武蔵大学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
武蔵大学
武蔵学園大講堂
武蔵学園大講堂
大学設置 1949年
創立 1922年
学校種別 私立
設置者 学校法人根津育英会武蔵学園
本部所在地 東京都練馬区豊玉上1-26-1
北緯35度44分10秒 東経139度40分0秒 / 北緯35.73611度 東経139.66667度 / 35.73611; 139.66667座標: 北緯35度44分10秒 東経139度40分0秒 / 北緯35.73611度 東経139.66667度 / 35.73611; 139.66667
キャンパス 江古田(東京都練馬区)
学部 経済学部
人文学部
社会学部
研究科 経済学研究科
人文科学研究科
ウェブサイト 武蔵大学公式サイト
テンプレートを表示

武蔵大学(むさしだいがく、英語: Musashi University)は、東京都練馬区豊玉上1-26-1に本部を置く日本私立大学である。1949年に設置された。大学の略称は武蔵、武蔵大。

概観[編集]

大学全体[編集]

武蔵大学の前身、旧制武蔵高等学校の創設者で明治、大正、昭和にわたり、財界で活躍した初代根津嘉一郎
正門
  • 「武蔵」の校名は、かつて日本地方行政区分だった令制国の1つ武蔵国(むさしのくに)の地名から取り、「武をおさめ文を崇ぶ」という平和主義の思想に由来する[1]。また創立関係史料によると、武蔵は古来強き人が出たところで、雄々しき感じが起こると記されている。

建学の理念と目標[編集]

武蔵大学は三理念をもとに、21世紀の新たな社会において大学に求められる知の創造、継承と実践を目指し、3つの目標を定めた。伝統の少人数教育を一層強化し、教員との密接なコミュニケーションのなかで、これからの社会を支え、発展させ得る「自立した活力ある人材」の育成を目指している。

建学の理念

  • 東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物
  • 世界に雄飛するにたえる人物
  • 自ら調べ自ら考える力がある人物

目標

  • [自立] 自ら調べ自ら考える
  • [対話] 心を開いて対話する
  • [実践] 世界に思いをめぐらし、身近な場所で実践する

教育および研究[編集]

少人数教育

武蔵大学は開学以来、少人数教育を重視しているが、その特色を最もよく反映しているのが「ゼミナール」である。[2]

これは武蔵大学の前身にあたる旧制武蔵高等学校時代からの伝統である。これを受け、武蔵大学も創立当初から全学生が履修できるゼミをカリキュラムの中心に置いてきた。 1951年昭和26年)にはすでに1年次から4年間全ての学生が必修の充実したゼミ教育を受けていた。10数名の少人数で、開講されるゼミは毎年400以上あり、フェイス・トゥ・フェイスの教育が学生の学習に効果を発揮してきた。当時多くの大学が規模の拡大を目指していた中、武蔵大学では独自のシステムを徹底した。また、武蔵のゼミ教育を発展させたものが「三学部横断型ゼミナール・プロジェクト」である。[3]武蔵大学の教育理念と経済学部、人文学部、社会学部の三学部の全学年が同じキャンパスで学ぶという立地を生かし、学部の枠にとらわれることなく、他学部の良い点や異なった考え方を学びながら、自らの学部の専門性も再認識する体制を構築したプロジェクトである。それぞれの学部の専門性を活かして企業から与えられた課題(CSR報告書の作成と発表)に協働する取り組みは、大学の専門性と社会との隔たりが問題視されている現代において、両者の橋渡しとなる取り組みとして評価されている。このようにゼミナール制度は、武蔵大学の教育の根幹として受け継がれており、同時に絶えず時代とともに進化を続けながら「ゼミの武蔵」として広く知られることになった。

沿革[編集]

