武蔵大学

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武蔵大学
大講堂
大講堂
大学設置 1949年
創立 1922年
学校種別 私立
設置者 学校法人根津育英会武蔵学園
本部所在地 東京都練馬区豊玉上1-26-1
北緯35度44分10秒 東経139度40分0秒 / 北緯35.73611度 東経139.66667度 / 35.73611; 139.66667座標: 北緯35度44分10秒 東経139度40分0秒 / 北緯35.73611度 東経139.66667度 / 35.73611; 139.66667
キャンパス 江古田(東京都練馬区)
学部 経済学部
人文学部
社会学部
研究科 経済学研究科
人文科学研究科
ウェブサイト 武蔵大学公式サイト
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武蔵大学(むさしだいがく、英語: Musashi University)は、東京都練馬区豊玉上1-26-1に本部を置く日本私立大学である。1949年に設置された。大学の略称は武蔵、武蔵大。

概観[編集]

大学全体[編集]

武蔵大学の前身、旧制武蔵高等学校の創設者である初代根津嘉一郎
江古田キャンパス

武蔵大学は、東武鉄道南海鉄道など日本国内の多くの鉄道敷設や再建事業に携わり根津財閥東武グループ)の創設者にして総帥の初代根津嘉一郎が、1922年に我が国初の旧制七年制として設立した旧制武蔵高等学校を前身としている。

新制大学として発足する際、旧制高等学校時代の資源を活かせる文理学部を設置する案が有力であったが、理事会(育英会)の意向を考慮したことと、さらには戦後日本の復興に資する大学を建設するという意味で経済学部を、そして他大学の医学部歯学部進学を希望する学生に教養課程の教育を行うための医学部進学課程(プレメディカルコース)1962年廃止)との構成で出発した。当初、大学学長兼高校中学校長には旧制武蔵高等学校長の宮本和吉が、経済学部長には鈴木武雄が就任した。その後、1969年人文学部を増設、1998年に人文学部社会学科が独立して社会学部が設置され、現在は3学部8学科2研究科を有す文系総合大学である。また、武蔵大学は、旧制高等学校がルーツの武蔵大学、学習院大学成蹊大学成城大学で構成される東京四大学の一校である名門大学でもある。

大学名の由来[編集]

「武蔵」の校名は、かつて日本地方行政区分だった令制国の1つ武蔵国(むさしのくに)の地名および、「戢武(しゅうぶ・武を収める)崇文」(武をおさめ文を崇ぶ)という平和主義を託した創立時の人々の思いが反映された校名である[1]。また創立関係史料によると、武蔵は古来強き人が出たところで、雄々しき感じが起こると記されている。(尚、常用漢字の改正以前は、武蔵の「蔵」は旧字体の「藏」と表記していた[2]。)

建学の理念と目標[編集]

武蔵大学は建学の三理想及び、3つの目標を定めている。三理想は1922年旧制武蔵高等学校の第一回入学式に先立つ教師会において当時の一木喜徳郎校長が「正義ヲ重ンジ真理ヲ愛シ、自ラ理解考究スル能力ヲ有シ、世界ニ活動スル体力ヲ有ス」と訓示されたものを原型とし、1928年に現在の形となったもので、この三理想をもとに、21世紀の新たな社会において大学に求められる知の創造、継承と実践を目指したものが、3つの目標である。伝統となっている少人数教育を一層強化し、教員との密接なコミュニケーションのなかで、これからの社会を支え、発展させ得る「自立した活力ある人材」の育成を目指している。

建学の三理想

  1. 東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物
  2. 世界に雄飛するにたえる人物
  3. 自ら調べ自ら考える力がある人物

3つの目標

  1. [自立] 自ら調べ自ら考える
  2. [対話] 心を開いて対話する
  3. [実践] 世界に思いをめぐらし、身近な場所で実践する

教育および研究[編集]

少人数教育

武蔵大学は開学以来、少人数教育を重視しているが、その特色を最もよく反映しているのが「ゼミナール」である[3]

