大正大学

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大正大学
Taisho University Sugamo Campus.JPG
正門と2号館
大学設置 1926年
創立 1885年
学校種別 私立
設置者 学校法人大正大学
本部所在地 東京都豊島区西巣鴨3-20-1
北緯35度44分33.6秒 東経139度43分37.1秒 / 北緯35.742667度 東経139.726972度 / 35.742667; 139.726972座標: 北緯35度44分33.6秒 東経139度43分37.1秒 / 北緯35.742667度 東経139.726972度 / 35.742667; 139.726972
キャンパス 巣鴨東京都豊島区
埼玉(埼玉県北葛飾郡松伏町
学部 社会共生学部
地域創生学部
表現学部
心理社会学部
文学部
仏教学部
研究科 仏教学研究科
人間学研究科
文学研究科
ウェブサイト https://www.tais.ac.jp/
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大正大学(たいしょうだいがく、英語: Taisho University、公用語表記: 大正大学)は、東京都豊島区西巣鴨3-20-1に本部を置く日本私立大学である。1885年創立、1926年大学設置。大学の略称正大

概観[編集]

大学全体[編集]

大正大学は1925年大正14年)、高楠順次郎姉崎正治前田慧雲村上専精澤柳政太郎らが仏教連合大学構想を提唱したことに始まる。これに浄土宗天台宗真言宗豊山派の各宗が賛同し、宗教大学、天台宗大学、豊山大学が合併して発足した。後の1944年(昭和19年)に真言宗智山派の智山専門学校も合併された。2018年(平成30年)には時宗が大学運営に参画し、浄土宗、天台宗、真言宗豊山派、真言宗智山派、時宗の四宗五派の連合大学となった。天台宗と最澄教学を専門的に研究できる唯一の大学である。

初代学長は文部官僚大正自由主義教育運動の中心人物であった教育者澤柳政太郎である。

巣鴨キャンパスは敷地面積23,629.37m2。本部棟、研究棟、体育棟、クラブ棟、教室棟、総合学修支援棟や、すがも鴨台観音堂などを備える。現在、キャンパス改革整備計画が施行され、各種施設の建設やランドスケープ整備が行われている。

沿革[編集]

年表[編集]

大正大学認可(『東京朝日新聞』 1926年4月8日付朝刊6面)
往年の大正大学

(大正大学の前史)

(真言宗豊山派) 小池坊専誉長谷寺を再興。学徒を集めたことで、次第に新義の学山としての傾向を強める。

  • 江戸時代初期

(浄土宗) 関東の有力な檀林18ヶ寺により自然発生的に関東十八檀林が成立する。

(真言宗智山派) 玄宥により智積院が再興される。学山としての環境は智積院第3世・日誉の時代に整う。

(天台宗) 上野寛永寺に「勧学寮」を設置。後に「勧学講院」と改称。

(真言宗豊山派) 長谷寺山内の寮舎や子院の数が64棟に増加し隆盛を極める。

(真言宗智山派) この頃から宝永年間にかけて長谷寺山内の寮舎の数が60棟となり隆盛を極める。

(天台宗) 関東に8ヶ寺もしくは10ヶ寺から成る関東天台檀林が成立する。

(浄土宗) 政府の神道国教化により関東十八檀林の機構が崩壊。それに伴い浄土宗僧侶養成機関の存続を危惧した岩槻浄国寺住職・養鸕徹定ら有志により増上寺山内の源興院に「興学所」を設置。後に「勧学所」と改称。

