大谷大学

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大谷大学
正門
正門
大学設置 1922年
創立 1665年
学校種別 私立
設置者 学校法人真宗大谷学園
本部所在地 京都市北区小山上総町
北緯35度2分34.8秒 東経135度45分29.2秒 / 北緯35.043000度 東経135.758111度 / 35.043000; 135.758111座標: 北緯35度2分34.8秒 東経135度45分29.2秒 / 北緯35.043000度 東経135.758111度 / 35.043000; 135.758111
キャンパス 本部(京都市北区
湖西(滋賀県大津市
学部 文学部
研究科 文学研究科
ウェブサイト 大谷大学公式サイト
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大谷大学(おおたにだいがく、英語: Otani University)は、京都市北区小山上総町に本部を置く日本私立大学である。1922年に設置された。大学の略称は大谷、大谷大、谷大(たにだい)。  

概要[編集]

1665年、東本願寺が設立した「学寮」を起源とする大学である。 開設時以来、文科系大学としての規模・内容を堅持し、建学の理念として、各専門分野の綿密な研究・教授を通じた、自己の信念確立への方向性と深い教養とを持った人物の育成を掲げる。鈴木大拙をはじめ著名な学者が教授として在任した。また、曽我量深金子大栄山口益等の、近現代を代表する仏教思想家・仏教学者を輩出している。卒業生は、専門分野における特性を反映し、僧侶教員図書館司書博物館学芸員社会福祉出版等々、幅広い分野において活躍している。

図書館・博物館[編集]

付置の図書館は、蔵書数76万冊。永年にわたり収集寄贈された内外の貴重典籍の公開、各専門分野の学術書・重要図書の網羅的な収集・公開が行なわれており、文科系単科大学としては質量ともに国内有数である。博物館には、『三教指帰注集』(空海三教指帰』の古注釈)、『春記』(平安時代貴族藤原資房の日記)、『選択本願念仏集』(法然)、「湯浅景基寄進状」(明恵の自筆署名あり)など重要文化財8点をはじめ、12,000点余りの文化財が収蔵され、随時展観されている。

沿革[編集]

  • 1665年 琢如が東本願寺寺内に寺院子弟教育を目的として学寮を創設する[1][2]
  • 1678年 学寮、渉成園(枳殻邸)内に移転[2]
  • 1755年 学寮、高倉通魚棚[3]に移転、「高倉学寮」と改称[2]
  • 1868年 護法場を学寮内井波屋敷に付置[2]
  • 1873年 高倉学寮と護法場とを統合し、貫練場と改称[2]
  • 1874年 貫練場内に宗学・華厳・天台・倶舎唯識・外学の6科の寮舎を設置[2]
  • 1879年 貫練場を貫練教校と改称[2]
  • 1882年 貫練教校を真宗大学寮と改称[2]
  • 1888年 大学寮組織を改め兼学部・専門部及び安居とする[2]
  • 1889年 大学寮に専門部本科を開設し、修業年限を3年とする[2]
  • 1894年 専門部本科の修業年限を4年に改める[2]
  • 1896年 真宗大学寮の機構を解し、真宗大学を設置。安居を中心とする真宗高倉大学寮を別置[2]
  • 1897年 真宗大学、初代学監に占部観順が就任。
  • 1899年 真宗大学の学制を改め研究科を研究院と改称し、修業年限を5年とした従来、本科4年であった修業年限を予科2年・本科3年とし、宗乗・華厳・天台・性相の4科を設ける[2]。真宗大学、私立学校令により認可、関根仁応主幹が大学代表者として認可
  • 1901年 真宗大学、東京巣鴨に移転開校[2]、学監(大学代表者)に清沢満之就任[1]
  • 1904年 真宗大学、専門学校令により認可[2]
  • 1907年 真宗高倉大学寮を高倉大学寮と改称、機構を改め本科と別科を設置[2]
  • 1911年 真宗大学と高倉大学寮を統合し、真宗大谷大学と改称、高倉通魚棚の地に戻る[2]
  • 1913年 真宗大谷大学、上賀茂小山の現在地に移転[2]赤レンガ造本館・講堂、図書館、学寮(学生寮)落成式[2]
  • 1920年 真宗大谷大学学則を改め、大学の修業年限を予科・本科・研究科各3年と定める。学科目「宗乗」「余乗」の名称を「真宗学」「仏教学」と改称[2]
  • 1922年 (旧制)大谷大学、大学令による設立を認可[2]
  • 1923年 大谷大学文学部開設[2]。真宗大谷大学を専門部に改組。
  • 1925年 第3代学長佐々木月樵、入学宣誓式において「大谷大学樹立の精神」告示[2]
  • 1927年 文学部講座制設置[2]
大谷大学の全景(1949年)
  • 1949年 新制大谷大学を開設。文学部に仏教学科、哲学科、史文学科を設立。[2]
  • 1950年 短期大学部仏教科開設[2]
  • 1951年 私立学校法施行に基づき、学校法人真宗大谷学園を設立[2]
  • 1953年 大学院文学研究科に修士課程(真宗学専攻・仏教学専攻)を開設[2]。育英学寮開寮[2]
  • 1955年 大学院文学研究科に博士課程(真宗学専攻・仏教学専攻)を開設[2]。下鴨学寮開寮[2]
  • 1956年 大学院文学研究科に博士課程(哲学専攻・仏教文化専攻)を開設[2]
  • 1963年 短期大学部に国文科増設[2]
  • 1965年 文学部を仏教学科・哲学科・史文学科の3学科制から、真宗学科・仏教学科・哲学科・社会学科・史学科・文学科の6学科制に改変[2]
  • 1966年 短期大学部に幼児教育科増設[2]
  • 1981年 真宗総合研究所開設[2]。下鴨学寮閉寮[2]
  • 1984年 育英学寮閉寮[2]
  • 1992年 短期大学部国文科を文化学科に改組[2]
  • 1993年 文学部に国際文化学科増設[2]
  • 1999年 大学院文学研究科に修士課程(社会学専攻・国際文化専攻)を開設[2]
  • 2000年 文学部に人文情報学科増設[2]
  • 2000年 東京巣鴨(上池袋)の宮仲公園に「大谷大学開学の碑」(小川一乗学長揮亳)を建立
  • 2001年 大学院文学研究科に博士後期課程(社会学専攻・国際文化専攻)開設[2]。真宗総合学術センター響流館竣工[2]
  • 2003年 大谷大学博物館開館[2]
  • 2008年 文学部の史学科を歴史学科と名称変更[2]。 
  • 2009年 烏丸通の東側に4号館・5号館を新設し、文学部に教育・心理学科増設[2]