これは武蔵大学の前身にあたる旧制武蔵高等学校時代からの伝統である。これを受け、武蔵大学も創立当初から全学生が履修できるゼミをカリキュラムの中心に置いてきた。 1951年昭和26年)にはすでに1年次から4年間全ての学生が必修の充実したゼミ教育を受けていた。10名前後の少人数で、開講されるゼミは毎年400以上あり、フェイス・トゥ・フェイスの教育が学生の学習に効果を発揮してきた。当時多くの大学が規模の拡大を目指していた中、武蔵大学では独自のシステムを徹底した。また、武蔵のゼミ教育を発展させたものが「三学部横断型ゼミナール・プロジェクト」である[4]。武蔵大学の教育理念と経済学部、人文学部、社会学部の三学部の全学年が同じキャンパスで学ぶという立地を生かし、学部の枠にとらわれることなく、他学部の良い点や異なった考え方を学びながら、自らの学部の専門性も再認識する体制を構築したプロジェクトである。それぞれの学部の専門性を活かして企業から与えられた課題(CSR報告書の作成と発表)に協働する取り組みは、大学の専門性と社会との隔たりが問題視されている現代において、両者の橋渡しとなる取り組みとして評価されている。このようにゼミナール制度は武蔵大学の教育の根幹として受け継がれており、同時に絶えず時代とともに進化を続けながら「ゼミの武蔵」として広く知られることになった。

グローバル市民の育成

武蔵大学では従来から、協定留学および短期海外語学研修の拡充、テンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ)との連携強化、英語など外国語の実践的訓練や異文化体験の場としての Musashi Communication Villageの開設など、多文化共生、他者理解の視点を具えた「グローバル市民」の育成のための施策を全学レベルで打ち出してきた。これをさらに加速させ、各学部のレベルでも国際化推進を象徴する特設コースを設置している。まず経済学部ではすでに、「ロンドン大学と武蔵大学とのパラレル・ディグリー・プログラム(PDP)」2015年度にスタート。両大学の学位が取得できる、日本では初の試みである。また2017年度から人文学部では「グローバル・スタディーズコース (GSC)」を、社会学部では「グローバル・データサイエンスコース (GDS)」を開設した。GSCには各国語の特別プログラムを用意し、英語プログラムでは留学による単位認定も含め、すべての授業を英語で履修することも可能。またGDSでは、英語力を磨き多様な国際経験を積みながら、グローバルな視野とデータサイエンスのスキルを身につけることができる。

沿革[編集]

略歴[編集]

初期の正門、武蔵大学十周年記念際にて撮影

「鉄道王」の異名を持つ初代根津嘉一郎1922年に我が国初の旧制七年制として設立した前身の旧制武蔵高等学校の創設から、1949年学制改革によって、新制大学として発足した武蔵大学の今日に至るまでの歴史を紹介する。

年月 年表
1922年4月 武蔵大学の前身となる、日本初の旧制七年制高等学校である旧制武蔵高等学校開校。
1949年4月 学制改革により新制武蔵大学(経済学部経済学科)開設。
1950年11月 四大学武蔵大学学習院大学成蹊大学成城大学)対抗運動競技大会始まる。
1954年6月 高校・中学との共催から大学独自の文化祭へ移行し、大学祭始まる。大学賛歌なる。
1957年4月 教職課程設置。
1959年4月 経済学部に経営学科を増設。
1963年10月 大学祭を「白雉祭」と命名。
1965年6月 第1回学内運動競技大会開催。
1969年4月 人文学部(欧米文化学科、日本文化学科、社会学科)を増設。大学院(経済学研究科)を設置。
1972年4月 大学院経済学研究科に経済学専攻博士課程を設置。
1973年4月 大学院に人文科学研究科を増設。
1980年4月 学芸員課程開設。
1983年4月 武蔵学園創立60周年記念事業「濯川蘇生計画」開始。
1992年4月 経済学部に金融学科を増設。
1995年4月 大学院人文科学研究科に社会学専攻修士課程増設。
1997年4月 大学院人文科学研究科修士課程英語英米文学専攻、ドイツ語ドイツ文学専攻、フランス語フランス文学専攻を欧米文化専攻に、日本語日本文学専攻を日本文化専攻に改組し、それぞれ欧米文化専攻博士課程、日本文化専攻博士課程を増設。同時に社会学専攻博士課程を増設。
1998年4月 人文学部社会学科を改組し、社会学部(社会学科)を増設。人文学部に比較文化学科を増設。大学50周年を記念し大学のシンボルである白雉と小枝をモチーフにロゴマーク制作。
1999年4月 大学院経済学研究科に経営・ファイナンス専攻(博士後期課程)を増設。
2004年4月 社会学部にメディア社会学科を増設。
2005年4月 人文学部欧米文化学科、日本文化学科、比較文化学科を英米比較文化学科、ヨーロッパ比較文化学科、日本・東アジア比較文化学科に改組。
2006年4月 大学院経済学研究科(博士前期課程)経済学専攻、経営・ファイナンス専攻を経済・経営・ファイナンス専攻に改組。
2008年4月 大学院経済学研究科(博士後期課程)経済学専攻、経営・ファイナンス専攻を経済・経営・ファイナンス専攻に改組。
2009年4月 テンプル大学ジャパンキャンパスと提携。
2010年6月 朝霞グラウンドを人工芝化。
2011年4月 人文学部英米比較文化学科、ヨーロッパ比較文化学科、日本・東アジア比較文化学科を英語英米文化学科、ヨーロッパ文化学科、日本・東アジア文化学科に改組。
2015年4月 「ロンドン大学と武蔵大学とのパラレル・ディグリー・プログラム」開始。

