東京聖書学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

東京聖書学校(とうきょうせいしょがっこう)は、日本基督教団ホーリネスの群教職養成のために設立された日本基督教団認可神学校

沿革[編集]

1936年の日本ホーリネス教会の和協分離によって、委員側(車田秋次小原十三司米田豊ら)は柏木聖書学院を、中田監督側に譲った。そして、淀橋教会内に神学校を開校して、聖書学校と名付けた。校長は米田豊であった。その後、板橋区毛呂に新校舎を建設した。1943年にホーリネス系の教会は政府により弾圧を受けて解散させれ、神学校の校舎を手放した。

1945年の終戦と共に、ホーリネス系の牧師は日本基督教団に復職して、旧6部の教職はホーリネスの群を結成して、日本橋芳町の聖都教会で東京聖書学校を再開する。戦災で消失した淀橋教会が再建されるが、1949年の日本ホーリネス教会設立により、車田秋次、米田豊らが離脱し、残った小原十三司が指導者として残る。1950年に東京聖書学校が淀橋教会内に移転した。小原の尽力により、1954年日本基督教団の認可神学校になり、1972年まで小原十三司が22年間の長きに亘り校長を勤め、田中信生などの著名な牧師を輩出した。小原の引退後に小出忍が校長を引き継ぎ、1980年に東京キリスト教短期大学より、東久留米市の土地を購入して移転する。

1994年に東久留米市から現在の所在地の埼玉県吉川市に移転する。

特色[編集]

主な卒業生[編集]

参考文献[編集]

  • 中村敏「日本における福音派の歴史」いのちのことば社、2000

外部リンク[編集]