(天台宗) 戊辰戦争により寛永寺が戦禍に見舞われ、勧学講院は存続の危機に瀕する。

(天台宗) 勧学講院の管轄が寛永寺から天台宗へ移管。「天台宗総黌(東部総黌)」に改称。

(真言宗豊山派・智山派) 真言宗大教院により真言宗合一の「宗学林」を東京市小石川区(現:東京都文京区)の護国寺に設置。

(真言宗豊山派・智山派) 10月 - 宗学林が愛宕真福寺へ移転。

(真言宗豊山派・智山派) 宗学林を真福寺から長谷寺・智積院・金剛峯寺の3ヶ寺へ分散し、名称を「真言宗専門学林」と改称し開校。

(浄土宗) 勧学所を「宗学校東部本校」と改称し開校。

(真言宗豊山派・智山派)  宗学林から独立し両山それぞれ「東校」と「西校」を開校。

(真言宗豊山派) 豊山西校を「豊山大学林」と改称。

(浄土宗) 宗学校東部本校を「東部大学林」と改称。

(天台宗) 東京府東京市下谷区(現:東京都台東区)の寛永寺内の天台宗中学林(総黌)を改称して、「天台宗大学林支校」を開校。

(浄土宗) 西部大学林(京都知恩院)と東部大学林(増上寺)を合併し、増上寺山内の天光院に「浄土宗学本校」を開校。

(真言宗豊山派・智山派) 護国寺内に「新義派大学林」が開校。5月から授業開始。

(浄土宗) 浄土宗学本校が天光院から小石川区の伝通院裏に移転。

(浄土宗) 広島県佐伯郡厳島の光明院住職・荒谷隆徳氏が浄土宗学本校に対し阿弥陀如来坐像を(現在の大正大学の本尊国指定重要文化財)が寄贈される。

(浄土宗) 浄土宗学本校は「浄土宗高等学院」と「浄土宗専門学院」に分離。浄土宗専門学院は京都知恩院へ移転。

(天台宗)  寛永寺内の天台宗大学林が「天台宗東部大学黌」となる。

(真言宗豊山派・智山派) 真言宗各山独立別置管長制が認可。真言宗各派が分離独立したため、新義派大学林が閉校。

(真言宗豊山派) 護国寺内の旧新義派大学林校舎を継承し「豊山派東京中学林」が開校。後に「豊山派東京高等尋常中学林」と改称。上部教育機関として補習科を設置し、大学林の代替機関とする。

(真言宗智山派)  智積院に「智山派大学林」を開校。

(真言宗豊山派) 小石川区の護国寺内に「豊山派大学林」開校。

(浄土宗) 私立浄土宗高等学院が専門学校令による学校として認可される。

(天台宗) 天台宗東部大学黌が寛永寺から東京市本郷区(現在の東京都文京区)の大保福寺(現:駒込学園の敷地)へ移転することが決定。

(真言宗豊山派) 豊山派東京高等尋常中学林が文部大臣の認可により「私立豊山中学校」と改称し、一般学生の入学を許可。

(浄土宗) 浄土宗高等学院を「浄土宗教大学院」と改称。さらに浄土宗教大学院を「浄土宗大学」と改称。

(天台宗) 天台宗東部大学黌は改称して専門学校令による天台宗大学が認可。本郷区駒込の大保福寺にて開校。

(真言宗智山派) 智山派大学林を「智山勧学院」と改称。

(真言宗豊山派) 豊山派大学林を「豊山派高等学院」と改称。

(浄土宗) 浄土宗大学を「宗教大学」と改称。東京府下巣鴨町字庚申塚(現:大正大学所在地)に宗教大学新校舎の建設に着手。

(浄土宗) 新校舎(宗教大学本館)が落成。総工費4万5660余円[1]

(真言宗豊山派) 豊山派高等学院を廃校とし、新たに護国寺内に専門学校令により「私立豊山大学」が開校。

(浄土宗) 宗教大学が小石川から巣鴨へ移転。

(真言宗智山派) 京都府京都市下京区(後に東山区に分離)の智積院に専門学校令による「智山勧学院」を開校。

(真言宗豊山派) 豊山大学内で真言宗合同大学の設立運動が展開され、後に真言宗新古合同大学期成連盟と名付けられる。この連盟は後の仏教連合大学構想に影響を及ぼす。

(浄土宗・天台宗・真言宗豊山派・智山派・古義真言宗) 各宗連合大学設立決議書が提出される。

(古義真言宗) 単独での大学昇格を目指し、仏教連合大学協議から離脱[2]

(浄土宗・天台宗・真言宗豊山派) 仏教連合大学進展のために宗教大学・天台宗大学・豊山大学の各大学から代表委員が選定され、内容協議が開始される。真言宗智山派は設立に関して保留の状態となる。

(天台宗・真言宗豊山派) 大保福寺内の天台宗大学及び護国寺内の豊山大学の学生は宗教大学に設置された仮教場において授業を開始。

(真言宗智山派) 仏教連合大学の設立に不参加と発表。


(大正大学の開学)

11月6日、大正大学が旧学制により開校[3]。天台宗大学(天台宗)、豊山大学(真言宗豊山派)、宗教大学(浄土宗)が合併して、大学令による文学部予科、専門学校令による専門部を設置。同日、大正大学新館(現:大正大学4号館)が落成。

(天台宗・真言宗豊山派)  天台宗大学・豊山大学、両大学閉校。

(真言宗智山派) 智山勧学院を北豊島郡石神井村(現:東京都練馬区)に移転(現:早稲田大学高等学院・中学部の校地)。「智山専門学校」と改称し開校。

(真言宗智山派) 智山専門学校を大正大学へ合併。ただし、在学生の都合により1944年(昭和19年)9月までは併置することに決定。

文科系学生の徴兵猶予が停止。一部学生が明治神宮競技場での出陣学徒壮行会に応召。11月25日には、出陣学徒738名の壮行会を挙行[4]