基礎データ[編集]

所在地[編集]

校歌・讃歌[編集]

  • 「武蔵大学讃歌」
    • 作詞 斉藤忠三
    • 作曲 柴田丈夫・守住佐一郎
    • 武蔵大学には校歌が存在しないが、校歌に相当するのが武蔵大学讃歌である[5]。この讃歌は雑誌「武蔵評論」に寄稿された同級生の作「祥瑞の白雉」に刺激された齋藤忠三が作詞。その後作曲の守住左一郎の眼にとまったのが縁で、美しい五線譜が組みこまれた。大学2回卒業生の謝恩会で発表、愛唱歌となった。


象徴[編集]

ロゴマーク
  • スクールカラーは緑、校章は白雉(しらきじ)と小枝をモチーフにしてデザインされている。
  • 武蔵のシンボル白雉は続日本紀神護景雲2年「武藏国献白雉」の故事にちなむ。
学園の象徴大欅
  • 3号館中庭に存在する樹齢200年の大欅は幹周り4mに達する巨木で、開校以来学園の象徴になっている。校歌「武蔵賛歌」(1927年製作)では「庭面にそそる大欅 千代の髪振り、かたりけり」と謳われている。1994年には「ねりまの名木」100選に選定された[6]

在学者数[編集]

約4600名(学部・学科、経済学研究科・人文科学研究科合計)

教育および研究[編集]

学部[編集]

  • 人文学部[8]
    • 英語英米文化学科
      英米・英語圏文化コース
      英語コミュニケーションコース
      比較・交流文化コース
      グローバル・スタディーズコース (GSC)
    • ヨーロッパ文化学科
      ドイツ語圏文化コース
      フランス語圏文化コース
      広域ヨーロッパ文化コース
      比較・交流文化コース
      グローバル・スタディーズコース
    • 日本・東アジア文化学科
      日本文化コース
      東アジア文化コース
      比較・交流文化コース
      グローバル・スタディーズコース
  • 社会学部[9]
    • 社会学科
      社会とグローバリゼーションコース
      文化とコミュニケーションコース
      社会心理とアイデンティティコース
      グローバル・データサイエンス (GDS)コース
    • メディア社会学科
      マスコミュニケーションコース
      パブリックコミュニケーションコース
      メディアプロデュースコース
      グローバル・データサイエンスコース

経済学部[編集]

開学当初から唯一存在する学部であり、事実上武蔵大学の看板学部である。経済学科、経営学科、金融学科の順に設置され、金融学科については、日本の大学で一番最初に設置された。所属学科にとらわれずにコースやゼミを選択できるのが特徴で、学びに応じて明確になる関心に十分対応できるカリキュラムが組まれている。さらに、経済学部では毎年ゼミ大会が開催される。この大会ではゼミが「経済」「経営」「金融」などのブロックに分かれてプレゼンテーションをくり広げる大会であり、社会人審査員や教員から講評を受け、内容と表現について公正に審査される。学生団体の「ゼミナール連合会」が中心となって企画・運営を行い、優勝賞金や協賛企業からの賞品も用意される。経済学部の目標について、公式サイトなどでは、「経済学の基礎である理論、実証、歴史について、しっかりと理解したうえで、現代の経済社会の構造と問題を解き明かしていくこと」と書かれている。

人文学部[編集]

人文学部は、設置当初、欧米文化学科(英米文化コース・フランス文化コース・ドイツ文化コース)・日本文化学科・社会学科の3学科であった。のち社会学科が独立してあらたに社会学部となった。また、比較文化学科が設置されていたが、再編の際に吸収され現在の3学科体制となった。

人文学部の初代学部長には当初、哲学者の鬼頭英一の名が挙がっていたが、鬼頭の突然の逝去によって実現しなかった。その後、高津春繁があらたに学部長候補者となり、1968年の人文学部設置と同時に教授・初代学部長として着任した。