年月 沿革
1922年4月 武蔵大学の前身となる、日本初の旧制七年制高等学校である旧制武蔵高等学校開校。
1949年4月 学制改革により新制武蔵大学(経済学部経済学科)開設。
1950年11月 四大学武蔵大学学習院大学成蹊大学成城大学)対抗運動競技大会始まる。
1954年6月 高校・中学との共催から大学独自の文化祭へ移行し、大学祭始まる。大学賛歌なる。
1957年4月 教職課程設置。
1959年4月 経済学部に経営学科を増設。
1963年10月 大学祭を「白雉祭」と命名。
1965年6月 第1回学内運動競技大会開催。
1969年4月 人文学部(欧米文化学科、日本文化学科、社会学科)を増設。大学院(経済学研究科)を設置。
1972年4月 大学院経済学研究科に経済学専攻博士課程を設置。
1973年4月 大学院に人文科学研究科を増設。
1980年4月 学芸員課程開設。
1983年4月 武蔵学園創立60周年記念事業「濯川蘇生計画」開始。
1992年4月 経済学部に金融学科を増設。
1995年4月 大学院人文科学研究科に社会学専攻修士課程増設。
1997年4月 大学院人文科学研究科修士課程英語英米文学専攻、ドイツ語ドイツ文学専攻、フランス語フランス文学専攻を欧米文化専攻に、日本語日本文学専攻を日本文化専攻に改組し、それぞれ欧米文化専攻博士課程、日本文化専攻博士課程を増設。同時に社会学専攻博士課程を増設。
1998年4月 人文学部社会学科を改組し、社会学部(社会学科)を増設。人文学部に比較文化学科を増設。大学50周年を記念し大学のシンボルである白雉と小枝をモチーフにロゴマーク制作。
1999年4月 大学院経済学研究科に経営・ファイナンス専攻(博士後期課程)を増設。
2004年4月 社会学部にメディア社会学科を増設。
2005年4月 人文学部欧米文化学科、日本文化学科、比較文化学科を英米比較文化学科、ヨーロッパ比較文化学科、日本・東アジア比較文化学科に改組。
2006年4月 大学院経済学研究科(博士前期課程)経済学専攻、経営・ファイナンス専攻を経済・経営・ファイナンス専攻に改組。
2008年4月 大学院経済学研究科(博士後期課程)経済学専攻、経営・ファイナンス専攻を経済・経営・ファイナンス専攻に改組。
2009年4月 テンプル大学ジャパンキャンパスと提携。
2010年6月 朝霞グラウンドを人工芝化。
2011年4月 人文学部英米比較文化学科、ヨーロッパ比較文化学科、日本・東アジア比較文化学科を英語英米文化学科、ヨーロッパ文化学科、日本・東アジア文化学科に改組。
2015年4月 「ロンドン大学と武蔵大学とのパラレル・ディグリー・プログラム」開始。

基礎データ[編集]

所在地[編集]

江古田キャンパスケヤキ並木

校歌・讃歌[編集]

  • 「武蔵大学讃歌」
    • 作詞 斉藤忠三
    • 作曲 柴田丈夫・守住佐一郎
    • 武蔵大学には校歌が存在しないが、校歌に相当するのが武蔵大学讃歌である[4]。この讃歌は雑誌「武蔵評論」に寄稿された同級生の作「祥瑞の白雉」に刺激された齋藤忠三が作詞。その後作曲の守住左一郎の眼にとまったのが縁で、美しい五線譜が組みこまれた。大学2回卒業生の謝恩会で発表、愛唱歌となった。


象徴[編集]

武蔵大学ロゴマーク
  • スクールカラーは緑、校章は白雉(しらきじ)をモチーフにしてデザインされている。
  • 武蔵のシンボル白雉は続日本紀神護景雲2年「武藏国献白雉」の故事にちなむ。
  • 3号館中庭に存在する樹齢200年の大欅が学園の象徴になっており、1994年には「ねりまの名木」100選に選定された[5]



教育および研究[編集]

学部[編集]

  • 人文学部[7]
    • 英語英米文化学科
      • 英米・英語圏文化コース
      • 英語コミュニケーションコース
      • 比較・交流文化コース
    • ヨーロッパ文化学科
      • ドイツ語圏文化コース
      • フランス語圏文化コース
      • 広域ヨーロッパ文化コース
      • 比較・交流文化コース
    • 日本・東アジア文化学科
      • 日本文化コース
      • 東アジア文化コース
      • 比較・交流文化コース
  • 社会学部[8]
    • 社会学科
      • 社会とグローバリゼーションコース
      • 文化とコミュニケーションコース
      • 社会心理とアイデンティティコース
    • メディア社会学科
      • マスコミュニケーションコース
      • パブリックコミュニケーションコース
      • メディアプロデュースコース

経済学部[編集]

開学当初から唯一存在する学部であるため、事実上当大学の看板学部である。 目標について、「経済学の基礎である理論、実証、歴史について、しっかりと理解したうえで、現代の経済社会の構造と問題を解き明かしていくこと」と公式サイトなどには書かれている。

人文学部[編集]