学部・学科[編集]

大学院[編集]

付置機関[編集]

真宗総合研究所(響流館)
  • 真宗総合研究所
  • 博物館

附属施設[編集]

  • 大谷幼稚園(宇治市木幡御蔵山)

系列校[編集]

施設概要[編集]

本部キャンパス[編集]

(京都市北区小山上総町)

  • 尋源館 2000年に登録有形文化財指定・旧本館](同窓会、校友センター、尋源講堂、教室)
    • 1913年竣工の旧本館。1982年に博綜館の新築の際、法令の規制もあり両翼部分を解体し、内部をコンクリートで補強して現在の姿となり、尋源館となった。外観は縮小されたものの良く旧観を残しているが、内部は階段などを除きかつての姿を残していない。「報恩講私記」の中の「酌流尋本源(流れを酌(く)んで本源を尋(たず)ねる」からの命名。エレベーターのある博綜館と渡り廊下で結ばれ、バリアフリー化されている。現在は大谷大学のシンボル的建造物の扱いである。南側が正面側であり学章が取付けられているが、現在は接近して博綜館が建てられており、裏側である北側から望むことが多くなっている。小塔を持っているが、これは本来時計台とする予定だったものとされる。
  • 博綜館[本部棟](学長室、企画室、会議室、総務部、入学センター、人権センター、学生相談室、保健室、演習室、教員研究室)
    • 1982年竣工。現在の本館相当建物。無量寿経の「博綜道術(博(ひろ)く道術を綜(なら)う)」からの命名である。逆L字型の建物で、正門の部分は1階から3回までがピロティとなっている。
  • 響流館[真宗総合学術センター](図書館、グループ閲覧室、総合研究室〈文学部・大学院〉、博物館、博物館学課程実習室、真宗総合研究所、メディアホール、マルチメディア演習室、教育研究支援部、ギャラリー、書店、購買部(セブンイレブン))
    • 2001年竣工。「きょうりゅう」館ではなく仏教経典に使う呉音読みにより「ごうる」館と読む。無量寿経の中の「正覚大音響流十方(正覚(しょうがく)の大音十方に響き流れる)」から命名。ブッダの真実の覚りは、十方に響き流れるように、学術研究の成果がこの響流館を中心として諸方に伝わることを願った命名である。北門からの通路も覆うように建てられている。仮称「新教室棟」が完成すると連絡橋で結ばれる。
  • 講堂棟(大講堂、大食堂、多目的ホール、談話室〈和・洋〉、ラウンジ、リハーサル室)
    • 1986年竣工。大講堂は入学・卒業式や宗教行事などが行われるほか、オープンキャンパス時の全体説明などにも使われる。食堂前にサンクンガーデンを持ち、大学祭ではステージが設置される。
  • 1号館(教室、情報処理教室、大谷学会・学内学会事務室、学生談話室、カフェ・テラス「ビッグバレー」〈喫茶室〉)
    • 旧館部分は1960年竣工。1990年と、1993年の2次にわたって新館部分を増築。旧館部分は新教室棟である慶聞館(きょうもんかん)2期工事が始まると解体される予定である。
  • 2号館(短期大学部〈仏教科・文化学科・幼児教育保育科〉各研究室、音楽・図工・小児保健・栄養 各実習室、教室、教員研究室)
    • 1978年竣工。2003年に一部の増築が行われている。短大部がある。
  • 仮設・至誠館(学生支援部〈学生課、進路就職センター〉、教務部、教職・福祉相談室)
    • 2014年に仮設されたプレハブ校舎。
  • 柔道場