人文学部、とくに欧米文化学科と日本文化学科は、「文学科」の枠を超えた「文化学科」構想を実現させるカリキュラムで構成された。「文学」だけではなく、言語を中心に思想歴史など人文系・社会科学系のカリキュラムを幅広く配置し、文化の総合的・立体的な理解ができるように構成していた。また、学部改変まで設置されていた「共通科目」も「文化学科」構想の試みのひとつであった。3学科それぞれの専門科目の一部を学部共通の「共通科目」として設定し、一般教養科目として位置づけて履修を可能にした。

日本文化学科では、神田秀夫が中心となり、日本をフィールドとした文化学科の構築がすすめられた。神田は1974年、学部の学会紀要である『武蔵大学人文学会雑誌』に「「日本文化学科」管見」を掲載し、独自の文化論を背景にした「文化学科」の試みを報告、大学の学科構成における「文学科」から「文化学科」への流れをおしすすめることを提唱した。また、日本文化学科では、400字詰用紙100枚を規定とする卒業論文を必修とした。演習での論文指導を踏まえ、人文学部で卒論を必修としたのが日本文化学科だけだったことなどもあって、卒論は、日本文化学科のアイデンティティの重要な一部であった。

社会学部[編集]

1969年に増設された人文学部 社会学科を1998年に改組し、現在の社会学部(社会学科)を増設。2004年に社会学部にメディア社会学科を増設。社会学部は社会学科、メディア社会学科から構成される。「日常、あまりに当たり前で気づかない身のまわりの出来事に目をとめ、社会学の理論的・実証的な方法を駆使して、社会の仕組みを読み解いていくこと」が目標とされている。

大学院[編集]

留学制度[編集]

武蔵大学では学生が海外の生活を体験し、国際的な感覚と強く生きる力を身につけられるよう様々な制度やプログラムで留学をサポートしている[12]。現在では全世界に23の協定校があり4年間で卒業可能な協定留学や夏季などに海外の協定校で語学を学ぶ外国語現地実習、海外で研修を行う学生海外研修や海外でインターンシップができる制度もある。制度によっては奨学金の給付を受けることが可能である。また、金銭面以外でも留学準備講座など留学を支える様々なサポートシステムが存在する。

教職課程[編集]

卒業に必要な単位に加え、教職課程の科目を履修し、単位を修得すれば、専門分野を生かした教員免許取得が可能である[13]。【教育理念】【人間理解】【教育方法】の学びや教科指導の力をつけ、教育実習を経て、これまで800名以上の卒業生が教員になっている。以下は主な授業の紹介。

  • 教職入門
    • 1年前期に行われるこの授業では、2年から教職課程を履修するかどうか考えるための材料を様々に提供する。学生同士のディスカッションやグループワーク、先輩の体験談とその後の交流、現場の先生の講義やワーク、理論の勉強を通して、学ぶ楽しさを実感することが出来る。
  • 教育制度論
    • 学校とは何かを原理的かつ実践的に学ぶ。授業では、毎回一つのテーマにしぼって、印刷教材・映像教材を使いながら学習する。講義のみでなく、「達人に学ぶ」プロジェクトとして、著名な実践家についての研究・発表にも取り組む。
  • 教育課程編成論
    • この授業では、教育課程の原語(翻訳まえの語句)がカリキュラム(子どもの学びの経験)であることをふまえて、子どもの学びの経験づくりを担う教師の役割や経験がどのようなものなのかを検討する。授業では、小グループでの討論や授業の映像をみる機会をもうけ、自身の受けた教育の経験をふりかえったり、仲間の経験についても知ることで、授業での教師のあり方について深く考えることをめざす。
  • 教育学特論A
    • 21世紀型の学校はいかにデザイン(de-sign=脱定型)されるか。この授業では、その新しい学校のモデルを模索するために、テキストを読んだり、創意あふれる実践を展開している学校を訪ねて学んだりする。それらの学習の成果をレポートの冊子にして記録する。
  • 教育学特論B
    • 教員になるとしたらどんな力が必要で、どんなふうに人と協力してどんな学校を創っていけばいいのか。生徒たちが将来、社会生活を送るために、学校で提供する学びはどのようなものがいいのか。文献を読み、自分の頭で考え、皆で議論し、体験する。
  • 生徒指導の理論と方法
    • この授業では、グループ・ワークを多くとりいれ、自身の小、中、高校時代をふりかえったり、教師の立場からいじめの問題、子どもの居場所づくり等について考えていく。

学芸員課程[編集]