人文学部は、設置当初、欧米文化学科(英米文化コース・フランス文化コース・ドイツ文化コース)・日本文化学科・社会学科の3学科であった。のち社会学科が独立してあらたに社会学部となった。また、比較文化学科が設置されていたが、再編の際に吸収され現在の3学科体制となった。

人文学部の初代学部長には当初、哲学者の鬼頭英一の名が挙がっていたが、鬼頭の突然の逝去によって実現しなかった。その後、高津春繁があらたに学部長候補者となり、1968年の人文学部設置と同時に教授・初代学部長として着任した。

人文学部、とくに欧米文化学科と日本文化学科は、「文学科」の枠を超えた「文化学科」構想を実現させるカリキュラムで構成された。「文学」だけではなく、言語を中心に思想歴史など人文系・社会科学系のカリキュラムを幅広く配置し、文化の総合的・立体的な理解ができるように構成していた。また、学部改変まで設置されていた「共通科目」も「文化学科」構想の試みのひとつであった。3学科それぞれの専門科目の一部を学部共通の「共通科目」として設定し、一般教養科目として位置づけて履修を可能にした。

日本文化学科では、神田秀夫が中心となり、日本をフィールドとした文化学科の構築がすすめられた。神田は1974年、学部の学会紀要である『武蔵大学人文学会雑誌』に「「日本文化学科」管見」を掲載し、独自の文化論を背景にした「文化学科」の試みを報告、大学の学科構成における「文学科」から「文化学科」への流れをおしすすめることを提唱した。また、日本文化学科では、400字詰用紙100枚を規定とする卒業論文を必修とした。演習での論文指導を踏まえ、人文学部で卒論を必修としたのが日本文化学科だけだったことなどもあって、卒論は、日本文化学科のアイデンティティの重要な一部であった。

社会学部[編集]

1969年に増設された人文学部 社会学科を1998年に改組し、現在の社会学部(社会学科)を増設。 2004年に社会学部にメディア社会学科を増設。社会学部は社会学科、メディア社会学科から構成される。 「日常、あまりに当たり前で気づかない身のまわりの出来事に目をとめ、社会学の理論的・実証的な方法を駆使して、社会の仕組みを読み解いていくこと」が目標とされている。

大学院[編集]

附置研究施設等[編集]

その他[編集]

  • 文部科学省質の高い大学教育推進プログラム[11](教育GP)採択事業
    • 平成21年度 - 学部横断「横のつながり」育成プロジェクト
  • 2013年、日本銀行主催の第9回日銀グランプリ(金融分野の大学生論文コンテスト)の決勝大会[12]に進出した5チーム(武蔵大学、東京理科大学、東京経済大学、立教大学、福島大学)のなかで武蔵大学経済学部金融学科チームが「被災企業訪問から考える、被災企業救済の新たなスキームの提案~災害に強い国づくりファンド~」で最優秀賞を受賞。当日のプレゼンテーションを再現した動画を本学YouTube公式チャンネルにて公開している[13]

学生生活[編集]

部活動・サークル[編集]

その他、サッカー部・ホッケー部・ラクロス部・バレーボール部・バスケットボール部・ゴルフ部・剣道部・硬式庭球部・軟式野球部・弓道部・ハンドボール部・バドミントン部・合唱団・室内楽団・管弦楽団・アカペラ・ESS部など活発な部活動が行われている。また、部活だけでなくテニス、ダンスなどを中心としたサークル活動も活発。さらに、文化団体連合会や体育連合会、サークルなどの部屋が江古田キャンパス10号館と朝霞キャンパス部室棟に設置されている。

学園祭[編集]

学園祭は「白雉祭」(しらきじさい)と呼ばれ例年11月に江古田キャンパスにて開催される。白雉祭は、学生が自主的に行っている学園祭で、参加する学生それぞれが様々な企画を立て、構内の様々な場所でイベントを行っている。

大学関係者と組織[編集]

大学関係者組織[編集]

武蔵大学同窓会は1966年に会則を制定し、ホームカミングデー・土曜講座・ゴルフ会のイベントの他、年2回の会報発行などを通じて会員相互の親睦と社会的地位の向上を目的として組織されている。また、「武蔵会」「白雉会」の略称を使用して多様な職域・業種別の同窓会ネットワークが張り巡らされている。

大学関係者一覧[編集]

施設[編集]

江古田キャンパス[編集]

