武蔵大学

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武蔵大学
武蔵学園大講堂
武蔵学園大講堂
大学設置 1949年
創立 1922年
学校種別 私立
設置者 学校法人根津育英会武蔵学園
本部所在地 東京都練馬区豊玉上1-26-1
キャンパス 江古田(東京都練馬区)
学部 経済学部
人文学部
社会学部
研究科 経済学研究科
人文科学研究科
ウェブサイト 武蔵大学公式サイト
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武蔵大学(むさしだいがく、英語: Musashi University)は、東京都練馬区豊玉上1-26-1に本部を置く日本私立大学である。1949年に設置された。大学の略称は武蔵、武蔵大。

概観[編集]

大学全体[編集]

旧制武蔵高等学校創設者の初代根津嘉一郎
  • 「武蔵」の校名は、かつて日本地方行政区分だった令制国の1つ武蔵国(むさしのくに)の地名から取り、「武をおさめ文を崇ぶ」という平和主義の思想に由来する[1]。また創立関係史料によると、武蔵は古来強き人が出たところで、雄々しき感じが起こると記されている。

建学の理念と目標[編集]

武蔵大学は三理念をもとに、21世紀の新たな社会において大学に求められる知の創造、継承と実践を目指し、3つの目標を定めた。伝統の少人数教育を一層強化し、教員との密接なコミュニケーションのなかで、これからの社会を支え、発展させ得る「自立した活力ある人材」の育成を目指している。

建学の理念[編集]

  • 東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物
  • 世界に雄飛するにたえる人物
  • 自ら調べ自ら考える力がある人物

目標[編集]

  • [自立] 自ら調べ自ら考える
  • [対話] 心を開いて対話する
  • [実践] 世界に思いをめぐらし、身近な場所で実践する

教育および研究[編集]

少人数教育

武蔵大学では、開学当初から徹底した少人数教育で「ゼミ(演習)」を中心にした教育を行っている。

これは武蔵大学の前身にあたる旧制武蔵高等学校時代からの伝統である。これを受け、武蔵大学も創立当初から全学生が履修できるゼミをカリキュラムの中心に置いてきた。 1951年昭和26年)にはすでに1年次から4年次までゼミが必修となり、フェイス・トゥ・フェイスの教育が学生の学習に効果を発揮した。当時多くの大学が規模の拡大を目指していた中、武蔵大学では独自のシステムを徹底した。こうしてゼミナール制度は、武蔵大学の教育の根幹として受け継がれ、同時に絶えず時代とともに進化を続けながら「ゼミの武蔵」として、社会から高い評価を受けることになった。

沿革[編集]