武蔵大学の学芸員課程は、学芸員としての実践力を重視し、個性的で豊富な知識を身につけた学芸員になろうという意識の高い履修生を育てる。学生が主体となって企画を立て、実践し、報告書を作成するグループワークなどを行う。基礎的な知識や技術だけでなく、実際の博物館活動に順応できる応用力や柔軟な思考を養う[14]

学芸員課程の4年間 学芸員課程では、学芸員の業務や博物館学の専門知識を学ぶ科目を履修。その柱は、3〜4年次での2年間にわたる博物館実習である。

  • [3年次]博物館実習1、2
    • (1)見学実習 日帰りで博物館へ行き、学芸員から講義を受ける
    • (2)夏季研修旅行……地方の博物館を訪ね、学芸員から講義を受ける
    • (3)実務実習……学芸員の基礎技術を習得する
    • (4)課程報告書の刊行……年間の課程活動の記録を作成し、編集する
  • [4年次]博物館実習3、4
    • (1)館園(学芸員)実習……実際に博物館で学芸員の実務を経験する
    • (2)展示実習……展覧会の企画書の作成や模擬展覧会を開く

資格取得[編集]

武蔵大学には、各学部・学科の授業の中で取得できる資格があり、多くの学生がこれにチャレンジしていている。全学部全学科で取得可能な中学校・高等学校の教員免許状や学芸員をはじめ、社会調査士、証券アナリスト、日本語教師の資格取得を授業で目指すことができる。その他の資格に関しても、専門家を招いての資格試験・就職対策講座「武蔵キャリアアップセミナー」(有料)を実施している。留学や就職を視野に入れた外国語資格の取得に対してもきめ細かくサポートしている[15]。一般の学外講座よりも割安な料金で学べる。

  • 主な目標資格
    • 中学校教諭一種免許状【社会・国語・英語・ドイツ語・フランス語】(国)、高等学校教諭一種免許状【公民・地理歴史・国語・英語・ドイツ語・フランス語・商業・情報】(国)、学芸員(国)、社会調査士、証券アナリスト【CMA】、日本語教員、実用英語技能検定試験(英検)、ドイツ語技能検定試験、実用フランス語技能検定試験、中国語検定試験、TOEIC(R)LISTENING & READING TEST、TOEFL(R)テスト、IELTS(TM)テスト、韓国語能力試験、日商簿記検定試験、ファイナンシャル・プランナー【FP技能士3級】ほか

附置研究施設等[編集]

その他[編集]

  • 文部科学省質の高い大学教育推進プログラム[16](教育GP)採択事業
    • 平成21年度 - 学部横断「横のつながり」育成プロジェクト
  • 2013年、日本銀行主催の第9回日銀グランプリ(金融分野の大学生論文コンテスト)の決勝大会[17]に進出した5チーム(武蔵大学東京理科大学東京経済大学立教大学福島大学)のなかで武蔵大学経済学部金融学科チームが「被災企業訪問から考える、被災企業救済の新たなスキームの提案~災害に強い国づくりファンド~」で最優秀賞を受賞。当日のプレゼンテーションを再現した動画を本学YouTube公式チャンネルにて公開している[18]

学生生活[編集]

部活動・サークル[編集]

  • 硬式野球部首都大学リーグ(首都大学野球連盟)発足時のメンバーで、2007年セ・リーグ新人王の上園啓史投手(当時阪神)が著名。2012 (平成24)年秋季より2部に所属。
  • 男子ラクロス部は2014年度関東学生リーグで1部昇格を果たした。これは、2013年度で2部昇格をしたため、2年連続の昇格という快挙を果たした。ちなみに1部所属は14年ぶりである。
  • ラグビー部関東大学ラグビー対抗戦グループBグループに所属している。
  • アメリカンフットボール部は関東学生リーグ2部Aグループに所属している。
  • 水泳部は日本水泳連盟関東学生支部が主催する関東学生選手権水泳競技大会に出場している。2010年度辰巳杯では、女子50m背泳ぎにて優勝を果たした。
  • コピーダンスサークルのLolliPopは女子大生アイドルの甲子園「UNIDOL」において、第1回優勝、第2回3位、第4回サンリオピューロランド賞、第5回出場、2015卒業コンサート出場、第6回決勝進出(2日目4位通過)を果たしている。