(真言宗智山派) 智山専門学校、閉校。

新制大学設立のため正大制度審議委員会を設置。大正大学高等学校を設置。

大正大学、新制大学として設立認可。学部は仏教学部文学部の2学部制。旧制は昭和25年まで併置。5月30日に大学本尊・木造阿弥陀如来坐像が国宝(現:国指定重要文化財)に指定される。

12月、旧制学部(第24回)の最後の卒業式を挙行。

3月1日、旧制専門部仏教科(第24回)・旧制高等師範科(第25回)の最後の卒業式を挙行。これをもって旧制完了。

大学院修士課程、設置認可。文学研究科(仏教学宗教学国文学)設置。

大学院博士課程、設置認可。文学研究科(仏教学・宗教学・国文学)設置。

大学内研究所として「綜合佛教研究所」を開設。

「大正大学カウンセリング研究所」を開設。初代所長に中村康隆氏が就任[5]

旧館(旧宗教大学本館)、解体。

開校50周年。記念誌として『大正大学五十年略史』を刊行。

大学院修士課程・博士課程(史学)を設置。

別科(仏教専修)を設置。

文学部文学科国文学専攻、英語英文学専攻設置。

文学部社会福祉学科設置。

人間学部新設。大正大学高等学校廃止。

大学院文学研究科比較文化専攻、社会福祉学専攻、臨床心理学専攻開設。

大学院修士課程(人間科学専攻)、大学院博士課程(福祉・臨床心理学専攻)を設置。

大学院仏教学研究科人間学研究科設置。

文学部改組、表現文化学科、歴史文化学科設置。

キャリアエデュケーションセンター(CEC)、ネクストコミュニケーションコース(NCC)を開設。

人間学部人間科学科人間科学専攻、教育人間学専攻設置。

人間福祉学科(社会福祉学専攻、臨床心理学専攻)を改組し、アーバン福祉学科と臨床心理学科を設置。

新教育・研究棟竣工。

人間学部に人間環境学科、教育人間学科を開設。

新3号館完成。

アーバン福祉学科を社会福祉学科に名称変更。新5号館、新11号館完成。

地域構想研究所設立。

文学部に日本文学科を設置。

地域創生学部を新設。人間学部人間科学科・臨床心理学部を、心理社会学部人間科学科・臨床心理学科に改組。

教職支援センター、エンロールメント・マネジメント研究所を開設。

時宗が運営に参画。

  • 2020年(令和 2年)

文部科学省により、令和2年度「知識集約型社会を支える人材育成事業」採択校に指定される[6]

基礎データ[編集]

所在地[編集]

校章[編集]

  • 校章には、釈尊の一代が表現されている。中央には菩提樹の実、実の中にある大小各々の八つの点は、八万の法蔵と八相、又、三枚の菩提樹の葉は釈尊の誕生成道涅槃を現わすと共に、本学創立の三宗派、そして、釈尊が成道の時に敷かれたという吉祥草36本(仏教研究及び信仰の者を表現)を配することで、仏教研究の中心道場を象徴している。

スクールカラー[編集]

古代紫と蓮桃色をユニバーシティカラーとして使用している。古代紫(こだいむらさき)は赤みがかった紫色で、仏教では高貴な色として尊ばれていることから、大正大学の建学の理念「智慧と慈悲の実践」を表す。蓮桃色(はすももいろ)は蓮の花のピンクを表し、「泥中の蓮」ということわざがあるように、どのような時代でも清く正しくあるべきという未来への決意を表す。

校歌・応援歌[編集]

教育および研究[編集]

教育[編集]

学部[編集]

  • 社会共生学部
    • 公共政策学科
    • 社会福祉学科
  • 地域創生学部
    • 地域創生学科
  • 表現学部
    • 表現文化学科
      • 情報文化デザインコース
      • 街文化プランニングコース
      • 放送・映像メディアコース
      • アート&エンターテインメントワークコース
  • 心理社会学部
    • 人間科学科
    • 臨床心理学科
  • 文学部
  • 仏教学部
    • 仏教学科
      • 仏教学コース
      • 国際教養コース
      • 宗学コース

研究科[編集]