  • 1922年4月 武蔵大学の前身となる、日本初の旧制七年制高等学校である旧制武蔵高等学校開校。
  • 1949年4月 学制改革により新制武蔵大学(経済学部経済学科)開設。
  • 1950年11月 四大学武蔵大学学習院大学成蹊大学成城大学)対抗運動競技大会始まる。
  • 1954年6月 高校・中学との共催から大学独自の文化祭へ移行し、大学祭始まる。大学賛歌なる。
  • 1957年4月 教職課程設置。
  • 1959年4月 経済学部に経営学科を増設。
  • 1963年10月 大学祭を「白雉祭」と命名。
  • 1965年6月 第1回学内運動競技大会開催。
  • 1969年4月 人文学部(欧米文化学科、日本文化学科、社会学科)を増設。大学院(経済学研究科)を設置。
  • 1972年4月 大学院経済学研究科に経済学専攻博士課程を設置。
  • 1973年4月 大学院に人文科学研究科を増設。
  • 1980年4月 学芸員課程開設。
  • 1983年4月 武蔵学園創立60周年記念事業「濯川蘇生計画」開始。
  • 1992年4月 経済学部に金融学科を増設。
  • 1995年4月 大学院人文科学研究科に社会学専攻修士課程増設。
  • 1997年4月 大学院人文科学研究科修士課程英語英米文学専攻、ドイツ語ドイツ文学専攻、フランス語フランス文学専攻を欧米文化専攻に、日本語日本文学専攻を日本文化専攻に改組し、それぞれ欧米文化専攻博士課程、日本文化専攻博士課程を増設。同時に社会学専攻博士課程を増設。
  • 1998年4月 人文学部社会学科を改組し、社会学部(社会学科)を増設。人文学部に比較文化学科を増設。大学50周年を記念し大学のシンボルである白雉と小枝をモチーフにロゴマーク制作。
  • 1999年4月 大学院経済学研究科に経営・ファイナンス専攻(博士後期課程)を増設。
  • 2004年4月 社会学部にメディア社会学科を増設。
  • 2005年4月 人文学部欧米文化学科、日本文化学科、比較文化学科を英米比較文化学科、ヨーロッパ比較文化学科、日本・東アジア比較文化学科に改組。
  • 2006年4月 大学院経済学研究科(博士前期課程)経済学専攻、経営・ファイナンス専攻を経済・経営・ファイナンス専攻に改組。
  • 2008年4月 大学院経済学研究科(博士後期課程)経済学専攻、経営・ファイナンス専攻を経済・経営・ファイナンス専攻に改組。
  • 2009年4月 テンプル大学ジャパンキャンパスと提携。
  • 2010年6月 朝霞グラウンドを人工芝化。
  • 2011年4月 人文学部英米比較文化学科、ヨーロッパ比較文化学科、日本・東アジア比較文化学科を英語英米文化学科、ヨーロッパ文化学科、日本・東アジア文化学科に改組。

基礎データ[編集]

所在地[編集]

江古田キャンパス

校歌・讃歌[編集]

  • 「武蔵大学讃歌」
    • 作詞 斉藤忠三
    • 作曲 柴田丈夫・守住佐一郎
    • 武蔵大学には校歌が存在しないが、校歌に相当するのが武蔵大学讃歌である。この讃歌は雑誌「武蔵評論」に寄稿された同級生の作「祥瑞の白雉」に刺激された齋藤忠三が作詞。その後作曲の守住左一郎の眼にとまったのが縁で、美しい五線譜が組みこまれた。大学2回卒業生の謝恩会で発表、愛唱歌となった。


象徴[編集]

武蔵大学ロゴマーク
  • 校章は白雉(しらきじ)をモチーフにしてデザインされている。
  • 武蔵のシンボル白雉は続日本紀神護景雲2年「武藏国献白雉」の故事にちなむ。
  • 3号館中庭に存在する樹齢200年の大欅が学園の象徴になっており、1994年には「ねりまの名木」100選に選定された[2]



教育および研究[編集]

学部[編集]

  • 経済学部
    • 経済学科
      • 経済についての専門知識を身につけ、経済学的思考のセンスを磨く
    • 経営学科
      • 知識を実際の経営に生かす方法を学ぶ
    • 金融学科
      • 多様化、国際化する金融の世界に対応できる能力を育てる
  • 人文学部
    • 英語英米文化学科
      • 実践的な英語力を身につけながら、コミュニケーションの質を高める
    • ヨーロッパ文化学科
      • 外国語学習と留学制度を活用し、総合的に学ぶ
    • 日本・東アジア文化学科
      • 広く学び、深く考える力がつく、多彩なカリキュラム
  • 社会学部
    • 社会学科
      • 社会学の基礎から実践までを体系的に学ぶ
    • メディア社会学科
      • 情報を読み解き、自ら発信する力を手に入れよう

経済学部[編集]

経済学部は経済学科、経営学科、金融学科から構成される。 大学設立当初は経済学部のみの単科大学だったため、当大学の看板学部と称されることがある。

人文学部[編集]

人文学部は、設置当初、欧米文化学科(英米文化コース・フランス文化コース・ドイツ文化コース)・日本文化学科・社会学科の3学科であった。のち社会学科が独立してあらたに社会学部となった。また、比較文化学科が設置されていたが、再編の際に吸収され現在の3学科体制となった。