1928年に落成した大講堂の内部。建築した佐藤功一早稲田大学に建築科を創設したことで知られる。
キャンパス内を流れる千川上水からの分水、濯(すすぎ)川。中国の詩人、屈原の「漁父辞」の一節から名付けられた。

都心からのアクセスが良く、池袋から7分、新宿から15分、渋谷から20分という位置にありながら、武蔵野の面影を残す自然豊かな環境にある。正門は練馬区お花見スポットと桜の名所である千川通りに接している。大講堂と3号館は練馬区登録文化財に登録され、これら2つの建築物に根津科学研究所加えた3つはBELCA賞を受賞した[14]。いくつかの歴史的建築物が最新の施設・設備と共存している。

施設[編集]

3号館

キャンパスには1号館から10号館までがある。

  • 1号館は2012年秋に完成し、英語をはじめとした外国語や異文化を学ぶためのスペースMusashi Communication Village、通称「MCV」があり[15]、地下のシアター教室は最先端の音響・映像機器を完備している。壁面にガラスが多用され、全体的に開放感を感じさせるデザインとなっている。1階には生協購買部がある。
  • 2号館には学生食堂・学生ホールがある。
  • 3号館は古く1923年建築で都内でも珍しい関東大震災空襲東日本大震災を経験した建物で、練馬区内に残る鉄筋コンクリート造の近代建築として最も古い建物である。人文学部GS(グループスタディ)ルームが設置されている。デザイン的にはアール・デコと呼ばれるもので、外壁の柱の凹凸や上部のジグザグ模様が特徴である。
  • 4号館の2階、3階には青山(せいざん)ホールと呼ばれる宿泊施設がある。4階には本学園の学生生活に関するさまざまな業務を行っている株式会社武蔵エンタープライズという会社がある。
  • 5号館には経済学部GSルームが設置されている。
  • 6号館前には「はなみずき広場」という円形広場がある。
  • 7号館の地下には温水プールが完備されている。 社会学部GSルームが設置されている。
  • 8号館は学園創立80周年、大学創立50周年記念事業で、2002年竣工した。高度情報化時代にふさわしい情報ネットワークを完備しており、地下1階には洋書プラザ(第二図書館)、8階建てであるが、途中の3階には大学の憩いの場でもある「空中庭園」がある。入試課もこの建物にある。
  • 9号館には情報・メディア教育センターがあり、ICT環境の整備とともに、ICTを道具として使いこなすための情報教育を支援している。また、武蔵大学内には在学者・教職員用の無線LANがあるため江古田キャンパス内のどこにいてもネット環境にある。
  • 10号館には体育会系、文化系、それぞれの活動を支える部室や、板敷と畳敷の二面を備え、主に剣道、柔道、空手道、合気道、少林寺拳法の各部が利用する武道場や、ダンス練習用バーと大型ミラーを備えたホールなどが設置されている。
  • 他に3号館に隣接している大学図書館本館や、5号館の横にそびえる教授棟や、9号館内に居を構える根津科学研究所や、10号館の裏に存在する大学体育館や、入学式、卒業式や学生大会、白雉祭など、幅広い用途で使われる大講堂などがある。
  • 武蔵学園記念室という記念室が本学のシンボルともいえる大講堂内に存在しており、武蔵学園に関わる資料を収集整理・保存し、広く学内外に公開展示していくとともに、将来に予定される学園正史刊行への準備・研究等の中心的役割を果している。
  • 以前は学生会館があった。10号館が建設されたため2007年に取り壊された。跡地は「しらきじ広場」という小さなグラウンドになっている。

ロケーション撮影地として[編集]

歴史ある建物をはじめ、緑あふれる外観を中心に構内各所での撮影依頼が寄せられ、映画テレビロケ地としても数多く使われている[16]

  • 2008年 TBSテレビ『ROOKIES
  • 2014年 映画『海月姫(くらげひめ)』
  • 2016年公開予定 映画『TOKYO DECIBELS』

朝霞グラウンド[編集]

グラウンド全景

約67,000㎡、東京ドーム約1.4個分に相当する広大な敷地に、野球・サッカー・ラグビーなどの各種グラウンド、またテニスコート、弓道場、アーチェリー場が整備されている。その他にも、合宿所、多目的ホール、部室、学生寮が所在している[17]

学外施設[編集]

クラブ活動の合宿やゼミ・演習の合宿に利用できる学外施設として、以下の施設がある。また、赤城青山寮は在学生と教職員以外にも在学生の家族や卒業生とその家族の利用も可能。