以下の建物は烏丸通の東側にある[編集]

  • 4号館・5号館(教職支援センター、教室、音楽、ピアノレッスン、図工、理科、模擬小学校教室、多目的ルーム)
    • 2009年竣工の教育・心理学科専用の校舎。内部だけでなく、外観も小規模な小学校風とした2階建ての建物。渡り廊下で結ばれ一体的に使われる。
  • 体育館(アリーナ、トレーニングルーム、練習室)
    • 2000年竣工。初代体育館は1972年竣工の建物であったものを改築。
  • 部室棟(各クラブボックス)
    • 2000年竣工。
  • 弓道場
    • 2015年に1号館北側から移転。

2015年に解体[編集]

仮称「新教室棟」1期工事のため解体された建物

  • 3号館[情報処理実習棟](デジタルコンテンツ制作スタジオ、編集室、デジタルデータ加工室、演習室、教室)
    • 2000年竣工の情報教室館。レンガ風の外観の建物であった。完成後わずか15年で解体された。
  • 至誠館(学生支援部〈学生課、進路就職センター〉、教務部、教職・福祉相談室)
    • 1961年竣工の旧図書館。2001年竣工の響流館に図書館機能が移転したことにより2002年に改装されて至誠館となった。「しせい」館ではなく呉音読みにより「しじょう」館と読む。「観無量寿経」の「何等為三 一者至誠心 二者深心 三者回向発願心(何らをか三とす。一には至誠心、二には深心、三には回向発願心なり)」から命名。
  • 聞思館(教員研究室)
    • 1961年竣工。もんし館と読む。「教行信証」の「聞思莫遅慮(聞思して遅慮すること莫(なか)れ)」から命名。
  • 旧・弓道場

湖西キャンパス[編集]

(大津市雄琴) 1998年に開かれたスポーツ施設とセミナーハウスを主としたキャンパス

  • グラウンド(野球場、サッカー競技場、陸上競技場)
  • サブグラウンド
  • テニスコート
  • トレーニングルーム
  • セミナーハウス(研修室、練習室、宿泊室〈和・洋〉、食堂、大浴場)
    • 2000年竣工。

学寮[編集]

  • 大谷大学では学生寮を旧例に倣い「学寮」と呼ぶ
  • 貫練学寮(京都市北区大宮薬師山西町)
    • 1980年開寮の男子寮。「無量寿経」の「貫練群籍(群籍(ぐんじゃく)を貫練(かんれん)す)」から命名。
  • 自灯学寮(京都市左京区松ヶ崎御所ノ内町)
    • 1967年開寮の女子寮であるが老朽化により、1984年開寮の男子寮「知真学寮」を1996年に休寮とし、その建物を改装して移転したもの。「涅槃経」の「自灯明法灯明(自(みずか)らを灯明 (とうみょう)とし法を灯明とせよ)」から命名。

本部キャンパスの改造[編集]

本部キャンバスでは2014年6月から2018年3月にかけて、建物の大規模な改築を含むキャンパスの総合整備を行う。そのためまず2014年に至誠館を仮設の校舎に移転させ、弓道場を体育館横部室棟のさらに東側に移転させ、次いで2015年3月から3号館・至誠館・聞思館を取り壊し、2016年9月から新教室棟である慶聞館(きょうもんかん)の南側部分(全体の3分の2)を使用開始する。

次いで2016年10月から1号館のうち旧館部分と旧・弓道場を取り壊し、仮称「新教室棟」の残りの部分と、響流館との連絡橋を新築し、2018年4月から使用開始する。最後にを仮設・至誠館を撤去する。

慶聞館は教室のほか、研究室・事務室のほか、各階の教室部分と研究室部分の間に3種類(マルチスペース/サブゼミスペース/コモンスペース)の「交流スペース」を置き、学生の主体的な学習をサポートするほか、1階に仮称「学生ロビー」を置き、ラーニングコモンズ機能を持たせることになる。

建物の改築中は、3号館にあった情報処理実習棟機能を1号館に移すほか、事務室や研究室はキャンパス南端の博綜館の南側の駐輪場に仮設校舎(仮設・至誠館)を建て、改築終了後に撤去することになっている。

年間行事[編集]