  • 仏教学研究科(修士・博士後期)
    • 仏教学専攻
      • 仏教学コース
      • 梵文学コース
      • 天台学コース
      • 真言学コース
      • 浄土学コース
  • 人間学研究科
    • 社会福祉学専攻(修士)
      • 社会福祉学コース
    • 臨床心理学専攻(修士)
      • 臨床心理学コース
    • 人間科学専攻(修士)
      • 人間科学コース
    • 福祉・臨床心理学専攻(博士後期)
      • 社会福祉学コース
      • 人間科学コース
      • 臨床心理学コース
  • 文学研究科(修士・博士後期)
    • 宗教学専攻
      • 宗教学コース
    • 史学専攻
      • 史学コース
    • 国文学専攻
      • 国文学コース
    • 比較文化専攻
      • 比較文化コース

教育開発推進センター[編集]

  • 教育開発推進センター

附属機関[編集]

  • 附属図書館
  • 綜合佛教研究所
  • カウンセリング研究所
  • 地域構想研究所

学生生活[編集]

部活動・クラブ活動・サークル活動[編集]

体育系部[編集]

文化系部[編集]

サークル・同好会[編集]

学園祭[編集]

学園祭は2013年(平成25年)より「鴨台祭」と名称を改めた。毎年11月上旬に2日間開催される。鴨台祭実行委員会が企画するイベントと、書道研究部が主催する全国書道展が人気。

大学関係者と組織[編集]

大学関係者一覧[編集]

施設[編集]

キャンパス[編集]

巣鴨校舎
  • 使用学部 - 全学部
  • 使用研究科 - 全研究科
  • 交通アクセス:都営地下鉄三田線西巣鴨駅下車徒歩2分、JR埼京線板橋駅下車徒歩10分、都電荒川線庚申塚停留場下車徒歩7分、池袋駅東口都営バス「西巣鴨」又は「堀割」下車徒歩2分。
  • 講義が行われる教室―1号館~5号館、7号館、10号館
  • 1号館:本部棟
  • 2号館:研究棟
  • 3号館:教育・研究棟
  • 5号館:教育・研究棟
  • 6号館:体育棟。2010年(平成22年)6月15日に完成[8]。(旧学生食堂
  • 7号館:教育・研究棟。2010年(平成22年)3月30日に8階建て約7,000m2規模の新教育・研究棟が完成した[9]
  • 新8号館:総合学修支援施設。2020年(令和2年)9月、図書館を含む学修支援機能を備えた新施設としてオープン。4階に礼拝ホールを備える。
  • 9号館:部室棟
  • 10号館:教室棟
  • 11号館:すがも鴨台観音堂(さざえ堂
  • 13号館:教室・Academic Commons
  • 15号館:地域構想研究所
埼玉校舎
埼玉校舎
  • 交通アクセス:東武伊勢崎線せんげん台駅下車、茨急バス大正大学入口行きで「大正大学前」下車、東武伊勢崎線北越谷駅下車、茨急バス大正大学入口行きで「大正大学入口」下車徒歩5分。
    • 寄宿舎紫雲館、体育館、グランド、テニスコート等がある[11]

礼拝堂(らいはいどう)[編集]

  • 創立60周年を記念して1985年(昭和60年)に造られた。平成29年まで巣鴨校舎にあった。本尊として平安時代の作品とされる国指定重要文化財である木造阿弥陀如来坐像[12]が安置されていた[13]。しかし、キャンパス再開発に伴い解体。令和2年9月、新8号館4階に礼拝ホールとしてオープンした。本尊の蓮台は新調された現代風のものに変更されている。
  • 礼拝堂で使用されていた宮殿と須弥壇は、埼玉県美里町の真言宗智山派真東寺に譲渡された。

鴨台食堂(おうだいじきどう)[編集]

  • 新5号館の完成に伴い、2013年(平成25年)に新しく完成した。完成当初はプリンスホテルが経営していた(その後、プリンスホテルの元料理長が腕を振るうことを売りにしたレストランに変わった)。ほぼ全てが学生食堂らしからぬメニュー(「本日のお魚料理」「サーロインステーキ」等)、価格(1000~2000円、セットだと+600円等)だが、大正大学の学生限定メニュー「ゴーゴーランチ」は400円である。

対外関係[編集]

姉妹校[編集]

交流協定校[編集]

産学連携[編集]

参考文献[編集]

  • 大正大学編『大正大学十年史』(大正大学、1935年)
  • 大正大学五十年史編纂委員会編『大正大学五十年略史』(大正大学五十年史編纂委員会、1976年)
  • 星野英紀編『大正大学――回顧と展望』(大正大学まんだらライブラリー第10号別冊、大正大学発行、大正大学出版会発売、2010年)
  • 自校史ブックス編纂グループ編『大正大学』(自校史ブックス、日経BPコンサルティング発行、日経BPマーケティング発売、2012年)

脚注[編集]

[脚注の使い方]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]