その他、サッカー部・ホッケー部・ラクロス部・バレーボール部・バスケットボール部・ゴルフ部・剣道部・硬式庭球部・軟式野球部・弓道部・ハンドボール部・バドミントン部・合唱団・室内楽団・管弦楽団・アカペラ・ESS部など活発な部活動が行われている。また、部活だけでなく複数のテニス、ダンスサークルなどの活動も活発。さらに、文化団体連合会や体育連合会、サークルなどの部屋が江古田キャンパス10号館と朝霞キャンパス部室棟に設置されている。

スポーツ[編集]

毎年5月頃に武蔵大学の学生による学内運動競技大会、10月頃に東京四大学の学生による四大学運動競技大会が開催される。

学園祭[編集]

学園祭は「白雉祭」(しらきじさい)と呼ばれ、例年11月に江古田キャンパスにて開催される。白雉祭は、学生が自主的に行っている学園祭で、参加する学生それぞれが様々な企画を立て、構内の様々な場所でイベントを行っている。

大学関係者と組織[編集]

大学関係者組織[編集]

武蔵大学同窓会は1966年に会則を制定し、ホームカミングデー・土曜講座・ゴルフ会のイベントの他、年2回の会報発行などを通じて会員相互の親睦と社会的地位の向上を目的として組織されている。また、「武蔵会」「白雉会」の略称を使用して多様な職域・業種別の同窓会ネットワークが張り巡らされている。

大学関係者一覧[編集]

施設[編集]

江古田キャンパス[編集]

正門前

都心からのアクセスが良く、池袋から7分、新宿から15分、渋谷から20分という位置にあり、学園の象徴大欅やケヤキ並木を筆頭に、武蔵野の面影を残す自然豊かな環境でキャンパスライフを送る。キャンパスの中央には東京で1番短い川である濯川(すすぎがわ)が流れており、さらに大学図書館本館近くでは、たびたび野生のタヌキが目撃される。周辺の江古田地区は東京でも屈指の学生街として知られ、多数の飲食店が犇めく。正門は練馬区お花見スポットと桜の名所である千川通りに接しており、敷地内の大講堂と3号館は練馬区登録文化財に登録され、これら2棟の建築物に根津科学研究所加えた3棟はBELCA賞を受賞した[19]。いくつかの歴史的建築物が最新の施設・設備と共存している。

施設[編集]

キャンパスには1号館から10号館までがある。

  • 1号館は2012年秋に完成し、英語をはじめとした外国語や異文化を学ぶためのスペースMusashi Communication Village、通称「MCV」があり[20]、地下のシアター教室は最先端の音響・映像機器を完備している。壁面にガラスが多用され、全体的に開放感を感じさせるデザインとなっている。1階には生協購買部があり隣のエントランスホールには三井住友銀行ATMが設置されている。1号館の2階が2号館のテラスと接続しており、更にその2号館から3号館、6号館、7号館、8号館、大学図書館本館へと地上に降りずに各施設への連絡が可能。
  • 2号館には学生食堂・学生ホールがある。
3号館
  • 3号館は古く1923年建築で都内でも珍しい関東大震災空襲東日本大震災を経験した建物で、練馬区内に残る鉄筋コンクリート造の近代建築として最も古い建物である。人文学部GS(グループスタディ)ルームが設置されている。デザイン的にはアール・デコと呼ばれるもので、外壁の柱の凹凸や上部のジグザグ模様が特徴である。
  • 4号館の2階、3階には青山(せいざん)ホールと呼ばれる宿泊施設がある。4階には本学園の学生生活に関するさまざまな業務を行っている株式会社武蔵エンタープライズという会社がある。
  • 5号館には経済学部GSルームが設置されている。
  • 6号館前には「はなみずき広場」という円形広場がある。
  • 7号館の地下には温水プールが完備されている。 社会学部GSルームが設置されている。
  • 8号館は学園創立80周年、大学創立50周年記念事業で、2002年竣工した。高度情報化時代にふさわしい情報ネットワークを完備しており、地下1階には洋書プラザ(第二図書館)、8階建てであるが、途中の3階には大学の憩いの場でもある「空中庭園」がある。入試課もこの建物にある。
  • 9号館には情報・メディア教育センターがあり、ICT環境の整備とともに、ICTを道具として使いこなすための情報教育を支援している。また、武蔵大学内には在学者・教職員用の無線LANがあるため江古田キャンパス内のどこにいてもネット環境にある。
  • 10号館には体育会系、文化系、それぞれの活動を支える部室や、板敷と畳敷の二面を備え、主に剣道、柔道、空手道、合気道、少林寺拳法の各部が利用する武道場や、ダンス練習用バーと大型ミラーを備えたホールなどが設置されている。
  • 他に3号館に隣接している大学図書館本館、5号館の横にそびえる教授研究棟、9号館内に居を構える根津科学研究所、10号館の裏に存在する大学体育館、大隈講堂日比谷公会堂を手掛けた佐藤功一による設計で入学式や卒業式や学生大会や白雉祭など、幅広い用途で使われる大講堂などがある。
大講堂内部(佐藤功一設計)
大講堂内部にある記念室
  • 武蔵学園記念室という記念室が本学のシンボルともいえる大講堂内に存在しており、武蔵学園に関わる資料を収集整理・保存し、広く学内外に公開展示していくとともに、将来に予定される学園正史刊行への準備・研究等の中心的役割を果している。
  • 武蔵大学総合研究所という研究所の事務室が8号館4階にあり、根津化学研究所の中に第一研究室、第二研究室がある。この研究所では既存の学部・学科組織や学問領域を越え、また地域社会・企業などと連携した研究活動を行っている。現在行っている主な活動は1. 研究および出版支援、2.学際的、総合的な研究開発、3.地域・市民との協同研究である。
  • 以前は学生会館があった。10号館が建設されたため2007年に取り壊された。跡地は「しらきじ広場」という小さなグラウンドになっている。
  • 練馬区アメダス観測所がキャンパス敷地内に設置されていたが、2012年石神井松の風文化公園(日本銀行石神井運動場跡地)に移転された。周辺に高層の建物が建った影響で風通しが悪くなり正確な観測が難しくなったことが移転の理由とされる。