  • 4月
    • 入学式
    • オリエンテーション
    • 若葉祭(新入生歓迎行事)
  • 6月
    • 宗祖親鸞聖人誕生会
    • 「卒業論文」(文学部)、「卒業研究」(短大)、「修士論文」(大学院)題目提出
  • 7月
    • 前期定期試験
  • 8月
    • 夏期休暇
  • 9月
    • 集中講義、後期授業開始
  • 10月
    • 開学記念日
    • 「卒業研究」(短大仏教科・文化学科)提出
  • 11月
    • 紫明祭(学園祭)
    • 指定校制推薦入学
    • 公募制推薦入試[A方式、B方式]
    • 大学報恩講
    • 「卒業研究」(短大幼児教育科)提出
  • 12月
    • 「修士論文」(大学院)提出
    • 冬期休暇
  • 1月
    • 「卒業論文」(文学部)提出
    • 大学入試センター試験利用入試
    • 後期定期試験
    • 「卒業論文」口述試問
  • 2月
    • 一般入試[第1期]
  • 3月
    • 一般入試[第2期]
    • 卒業証書及び学位記授与式

歴代学長[編集]

東京移転後の歴代学長一覧

  1. 清沢満之 (学監1901 - 1902)
  2. 南条文雄 (学監1903 - 1911、学長1914 - 1923)
  3. 佐々木月樵 (1924 - 1926)
  4. 村上専精 (1926 - 1928)
  5. 稲葉昌丸 (1928 - 1931)
  6. 上杉文秀 (1931 - 1934)
  7. 河野法雲 (1934 - 1936)
  8. 住田智見 (1936 - 1937)
  9. 本多主馬 (1937 - 1938)
  10. 大須賀秀道 (1938 - 1941)
  11. 関根仁応 (1941 - 1943)
  12. 山辺習学 (1943 - 1944)
  13. 大谷瑩誠 (1944 - 1948)
  14. 藤岡了淳 (1948 - 1950)
  15. 山口益 (1950 - 1958)
  16. 正親含英 (1958 - 1961)
  17. 曽我量深 (1961 - 1967)
  18. 野上俊静 (1967 - 1969)
  19. 安藤俊雄 (1970 - 1973)
  20. 松原祐善 (1974 - 1980)
  21. 廣瀬杲 (1980 - 1986)
  22. 北西弘 (1986 - 1987)
  23. 寺川俊昭 (1988 - 1994)
  24. 訓覇曄雄 (1994 - 2000)
  25. 小川一乗 (2000 - 2004)
  26. 木村宣彰 (2004 - 2010)
  27. 草野顕之 (2010 - 2016)[4]
  28. 木越康 (2016-)[5]

学寮期 歴代講師[編集]

  1. 光遠院恵空  (1715 - 1721)
  2. 香厳院恵然  (1728 - 1764)
  3. 理綱院慧琳  (1765 - 1789)
  4. 寂定院慧敞  (1791 - 1793)
  5. 香月院深励  (1794 - 1817)
  6. 円乗院宣明  (1811 - 1821)
  7. 五乗院宝景  (1821 - 1828)
  8. 易行院法海  (1828 - 1834)
  9. 雲華院大含  (1834 - 1850)
  10. 香樹院徳龍  (1845 - 1858)
  11. 開悟院霊?  (1849 - 1851)
  12. 本法院義譲  (1852 - 1858)
  13. 皆遵院宜成  (1858 - 1861)
  14. 賢殊院得住  (1861 - 1870)
  15. 香山院 樋口龍温  (1865 - 1885)
  16. 開華院 渡辺法住  (1871 - 1874)
  17. 雲澍院 南条神興  (1883 - 1887)
  18. 香華院 宮地義天  (1889 - 1889)
  19. 香涼院 武田行忠  (1889 - 1890)
  20. 因明院 雲英晃耀  (1893 - 1895)
  21. 真成院 細川千巌  (1894 - 1897)
  22. 冷香院 楠 潜龍  (1894 - 1896)
  23. 是心院 調 雲集  (1897 - 1899)
  24. 開神院 広陵了栄  (1898 - 1900)
  25. 香龍院 渡辺法瑞  (1901 - 1904)
  26. 香温院 龍山慈影  (1901 - 1921)
  27. 一乗院 吉谷覚寿  (1901 - 1914)

著名教員一覧[編集]

著名な出身者[編集]

学術協定校[編集]

インド

韓国

台湾

中国

アメリカ

ドイツ

ハンガリー

フランス

大学関係者[編集]

  • 学長 草野顕之
  • 副学長 水島見一
  • 教育・学生支援担当副学長兼文学部長 木越康
  • 研究・国際交流担当副学長 松川節
  • 大学院文学研究科長 高井康弘 
  • 短期大学部長 藤本芳則

脚注[編集]

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外部リンク[編集]