人文学部の初代学部長には当初、哲学者の鬼頭英一の名が挙がっていたが、鬼頭の突然の逝去によって実現しなかった。その後、高津春繁があらたに学部長候補者となり、1968年の人文学部設置と同時に教授・初代学部長として着任した。

人文学部、とくに欧米文化学科と日本文化学科は、「文学科」の枠を超えた「文化学科」構想を実現させるカリキュラムで構成された。「文学」だけではなく、言語を中心に思想歴史など人文系・社会科学系のカリキュラムを幅広く配置し、文化の総合的・立体的な理解ができるように構成していた。また、学部改変まで設置されていた「共通科目」も「文化学科」構想の試みのひとつであった。3学科それぞれの専門科目の一部を学部共通の「共通科目」として設定し、一般教養科目として位置づけて履修を可能にした。

日本文化学科では、神田秀夫が中心となり、日本をフィールドとした文化学科の構築がすすめられた。神田は1974年、学部の学会紀要である『武蔵大学人文学会雑誌』に「「日本文化学科」管見」を掲載し、独自の文化論を背景にした「文化学科」の試みを報告、大学の学科構成における「文学科」から「文化学科」への流れをおしすすめることを提唱した。また、日本文化学科では、400字詰用紙100枚を規定とする卒業論文を必修とした。演習での論文指導を踏まえ、人文学部で卒論を必修としたのが日本文化学科だけだったことなどもあって、卒論は、日本文化学科のアイデンティティの重要な一部であった。

社会学部[編集]

社会学部は社会学科、メディア社会学科から構成される。

大学院[編集]

付属機関[編集]

  • 図書館
    • 武蔵大学図書館研究情報センター
    • 武蔵大学洋書プラザ
  • センター
    • 基礎教育センター
    • 学生支援センター
    • 情報・メディア教育センター
    • 国際センター
    • 外国語教育センター
  • 研究所
    • 武蔵大学総合研究所

その他[編集]

学生生活[編集]

部活動・サークル[編集]

その他、サッカー部・ホッケー部・ラクロス部・バレーボール部・バスケットボール部・ゴルフ部・剣道部・硬式庭球部・軟式野球部・弓道部・ハンドボール部・バドミントン部など活発な部活動が行われている。また、部活だけでなくテニス、ダンスなどを中心としたサークル活動も活発。さらに、文化団体連合会や体育連合会、サークルなどの部屋が江古田キャンパス10号館と朝霞キャンパス部室棟に設置されている。

学園祭[編集]

学園祭は「白雉(しらきじ)祭」と呼ばれ例年11月に江古田キャンパスにて開催される。白雉祭は、学生が自主的に行っている学園祭で、参加する学生それぞれが様々な企画を立て、構内の様々な場所でイベントを行っている。

大学関係者と組織[編集]

大学関係者組織[編集]

武蔵大学同窓会は1966年に会則を制定し、ホームカミングデー・土曜講座・ゴルフ会のイベントの他、年2回の会報発行などを通じて会員相互の親睦と社会的地位の向上を目的として組織されている。また、「武蔵会」「白雉会」の略称を使用して多様な職域・業種別の同窓会ネットワークが張り巡らされている。

大学関係者一覧[編集]

施設[編集]

江古田キャンパス[編集]

千川通りの桜並木
早稲田大学に建築科を創設したことで知られる日本の建築家、佐藤功一の設計で1928年に落成した大講堂。
江古田キャンパス内を流れる濯(すすぎ)川。中国の詩人、屈原の「漁父辞」の一節から名付けられた。

池袋から7分の場所に位置しながら、武蔵野の面影を残す自然豊かな環境である。正門は千川通りに接しており、大講堂や3号館などの歴史的建築物と最新の施設・設備が共存している。

建物[編集]