ロケーション撮影地として[編集]

キャンパスは歴史ある建物をはじめ、緑あふれる外観を中心に構内各所での撮影依頼が寄せられ、映画テレビロケ地としても数多く使われている[21]

  • 2008年 TBSテレビ『ROOKIES
  • 2014年 映画『海月姫(くらげひめ)』

朝霞グラウンド・朝霞プラザ[編集]

朝霞グラウンド。武蔵大学ラグビー部、対一橋大学

朝霞グラウンドの面積は約67,000m2東京ドーム約1.4個分に相当する広大な敷地に、野球・サッカー・ラグビーなどの各種グラウンド、またテニスコート、弓道場、アーチェリー場などが整備されている。朝霞プラザには新入生から2年次生までの2年間在寮できる学生寮やゼミ・演習に利用できるセミナー室、食堂を完備している。その他、40名まで宿泊可能な宿泊室のほか、講義などにも対応できる多目的ホールを完備した朝霞合宿所などが所在している[22]

学外施設[編集]

クラブ活動の合宿やゼミ・演習の合宿に利用できる学外施設として、以下の施設がある。また、赤城青山寮は在学生と教職員以外にも在学生の家族や卒業生とその家族の利用も可能。

  • 千葉県勝浦市にある鵜原寮は、敷地裏にある崖の崩落の危険性から、2015 (平成27)年3月31日をもって、閉鎖(閉寮)。

対外関係[編集]

地域連携[編集]

  • 練馬区武蔵大学特別履修生制度
    練馬区民の要望により、武蔵大学と練馬区が協力し、高度で専門的かつ体系的な学習機会を提供する制度で、履修生は、正規の授業を一般の学生と一緒に受講するほか、大学図書館、情報・メディア教育センター、福利厚生施設等の教育施設を利用することができる[23]
  • 江古田みつばちプロジェクト
    3号館屋上のミツバチ園にて、ミツバチの飼育と採蜜を行い、花いっぱい運動など、ミツバチの活動しやすい地域づくりと、まち環境の向上、ハチミツによるブランド品づくりと、まち・商店街の活性化を図り、ミツバチの活動を含む環境教育の推進し、子どもから大学生、一般市民まで含む交流の促進とコミュニティーの回復を目的とする[24]

大学間交流[編集]

大学院間交流[編集]

姉妹校[編集]

系列校[編集]

  • 武蔵中学校・高等学校
    1948年に開学した武蔵高等学校、1949年に開学した武蔵中学校とはキャンパスを一部共有し、同一学校法人により経営されている。学校側は中学・高校・大学を総称して「武蔵学園」と呼称し、学園長を設けており、高校に同大進学希望者を対象にした推薦枠が存在しているが、大学と高校は附属校の関係にはない。

海外協定校[編集]

教育・学術連携校[編集]

  • アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 日本の旗 日本
    • テンプル大学ジャパンキャンパス(TUJ)
      • 武蔵大学で学びながら科目等履修生としてTUJの科目を履修するか、交換留学生として1学期以上1年以内の間、TUJの科目のみを履修するかを選択することができる。授業はすべて英語で行われているため、日本にいながら海外留学に近い経験ができる。

