校に上がる年齢になり、周囲の「混血児」への偏見迫害や、学校生活との折り合いの問題などへの対応から、ホームの中に小学校・中学校も設立した。小学校は、1953年に創立され、美喜の戦死した三男・晃の洗礼名から、聖ステパノ学園小学校と命名された。中学校は1959年に併設された。1993年よりは、外部の一般家庭の子弟も募集するようになった。小学校・中学校ともにキリスト教学校教育同盟に加盟している。

沢田美喜記念館[編集]

沢田美喜は、隠れキリシタンの遺物の収集家でもあった。 日本全国から集められた貴重な資料851点のうち、370点あまりが沢田美喜記念館に展示されている。沢田美喜記念館は1階が展示室と受付、2階に礼拝堂といった構成である。

サンダースホームをモデルとした施設が登場するフィクション[編集]

  • 獅子文六「やっさもっさ」
    • 渋谷実監督による映画化作品には、サンダースホームの子供2名が、子役として出演している。
  • TBSのテレビドラマ「サインはV」(岡田可愛版)
    • 范文雀扮するジュン・サンダースが、サンダースホームで育てられた混血アタッカーとして設定されている。

脚注及び参照[編集]

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  1. ^ 聖ステパノ学園中学校(神奈川県私立中学受験ガイド)によれば、募集定員は6名である。

関連書籍[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度18分32秒 東経139度18分51.1秒 / 北緯35.30889度 東経139.314194度 / 35.30889; 139.314194