  • 千葉県勝浦市にある鵜原寮は、敷地裏にある崖の崩落の危険性から、平成27年3月31日をもって、閉鎖(閉寮)。

対外関係[編集]

大学間交流[編集]

大学院間交流[編集]

姉妹校[編集]

関係校[編集]

系列校[編集]

  • 武蔵中学校・高等学校
    1948年に開学した武蔵高等学校、1949年に開学した武蔵中学校とはキャンパスを共有し、同一学校法人により経営されている。学校側は中学・高校・大学を総称して「武蔵学園」と呼称し、学園長を設けており、高校に同大進学希望者を対象にした推薦枠が存在しているが、大学と高校は附属校の関係にはない。

交換留学提携校[編集]

協定留学提携校[編集]

教育・学術連携校[編集]

  • アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 日本の旗 日本
    • テンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ)
      • 武蔵大学で学びながら科目等履修生としてTUJの科目を履修するか、交換留学生として1学期以上1年以内の間、TUJの科目のみを履修するかを選択することができる。授業はすべて英語で行われているため、日本にいながら海外留学に近い経験ができる。

パラレル・ディグリー・プログラム[編集]

  • イギリスの旗 イギリス
    • ロンドン大学
      • 武蔵大学は、日本の大学では初となる「ロンドン大学と武蔵大学とのパラレル・ディグリー・プログラム」2015年度より実施している[19]。これはロンドン大学と武蔵大学の授業を本学(東京・江古田キャンパス)で受講し、双方の試験に合格すれば、双方の大学の学位を得られるプログラムである。経済学部の入学生が対象となる。

高大連携協定[編集]

  • 玉川聖学院高等部
    • 本学の授業・講座・行事・企画等への受け入れ
    • 本学教員による高等部での出張講義・行事参加
    • 教育等に関する情報交換及び交流

等、各種の企画を通じて本学人文学部グローバル・スタディーズ・コースが中心となり、交流を進めていくものである。

大分県国東市との交流[編集]

  • 1991年、同じ「武蔵」の名を持つ縁で、大分県東国東郡武蔵町と武蔵大学との交流が始まり、その後武蔵町が合併され国東市となって以降も農業研修や民族調査、マラソン大会への参加、本学学園祭(白雉祭)での武蔵町農産物販売、武蔵サミットなどを通じて交流が続いている[20]

関連項目[編集]

関連プロジェクトリンク[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 校名の由来|根津育英会武蔵学園
  2. ^ 武蔵のゼミ|武蔵大学
  3. ^ 三学部横断型ゼミナール・プロジェクト|武蔵大学
  4. ^ 大学シンボル・武蔵大学讃歌|武蔵大学
  5. ^ ねりまの名木について:練馬区公式ホームページ
  6. ^ 2016年入学生用の大学案内[1]によると、2年次から各コースに分かれるが、他学科のコースを選択することもできる。
  7. ^ 2016年入学生用の大学案内によると、2年次から各コースに分かれる。
  8. ^ 社会学部のカリキュラムポリシー[2]によると、3年次から専攻コースを設けているされている。
  9. ^ 前期課程に、研究者コースと高度職業人コースを設けている。
  10. ^ 前期課程に、専門研究コース、キャリアアップコース、生涯学習コースを設けている。
  11. ^ 平成20年度「質の高い大学教育推進プログラム」の申請状況について 申請状況(申請取組一覧)
  12. ^ 学生向けコンテスト「第9回 日銀グランプリ」入賞論文と審査員の講評 :日本銀行 Bank of Japan
  13. ^ 「[https://m.youtube.com/watch?v=FZF-WnVC7yc 第9回日銀グランプリ 最優秀賞プレゼン(経済学部金融学科チーム) ]」
  14. ^ 武蔵大の歴史建造物3施設がBELCA賞 区の登録文化財に続き | 練馬経済新聞
  15. ^ 外国語教育センター|武蔵大学
  16. ^ 大学プレスセンター - 武蔵大学がロケ地として人気の理由
  17. ^ 朝霞グラウンド・朝霞プラザ|武蔵大学
  18. ^ 江古田カレッジトライアングル | 江古田三大学学園祭
  19. ^ 武蔵大学、ロンドン大学の学士号が取得できるプログラムを開始 | リセマム
  20. ^ 国東農業研修 « 基礎教育センター活動ブログ