江古田キャンパス1号館
江古田キャンパス8号館

江古田キャンパスには1号館から10号館までがある。

  • 1号館は2012年秋に完成し英語をはじめとした外国語や異文化を学ぶためのスペースMusashi Communication Village(MCV)があり、地下のシアター教室は最先端の音響・映像機器を完備している。生協購買部がある。
  • 2号館には学生食堂・学生ホールがある。
  • 3号館は古く1923年建築で都内でも珍しい建設中に関東大震災を経験した建物である。人文学部GS(グループスタディ)ルームが設置されている。旧制武蔵高等学校の本校舎であったため、大学校舎には珍しく中学・高校の校舎のような外観である。
  • 5号館には経済学部GSルームが設置されている。
  • 7号館の地下には温水プールが完備されている。 社会学部GSルームが設置されている。
  • 8号館は学園創立80周年、大学創立50周年記念事業で、2002年竣工した。高度情報化時代にふさわしい情報ネットワークを完備しており、3階には大学の憩いの場である「空中庭園」がある。
  • 9号館には情報・メディア教育センターがあり、ICT環境の整備とともに、ICTを道具として使いこなすための情報教育を支援している。また、武蔵大学内には在学者・教職員用の無線LANがあるため江古田キャンパス内のどこにいてもネット環境にある。
  • 10号館には体育会系、文化系、それぞれの活動を支える部室や、板敷と畳敷の二面を備え、主に剣道、柔道、空手道、合気道、少林寺拳法の各部が利用する武道場や、ダンス練習用バーと大型ミラーを備えたホールなどが設置されている。
  • 他には3号館に隣接している大学図書館や、5号館の横にそびえる教授棟や、10号館の裏に存在する大学体育館や、宿泊所・合宿所として使用される青山(せいざん)ホールや、入学式、卒業式や学生大会、白雉祭など、幅広い用途で使われる大講堂などがある。
  • 以前は学生会館があった。10号館が建設されたため2007年に取り壊された。跡地は「しらきじ広場」という小さなグラウンドになっている。

朝霞グラウンド[編集]

  • 交通アクセス:江古田キャンパスより運行される大学専用バスで約30分。または、西武池袋線大泉学園駅下車し、北口駅前より西武バス朝霞駅行「朝霞警察署前」下車徒歩3分。または、東武東上線地下鉄有楽町線朝霞駅下車し、西武バス大泉学園行「朝霞警察署前」下車徒歩3分。
    • 約67,000㎡、東京ドーム約1.4個分に相当する広大な敷地に、野球・サッカー・ラグビーなどの各種グラウンド、またテニスコート、弓道場、アーチェリー場が整備されている。その他にも、合宿所、多目的ホール、部室、学生寮が所在している。

学外施設[編集]

クラブ活動の合宿やゼミ・演習の合宿に利用できる学外施設として、以下の施設がある。また、赤城青山寮は在学生と教職員以外にも在学生の家族や卒業生とその家族の利用も可能。

  • 千葉県勝浦市にある鵜原寮は平成27年3月31日をもって、閉鎖(閉寮)

対外関係[編集]

関係校[編集]

系列校[編集]

  • 武蔵中学校・高等学校
    1948年に開学した武蔵高等学校、1949年に開学した武蔵中学校とはキャンパスを共有し、同一学校法人により経営されている。学校側は中学・高校・大学を総称して「武蔵学園」と呼称し、学園長を設けており、高校に同大進学希望者を対象にした推薦枠が存在しているが、大学と高校は附属校の関係にはない。

交換留学提携校[編集]

協定留学提携校[編集]

教育・学術連携校[編集]

パラレル・ディグリー・プログラム[編集]

関連項目[編集]

関連プロジェクトリンク[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 校名の由来|根津育英会武蔵学園
  2. ^ ねりまの名木について:練馬区公式ホームページ
  3. ^ 平成20年度「質の高い大学教育推進プログラム」の申請状況について 申請状況(申請取組一覧)
  4. ^ 武蔵大学、ロンドン大学の学士号が取得できるプログラムを開始 | リセマム