パラレル・ディグリー・プログラム[編集]

  • イギリスの旗 イギリス
    • ロンドン大学
      • 武蔵大学は、日本の大学では初となるロンドン大学の経済経営学士号の学位を取得できるプログラム、「ロンドン大学と武蔵大学とのパラレル・ディグリー・プログラム」2015年度より実施している[26]。これはロンドン大学と武蔵大学の講義を本学(東京・江古田キャンパス)で受講し、双方の試験に合格すれば、双方の大学の学位を得られるプログラムである。講義は、世界最高水準のロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの教材を使用し、武蔵大学の教員によって英語で講義される。このプログラムは経済学部の入学生30名程度を対象とし、語学の成績などで選考を行う。学生はまず1年次の4~7月の間、授業や海外英語研修で英語力を鍛える。その後IELTS™を受験し、スコア5.5以上を取得できた学生は、9月からロンドン大学のIFP(基礎教育プログラム)科目を4 科目履修する。IFPの期末試験に合格すると、2年次の9月からIP(国際プログラム)の履修が可能となり、3年間でIPの12 科目を履修し、毎年の試験に合格すれば、ロンドン大学の経済経営学士号を取得できる。なお、PDPの受講や英語研修にかかる費用の半額程度を奨学金で支援される。

高大連携協定[編集]

  • 玉川聖学院高等部
    • 本学の授業・講座・行事・企画等への受け入れ
    • 本学教員による高等部での出張講義・行事参加
    • 教育等に関する情報交換及び交流

等、各種の企画を通じて本学人文学部グローバル・スタディーズコース(GSC)が中心となり、交流を進めていくものである。

大分県国東市との交流[編集]

  • 1991年、同じ「武蔵」の名を持つ縁で、大分県東国東郡武蔵町と武蔵大学との交流が始まり、その後武蔵町が合併され国東市となって以降も農業研修や民族調査、マラソン大会への参加、本学学園祭(白雉祭)での武蔵町農産物販売、武蔵サミットなどを通じて交流が続いている[27]

関連項目[編集]

関連プロジェクトリンク[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 校名の由来|根津育英会武蔵学園
  2. ^ 1950年度の写真ポスター[1]において、武藏と表記されている。
  3. ^ 武蔵のゼミ|武蔵大学
  4. ^ 三学部横断型ゼミナール・プロジェクト|武蔵大学
  5. ^ 大学シンボル・武蔵大学讃歌|武蔵大学
  6. ^ ねりまの名木について:練馬区公式ホームページ
  7. ^ 2016年入学生用の大学案内[2]によると、2年次から各コースに分かれるが、他学科のコースを選択することもできる。
  8. ^ 2016年入学生用の大学案内によると、2年次から各コースに分かれる。
  9. ^ 社会学部のカリキュラムポリシー[3]によると、3年次から専攻コースを設けているされている。
  10. ^ 前期課程に、研究者コースと高度職業人コースを設けている。
  11. ^ 前期課程に、専門研究コース、キャリアアップコース、生涯学習コースを設けている。
  12. ^ 留学/国際交流|武蔵大学
  13. ^ 教職課程TOP|武蔵大学
  14. ^ 学芸員課程|武蔵大学
  15. ^ 資格取得|武蔵大学
  16. ^ 平成20年度「質の高い大学教育推進プログラム」の申請状況について 申請状況(申請取組一覧)
  17. ^ 学生向けコンテスト「第9回 日銀グランプリ」入賞論文と審査員の講評 :日本銀行 Bank of Japan
  18. ^ 第9回日銀グランプリ 最優秀賞プレゼン(経済学部金融学科チーム)
  19. ^ 武蔵大の歴史建造物3施設がBELCA賞 区の登録文化財に続き | 練馬経済新聞
  20. ^ 外国語教育センター|武蔵大学
  21. ^ 大学プレスセンター - 武蔵大学がロケ地として人気の理由
  22. ^ 朝霞グラウンド・朝霞プラザ|武蔵大学
  23. ^ 練馬区武蔵大学特別履修生制度 :練馬区公式ホームページ
  24. ^ 江古田ミツバチプロジェクト « 基礎教育センター活動ブログ
  25. ^ 江古田カレッジトライアングル | 江古田三大学学園祭
  26. ^ 武蔵大学、ロンドン大学の学士号が取得できるプログラムを開始 | リセマム
  27. ^ 国東農業研修 « 基礎教育センター活動ブログ